6. ケルト・ゲルマン、北欧神話の神々 - 7. ゲルマン的英雄像 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ケルト・ゲルマン、北欧神話の神々
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INDEX
1. ケルト神話の様相
2. エッダと北欧神話の世界
3. ゲルマンの神々
4. 主神オーディンとトール等の主要な神々
5. 悪神ロキの物語
6. 神々の黄昏と世界の終末
7. ゲルマン的英雄像

7.

ゲルマン的英雄像


 以上の「神々の黄昏」では「主立った数人の神」の戦いだけしか語られていませんでしたが、この戦いに備えてヴァルハラで暮らしていたかつての英雄たち、つまりアインヘルヤルと呼ばれていた者たちいうのはどういう者たちだったのか、それもやはり紹介しておきたいです。その中でもっとも有名な「シグムンド」を紹介しておきます。

 フナランドの王「ヴェルスング」には10人の息子と一人の娘がいた。その長男は「シグムンド」といい、一人娘の名前は「シグニュ」と言って二人は双子の兄妹であった。兄弟はいずれも抜群の勇士であったが、この二人の優れと美しさは群を抜いていた。
 娘のシグニュが成長した時、ガウトランドの王であった「シゲイル」がシグニュに求婚してきた。ガウトランドは強大な国であったので父王ヴェルスングは良い縁組みであるとしてこれを認めた。シグニュは何となく悪い予感がしたのだけれど、父の決定に従った。
 そしてシゲイルはやってきて盛大に婚礼の宴が開かれた。するとそこに突然つばの広い帽子を深々とかぶり、袖のないまだらのマントを身につけた長身の老人が入ってきた。彼は片目で、手には一振りの剣を持っていた。老人は館の中央に生えている巨大な柏の大木のところに近寄るとその根元の幹に手にした剣を差し込んだ。そして、「この剣をこの幹から引き抜けた者がわしからの贈り物としてこの剣を所有するがよい、その者はこの剣が世に二つとない希代の名剣であることを知ることになるだろう」と言って立ち去っていった。その老人は誰あろう「神オーディン」が身を変えて現れた姿であった。
 人々は老人の他を圧する雰囲気に立ちすくんでいたが、老人が立ち去ると皆ハッと我に返って、男たちは皆な柏の木の根本に駆け寄った。そしててんでにその剣を引き抜こうとしたけれど、どんな力自慢の男もビクともさせることができなかった。最後にシグムンドが近寄りその剣に手をかけると、何の力も要せずスルリと剣は抜けてシグムンドの手の中に収まった。その剣は燦然と光り輝きそのすばらしさに感嘆せぬ者はなかった。
 その剣をみたシゲイルはうらやましくて仕方がなく、シグムンドに向かってその剣の三倍の重さの黄金を支払うからその剣を譲って欲しいと申し入れた。しかしシグムンドはこの剣は引き抜いた者が持つべきということでその申し出を断った。
 シゲイルは花婿の申し出が断られたということで心が煮えくりかえったけれど表面は平静を保って、心のうちに復讐の計画を誓った。そして翌日になって突然、天候の具合で今日のうちに出帆したいと言い出し、その代わり三ヶ月後に王ヴェルスングだけでなくシグニュの兄弟ともども招待したいので自分の国に来て欲しいと申し入れてきた。
 他方、一夜の語らいの中でシグニュは夫シゲイルがとんでもない卑劣な悪人であることを見抜き、結婚を解消したいと願ったが父のヴェルスングはそれを許さず、シゲイルの申し入れに従ってその日のうちに二人を出発させた。
 約束の三ヶ月目にヴェルスングたちはシゲイルの館目指して出発したが、シゲイルの方はヴェルスングたちを皆殺しにしようと密かに大軍を集めて待ちかまえていたのであった。父ヴェルスングや兄弟たちの船がやってきたことを知ると、シグニュは密かにシゲイルの館を抜け出して父の元に忍び入り、シゲイルの悪巧みを教え、一たん戻って今度は軍を引き連れて戻りシゲイルを討ってくれるようにと懇願した。
