3.ギリシャ神話、その主題と旋律 - 19. トロイの落城にまつわる諸伝承 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ギリシャ神話、その主題と旋律
HOME
INDEX
1. ギリシャ神話とは
2. ギリシャ神話の日本語資料
3. 宇宙ないし神々の生成の物語
4. クロノスの一族
5. プロメテウスの神話
6. オリュンポスの神々の物語
7. 神々の「恋」と「異性関係」
8. 闇の神々
9. 神話を彩る妖精たち
10. 英雄ペルセウス伝説
11. 豪傑ヘラクレス伝説
12. アルゴー船伝説
13. テセウス伝説と迷宮の神話
14. テバイを巡る三つの伝説
15. 英雄アムピアラオス伝説
16. トロイ戦争伝説の大筋
17. トロイ戦争の発端と前夜
18. トロイ戦争(ホメロスの『イリアス』全24巻の内容)
19. トロイの落城にまつわる諸伝承
20. トロイからの帰還物語
21. 星座のギリシャ神話、
黄道12宮の星座物語

19.

トロイの落城にまつわる諸伝承

「アマゾンの女王ペンテシレイア」 「曙の女神エオスの子メムノンの活躍」 「アキレウスの死」 「アキレウスの武具争い」 「ヘラクレスの弓とピロクテテス」 「トロイの予言者ヘレノス」 「アキレウスの子ネオプトレモス」 「パラディオンの奪取」 「木馬の計」 「トロイ落城」


 『イリアス』の終わりは、トロイの王プリアモスが息子ヘクトルの死骸をアキレウスから返還してもらいトロイの人々の嘆きの中で埋葬されていく場面であった。
 続いて「トロイ戦争の終結」ということになるわけだが、始めに紹介しておいたように、この部分を伝えると推定される叙事詩『小イリアス』は後代まで残されなかった。そこで再び、アポロドロスに基づいて「その後の顛末」を見ていく。

アマゾンの女王ペンテシレイア
 アポロドロスは、「ヘクトルの埋葬」を紹介してすぐにアマゾンの女軍の女王ペンテシレイアの活躍を、簡単な筆致だが、描いてくる。「アマゾンの国」というのは、神話の上でも何処にあるのか定かではないが、勇猛な「女軍」としてギリシャ神話では重要な位置を占めている。つまり、アマゾンというのは「女だけの戦士の国」として知られ、アマゾンという名前は「弓」を射るのに女性の右の乳房が邪魔なのでそれを切り取ったところからいわれるとされる(つまり、「ア」というのは「無い」という接頭語となり、「マゾス」は「乳」という意味で、アマゾンとはギリシャ語で「乳なし」となる)。彼女達の国は、ギリシャ民族や小アジアの民族が由来してきたと考えられているギリシャ北東方面トラキアの北辺りにとりあえず想定されているが、その詳しい所在については何も語られていない。彼女たちの国は「女だけの国」なので、一定の時がくると他国の男と交わって子を産むけれど女の子だけしか育てない、と言われる。このアマゾンには、『イリアス』でも二度ほど言及され、三巻ではトロイの王であったプリアモスがかつてプリュギアを攻めてきたアマゾンに対して戦ったことが言及されている。しかしそれ以前の物語として「ヘラクレス」の物語に登場し、その「十二の冒険」の一つに「アマゾンの女王からその帯を奪い取ってくること」というのがあった(ヘラクレスの伝承を参照)。さらに、アテナイの英雄「テセウス」もこのアマゾンを攻めたとの伝承があり、そのためアマゾンは「アテナイ攻め」を敢行してきたとの伝承もある。そしてこれはギリシャ美術の一つの大きな題材とされていて、我々が「戦い」を主題とした浮き彫りをみたとしたら大体三つ、「神々と巨人族の戦い」「半人半馬のケンタウロスと人間との戦い」そしてこの「アマゾンとの戦い」のどれかになるといっていいほどである。
 このアマゾンの女王で有名な人物に「ヒッポリュテ」という名前の女王と「ペンテシレイア」の二人がいる。ヒッポリュテはヘラクレスとテセウスに関わる。彼女は有名なためなのか、アポロドロスは「トロイ戦争」にかかわる「ペンテシレイア」の紹介の折りにもこの「ヒッポリュテ」をきちんと紹介している。そしてペンテシレイアが「トロイの援軍」としてはせ参じてきた理由として、彼女が誤って先の女王ヒッポリュテを殺してしまい、その罪をトロイの王であったプリアモスによって清められたからとしている。こうしてトロイに軍を率いてきたペンテシレイアは、ヘクトル亡き後のトロイのために奮戦して多くのギリシャの戦士を倒し、その中には「医者」として有名であった「勇士マカオン」まで含まれていたという。そうした奮戦の後、アキレウスと戦うことになりついに倒されてしまう。ところがアキレウスは、自分の槍にかかって死んでいくこの美しくも凛々しいペンテシレイアに恋をしてしまったという。この物語も文学や美術の格好の材料となったことは言うまでもなく、有名な壺絵に、今まさにその槍をペンテシレイアの胸に指し貫こうという体制をとっている黒づくめのアキレウスに対して、その楯で押されて膝をつこうかという低い体制になって後ろ向きとなり、アキレウスを振り返り槍で応戦しようとしている白塗りのペンテシレイアが描かれているもの(大英博物館所蔵)がよく紹介される。このペンテシレイアは実に健気で美しい顔立ちをしている。
 しかしそうした様子を見ていた男がいた。『イリアス』の中で、大将アガメムノンを嘲りオデュッセウスにこっぴどく殴られていたあの兵卒テルシテスであり、彼はアキレウスをあざ笑い嘲り、今度はついに怒ったアキレウスによって殺されてしまう。

