6. ケルト・ゲルマン、北欧神話の神々 - 4. 主神オーディンとトール等の主要な神々 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ケルト・ゲルマン、北欧神話の神々
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INDEX
1. ケルト神話の様相
2. エッダと北欧神話の世界
3. ゲルマンの神々
4. 主神オーディンとトール等の主要な神々
5. 悪神ロキの物語
6. 神々の黄昏と世界の終末
7. ゲルマン的英雄像

4.

主神オーディンとトール等の主要な神々


はじめに
 世界を創造した神「オーディン」たちは世界の真ん中に在って世界に君臨し、その一族は「アース神族」と呼ばれました。その「アース神族」の主神が「オーディン」であり、そのほかアース神族を代表するのが「トール」と「テュール」とされて、この三人は英語でそれぞれ「水曜」「木曜」「火曜」に名前を残し、かつては三人ともゲルマン民族の部族ごとの主神であったと考えられるのでここではこの三人の物語を紹介することにします。その他、先住民族の主神と考えられゲルマン民族に融合していった部族の主神であったと想像される「フレイ」がこのアース神族の中でも大きな地位を占めているので彼についても紹介しておきます。

オーディン
 アースの神々の中でもっとも年長となる神「オーディン」はその兄弟と共に作った世界に「王」として君臨することになったわけで、そのためオーディンは「アルファズル(万物の父)」という別名を持ちます。他にもたくさんの名前を持ち、それはさまざまの部族の人たちがさまざまに呼ぶに応じてのことだとされます。
 こうしてオーディンは「万物の父」として他の神々はすべて子が父に仕えるように彼に仕えると言われ、オーディンの他に超越した地位が言われます。
 ここはギリシア神話でのゼウスとは大きな違いを見せています。この「絶対者」を持つか否かという「民族の精神」の違いは、ホメロスの物語に見られるようにギリシアの「王」が単に「民衆の第一人者」であるにすぎずやがては「民主制」を生み出していったのに対して、ゲルマン民族は「絶対的君主」を持ちピラミッド型の「封建制社会」を完成させたのとの違いとなって現れてくることになります。
 
 彼が住む館は世界中でもっとも壮麗な館であり・・・(アースの神々の紹介ではその館の立派さがひどくこだわって紹介されていました。この精神はやがてゲルマン人が支配した西欧で壮大華麗な宮殿が造られていく精神につながるようです。他方のギリシアは神殿や劇場など公共物の建造にはひどくこだわりましたが私宅にはとんとこだわっていないあり方との違いになっています)・・・その名前は「グラズヘイム」と呼ばれて極楽のような世界であると言われます。ここに彼はひときわ高く壮麗な座を持ち、その周りには主立った神々のための座がしつらえられていました。
 そしてこの館には「ヴァルハラ」と呼ばれる広大な館が付設されており、その館の屋根は「盾」でできており、垂木は「槍の柄」が使われていました。ここに住んでいるのはかつて地上に住み、戦場で勇敢に戦って死んだ英雄・豪傑たちで、ここでは「アインヘルヤル」と呼ばれていました。彼らは選ばれてこの館に連れてこられたのです。すなわちオーディンは地上で戦いがあるたびに「ヴァルキューレ」と呼ばれる武装した姿の戦いの乙女たちを遣わし、戦場で活躍していた勇士を、時にはわざわざ戦死させてまでつれてこさせるのでした。それはやがて来たるべき世界の終末戦争に備えるためで、ここで彼らは朝起きると中庭で武術に励んで、そして正餐の席に着くのでした。彼らに供される肉は「セーフリームニル」という特別な猪の肉であり、この猪は殺されて肉料理にされてもまた元通り生き返ってしまうので尽きることがないのでした。料理人も特別なら、料理の大鍋も特別なものなのでアインヘルヤルがいくら増えても困ることはないのでした。もちろん「飲み物」も特別でヘイズルーンという雌山羊の乳房から絶えることなく流れ出る「蜜酒」でした。給仕を務めるのは彼らを選んでここに運んできたヴァルキューレがみずから務めていました
