6. ケルト・ゲルマン、北欧神話の神々 - 6. 神々の黄昏と世界の終末 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ケルト・ゲルマン、北欧神話の神々
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INDEX
1. ケルト神話の様相
2. エッダと北欧神話の世界
3. ゲルマンの神々
4. 主神オーディンとトール等の主要な神々
5. 悪神ロキの物語
6. 神々の黄昏と世界の終末
7. ゲルマン的英雄像

6.

神々の黄昏世界の終末


はじめに
 ゲルマン神話は「世界の終末と神々の死」という物語があることが最大の特徴であり、これはゲルマン人の世界観のもっとも独特のところかもしれません。もちろん、世界の終末という思想自体は世界のあちこちに見られますが、それはペルシャのゾロアスター教に典型的に見られる「真実の神、光の国の到来」のためのこの地上世界の終末となります。あるいは古代ギリシャ哲学にある「永遠の宇宙の繰り返し、永劫回帰」の思想となるか、です。このゲルマン神話での神々の死という世界の終末は「新たな真実の神の国の誕生」でもなければ「永劫回帰の哲学」でもありません。「アースの神の一部が残り、あるいは再生して、この地上を引き継ぐ」だけの話で、オーディンもトールも居ないのです。ここには、「なくなるわけではない」という消極的な「安堵」はあっても、真実の神の国の到来という「新たな希望」はなく、やはり、「偉大なオーディンやトールは終わった」という黄昏観しか見られません。こうした諦観がゲルマン人の本性に色濃くあるのか、興味深い問題となります。

ラグナレク(神々の黄昏)
 フィムブルヴェトと呼ばれる冬が始めて訪れる。その冬というのは雪があらゆる方向から降り、霜はひどく、風は激しく吹きすさぶ。太陽など何の役にも立たない。季節が巡る時となっても、さらにその冬は続く。さらに季節が巡る時となっても冬は依然として続き、夏はついに訪れることはない。こうしてまたさらに冬は続き、さらに冬、さらに冬とつづく時、兄弟たちはどん欲となり互いに殺し合う。父と子、身内の中で見境なしに人を殺し、姦淫する。『巫女の予言』はこう予言している。

兄弟同士が戦い殺し合い
身内同士が不義を犯す
人の世は血も涙もなきものとなり
姦淫は大手を振ってまかり通る
鉾の時代、剣の時代が続き
盾は引き裂かれ
風の時代、狼の時代が続きて
やがてこの世は没落することとなる

 この時に狼はついに太陽に追いつき太陽を飲み込んでしまう。太陽は早く動いていた。おびえるみたいに、殺されるのが怖いのにこれ以上速くは走れないといいだげに急いでいた。そんな風に猛烈に急いで天を運行していたのにはわけがあった。追っ手がすぐ後ろから追ってきていたからなのだ。逃げるより他に手立てがなかったのだった。
 天にいる追っ手は二匹の狼であった。太陽を追っていたのはスコルという名前の狼で、太陽はいつか捕まるのではないかと怖れていた。そして太陽の前を駆けているのはハティ・フローズヴィトニスソンといい月を捕まえようとしていた。
 この狼たちの出自だが、ミズガルズの東のイアールンヴィズという森に女巨人が住んでいて、たくさんの子どもを産んだのだがこれがそろいもそろって狼の姿をしていたのだ。太陽を追いかける狼というのはこの一族のものだった。その一族の中でもっともどう猛なのがマーナガルム(月の犬)と言って、死ぬ人間すべての肉を喰らって腹を満たし、月を捕らえて天と空を真っ赤に血塗る。このとき太陽はその光を失い、風は激しく吹き騒ぐのだ。『巫女の予言』は言う。

東のイアールンヴィズに一人の老婆が住んでおり
フェンリル(妖怪狼)の一族を生み
その中より太陽を飲み込むもの現れる
怪物は死に定められた人間の命とり腹を満たして
神々の座を赤き血潮で染める
うち続く幾つかの夏は太陽の光暗く
荒天のみとなる