曙の女神エオスの息子メムノン
 ペンテシレイアに代わってトロイのために戦ったのは「曙の女神エオス」とトロイ王家に属していた「ティトノス」の子「メムノン」であった。この「曙の女神エオスとティトノス」には悲しい(あるいはとぼけた)伝承がよく知られているが、それによるとエオスはこのティトノスを愛して、そしてゼウスに願ってティトノスの命を永遠にしてもらったけれど、永遠の青春を願うことを忘れたためにティトノスは老いて、さらに身はひからび、エオスは(多分困って)彼を「セミ」にしてしまったというものである。
 このエオスの子のメムノンは、今はエチオピアにあってはるばる出自の地トロイのために援軍として駆けつけてきたのであった。彼は別伝によると、曙の女神の子らしく非常な美青年であったといい、鍛冶の神へパイストスの手になる素晴らしい甲冑を身に付けて戦場を駆け回る姿はそれは美しく壮麗であったと言われる。戦士としても優れており、抜群の活躍をしてついにはギリシャの将アンティロコスをも討ち取ったという。このアンティロコスはピュロスの老将ネストルの子で、アキレウスの親友の一人と伝えられる。足が速く、また馬車を手繰るのにも優れており、あのパトロクロスがヘクトルに討たれた時それをアキレウスに報せたのも彼であった。そして彼がこのメムノンに討たれたのは父ネストルをかばってであったと伝えられる。ここら辺りを描いていたらしいのは、先に紹介しておいた叙事詩『小イリアス』になるすが、復元された描きによると、ネストルが戦場にあって戦車の馬が矢で撃たれて立ち往生したところにメムノンが疾風のように迫ってきたのにネストルは慌て、息子アンティロコスに助けを求め、その声に応じたアンティロコスがメムノンに立ち向かったけれど武運つたなくメムノンに討たれてしまったとなるようである。
 そしてそれを見ていたアキレウスがメムノンに襲いかかって激しい戦いとなったのだが、『小イリアス』ではこの際の逸話として両者の母、つまりメムノンの母「曙の女神エオス」とアキレウスの母「海のテティス」の争いがあり、二人は息子達の激しい戦いに先を争ってゼウスの元に駆けつけて息子の「命の無事」を願ったという。困ってしまったゼウスは、再び「秤」を持ち出して二人の運命を秤に乗せたところやはりアキレウスの方に分があるとされたという。女神エオスはこうして倒れた息子の死骸を、悲しみの涙にくれながら戦場から故郷エティオピアへと運んでいったという。
 こうした物語を承けて、後代、毎朝女神エオスは息子の死を悲しみ涙を流し、それが「朝露」となって葉を濡らしてしていくという悲しい姿が描かれたのであった。