 どうもこういうのが古代ゲルマン人戦士の理想だったようで、こういう信仰、つまり勇敢に戦って戦死したら神々のもとに招かれて神々と共に戦う終末戦争のために武術に励むことができ、正餐では美しい少女たちに仕えられて宴会にあって仲間たちとワイワイやりながら肉や酒をたらふく食らう、というようなあり方です。ギリシアの英雄・戦士たちのモチベーションが「名声・名誉」にあったのとくらべかなり具体的なのがおもしろいです。
 またこの「ヴァルハラ」とか「ヴァルキューレ」とかの名前はヴァーグナーの楽劇「ニーベルンゲンの指輪」で有名ですが、この楽劇はこのゲルマン神話を下敷きに中世キリスト教的な物語に仕立てられたものをもとにしたものです。
 他方、これはオーディンの主催になる宴会ですから主人のオーディンも当然出席しているわけですが、彼は自分の前に置かれた食べ物はすべて自分のペットである二匹の狼にくれてやるのでした。というのもオーディンは「ワイン」だけしか口にしないからで、それだけで十分なのでした。
 ペットというと、オーディンはさらに二羽のカラスも飼っていて、それはそれぞれ「フギン(考え)」と「ムニン(記憶)」といい、彼らは毎日地上を飛び回ってあらゆることを見て回り、夕暮れ戻ってきて宴席のオーディンの肩に止まって見聞きしたことを報告するのでした。
 また彼の馬はというと「八本の足」を持った「スレイブニル」という名前の怪物馬であり、八本の足を使って疾風のように走ることができるのでした。
 また、彼の武器は「グングニル」という名前の「投げやり」であり、彼は戦闘のさい真っ先にこの槍を敵に向かって投げつけるのでした。
 そして彼は指や腕に「黄金の輪」をつけているのですが、これこそ彼の「王権」を象徴するもので、この指輪と腕輪とは九日目ごとに八つの自分と寸分違わぬ「子」の指輪と腕輪を生み出すので、オーディンの宝物は限りなく増え続けるのでした。
 このオーディンは「片目」であることが特徴としてありますが、それは彼が世界を支配するに必要な「英知」を得るためその知恵を含んでいる「ミーミルの泉」の蜜酒を飲もうと望み、その泉を持つ巨人の「ミーミル」がその代償としてオーディンの目を要求したために片目を彼に与えてしまったからでした。おかげで彼の片目は今もってミーミルの泉に沈んでいますが、その代わりオーディンは最高の知恵を得ることができたのでした。
 また魔力を持つ神聖な文字・・・(文字は古代人にとっては不思議で魔的な力と思われていた。日本でも「言霊」という言い方にそれが現れている)・・・を発明したのも彼であり、そのために彼は自分自身を世界樹に吊し、九日の間飲食を絶って、槍で自分を傷つけ、自らを最高神、つまりオーディン自身に犠牲として捧げるという苦行をしたといいます・・・(ゲルマン民族は人間を犠牲として木に吊すという習慣を持っていたことが知られ、それをキリスト教がクリスマスツリーに人形を吊すことで昇華させていったとされます)・・・。
 またオーディンの息子の「ブラギ」が司ることになった「詩」を神々と人間のもとにもたらしたのもオーディンでした。彼は巨人のスットゥングが所有していて、その娘グンレズが番をしている「詩の蜜酒」を手に入れたいと願い、蛇に身を変えてグンレズのもとに忍び入り、そこで彼女と三日三晩にわたって床を共にして、その上でグンレズに三口だけでいいからその「詩の蜜酒」を飲ませて欲しいと願い、グンレズが差し出した三つの容器に入った詩の蜜酒を三口ですっかり飲み干してしまったのです。