5. 古代エジプトと中東の神々 - 1. 古代エジプト神話とその死生観 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

古代エジプトと中東の神々
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INDEX
1. 古代エジプト神話とその死生観
2. 古代エジプトの主要な神々
3. メソポタミア、シュメールの神話
4. セム族の主神「バール神」とヘブライの「ヤハウェ神」
5. ヘブライの神話
6. ペルシャの神々とゾロアスター教

1.

古代エジプト神話とその死生観


はじめに
 古代のエジプト文明は紀元前3000年頃にはすでにその文明を築き、2500年前後には有名な「ピラミッド」を建設して古代文明の一大モニュメントになっていました。そのエジプト文明は後に「ツタンカーメン王」の墳墓で有名な「王家の谷」とか「王妃ネフェルタリ」で有名な「王妃の谷」さらに現在観光名所になっている「ハトシェプスト女王葬祭殿」などを含む広大な「死者の町、ネクロポリス」を建造しています。そしてその時代を通して「ミイラ」が作成され続けていました。こうした「ピラミッド」「死者の町」「ミイラ」などは、古代エジプト文明が「死後の世界」についての信仰に基づいて形成されていたということを物語っています。
 そしてその信仰は現在「死者の書」と総称されているさまざまの文書や壁画などによって立証されています。

エジプトの神話
 「死者の書」というのは「死後に人間の魂であったものが裁判にかけられて、合格すると「冥界の王オシリス」にお目見えして死後の幸せの生に再生するといった内容になり、ここに生の世界と死後の世界とにかかわる様々の神々が登場してくることになるのですが、ところがそれにかかわる「神々の物語」ということになるとかなり頼りなくなります。
 というのも、おおかたの文書は
「賛歌」のたぐいで、ギリシャ神話に見られるような「神々の物語、神と人間の織りなす物語」というものがほとんどないからです。その理由は、太古の人間にとって「神」というのは「繁栄や災厄の除去の祈願や感謝の対象」という内容をもった「信仰」だったからで、要するに「神への祈願と感謝」だけをやっていれば良かったからです。これは日本でも同様でした。
 これが民族の歴史の中でギリシャ民族の場合のように「賛歌」から「神々と人間の織りなす物語」となった場合もあるのですが、それは「神々と人間との距離が近かった」ことから起きた現象で、エジプトの場合にはつねに「神は信仰の対象」であったことから「賛歌」という形にとどまりました。ですから「神話」形式にはなっていないわけで、これをギリシャ神話風にまとめるのはなかなか難しいわけでした。
 しかしさまざまの文書や絵画などを解きほぐして「テーマ」や「神」ごとに神話としてまとめる作業もされています。ただし、さまざまの賛歌からその神についての記述を集めてくるわけですけれど文書や絵の時代も場所も目的も異なっているわけですから「神」の姿はさまざまに転化して複雑になってしまい、またその「神」とされるものも恐ろしく多数になっています。現在では「辞典」のようにまとめられて本となっているほどです。
 その中で、「神話形式」になっていることで良く知られている「オシリスの物語」がありますが、これはギリシャ人であるプルタルコスが
「イシスとオシリスの物語」という形で「ギリシャ神話風」に脚色したからそうなっただけの話です。
 原語で書かれているエジプト神話としてまとまった形になるのは、古いものでは
「ホルスとセトの争い」ぐらいになるでしょう。そのほかのまとまった物語というのは後代になってのもので「物語形式」が一般に知られるようになって以降のものとなります。
 ここでは先ずその神話形式になっている古い時代の「ホルスとセトの争い」を紹介して、次いでもっとも知られているプルタルコスの「イシスとオシリスの物語」の概要と「死者の書」の中で最も有名な
「アニのパピルス」と呼ばれているものの概要を紹介します。

ホルスとセトの争い
 これは20世紀になって発掘されたものですが(1931年)、このパピルスは紀元前1160頃のものとされるものの、内容はもっと古い原初のエジプトの神観念を表しているとされます。物語はかなり長いものですが、内容の概略は次のようになります。
 