アキレウスの死
 こうしてトロイ方の勇者を討ち取っていくのはやはりアキレウスであったが、彼はヘクトルと生命の長さが同じとされていたので、程なくその命運が尽きなければならなかった。 
 『小イリアス』では、トロイ勢はメムノンまで討たれて雪崩をうって城内に逃げ込んでいったが、それを追ってアキレウスがトロイの城門「スカイア門」まで押し寄せた時、ついにアポロンはパリスに命じてアキレウスめがけて矢を放たせ、アポロンはその矢をアキレウスの急所であった「かかと」、つまり今言う「アキレス腱」に刺してしまい、こうして「不死身」でなくなったアキレウスの胸に矢を差し込んでいったと描かれたようである。
 アポロドロスでは「かかと」だけの描写であるが、それでもいい。こうしてさしものアキレウスも地に倒れ伏すことになっていった。
 こうして「アキレウスの死骸」を巡っての両軍の戦いとなり、アイアスがそれを守って奮闘し、アポロドロスによると「グラウコス」を倒したとある。このグラウコスというのはトロイの勇将の一人でギリシャのディオメデスと父の代からの友誼を持ち、戦場で互いの武具を交換して友誼を確認しあったというあのグラウコスになるだろうと思われる。そしてアイアスは、アキレウスの武具を部下に持ち帰るように手渡し、一方駆けつけたオデュッセウスが押し寄せる敵と戦っている間にアイアスはアキレウスの死骸をかついで、敵が射かける矢をものともせず悠然と戻っていったとなる。
 こうしてギリシャ勢は、アキレウスと先に死んだパトロクロスの骨とを混じて「白い島」に葬り、アキレウスはその後「幸福者の島」にあって「メデイア」と同棲している、と語られてくる。ここら辺りのアポロドロスの報告はよく分からず、「パトロクロスと一緒にして」というのはいいとして、「白い島」というのが良く分からない。一方、「幸福者の島」というのはホメロスの『オデュッセイア』にでてくる「エリュシオン」のことであろう。それは遙かな世界の果てにある地で、ラダマンテュスが住み、人間にとってもっとも安楽に生活できる地とされている。ラダマンテュスというのは「クレタ島」の伝説の王ミノス王の弟で有徳の男とされて、死後「冥界の裁判官」になる男だが、ここで何故彼が言及されてくるのかもはっきりしない。しかし後代のプラトンあたりになると「エリュシオン」ははっきり「冥界の一部」とされていて生前立派な人生を送ったものが送られる地となり、「死者の楽園」と理解できるので、『小イリアス』でも「死者の楽園」とされていたのかもしれない。そうなるとアキレウスの死後の運命も合点がいくのだが、さてまたここで「メデイア」と同棲しているというのがよく分からない。メデイアというのは「アルゴー船」の物語でイアソンを一心不乱に愛して彼を助けてその妻となり、後イアソンに裏切られて復讐のため自分たちの間にできていた二人の子どもたちを殺していくというエウリピデスの悲劇『メデイア』に描かれてくる悲しくも激しい女のことしか考えられない。しかし、何故二人がこの地で同棲することになったのか、いきさつは全然分からない。