そして今度は「鷲」に身を変えてアースガルズに飛び帰ってきて用意されていた瓶の中にその蜜酒をはき出し、これ以降ブラギがその酒を守りつつこの酒を与えることで神々や人間の世界に詩を広めたのでした。真実の詩人というのはこの酒を口にした者なのですが、人間界には真実の一流の詩人の他に二流・三流の詩人がいて、彼らはそのおこぼれを口にしたからなのでした。つまりオーディンが逃げ帰ってくる時、それと気付いた巨人のスットゥングが同じく鷲に身を変えて追いかけてきたのですが、オーディンはそのためにあわてて数滴の蜜酒を口からこぼしてしまったのです。それを手に入れた人間が二流・三流の詩人になっているというわけでした。

トール
 トールについてはアース神の中でも最強の神とされていますが、その逸話についてスノッリは他の神々とは例外的にかなり長く紹介しています。ここでもそれに基づいて紹介してみましょう。
 ある時トールは羊の車に乗って旅に出た。ロキも同乗していた。彼らはある晩一人の百姓のところにやってきて宿をとった。トールは夕餉のために山羊を二頭とも屠り、皮をはいで鍋で煮た。トールは百姓とその家族も食事に誘った。百姓の息子の名前はスィアールヴィといい娘の名前はレスクヴァといった。トールは山羊の皮を火のそばに広げて百姓に骨はその皮の上に投げて置いておくように言った。トールは一晩そこで眠ると早朝早く起き出して衣服をつけ、槌のミョルニルを振り上げて山羊の皮を浄めた。すると山羊たちは生き返って立ち上がったが一匹の山羊は後ろ足がびっこであった。トールはそれに気づき、百姓の家族のだれかが山羊の骨を丁寧に扱わなかったと知って怒った。これは息子が前夜山羊の骨をナイフで切り裂き随までこじ開けてしまったその部分の骨であった。百姓の家族は、烈火のごとく怒って槌を堅く握りしめているトールを見て怖れ、皆で泣いて謝り命乞いをした。トールはそれを見て怒りを和らげ、息子と娘とを自分の従者とすることにして許した。それ以来二人は常にトールに付き従っている。
 トールたちはそこから東のヨーツンヘイム(巨人族の土地)に向かい、海のところまでくるとその海をわたって上陸した。それからしばらく進むと大きな森の前に出た。彼らは一日中その森の中を歩いた。従者となったスィアールヴィは走ることにかけてはだれにも負けない速さを持ち、トールの荷物を担いで歩いた。暗くなって宿を探し、大きな小屋のようなものがあった。小屋の入り口は大きく小屋全体とおなじくらいであった。彼らはそこに入って寝たが夜中に大きな地震が起きた。トールは立ち上がり手探りで前に進むと小屋の真ん中の部屋の右手にもう一つの部屋があった。トールはドアのところに座って身構えていた。騒音とうなり声がずっと続いた。夜が明けてトールが外に出てみると一人の大きな男が寝ていた。男はすさまじいいびきをしていたのでトールは昨夜の物音の正体が分かった。トールは我が身に力を入れようとしたがその時男が目をさました。あまりに巨大な男であったのでさしものトールも槌を振り上げるのをためらった。
 トールは男に名前を聞いた。男は「自分はスクリューミルだ」と名乗ったが、続けて「しかし儂はおまえの名前を聞く必要はない、おまえがアースのトールだということは知っている、だがおまえは儂の手袋をどうしたのだ」と言って手袋を拾い上げた。そこでトールは昨晩「小屋」だと思ったものがスクリューミルの手袋であったのだと知った。
スクリューミルはトールに一緒に旅していいかと尋ね、同意されると自分の袋から食料を取り出して食べた。トールたちも食事をした。その後スクリューミルは荷物を一緒にしようと言って皆の荷物を一つの包みにした。こうして彼らは再び歩いていった。夕方になって一本の樫の木の下でスクリューミルは横になるとすぐにものすごいいびきをかき出した。