 
オシリス神が「支配者」として君臨していたが、その継承を主張する息子の「ホルス」に対してオシリスの兄弟であった「セト」が自分の方が継承者であると主張して争いになった。神々もそれぞれに味方して収拾がつかず、そこで主立った神々が相談し、「知恵の神トト」に命じて「神々の母ネイト」の意見を聞かせにやったところ、ネイトは「ホルス」が後継者であると答えてきた。
 しかし「セト」はこれに怒り、自分の権利を主張し神々の多くもこれに賛同した。これに対してオシリスの妻でありホルスの母であった
「女神イシス」はあくまで抵抗すると誓った。 
 こうして「裁判」となったが、そこに「イシス」が乗り込んでくることを怖れた神々は、裁判の場所となる「島」への渡し守にイシスを乗せないように命じておいた。しかし、イシスは黄金の指輪を報酬に渡し守を買収してうまく島に渡ってしまった。
 そして美しく装いを整え「若い美女」の姿で神々の元に赴き神々の気を引いた。セトもその女がイシスとは気付かぬまま近づいていったが、イシスはそのセトに向かって「夫が死んだら財産は息子のものとなるのか、それとも違った男のものになるのか」と問うた。
セトが「それは息子のものとなる」と答えたのを聞いてイシスは本性を現し「鷲」の姿となってセトをあざけった。
 セトは騙されたと悟り、イシスを渡した渡し守に罰を下したが、結局、裁定はホルスの勝ちとなったのでセトは怒り、セトはホルスに決闘状をたたきつけ二人は「河馬」の姿となって水中で戦った。
 イシスはホルスを助けようと「投げ針」を水中に投げ入れたところ、はじめにホルスがひっかかってしまったのでイシスはホルスに下がるように命じ、今度はうまくセトに引っかけた。苦しむセトをみているうちにイシスは兄弟であるセト(オシリス、セトは兄弟で、イシスはその妹になる。神々の世界の結婚は皆兄弟・姉妹・身内の間の結婚になってしまうのは当然)に同情心が沸きこれを助けてしまう。
 それを見てホルスは怒り、母イシスの頭を殴ってしまう。イシスは頭を抱えて神々のもとに赴き、神々は不敬の罪を犯したホルスを罰して「盲目」にしてしまう。しかし結局「女神ハトホル」がホルスの目を癒してやった。
 こうして再びホルスとセトの戦いは続くことになり、互いに騙しあう。ホルスは木造の船に石膏を塗って「石船」に見せかけ、同じものということでセトは「本物の石」で船を造ってしまい溺れてしまうなどという始末であった。
 ついに知恵の神トトは
冥界のオシリスに手紙を書いて継承権を問うたところ、「ホルスである」との返書を得、ここにセトもそれを認めざるを得ず「ホルス賛歌」で物語は終わる。
 
 ここには「冥界の王」としてのオシリスと地上での王となった継承者の「ホルス」とが描かれているわけで、こうして古代エジプトでは「死んだ王」はオシリスに同化され、現在の王は「ホルス」とされるということになり、王とは「ホルス」であり、死んでも「冥界の王オシリス」として存在し続けるという信仰となっていました。

プルタルコスの「オシリス物語」
 これは先に指摘したようにギリシャ神話風にアレンジしたものですが、今の「ホルスとセトの争い」が全体のモチーフとなっています。プルタルコスではエジプトの神々はギリシャの神々に置き換えられていますけれど、エジプトの元の神々の名前にもどして紹介します。その要点は次のようになります。
 
「女神スト(プルタルコスではギリシャの女神レア)」「男神ゲプ(同じく、クロノス)」が交わると、「ラー(太陽神)」はストに対して360日子どもを生んではならないと呪った。
 しかし
「トト神(ヘルメス)」もストと交わり、360日に「閏日の六日」を足してしまった。そのためこの「六日間」は呪いにかからなかったわけで、ストは五人の子どもを生んだ。それは「オシリス、ハロエリス、セト、イシス、ネフテュス」であった。オシリスはエジプトに「農耕」や「法律」や「祭儀」を教えた。
 しかしセトはオシリスへの反逆を企てて、密かにオシリスの身体の大きさを計ってその大きさの「棺」を作ってオシリスのところに行き、この棺の大きさの者にこれをやろうと言った。たくさんの者がこれに入ってみたが誰も合わなかった。そこでオシリスがこれに入ってみたところうまく身に合ったが、セトと密かに隠れていたセトの部下たちが駆け寄ってこの棺に釘を打ち付けナイル川に流してしまった。
 この棺は地中海に流れ出て東地中海のビブロスに流れ着くことになったが、他方、行方不明になってしまったオシリスを求めて妻のイシスは喪服を身に付けて探し回り、ビブロスの方に流れたとの情報でその地方に向かった。
 オシリスの閉じこめられた棺はビブロスに流れ着いて一本の木に包み込まれて大きく成長していた。そしてビブロスの王はこの木を切って「柱」にしていたが、イシスはその事を知って「ビブロスの王妃」に頼み込んでこの「柱」をもらい受け、そして「棺」を取り出した。
 しかしそれと悟ったセトは、エジプトに運ばれてきた棺の中のオシリスの身体を14に切り分けてしまい、あちこちにこれをばらまいてしまった。そのため、後に「オシリスの墓」と言われるものが各地にあることになってしまったという。
 イシスはこれらの破片をあちこち探し回って集めたが、河に捨てられて魚に食われてしまった「男根」だけは探すことが出来なかった。
 他方、死んだオシリスは冥界にあったが、亡霊となって息子ホルスのところにやってきてセトへの復讐のために彼を鍛え上げた。こうしてホルスはセトに戦いを挑みセトを破った。セトは鎖につながれてイシスのもとに引き出されたが、イシスは彼を死刑にはせずに解放してやった。これを見たホルスは怒り、母イシスの頭から王章をはぎ取ってしまった。
 セトは満を持して再びホルスに立ち向かってきたが、二度にわたってホルスに破れ、こうしてホルスの支配が確立することになった。