アキレウスの武具を巡っての争い
 さて一方、アポロドロスによると、ギリシャ勢は「葬送競技会」をもよおし、しかる後「アキレウスの武具」が「最高の勇者」への賞品とされたとなる。そして「アイアス」と「オデュッセウス」の二人が候補とされたとなる。これはこれまでの戦いにおいても、またアキレウスの死体を巡っての戦闘においてもこの二人に勝る働きをしたものは誰もいないから全く妥当な候補者であったと言える。さてそれではどちらに軍配が、というところでアポロドロスは面白い報告をしてくる。つまり「トロイア人達、あるいは一説によると同盟軍の人々の審判によって」と報告してくるのである。これはつまり「二人の戦友となるギリシャの諸将は投票しなかった」というわけで、どちらが選ばれるにせよ自分たちは責任がなく落選者に怨まれない、となるわけであろう。あるいは現代風に「客観性」が保てると判断したとも理解される。これはアポロドロスの創作ではなく(彼はそうした自分の創作・解釈はほとんどしていないとされる)、ホメロスの『オデュッセイア』の11巻の中ですでにそう言われている。
 こうして審判された結果は「オデュッセウス」となった。ところがアイアスは、無念を通り過ぎて少々狂ってしまう。ここらからのアポロドロスの報告はおそらくソポクレスの『アイアス』という悲劇を元にしていると考えられるが、彼は狂って夜のうちに同僚の軍を襲おうとし(今紹介したように、ギリシャの諸将はこうなることを怖れて自分たちは投票しなかったとされていた。したがって、こういう描きになってくることは矛盾であるわけで、それでここからはソポクレスにしたがったからだろうと推察できるわけであるが、ただしこれも途中までとなる)、しかし女神アテネによって狂わされて家畜の群に襲いかかりそれをアカイア勢、つまりギリシャ軍と思って殺した、となる。そして朝になって正気に戻って、自分の仕業を恥じて自刃してしまう。アガメムノンは、アイアスが自分たちを殺そうとしたということで死骸を焼くことを禁じたので彼のみは「棺」に納められたとされ、その墓はロイテイオンにある、とアポロドロスは伝えてくる。
 この「アイアスの狂い」は今言及したソポクレスの悲劇で有名になっているが、そこでは続きがあって、アガメムノンは火葬を禁じたばかりか死骸をうち捨てて野鳥がついばむのにまかせようという酷い仕打ちに出ようとする。そこにアイアスの事件の時不在であったアイアスの従兄弟のテウクロスが戻ってきてアガメムノンと対立し、一触即発の危機になってしまう。ここでオデュッセウスが仲介に出てきて、これまでのアイアスの働きを皆に思い出させて彼の勲功を述べ、名誉を回復させてアガメムノンの処置の不当性を指摘し、テウクロスやアイアスの妻子を厚くもてなすべしということで納めていったとなる。

ヘラクレスの弓とピロクテテス
 しかし戦局の方はさっぱり進展しなくなった。ギリシャ側はアキレウスもアイアスも、その他の勇者たちの多くを失っている。トロイ方もヘクトルやペンテシレイア、メムノンを失った。すでに戦いは十年に及んでいる。ここでギリシャ方は予言者カルカスが予言したきた、とアポロドロスは報告してくる。
 その予言というのは、「ヘラクレスの弓」が必要ということであった。この「ヘラクレス」というのはあのギリシャ最大の豪傑のことで、彼は強弓を持っていた。ところが現在その弓は当代きっての弓の名手であった「ピロクテテス」が、ヘラクレスの死に当たって譲られて保持していた。そのピロクテテスは、遠征の途中で蛇に噛まれてそこの傷口が腐りひどい匂いを発していたことから「レムノス島」に置き去りにされていた。そこでオデュッセウスは、こういった時は何時もディオメデスを伴っていくように今回も彼と共にレムノス島へと行き、ピロクテテスにトロイに来るように説得し、そこでピロクテテスはやってきてポデレイリオスによって治療されたとされる。この辺りはソポクレスの悲劇『ピロクテテス』で名高いのだが、アポロドロスはこれにはあまり筆を裂いていない。ただ「策略で弓を手に入れた」という言い方でこの間のいきさつを匂わせているだけだが、もちろんピロクテテスがトロイにやってくることになるにはさまざまの曲折があり、ソポクレスの劇ではオデュッセウスは悪役とされ「騙しの男」として描かれている。しかし最後にヘラクレスが天から降りてきて両者を和解させてピロクテテスはトロイにいくことになる、となっている。