 トールたちは食料を取り出そうと包みをほどこうとしたが何としても結び目一つゆるむことがなかった。トールは怒り、槌のミョルニルをつかむやスクリューミルに近づいてその頭に一撃を食らわした。スクリューミルは目を覚まし、「オヤ、木の葉でも落ちてきたのかな」とつぶやくとトールを見て、まだ寝ないのかいと言ってきた。トールたちはやむなく別の樫の木の下で寝たけれど寝付けるものではなかった。真夜中になって、相変わらずすさまじいいびきをかいて寝ているスクリューミルをみてトールは怒り、再び槌を手にして近づき力一杯脳天に振り下ろした。槌の先が脳天深くめり込んだ。するとスクリューミルは目を覚まし「オヤ、ドングリの実でも落ちてきたか。トール何をしているのだ」と言ってきた。トールはあわててみんなのところに戻った。夜明け前になった。相変わらずスクリューミルはすごいいびきをかいていた。トールは三度起きあがって槌をつかみ今度はあらん限りの力を込めて男のこめかみに槌を振り下ろした。槌は柄までのめり込んだ。しかしスクリューミルは起きあがり、こめかみをなぜながら「枝が落ちてきたみたいだな」といったきりで、「さて、目指すウートガルズと呼ばれている城市まではもうすぐだ、おまえたちは儂のことを大男だとしゃべっていたがそこに行くと儂なんぞよりもっとでかい男たちに会うことだろう。だから忠告しておくが、そこの王であるウートガルザ・ロキという名前の王の従者たちは子供だましが大嫌いだ、だから引き返した方がいい、だがどうしても行くというなら東の方角に行け、儂はあの山を越えて北に行くよ」と言って分かれていった。
 トールたちは再び歩き、昼頃になって野原に城が見えた。その高さは上に目を上げて反っくり返って頭が背中についてしまうほどだった。城に近づくと柵があったが何としてもそれはビクともしなかった。やむなくトールたちは柵の隙間から潜り込むことにした。向こうに広間がみえたので近づくと大勢の男たちがベンチに座り中央にひときわ大きな男がいた。ここの王ウートガルザ・ロキと知り近づいていった。すると王はじろりとトールを見て笑い、「さてこの若造が車のトールだと思ったのは間違いかな。しかし見かけよりは優れた者なんだろう。とにかくここでは何かひとかどの芸で他人にぬきんでていないような者はいてはならないのだ」と言った。そこで後ろに控えていたロキが進み出て、自分は食べ比べならだれにも負けません、と言った。それをきいて王は、それでも芸には違いない、ならば試してみようと言ってベンチに座っていた男たちの中から「ロギ」という名前のものを召し出した。そしてそこに長い樋が置かれてたくさんの肉が入れられた。二人はそれぞれの端に位置して合図とともにその肉を猛烈な勢いで食べていった。そしてちょうどその樋の真ん中のところで二人は鉢合わせしたけれど、ロキは肉だけを食べており骨は残していた。一方のロギは肉や骨ばかりか肉が置かれていた樋まで平らげていた。ロキの負けであった。
 ウートガルザ・ロキはもう一人の従者の男であるスィアールヴィに向かって、おまえは何ができるのか、と聞いた。そこでスィアールヴィは「駆け比べ」ならと答えた。王は「それは立派な技だ、よほど自信があると見える」と言うと「フギ」という少年を召し出した。二人は競技場に行き合図と共に走り出した。しかしフギは決勝点に入ってスィアールヴィを振り替えるほどの余裕を持っていた。王は二回目の競技をさせた。今度は大差であった。王は満足そうに「この男もなかなかよく走る、だがとても勝つ見込みはないだろう」と言ってそしてさらに三度目となったが、フギが決勝点に入った時スィアールヴィは半分にも達していなかった。