 しかしヴェルスングは「敵に後ろを見せぬ」という誓いを生涯貫いてきていたので、ここで戻るわけにはいかないとして敢えて上陸し、少ない部下を引き連れ待ちかまえたシゲイルの大群の中に切り込んでいったのだった。ヴェルスングとシグムンドはじめ兄弟たちは奮戦したけれど、しかしあまりの多勢に無勢のためについにヴェルスングは部下ともども討ち取られ、兄弟たちも全員捕縛されてしまった。
 シゲイルは全員すぐに殺してしまおうと思ったけれど、シグニュのたっての願いがあり、森の中に身動きできないように縛り付けておくことにした。しかしそこには残忍な雌の狼がおり、それはシゲイルの母が魔法で身を変えられていたものであった。そしてその雌狼は夜ごとにやってきて10人の兄弟を一人づつ喰い殺していくのであった。そしてついにシグムンド一人だけになってしまった。シグニュは自分の信頼できる家来を密かに使いに出しそのことを聞き出すと、その家来に蜜をもたせそれをシグムンドの顔に塗り口にも含ませておくように命じた。
 すると夜中になっていつものように狼が現れシグムンドに近づいたが、蜜につられてそれをなめているうちシグムンドの口の中の蜜もなめようと口の中に舌を入れてきた。妹シグニュの作戦を察していたシグムンドは、口だけはうごかせたのでその狼の舌に思い切りかみついた。びっくりした雌狼は大暴れし、そのおかげでシグムンドを縛り付けていた木が折れ、縛めはゆるんでシグムンドは自由となった。シグムンドはそのまま狼の舌をかみ切ってそれを殺して兄弟たちの敵をうった。
 これを知るとシグニュは早速森へと忍んでいき、兄シグムンドと会って今後の復讐のことについて話し合った。シグムンドはひそかに森の中に小屋を作って復讐の時を待つことにした。シグニュはすでに二人の男の子をもうけていたが、その上の子が10歳になるので復讐の役にたつならばとシグムンドのもとに送り込んできた。シグムンドはその子の度胸をためそうと小麦粉の中に「まむし」をいれておき、自分が薪をとりに行っている間に「パン」を焼いておくように命じてみた。しかしシグムンドが戻ってきたときその子は何もしていなかった。わけを聞くと小麦粉の中に何やら得体のしれない生き物が入っていたので手をつけることができなかったと言った。シグムンドはガッカリしてそれをシグニュに伝えた。するとシグニュはそんな子は生きていても何の役にもたたないから殺してよいと返事をしてきた。
 翌年またその弟が10歳になったということでシグムンドのところに送られてきた。しかしやはりその子も駄目であった。こうしてシグニュは卑劣な悪人シゲイルの血が入っている子では駄目だと悟り、シグニュは懇意にしていた魔女に頼んで自分の姿と取り替えてもらった。そしてシグニュの姿に身を変えた魔女にシゲイルの相手をしてもらっている間に魔女の姿になっているシグニュは森へと忍んでいった。この魔女は絶世の美女であったので、シグムンドはこの魔女の姿になっている妹シグニュをそれとは知らずに抱いた。三日三晩二人は情を交わし、やがてシグニュは子どもを生んだ。その子は「シンフィエトリ」と名付けられた。そしてまた10年がすぎ、シンフィエトリはシグムンドのもとに送られてきた。その前にシグニュはこの子を試そうと衣を腕に一緒に縫いつけ、さらにそれをむしり取ってみたがシンフィエトリは平然としていたので今度は大丈夫だろうと思っていたが果たしてシグムンドの与えた試練にも動ずるところが無かった。
 こうして二人は復讐の機会を待ったが、その間二人は魔法の狼の毛をかぶって狼にされてしまうなどの試練があって、こうして二人は時節到来ということでシゲイルの館へと忍んでいった。しかしちょっとした偶然から二人は見つけられてしまい、シゲイルに捕縛され閉じこめられてしまうが、シグニュがひそかにシグムンドの剣を手渡したので、それによって二人は脱出し館に火をかけていった。