トロイの予言者ヘレノス
 そしてピロクテテスの引いた弓は、アポロンの助けでアキレウスを射たあのトロイのパリスを射抜いていくことになる。しかしこれはただパリスを倒したということだけではなく、実はパリスが死ぬことで大きく戦局が左右するのであった。
 それは、アポロドロスの報告によると「ヘレネの新しい夫選び」に関係してきて、パリスの兄弟であった「デイポボス」と「ヘレノス」が候補となり、「ヘレノス」が破れてトロイを後にするという事件に発展したのであった。二人ともトロイにあって自国のため勇敢に戦っていた勇者であったが、こういうことになって一緒に住むことができなくなりヘレノスは「イーデー山」に籠もることになってしまった。ところがこのヘレノスというのは、ただのトロイの勇者というだけではなく、実はアポロンの予言者であって神託を熟知していた男であった。実際パリスがヘレネを奪いにスパルタに出かけた時、トロイの運命を予言して反対していた。同じ予言者であったカルカスはこのヘレノスのことを知っていて、彼がトロイの秘密を知っていることを見抜いていた。事態は動きだす。早速オデュッセウスは出かけていきヘレノスを捕らえてくる。こうしてヘレノスはやむなくトロイの秘密を教えていく。予言者である彼には、もうトロイの運命を変えることはできないことが分かっていたからである。それは、第一にギリシャのペロポネソス半島に名前を残す英雄「ペロプスの骨」を持ってくること、第二にアキレウスの息子で成長したネオプトレモスが参戦すること、第三に天から降ってきたと言われる古い女神アテネの神像「パラディオン」が盗み出す、というものであった。この「パラディオン」があるかぎりその町は陥落しないことになっているからである。
 このヘレノスのその後の運命については諸説が入り乱れているが、いずれにしても予言能力をもったトロイの勇者だったので「隠遁生活」になるわけもなく、トロイの滅亡後、流れ流れて波乱に富んだ人生を送っている。

アキレウスの息子ネオプトレモス
 さて、こうしてギリシャ勢は先ずペロポネソス半島にあった「ペロプスの骨」を探し出して取り寄せ、一方オデュッセウスは再びネオプトレモスを迎えに出かけていく。こうしてネオプトレモスはトロイへと来、オデュッセウスが持っていた父の形見の武具を譲られてそれを身につけ戦場へと出陣していく。
 一方、トロイ側には「トロイ戦争前夜」で紹介しておいた「テレポス」(当初ギリシャ方が間違って攻めてしまったというトロイ南方ミュシアの王でアキレウスに傷つけられ、その治療のためにアキレウスを訪ねて傷を治し、代わりにトロイへの道を教えたという男。彼はこの間のいきさつから中立を保っていた)の息子エウリュピュロスがやはりトロイとの関係の深さからか援軍としてはせ参じてきており、勇戦して多くの英雄を失った後のトロイを支えていた。ネオプトレモスは多くのトロイ勢をたおした後、そのトロイの支えというべきエウリュピュロスを倒し、関門を一つ超えさせる。このことがネオプトレモスの参戦の意味であったらしい。