 こうしてウートガルザ・ロキはトールを振り返り、「トールのすごさについてはいろいろ言われているが、さてここでどんな技を見せてくれるかな」と尋ねた。そこでトールは「酒飲み比べ」と言った。王は、それはいい、といって角杯を持ってこさせて言った。「一息で空にできたら見事だ、二息でできる者はいくらかいる、だが三息で空にならなかったからといって酒飲みではないとはいえないだろう」とからかった。トールは角杯をみて少し大きいなとは思ったが飲めないとは思わなかった。そして一息でグイグイあおって飲んでもういいだろうと思って口を離して中をのぞいたところ全然減っていないように見えた。王はトールをからかった。怒ったトールは再び角杯に口をつけ力一杯飲み続けた。しかしやっぱり全然減っていなかった。王はまたもトールをからかった。トールは怒りに怒って三度角杯を口にしてあらん限り息の続く限り飲み続けた。そして中をのぞくと今度はかなり減っているのが見えた。こうしてトールは杯を置いた。
 王は、「アースのトールが思ったほどたいしたことはないということが分かったけれどもっと他の競技をしてみるかい」と言った。トールは「いいだろう、だがどうも妙な気がする。こんな風に飲んでたいしたことがないなんて」とつぶやきながら「何をしたらいいか」と尋ねた。すると王は「たいしたことではないけれど、ここの若者たちがよくやることだが儂の猫を持ち上げてみせてくれ。もっとも先ほどたいしたことがないというのを見ていなかったらこんなつまらんことは要求しなかったのだがね」と言った。そして一匹の灰色の猫が広間に飛び出してきた。そこでトールは猫に近寄り、腹の下に手を差し入れてもちあげようとした。猫は背中を丸めた。しかし持ち上がらない。トールはできる限り手を伸ばし、やっと猫の片足が持ち上がった。しかしそれ以上は無理だった。
 そこで王は「思った通りだ、トールは小さいからなあ」と言った。トールは怒り「小さい、小さいというがそれじゃ俺と力比べをしてみるがいい」と怒鳴った。王は「それじゃお手並み拝見といこう、先ず儂の乳母のばあさんとやってみてくれ」といった。ばあさんの「エリ」が出てきて二人は相撲をすることになった。だがトールが攻撃すればするほどばあさんのエリは盤石のように動かず、今度はエリが攻撃にでるとトールの片足は浮き、こうして二人は激しく戦いつづけたがまもなくついにトールは片膝をついてしまったのだった。
 しかしともかくトールたちは客分としてのもてなしを受けて一晩を過ごし、朝になって出発することになった。ウートガルザ・ロキは見送りに一緒に門の外までやってきた。そしてトールが「あんたたちが俺のことをとるに足らぬ奴とよぶことは分かっている。だからいい気分がしない」と言ったのをきいて、「もう城の外にでているから本当のことを教えてやろう」と言った。「儂が生きているうちは二度とおまえを城の中に入れることはしないだろう。もしおまえがこんなにも力があるものすごい奴だと知っていたら、儂らの危険を思ってはじめから城の中などにいれはしなかったよ。じつは儂はおまえの目を欺いていただけなのだ。はじめ森の中で儂がおまえたちに出会って荷物を一緒にしたけれどおまえたちがそれを開けられなかったのはこっそり鉄線で全部しっかり縛っておいたからさ。次におまえは三度儂の頭を槌のミョルニルでたたいたけれど、あれはまともに食らっていたら儂の頭は砕け散っていたよ。あの山を見てみろ、三つの大きな谷ができているけど順番に谷がでかくなっている。あれがおまえの槌で打った跡だよ、幻で頭の代わりにあれを打たせていたわけさ。競技も同じで、最初の食べ比べでのロキの相手というのは野火だったのさ。だから肉でも骨でも樋までも何でも燃やし尽くしてしまったわけだ。また駆け比べでスィアーヴィの相手をしたのは儂の思考だったのだ。儂の思考のスピードに敵う奴などいるわけもない。そしておまえが飲んだ角杯だが、あれの端は海につながっているのだ。だから空になるわけもないのだが、仰天したのが三杯目で、おまえは大量の海の水をのんでしまったのだ、だから海にいってごらん干潟ができているだろう。猫の時は、おまえが猫の片足を持ち上げた時には儂ら全員怖れおののいたものだ。なぜならあれは猫ではなくてこの大地をぐるりと取り巻いているミズガルズの大蛇だったからさ。最後のエリとの相撲もそうだ。エリというのは「老齢」なのだ。老齢と戦って勝った試しのある者など存在しない。それなのにおまえは老齢と戦ってせいぜい片足をついたぐらいのものだった。さてこれで本当の別れだ、しかしもう儂のところを尋ねようとはしない方がお互いの身のためだろう。今度は儂はあらゆる手段を講じて城を守るつもりだから」と言った。
