5. 古代エジプトと中東の神々 - 2. 古代エジプトの主要な神々 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

古代エジプトと中東の神々
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INDEX
1. 古代エジプト神話とその死生観
2. 古代エジプトの主要な神々
3. メソポタミア、シュメールの神話
4. セム族の主神「バール神」とヘブライの「ヤハウェ神」
5. ヘブライの神話
6. ペルシャの神々とゾロアスター教

2.

古代エジプトの主要な神々


 エジプトは、上エジプト(ナイル河の上流地方)と「下エジプト(下流地方)」に大きく二分され、それぞれが一つの領域として勢力争いをしていました。従ってエジプトの神々といっても一つの国の神としての体系があるわけではなく、また、支配者の交代や各地方色、つまり時代や場所によってさまざまの多様な姿を示し、さらに神々が習合したりしているためすっきりと紹介するのは殆ど不可能と言えます。
 ここではその複雑な神のあり方について細かく説明しだすとかえって「神の姿」がみえなくなってしまう怖れもあるので、ポイントを示すような形で重要な神とされる神々を紹介しておきます。

「オシリス神」
 普通の言い方をすれば「冥界の神」となりますが、古代エジプト人にとっては「死後の生活」というものが最大の問題であったので、その「死後の生活」を管轄する神として「最重要視された神」という位置づけになります。
 また「地上にある王」は次に紹介する「ホルス神の化身」とされていたため、このホルス神の父となるオシリスは
「亡くなった先王」と同一視されることにもなりました。
 またオシリスはエジプト民族にとっての
「原初の神」と考えられ、そのため「豊穣の神、農耕の神、水と植物の神」としての性格も失わずにいます。
 さらに「法律」や「祭儀」を教えた
「文化神」という性格ももっていました。エジプトの王が「安定のシンボル」として奉納した「ジェド柱」は植物や穀物の茎を束ねたものでオシリス神そのものを表していました。この「植物」の性格はちょうどギリシャでの「デメテル」と同じく「一度地下に隠れ、新たなものとして再生する」ものとして「再生の神」の性格を付与するわけで、こうして豊穣の神としてのオシリス神は「冥界の神・再生の神」とされていったと考えられます。

「イシス女神」
 オシリスの妹にして妻となる女神ですが、元来は「座」を意味して「オシリスの玉座」を意味していたのだろうと考えられています。つまりオシリスを支え、その子を産む「母性」と考えられ、そのため「良妻賢母」として描写される反面、夫や息子のためには「したたかで強い女性」の面を見せてきます。後代になってエジプトの勢力が衰えて神々も失墜していく中、彼女だけは生き残りギリシャ・ローマ世界にあってもその信仰が保たれ神殿も造られていました。また、母として息子ホルスを抱いている絵が良く描かれていますが、これは後の「聖母マリア」へと引き継がれたのではないかとも言われます。

「ホルス神」
 「隼」の姿で描かれていることで一般にも良く知られている神であり、エジプトの神体系の中でももっとも有名な神の一人です。オシリスの息子であり、オシリスがその兄弟セトによって殺されたのち、「父の仇セト」を討って「新たな支配者・王」となります。従ってエジプトの王はホルスと同一視されることになったわけです。
 王家ばかりではなく一般人にとっても
「後継者」のシンボルとしてその信仰が強くあったと言われます。重要な神であったためさまざまの姿で描かれ非常に多様な姿を示してきて一つの姿にまとめるのが困難な神の一人になります。
その多様性の中で特に重要な表現としては次のようなものがあります。
1、ハロエリス、ないしホルセムス、「大ホルスまたは老ホルス」。
2、ホルベヘデティ、あるいは「エドフのホルス」。
3、ホルアハティ、あるいは「地平のホルス」。
4、ハレンドテス、あるいは「父の後見人ホルス」。
5、ホルサイセ、あるいは「イシスの息子ホルス」。
6、ハルポクラテス、あるいは「幼児ホルス」
ギリシャ人はこの神を「アポロン」と同一視しています。