パラディオンの奪取
 パラディオンの方はもっと大変であった。またもやオデュッセウスはディオメデスと共に夜陰に乗じてトロイへと忍び入り、オデュッセウスはディオメデスを残して一人乞食の姿となって町に潜入することに成功する。しかし神殿に入るのは至難の業であった。ここでオデュッセウスはヘレネと遭遇する。ヘレネはオデュッセウスであることを見抜いていくが、どうもヘレネはヘクトルやパリスのいないトロイには未練がなくなっていたようで逆にオデュッセウスを手引きしてパラディオンを盗ませていく。こうしてパラディオンを持ったオデュッセウスはディオメデスのところに戻って、二人は番人を倒してトロイから逃げ出していった。

木馬の計
 こうして万事整ったところでオデュッセウスは「木馬の計」を案出していく。この「木馬の場面はかなり長くなるが、伝承によって細部が少しづつ変わっているのは伝承というものの性格で止むをえない。実際この場面を伝えていたであろう元来の叙事詩『小イリアス』の権威は当時からあまりなかったようで、後代の詩人・文人・美術家達によって改変されることも多かったと思われる。実際アポロドロスもこの『小イリアス』に言及しているのにその説をとらず別伝をとっている。これをいちいち問題にしたらひどくややこしくなってしまうので、ここでは先ずとりあえずアポロドロスの紹介通りに物語りを追って、その上で「権威」をもっている「ホメロス」でそれを跡づけてみたい。
 ただ、ちなみにこの場面の近代以降の紹介にはローマ期の叙事詩である『アイネイアス』が大きな影響を与えている。しかしこれは「ローマ期」という相当に後代のものとなり脚色がむはなはだしいと言える。もちろんギリシャの伝承を下敷きしていることは間違いないが、しかしローマ的な虚飾が随所にあることも確かなので、したがってこれを古代ギリシアの物語の参考にするのは不適切なのでここでは触れないことにする。
 さて、オデュッセウスは「建造の匠であるエペイオス」と相談して山から木を切り出してきて巨大な木馬を作っていく。そしてその木馬の内部は空洞にし、密かに開き口を作っておいた。こうしてオデュッセウスはその木馬の内部に五十人の勇者をひそませた(アポロドロスはここで、『小イリアス』の著者によると三百人になっている、と補っているのだが、どうもそれは大袈裟と思ったせいなのかその説をとらないとしているわけ)。
 一方、他の者は夜になると自分たちの陣営を焼き払って海に出ていくようにさせ、そして沖合に停泊してつぎの夜になったら再び戻ってくるように策を授けた。ギリシャ軍はこの作戦を実行に移し、木馬には「故郷への帰還の感謝のしるしとしてこれを女神アテネに捧げる」と書き記して、オデュッセウスの指揮のもとに五十人の勇士がこれに入り込んだ。他のものは作戦通り陣営を焼き払い、夜になると出航していった。そして後には一人合図のたいまつを掲げる役目を仰せつかった「シノン」という戦士だけが残った。
 夜があけ朝になると、トロイの人々はギリシャ軍が一つの巨大な木馬を残して皆陣営を焼き払って出航してしまっているのを発見した。トロイ勢はギリシャ軍が逃げていったと考え大喜びし木馬を城内に引き入れ、館の前に据えてこれをどうするか協議した。
 その時「トロイの王女カッサンドラ」がその内部に武装した戦士が潜んでいると予告し、さらに「予言者ラオコン」もそう指摘してきたので、トロイの一部の人たちはこれを焼き払うべしとし、一部の人たちは断崖より突き落とすがよいと主張した。しかし、大部分の人たちはこれは「神への奉納物」としておこうと主張したので、結局そのままに据え置かれることになってしまった。ここでアポロドロスは、「トロイの王女カッサンドラ」について全然紹介してこないが、彼女はギリシャ人にとっては誰知らぬ者はいないほどの有名人だったからかも知れない。そのカッサンドラの姿は、アイスキュロスの悲劇『アガメムノン』で強烈に描かれていた。我々としては、彼女がアポロンに愛されて予言の術を授けられたのに、そのアポロンの愛を受け入れずそのためその予言は誰に信じてもらえなくされた「薄幸の王女」であったということは知っておくべきである。つまりここでも彼女の予言は誰にも信じてもらえなかったわけである。
 しかし、ここでアポロンはトロイの人々に「予兆」を送り、二匹の大蛇が海を渡ってきてラオコンの二人の息子を飲み込んでしまう、という事件を起こしたという。これについては、通常の解説では「ギリシャ方である女神アテネがラオコンの予言を無にするため送り込んだ」としていることが多いのだが、ここではそうではなく「トロイ方の神であるアポロン」が「予兆」として送り込んでいるとなっている。その「アポロン説」で解釈してみると、「海を渡ってきた大蛇」とはギリシャ軍と理解され、二匹というのは「当事者であるヘレネの元夫メネラオス」と「総大将アガメムノン」の兄弟の暗示ということになる。彼等が海を渡ってくると今更指摘しているのは、いったん海の彼方に去った筈のギリシャ軍が「再び海を渡ってくる」ということの指摘となるであろう。そしてラオコンというのは「アポロンの神官」だから、「アポロンの神官の子ども」がその海を渡ってきたギリシャ軍に飲み込まれる、となるわけである。一方トロイの人々はアポロンの庇護のもとにいた「アポロンの子ども」のようなものだから、したがってここは全体として「ギリシャ軍が再び海を渡ってトロイを飲み込もうとしているから注意せよ」という予兆と理解できるわけである。アポロドロスはそんな説明はしていないが、我々としては文脈からそう理解すべきなのだろうと思われる。
 しかし、その予兆は正しく理解されなかったわけで、夜となって沖合に停泊していたギリシゃ軍は再び海を渡って来たり、待機していたシノンはアキレウスの墳墓にあって「のろし」を上げることになっていった。
 一方、トロイの城中にあってヘレネはやはり何か変と感じたのか、木馬に近寄り英雄達の名前をその妻の声を真似て呼びかけていったという。一人の戦士がうっかりそれに答えようとしたのを、オデュッセウスが大慌てでその口を押さえたという。この場面は実際に『オデュッセイア』4巻にも描かれている。このヘレネの行為は先にオデュッセウスを助けていたのと矛盾する行為になるが、それについては『オデュッセイア』において、「トロイ勢を助けたいと思った神霊がヘレネを突き動かして」と説明している。
 そして深夜となって敵が寝静まり帰ったと思われた頃、木馬の秘密の扉が開いて戦士達が武器をもって忍び出ていこうしする。ところが、最初に飛び出した「エキオン」は木馬から落っこちて死んでしまったので、他のものは「縄」を降ろしてそれを伝って降りていったと語られる。そして城壁に至り「門」を開いて待機していたギリシャ軍を迎え入れたのであった。