 あわてて飛び出してきたシゲイルに対して、シグムンドとシンフィエトリはヴエルスング一族のシグムンドとその妹シグニュの子であると名乗り、すでにシグムンドは亡き者と信じ込んでいたシゲイルは驚愕した。二人はシゲイルを討ちついに一族の敵をとった。そして燃えさかる館からシグニュを助け出そうとしたけれど、シグニュはここで始めてシンフィエトリの出生の秘密を語り、「自分はこれまで一族の敵をうつため敢えて我が子を殺し、兄シグムンドを欺いて交わって子をもうけるなど、あらゆることも堪え忍んできた。今この悲願が達せられた上はもはや生きている価値もない、嫌な相手ではあったけれど夫と呼んだ以上シゲイルと共に死ぬ」と言って火の中に駆け込んでいってしまった。
 こうして敵をうったシグムンドとシンフィエトリは故郷に戻り、そこを略奪していた簒奪者を討ち果たして祖国を自分たちの手にとりもどした。シグムンドは新たにボルグヒルドという女性を妻として王としてこの地に君臨し、そして数々の戦いにかり出されたがいずれも勝利を収め天下にその勇名を轟かせた。その中でのシンフィエトリの活躍はめざましかった。
 ところがある時、その息子シンフィエトリが、一人の女性を巡って自分の妻ボルグヒルドの一族と争いになり相手を殺してしまうという事件が起きてしまった。その一族はその敵ということで策を練り、宴会を催してそのさなかにシンフィエトリに無理に毒の入った酒を飲ませて殺してしまったのであった。
 最愛の息子を失ったシグムンドは、自分も死んでしまうほどの悲しみにうちひしがれ、一人シンフィエトリの亡骸を抱えて森の中へと入っていった。そして深い森の中の湖の傍らに出ると、そこに一艘の小さな船があってその中に一人の見知らぬ男が座っていた。男はシグムンドに向こう岸まで渡してやろうと声をかけてきた。シグムンドはそうしようと思ったけれど、船が小さすぎたので先ずシンフィエトリの死骸を渡してもらい、ついで自分もわたろうとした。ところが船はシンフィエトリの死骸を乗せるとスーと岸を離れてやがてかき消すように消えてしまったのであった。これは実は「神オーディン」だったのであり、彼は自分の特に気に入った勇士を自分の館ヴァルハラへと導くため、普通はヴァルキューレに託するところを自分で出向いて来た姿だったのである。
 こうしてシグムンドも館に戻り、シンフィエトリを殺した一族の者であった妻ボルグヒルドを離縁し、新たにヒヨルディースという女性と結婚することになった。ところが、別に同時期にヒヨルディースに求婚していた王がおり、彼はシグムンドに負けた恨みを晴らそうと密かに大軍を用意し、突然急襲してきたのであった。用意の無かったシグムンドの軍は小人数であったが、シグムンドの獅子奮迅の活躍はめざましく、戦いは一進一退となっていた。そうした戦闘のさなか、相変わらず敵の軍勢を押しまくっていたシグムンドの前に突然幅の広い帽子をかぶった片目の男が現れその槍でシグムンドに討ちかかってきたのであった。シグムンドがその剣でこの槍を打ち払うと、これまでどんな堅い剣や盾、鎧にも刃こぼれ一つしなかったあの名剣がまっぷたつに折れてしまったのであった。
 こうしてシグムンドの軍勢は劣勢になり、なおも奮迅の活躍をし続けるシグムンドであったが、ついにその命運は尽きていったのであった。
 いうまでもなくこの幅広の帽子をかぶり片目の男とは「神オーディン」であり、彼は直々に自分のもっとも気に居る勇士シグムンドをヴァルハラに連れて行くべく迎えにきたのであった。
 他方、シグムンドは新しい妻ヒヨルディースに子だねを残しており、その子がやがて「シグルズ」と名乗る英雄へと成長していくことになります。この「シグルズ」こそ中世のゲルマン歌謡「ニーベルンゲンの歌」の主人公となる「ジークフリード」の元の姿でした。しかしここでは「アインヘルヤル」をテーマとしましたので以上までにしておきます。
 さて以上にみた「シグムンドとシンフィエトリ」というこの二人の親子のアインヘルヤルの物語でゲルマン人がモデルとする英雄象が浮かび上がってくると思います。それは一言で言うと「一族に対する忠誠」が基本となっていて、一族が討たれた時の復讐が重要なポイントになっています。それに加えては「剛胆さ」「死を怖れず真っ向から敵や危機に立ち向かうこと」「そのための犠牲は何も怖れない」などが読み取れます。


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