「セト神」
 オシリス神話では「敵役・悪役」を演じている「セト」ですが、この神も複雑きわまりない神です。描写的には「犬科のような得体の知れない動物の姿」を持ったものとして描かれており、一般には「砂漠」を体現するような、従って赤色で表現され、嵐と暴風、争乱と病気などと結びついて「混乱の神」とされます。そのためギリシャ人は「巨大な怪物テュフォーン」と同一視していました。
 他方でこの神は、外国およびエジプト在住の
「アジア系民族の神」であったともされ、あるいはまた上エジプトの「オンボス」で信仰されていたという証拠もあり、あるいはまた下エジプトのデルタ地方でも信仰されそのためその東デルタを起源とする「ラムセス王朝」がセト信仰を持っていたと言われます。その場合この神は多分「戦争の神」であったのかも知れません。
 オシリス神話というのは「ホルス信仰」を持つ部族と「セト信仰」を持つ部族の戦いを背景に「ホルス信仰部族の勝利」を物語る話であったのかもしれません。

「ラー神」
 エジプトの「太陽神」として有名な神ですが、「太陽」そのものをシンボライズしているわけですから「原初の神」「天地の創造者」「万物の王」といったイメージでとらえられ普遍的な神となります。地域的には「へリオポリス(ギリシャ語で文字通り「太陽の都」の意)」が信仰の中心地であったとされます。
 しかし「地域神」であるよりむしろその性格から
「王権」と結びついて「王はラーの息子」として「ラー」の名前をその名前の中に持つ王も多くなります(たとえばカフラー王)。

「アメン神」
 上エジプトの首都「テーベ」の守護神として、結局はその上エジプトに支配されていた時代のエジプト全体の守護神として絶大の信仰を集めていた神です。「国家神」とされたわけですからこの「アメン」の名前を織り込んだ王の名前も多くあるわけです(たとえばアメンヘテプ王)その信仰の名残を我々は「カルナックのアメン神殿」に見ることができます。そのためギリシャ人はこの神をギリシャの主神「ゼウス」と同一視しました。
 アメンはその性格から「太陽神ラー」と合体して
「アメン・ラー」となったり、「豊穣の神ミン」と同一視されることもあり、また「神託」を与える神として一般大衆の支持も高いものがあったとされます。この性格がギリシャに伝えられて「ドドネのゼウスの神託所」の起源話となっています。

「ハトホル女神」
 この女神も起源がさかのぼれない古い神の一人ですが、「太陽神ラー」の娘として「天空の女神」でした。従って描写される時には基本的に「牝牛の角に支えられた日輪」を頭にいただいた姿で描かれますが、そのほか牝牛や雌ライオンなど様々の姿をとっても描かれています。
 「ハトホル」という名前は
「ホルス神の家」と理解され、「ホルスの守護者=王者の守護者=王の母」といった性格をもちましたが、その信仰はさまざまに多様化し、場所によっては「イチジクの女神、トルコ石の女神」などともされ、また死者がオシリスのいるところに行く途中の「火の島」を通り抜ける際の守護神ともなり、あるいはまた「性愛の女神」ともされて、そのためギリシャでは「女神アフロディテ」と同一視されました。

「プタハ神」
 下エジプトの「メンフィス」の主神であったとされますが、ここが中心となるにつれて全エジプトの主要神となっていったものです。
 人身で描かれ、帽子をぴったりかぶっているような姿と見える姿で描かれますが、通常
「創造神」として知られます。「プタハ」という名前は「彫る者、刻む者」という意味であるとされ、従って「石工や金属工」集団の守護神でした。ですから当然ギリシャでは「ヘパイストス」と同一視されます。
 その性格が「創作・創造」というところに見られると当然
「宇宙の創生」にかかわり、人間にとっては「運命」ともかかわるとされたようです。また「王国の創造」ということなのか、あるいは「玉座の創作」ということなのか良く分かりませんが「王権」とも結びつき、あるいはまた「軍隊の守護神」ともなっています。