 以上がアポロドロスにしたがってみた「木馬の場面」となる。これは一般の解説では、いきなり「オデュッセウスの策略」とはされずに「女神アテネの指示」と紹介されることが多い。しかしそれはそうなのであって、実際ホメロスの叙事詩では「めざましい働き」はすべて「神による」とされていたわけで、ここでも「オデュッセウスの素晴らしい策略」は「神アテネによる」とされるのは当然であった。したがって、『小イリアス』もそうなっていたらしいことは、その梗概を残しているプロクロスでも確認できる。
 またホメロスの『イリアス』15巻では、ゼウスが「トロイはアテネの策略によって滅びることになる」といっているので、すでに『イリアス』においてもこの「木馬の計」のことは知られていたと推定される。つまり「叙事詩」としてまとまる以前からこの木馬のことは歌われていたであろうということで、トロイにかかわる「伝説全体の原初形態」にすでにあったということになる。
 これを保証するのが同じくホメロスの『オデュッセイア』になり、ここでは何度か「木馬」が言及されてくる。たとえば4巻271以下、8巻492以下、11巻523以下などとなる。これらの箇所で、この木馬の計は「女神アテネの助けで」工匠「エペイオス」が作り、「オデュッセウスが策略とした」とされ、また「オデュッセウスがこの計略の総指揮をとった」とされている。ということは、やはり「計略」としてはオデュッセウスが考えつき、その「優れた考え」が「策略の女神でもあるアテネの助け」という言い方で保証され、「工匠エペイオス」が実際に作り、「オデュッセウスの指揮で実行に移された」となるであろう。従って、『オデュッセイア』においてはその冒頭でオデュッセウスのことを「トロイを滅亡させた男」と紹介してくるのであり、最後の巻となる24巻で再び女神アテネはオデュッセウスに向かって「お前の計略によってトロイは落ちたのだ」と語ってくる。木馬の空洞の中での逸話も『オデュッセイア』ですでに歌われていたことも先に指摘しておいた。そうこうしてこの「木馬の場面」はアポロドロスによる紹介がもっとも要を得た原型の紹介になっていると考えられるわけである。