これを聞いてトールは騙されたことに怒り槌を振り上げたけれどウートガルザ・ロキの姿はどこにもなく、また城も何もかもすべてなくなり一面の野原が広がっているだけであった。こうしてトールたちは戻ってきたが、トールは大蛇を探しに行こうと心に決めていた。
 話はここからトールの大蛇探しとなり、巨人の漁師のところに行き、大蛇をつり上げるのに成功するけれど大蛇を怖れた巨人が糸を切ってしまい逃がしてしまった話が続きます。それ以外トールについてはさまざまの話があります。

テュール
 テュールは「戦の神」で「もっとも大胆な神」と言われ「戦において勝敗を決めるので戦士はこの神に祈願する」と言われるので元来「戦の神」として崇拝されていた神であり曜日に名前が残るほどですから主神級だったのでしょう。そのため「また非常に賢く、賢い人をテュールのように賢い」と言われていますが「エッダ」では主神扱いは受けていません。彼についての物語は「片手」を失った次第の話となります。
 ロキが巨人の女から三人の子どもを生み、一人は「狼のフェンリスウーヴル」一人は「大蛇(トールと関わったミズガルズの大蛇)ヨルムンガンド」もう一人は「身の半分が青い怪女ヘル」でした。この三人がヨーツンヘイムで育っていたとき神々はこの三人がいずれ神々の最大の敵になることを予見してその三人を召し出すことになります。そして大蛇は海へと放ち、半分の身体が青い女の怪人ヘルは地下のニブルヘイムへと送り、こうしてヘルは死者の女王となったのでした(英語の「地獄」を表すヘルの語源)。
 狼についてはこれがだんだん大きくなって、どの予言もこの狼がやがて神々に災いをもたらす(オーディンがこの狼に倒される)となった時神々は相談してこの狼を捕獲しておこうと相談しました。殺してしまっては神の地を汚すことになるからです。こうして一つの強力な足かせを作り狼に向かっておまえはとても強いそうだがこの足かせで試してみないかとそそのかした。狼は一見してたいしたことはないと見て取り足かせをかけさせ一振りでそれを吹き飛ばしてしまった。神々は驚きさらにものすごく強い足かせを作って再び狼をそそのかした。狼は今度のものは強そうだと思ったが名前を挙げるには危険に身をさらさなくてはならないと考えて足かせをかけさせた。そして狼は身体を揺さぶり、足を踏ん張り力を入れると足かせはバラバラになって飛び散ってしまった。神々は怖れ、オーディンは細工で名高いこびとのところに使者を送り、特別な足かせは作らせた。それは「猫の足音、女のヒゲ、山の根っこ、熊の腱、魚の息、鳥の唾」から作られていてそれ故今日それらは世界に存在しないことになったという。こうして作られた足かせは細い絹糸のようであり、これを狼のところに持っていってこれで試してみろとそそのかした。狼は、そんな細い糸みたいな紐など引きちぎっても名誉にならないし、また何か策略が裏にあるのだったら嫌だから今度はやらないといってきた。そこで神々はおだてたりすかしたりして足かせをかけさせようとし、ついに狼はそんなにいうのなら保証としてだれか自分の口の中に手を差し入れておいたらやってもいい、と言ってきた。これにはみんな困ってしまったのだけれど、とにかく放置できないということでテュールが進み出て狼の口の中に自分の手を差し入れたのでした。こうして狼は足かせをはめられ、今度ばかりは紐はビクともしませんでした。こうして狼は捕らえられてしまったのですが、テュールは代わりに自分の手を失うことになってしまったのでした。狼は決して逃れられないよう二重三重の囲みにくるまれ口は一本の剣がつっかい棒のように差し入れられてその上地中深く埋められてしまいました。しかし世界の終末に至ってこの狼はここを逃げだしていくことになるのでした。