死者の書
 古代エジプトでは「死んで終わりになるわけではなく、冥界に赴き神オシリスと共に、ないしオシリスに同化して永遠に生き続ける」という信仰をもっていましたが、そうした信仰を記しているのが「死者の書」というわけです。そうしたものの中でもっとも有名なのが「アニのパピルス」と呼ばれているものです。
 これは全巻190章からなる長大なもので、
「テーベの神官アニ」が「オシリスの冥界」に行く手続きや呪文、神々について書き記したものです。
その死者の書を紹介する前にエジプト人の「死生観」について概観しておく必要があるでしょう。

「カー」と「バー」
 古代エジプトにあっては、人間が誕生したとき「肉体」とその肉体と同じ姿をした「精神的活動主体」としての「カー」と呼ばれるものが同時に生まれると信じられていました。古代ギリシャ的に言えば「魂」といっても良いでしょう。あるいは「守護霊」とか「祖先神」とかのイメージもあるようです。通常人間が両手を上にさしのべている姿で表されています。
 そして「死」というのはこの「カー」が肉体を離れることを意味します。その後の肉体は
「ミイラ」となるしかないけれど、「カー」と「肉体」とはこれきり離ればなれになるわけではなく、「バー」と呼ばれるのによって結びつけられ、供物も運んでもらえると考えられました。
 そのため「供養の文言」というのはこの「カー」に向けられて唱えられるものだったのであり、肉体が存続していれば「カー」も滅することなく、こうして永遠に生き続けられると信じられたのでした。そのために「ミイラ」作りが行われたわけで、この「ミイラ」がなくなってしまうと「カー」の行き所もなくなってしまうと考えられたようでした。
 その「カー」を肉体と結び付けるものが「バー」でしたが、これはイメージ的には鳥の姿でイメージされ(絶滅してしまったジャビル鳥と見られている)、働きとしては「活力・能力」を意味し、死者にとっては肉体がミイラとなって動けなくなった時、このバーが働いて動き回り、現世と冥界をも自由に飛び回り死者に供物を運んだりして「カー」と肉体を結びつけた(これを
「アク」と呼んだ)とされるものです。

アニのパピルス
第一章は葬式の時の式文。
第二、三章は死後の世界での活動の方法。
第四章から十三章までは墓に自由に出入りしたり、敵に対する呪文など。特に第六章ではミイラと共に葬る女性の小像(ウシャブティ)に対する呪文があるが、これは命じられたように働け、というものでしばしばその小像の腹部に書き込まれている。
第十五章は「太陽への賛歌」と「オシリスの哀歌」
第十七章は神々の起源、天地の起源など。
第二十一から二十四章あたりでは「死者の口を開き、言葉を与える」呪法。
第二十六から三十章あたりで「死者に心臓を与える儀礼」
第三十三から四十章あたりで「死者の敵、鰐や蛇、山猫」、また悪神セトの変身である「アピピ竜」などに対する護法の呪文。
第五十二章以下には墓の中で空気と水を得る方法。
第六十四章以下では墓から離れる力をうる方法。
第七十六章以下ではテーベの守護神「プタハ神」や「オシリス神」と合一変身する方法。
第八十九章では魂と肉体を合一させる方法。
第九十一、九十二章では墓から魂を抜け出さす方法。
第九十四から九十六章では「知恵と学問の神トト神」と結びつく呪文。
第九十八、九十九章ではオシリス神の住む「火の島」へ行くための「魔法の船」に乗る方法。死者はオシリスのもとにいくために「火の島」を通り抜ける試練があるのだが、この時その死者を守るのは「ハトホル女神」であるとされた。
第百一から百二章では「太陽神ラー」の乗る船について。死者はオシリスに合うまで長居道のりを経なければならず、その道のりを「太陽神ラー」の船に乗せてもらうことを願ったようであった。
第百八章以下では太陽の沈む西方にある「死者の行く楽園」について。
第百二十五章では「裁判について」。上方にはエジプトのさまざまの神42柱の神が控えていてその裁判を見守っており、死者がその神々に捧げ物をして祈っている。左に、その死者が山犬の顔を持った「アヌビス神」に手を引かれて導かれてくる。そして「魂」が計りにかけられるが、分銅に使われているのは「正義と真理の女神マアトの羽根」となる。計っているのは「アヌビス神」。その傍らに控えている怪物のような動物は「アーマーン」といって死者の魂が悪人と判定された場合その死者を喰ってしまう役目のもの。絵では天秤は水平となって死者の魂は合格しているように描かれる。それを脇にいてイピス鳥の顔を持った「知恵・知識と記録の神トト神」が記録している。合格した死者は、今度は鷹の顔を持った「ホルス神」に導かれて冥界の神「オシリス神」の前へと進んでいく。右端に描かれたオシリスは白い姿をしており、「イシス女神」と「ネプテュス女神」に支えられている。こうして死者はオシリスに迎え入れられることになった、となる。
 
 以上のように、古代エジプトでの主要な神々の物語はその死生観と関係していることが理解されます。もちろん以上の神々の他にもたくさんの神々がおりますが、それらは何らかの「祈願」の再の対象神となると言えます。

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