 こうして太陽は狼に喰われ、さらに他の狼が月につかみかかり、星々は天より落ちる。大地と山は激しく震え、樹々は大地より根こそぎ倒れる。山は崩れ、このとき怪物狼フェンリルを縛り上げていた足かせと縛めはちぎれ落ち、狼は自由の身となる。海は怒濤となって岸に押し寄せる。これはあのミズガルズの周りの海を取り囲んでいた大蛇が激怒し陸に向かって押し寄せてくるからなのだ。
 この時に「灼熱の国ムスペルヘイム」にあった巨大な船ナグルファルが水に浮かぶ。この船は死者の爪から造られている。だから人は爪を伸ばしたままで死んではならぬと言われているのだ。神々と人間にとって災いとなるこのナグルファルの船の材料をたくさん提供してしまうことになるからだ。
 あの高潮にこのナグルファルは浮かぶ。この船の舵をとるのは霜の巨人の一人フリュムという名前の巨人であった。
怪物狼フェンリルは口を開けて進んでくる。その口の上あごは天に、下あごは大地についてしまっているが天地の間がもっとひらいていたらその口ももって開いていただろう。その眼と鼻からは火を噴き出している。
 ミズガルズの大蛇は空と海とを覆ってしまうほどに猛毒を吐き出している。そして大蛇と怪物狼の兄弟は並んで押し寄せてくるのであった。
 天は裂け、「灼熱の国ムスペルハイム」の巨人たちは馬を駆って押し寄せる。その中にムスペルの頭領スルトが前後を炎に包まれながら真っ先に進んでくる。彼の剣は素晴らしい。太陽よりも明るく輝いている。
 かれらが天と大地を結ぶ橋、虹のビフレストをわたる時、橋は砕けて落ちていく。ムスペルの子らはヴィーギリーズという野に馬を進める。そこに怪物狼フェンリルと大蛇もやってくる。そこには霜の巨人フリュムが舵をとってきた巨大船ナグルファルに乗ってきた霜の巨人たちが到着していた。
 そこにはあのロキも、縛めが吹き飛んで自由となって、神々に復讐せんと冥界ヘルに従う者たちを引き連れてやってきていた。
 灼熱のムスペルの子らは独自の陣形をとり、その炎の陣形は眼も眩むようであった。この見渡すこともできないほどの広さをもったヴィーグリーズの野が神々と巨人の輩との最後の決戦の場だったのだ。
 こうした事態を知ると、神々の中の世界の見張り手ヘイムダルは立ち上がり、力一杯角笛を吹き鳴らす。神々は全員眼をさまし、続々と参集してくる。オーディンは「知恵の泉ミーミル」へと馬を駆けさせ、神々の輩のために助言を求めた。
 この時全世界を支えるユグドラシルの「とねりこの樹」はうちふるえる。天も地も恐れおののかないものはなかった。
 アースの神々とこの日に備えてヴァルハラに居た戦士アインヘルヤルたちは甲冑に身を固め、ヴィーグリーズの野を目指して進軍していく。黄金の兜と輝く甲冑に身を固めたオーディンが先頭を切って馬を進め、その手にはグングニルの槍がしっかり握られている。
『巫女の予言』は次のように語る。

角笛を高々とあげ、ヘイムダルはりょうりょうと吹き鳴らし
オーディンはミーミルの頭と語る
高くそびえるユグドラシルのとねりこは恐怖に震え、老樹は呻き
巨人は自由の身となる
アース神はいかに
ヨーツンヘイムはどよめき
アース神らは急ぎ集まる
岸壁の案内人こびとらは扉の前で吐息をつく

フリュムは盾をかざして東より駆けつけ
大蛇は激怒にのたうち高波を起こし
鷲は叫びを発して青白きくちばしで屍を引き裂き
巨大船ナグルファルは岸を離れる

東より船がいたる
ムスペルの輩は海を超えて来たるなり
舵をとれるはロキ
怪物ども狼ともどもはせ参じ
ビューレイストの兄弟も一味なり

 オーディンの目指す相手は怪物フェンリル狼だった。トールはオーディンと並んで馬を進めていたが、オーディンに腕を貸すことはできなかった。なぜならトールはミズガルズの大蛇と戦うのに手一杯であったからだ。
 光のフレイは炎のスルトと戦った。フレイが倒されるまで激しい死闘が繰り広げられた。しかしフレイにとって、妻とした絶世の光り輝く美女ゲルズのために召使いのスキールニルにやってしまったあの名剣がないのが命取りであった。
 この間に、冥界ヘルの入り口に縛られていた地獄の番犬ガルムが自由の身となってテュールに挑み、互いに相討ちとなっていた。
 トールはミズガルズの大蛇を倒した。しかし九歩下がったところでトールは倒れた。大蛇の猛毒を浴びせられていたからだ。
 オーディンは怪物狼フェンリルに飲み込まれてしまった。それが彼の最後であった。
 だがそれを見た無口だがトールに次ぐ強者と謳われたオーディンの子ヴィーザルがただちに駆けつけ、片足で狼の下あごを踏みつけた。彼の靴は特別製で、靴を作る時に切り捨てる端の皮を丹念に集めておいてそれを合わせて作ったものなのだった。そしてもう一方の手で上あごを押し上げて口を引き裂いてしまったのだった。
ロキはヘイムダルと戦い相討ちとなった。
 こうして炎のスルトは大地に火を投げて世界を焼き尽くしてしまうのだ。
『巫女の予言』は語っている。