フレイ
 フレイは「雨と光を支配し大地をはぐくむ」と言われ「豊穣と平和」をこの神に祈願すべしと言われます。「美男子の神」とされますが、彼は三つの宝を持っていました。一つは自ら一人で戦って敵を倒すという宝剣でしたが、彼はこれを失うことになり、それが結局最終戦争において彼の命とりとなってしまうのでした。しかし彼はそんな剣を持たないでも十分に強かったのであまり気にしなかったのでしよう。
 その剣を失うきっかけは彼の熱情が原因でした。ある時フレイは世界を眺め北の方に目をやったときあるところにきれいな家が目にとまりました。そこにこの家の方に一人の娘が歩いてきて手をさしのべてドアを開くと彼女の手から光りがさして世界がパッと輝いたのです。この娘の名前は「ゲルズ」といってあらゆる女たちの中でもっとも美しい少女でした。フレイは自分こそが光りの元と思っていた高慢の鼻をへし折られた思いで心を暗くして家に戻ると寝ることも食事をすることもなくうつうつとしていました。父の「ニョルズ」は心配しフレイの下男「スキールニル」を呼び出し、訳を探るように言いつけました。そして彼は主人のフレイのところに戻り訳をたずねました。するとフレイは、「自分は美しい少女を見初め恋してしまった、彼女なしには生きていられないほど恋いこがれている」と言い、その上で「俺の使いとして娘のところに赴きここに連れてきてくれ、父のことは気にせんでいい、さすれば何なりと褒美をとらせよう」と言ってきたのでした。下男のスキールニルはそれなら使いにいきますが成功すればあなたの宝剣をいただきたいと願い、フレイは惜しみなくやることを承諾してしまったのでした。こうしてスキールニルは出かけていって首尾良く彼女に求婚を承諾させ、かくしてフレイは宝剣をうしなったのでした。そしてこれ以降彼は牡鹿の角で戦うことになってしまったのでした。
 しかしフレイはさらに二つの宝物を持っていて、一つは「スキーズブラズニル」という船であり、これは神々の全軍が完全武装して乗り込めるほどの巨大な船なのに、布のように折りたたむことができて袋にしまうことができるほどの小ささになるという。これは多分「雲」をイメージしており、フレイが天空の神であったことと関係していると考えられます。ですから、この船が航海に出ているときは必ず順風が吹くと言われます。
 もう一つは「金色の毛を持つ猪」でありこの猪は空中であれ水中であれ走ることができ、どんな駿馬よりも早く、またその毛から発される光は闇夜も明るく照らすというものでした。これは多分太陽をイメージしているのでしょう。

 さて以上にみたように、ここにはギリシアの神々と同じような「人間くさい」神々がいますが、一番の違いは「神と人間」という関係が描かれていないことで、また「神々が死ぬ」ということが前提されているのでこれでは「人間の物語」と全然違わないように見えます。このあり方はちょうど日本の『古事記』に見られる神の姿と同じであり、こうした神のあり方というのも世界中にあるということです。それにも関わらず彼らが「神」とされるのは彼らが「守護者」として崇拝・祈願の対象になっているからで、これは彼らの卓越した「能力」が見られてのことでしよう。この「能力」ゆえに「神」とされるという構造はギリシアでも同様であり、これが西欧の古代人における「神」の基本的な考え方だったのだと思われます。つまり、後に西洋人が帰依することになるキリスト教が持っている「救済」という観念は、古代にはほとんど見られないということであり、この「救済」を目的とする神は、古代ではペルシアにありますけれど、むしろキリスト教・イスラームという後代の宗教の特質であると言えるでしょう。

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