トロイの落城
 ここからは、ギリシャ軍による殺戮の場面となり、アキレウスの子ネオプトレモスは「ゼウスの祭壇」へと逃れてきたトロイの王プリアモスを殺していったとされる。
 一方、オデュッセウスとメネラオスは、かつて戦いの始まる前の交渉で自分たちを庇護してくれ、また戦いとなっても常に和平派として活動していた「アンテノル」とその子ども達を見いだして「武力をもってこの一族を助けた」とされている。つまり放ってはおかず「防御して守った」ということであろう。
 また、トロイにあってヘクトルを助けていた勇士「アイネイアス」が、父を背負って逃げていくのを見かけたけれど、ギリシャ勢は彼が敬虔な男であることを知っていたのでこれを見逃したと言われている。このアイネイアスがローマの地までたどり着きやがてローマ建国の祖となっていくという叙事詩『アイネイアス』の主人公となっていることは良く知られている。
 ヘレネの元夫であったメネラオスはヘレネを見つけだし、今夫となっているデイポボスを殺して自分の船へとつれていきました。
 ロクリスのアイアス(あの勇者アイアスとは別人)は、女神アテネの像にすがっている王女カッサンドラを見いだしてこれを犯してしまったという。ついでながら古代ギリシャでは、神の像や祭壇にすがって助けを求めているものを殺したり、ましてや犯したりしたら大変な「神に対する冒涜・不敬」となった。従って、このアイアスは当然激怒した女神アテネによって程なく滅ぼされていくばかりではなく、ギリシャ軍全体が呪われてしまうことになった。アポロドロスは加えて、だからこのアテネ像は(目をそむけて)空を向いているのだ、とわざわざ説明している。他方、先のゼウスの祭壇にすがっていたプリアモスを殺したネオプトレモスも、帰国後惨めな運命が待ちかまえていた。
 こんな具合にギリシャ勢はトロイを蹂躙していき、最後に町に火を放った。そして戦利品を分配し、神々に勝利の感謝の犠牲を捧げ、ヘクトルの遺児アスティアナクスについては、最大の勇士ヘクトルの遺児を残すのは危険ということで城壁から投げ降ろして殺し、またプリアモスの娘の一人「ポリュクセネ」はアキレウスへの犠牲としてその墓の前で殺し、後の女・子どもはすべて奴隷として連れていくことになる。この辺りはエウリピデスの悲劇『トロイアの女達』『ヘカベ(トロイのプリアモスの妻、つまり王妃でヘクトルの母)』『アンドロマケ(トロイの総大将ヘクトルの妻)』などによって生々しく描かれている。中でも『トロイアの女達』という悲劇は戦争に翻弄された老女ヘカベとそれを巡る女達の悲惨と悲しみとをすさまじいまでに描き、涙なくしてこの劇を見ることはできないほどである。
 以上までが「木馬の計略」を中心とした「トロイ落城の物語」となる。ここからはギリシャの諸将の帰国物語となり、その中でも有名なものがホメロスの『オデュッセイア』となる。


▲ページのトップへ