スルトは南より枝の破滅(火)もて攻め寄せ
戦士の神々の剣より太陽がきらめく
岩山は砕け
女巨人は倒れ
戦士は冥府への道をたどり
天は裂ける

オーディンが狼を相手に戦を挑み
ベリの輝く殺し手(フレイ)がスルトに立ち向かう時
二度目の悲しみがフリーン(オーディンの妻フリッグ)に迫る
フリッグの夫がそこで倒れるなれば

オーディンの子ヴィーザルは屍の獣、狼を相手に戦いを挑み
フヴェズルング(ロキ)の子の口より胸に深く剣を指し貫いて
父の復讐を遂げん

フロージュンの令名高き子(トール)は大蛇より九歩退けど
恥辱にあらず
人はすべて家より立ち退かざるべからず
ミズガルズの神、怒りにまかせて打ちまくれば

太陽は暗くなり
大地は海に没し
きらめく星は天より墜ちる
煙と火とは猛威をふるい
火炎は天をなめ尽くす

 かくして全世界が焼け、神も戦士も人々も死んだ。しかしやがて、海中から緑の大地が浮かび上がり、そこには種もまかずに穀物が育つ。父オーディンの敵である怪物狼を倒したヴィーザルは生き残った。またバルドルがヘズに誤って殺された時、その敵をうつために生まれて、定め通りにヘズを討ったあのヴァーリも生き残った。かれらはスルトの炎を逃れたのだ。彼らは以前アースガルドのあった場所イザヴェルに住む。そこにトールの子モージとマグニがやってきた。彼らはトールの遺品である「槌のミョルニル」を携えていた。
 そこに定めに従い、冥界からバルドルとヘズとが戻ってきた。かれらは共に腰を下ろして先に起こったことども、ミズガルズの大蛇やフェンリル狼などのことを話し合った。この時彼らは、かつてのアース神たちの持ち物であった黄金の将棋を草むらに見いだすのだった。
『巫女の予言』は言う。

スルトの炎、消ゆる時
ヴィーザルとヴァーリは神々の館に住まん
モージとマグニはヴィングニル(トール)の戦いの後
ミョルニルを手に入れん

ところで、ホッドミーミルの森と言われるところに、スルトの炎が燃えさかっている時、リーヴとレイヴスラシルという人間の男女が身を隠し、朝露で命をつないでいた。この二人からやがて世界にたくさんの子孫が生まれることになる。
また太陽も再び天にあることになるが、それは太陽が自分に劣らぬ美しい娘を生んでいたからなのだ。娘は母と同じ軌道を巡ることになる。
しかしこの先のことは誰も知らない。

 神々の黄昏については以上のように『巫女の予言』とそれに基づいた『スノッリのエッダ』は語っています。非常に「絵的」な語りで描写がイキイキしており文学性において優れていると言えますが、問題はやはりここに見られる「終末論」となるでしょう。こうした「世界の終末」についてギリシャ神話はほとんど語ってきません。ただしストア学派などの哲学思想にはありますが、それはあくまで存在論的な世界把握の場面でのことで「天変地異や悪の勝利」といった自然的・倫理的な現実性は持ちません。
 この「神々の黄昏」と似ている終末論はキリスト教の特に『ヨハネ黙示録』にある思想となるでしょう。そこではやはり「天変地異」と「悪の勝利」がはじめにあって、その後に「神の国の到来」となります。これは全く宗教的・倫理的なものです。しかし今みたゲルマン神話はそうした「宗教性」や「倫理性」はほとんど伺えません。あるのは「自然」を見る見方だけだと言えます。つまりこの自然世界は「終わる」という、ただそうした素直な自然観があるだけです。
 むろんこの終末の末に新たな世界が浮かび上がってはきますが、それについて確かに『巫女の予言』では「永遠の幸福な生活」という言葉は見られるものの、それが「目的とされる国」、つまりそれを目指して生きるべきといった「目的論的倫理性」は語られてはこず、いわんや「神への信仰」など全然でてきません。
 私たちはここに古代ゲルマン人の素直な「自然観」をみておけばいいのだとしかいえないでしょう。ただしこうした終末論を持っていたことが後にキリスト教の世界観を受け入れる素地になっていたということはあるのかもしれません。

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