「アヌビス神とトト神」
 死者の書に描かれて一般にも有名となっている「山犬の顔」をしたアヌビス神ですが、死者の守り神とされ「ミイラ作り」を司るものであり、死者の裁判の時にその「魂を計る者」として知られます。
 鳥の頭を持ち三日月と満月をかたどった冠をかぶっていることで知られるトト神は
「文字や知恵」を司るとされ、図書館の守護神でしたが冥界での裁判の折の「書記」として公平な記録をとるとされ「公明正大」の代名詞ともされました。

「マアト女神」
 ネフルタリの墳墓の壁画において大きく羽根を左右に広げた美しい姿で知られる「マアト女神」ですが、「宇宙秩序」「正義」「真理」などを表す女神です。ファラオに期待された役割というのはこの「マアト」を守り維持することだったので、太陽神ラーの「国家神」としての崇拝と同時に「ラーの娘」とされていきました。
 死者の裁判においてはその死者の罪を計るのに
「分銅」の役割として「マアトの羽」が使われています。

「ネプティス女神」
死者の書でオシリスの背後にいるので知られていますが、オシリス、イシス、セトなどの姉妹となり、オシリスとイシスが夫婦になったように、セトと夫婦となったとされます。しかし働きとしては「オシリス、イシス」と並んでいて、王権を守る役割を持ちながらもオシリスの居る冥界と関係して死者を悼み遺体を守る女神とされます。従って、死者の棺にはネプティス女神が死者の頭のところに描かれます(イシスは足下に描かれる)。

「バステト神」
 エジプトの「ミイラ」に「猫のミイラ」がたくさんあることが有名になっていますが、それはこの「バステト神」に関わっています。この女神は「猫」の顔をしており神話的には「太陽神ラー」の娘(ないし妹とも妻ともされる)とされるように重要な女神でした。元来はおそらく「雌ライオン」をシンボライズしたものと見られていますが(闘争ないし狩りの女神?)、紀元前1000年頃には穏やかな「猫」の姿になっています。神格としては「豊穣」「愛欲」を司るようになったようで、従ってギリシャでは「穀物の女神デメテル」や「愛欲の女神アフロディテ」と同一視されていました。「猫」はもともと倉に入れた「穀物」を食い荒らすネズミから穀物を守るために野生から飼い慣らされたと言われ、そうしたいきさつで「穀物の神」とされて大事にされたのでしょう。また「愛欲」は「猫の多産」からであると考えられます。この女神のおかげでエジプトでは「猫」が大事にされ、猫をいじめたり殺したりなどすると大変なことになりました。

「アトン神」
 この神は「球」から光線が下方に伸びている姿で表されており、その光線が「手」のようになっています。一見「太陽神」のように見えて「ラー」との関係が分からなくなりますが、元来は「天球」を意味していて「太陽」ではなかったようです。
 崇拝は中王国時代の第十八王朝のアメンホテプ四世の時代に
「唯一神」として確立された時からです。唯一神というのはエジプト的感覚から言えば異端的ですが、「自分の神」だけを唯一としてしまえば支配に楽ですからそうしたことが試みられることは良くありました。唯一神らしく「あらゆる生命の源」とされ「創造の原点」とされました。

「ミン神」
 勃起した男性器を持っていることで知られますが、当然これは「子生み」「生産」「収穫」を表していることは言うまでもありません。こういう性格の神は当然起源が古いものとなりますが、発祥は上エジプトであったようです。

「セラピス神」
 アレクサンドレイア時代に、プトレマイオス王朝によって「エジプトとギリシャの神の融合」を計って作り出された「新しい神」です。これはもちろん支配者である「ギリシャ人」と「被支配者」であるエジプト人との間を融和させる目的で作り出されたものです。
従ってこの神はエジプトの主神「オシリス神」とギリシャの主神「ゼウス」を融合させ、さらにオシリス神が「冥界の神」であることからギリシャの冥界の神「ハデス」も融合され、またオシリスの持つ「再生」の特質からギリシャの医療神アスクレピオスも合体されているとなります。
 こういった性格の神ですから崇拝はアレクサンドレイアの「セラペイオン」が中心でしたが、プトレマイオス王朝が滅亡すると同時にその威光も地に墜ちてしまいました。しかし「ヘレニズム時代」を表すシンボル的なものとして良く知られています。

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