3.ギリシャ神話、その主題と旋律 - 17. トロイ戦争の発端と前夜 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ギリシャ神話、その主題と旋律
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1. ギリシャ神話とは
2. ギリシャ神話の日本語資料
3. 宇宙ないし神々の生成の物語
4. クロノスの一族
5. プロメテウスの神話
6. オリュンポスの神々の物語
7. 神々の「恋」と「異性関係」
8. 闇の神々
9. 神話を彩る妖精たち
10. 英雄ペルセウス伝説
11. 豪傑ヘラクレス伝説
12. アルゴー船伝説
13. テセウス伝説と迷宮の神話
14. テバイを巡る三つの伝説
15. 英雄アムピアラオス伝説
16. トロイ戦争伝説の大筋
17. トロイ戦争の発端と前夜
18. トロイ戦争(ホメロスの『イリアス』全24巻の内容)
19. トロイの落城にまつわる諸伝承
20. トロイからの帰還物語
21. 星座のギリシャ神話、
黄道12宮の星座物語

17.

トロイ戦争の発端と前夜

「トロイ戦争叙事詩群」 「女神テティスの物語」 「三美神の争い」 「ヘレネとパリスの駆け落ち」 「ギリシャ軍の結成と第一回目の遠征」 「第二回目の遠征とイピゲニアの犠牲」 「トロイ攻めの開始」 「トロイ上陸」


七つのトロイ戦争叙事詩
 トロイ戦争伝説は、ギリシャのスパルタにあったメネラオスという王の妻であった「絶世の美女ヘレネが「トロイの王子パリス」によって連れ去られ、面目を失ったメネラオスが兄であるミケーネの王アガメムノンと語らってギリシャの英雄たちを集めてトロイへと出航し、十年の間ここを攻め、ついに「木馬の計略」によってトロイを落として凱旋したという物語であった。
 しかし、トロイ戦争物語は、現在ホメロスの名によって残されている『イリアス』と『オデュッセイア』の二篇だけなのではなく他にもあったと考えられている。だが、ホメロスの二篇を除いて、それらは散逸しその概要が残っているだけになっている。我々は、それらの作品を含めて「トロイ戦争叙事詩」と呼んでいるのだが、それらの作品には七篇が数えられている。それは次ぎのようになる。

1、『キュプリア』
 美の女神アフロディテの別名「キュプリア」に名前がとられているようにこの叙事詩はトロイ戦争の発端となる女神アフロディテ、アテネ、ヘラの「三美神」の争いから、アフロディテの手引きによったトロイの王子パリスによる「美女ヘレネの略奪」、ヘレネ奪回のためのギリシャ軍の結成、開戦までを主題としていたようである。

2、ホメロスの『イリアス』
 ホメロスになる作品で現在まで残ったもの。トロイ戦争に入って十年目、ギリシャ随一の剛勇を誇るアキレウスとギリシャ方の総大将アガメムノンとの諍いからアキレウスの退陣、トロイの英雄ヘクトルの活躍とギリシャ軍の総崩れ、アキレウスの親友パトロクロスの戦陣復帰とその死、パトロクロスの仇討ちのため戦陣復帰したアキレウスとヘクトルの戦い、ヘクトルの死と葬送までが描かれる。

3、『アイティオピス』
 トロイのために援軍として駆けつけたエチオピアの王メムノンの活躍と討ち死に、相次いではせ参じてきたアマゾンの女軍の女王ペンテシレイアの出陣とアキレウスとの戦い、そしてその討ち死とアキレウスの後悔といった物語が内容のようであった。

4、『小イリアス』
 アキレウスの死からオデュッセウスによる「木馬の計略」までが物語られたようである。

5、『イリウ・ペルシス』
 内容としては「イリオン」つまり「トロイの攻略」ということで、ようするにトロイ落城の物語だったらしい。

6、『ノストイ』
 これは、戦いの後のギリシャ諸将の帰還物語であったらしい。

7、ホメロスの『オデュッセイア』
 帰還物語の一つ。特にイタケの王「オデュッセウス」の、故郷を目指した十年にわたる漂流の物語で多くの妖怪、怪物あるいは妖精などが入り乱れた物語で一大ロマンとなって有名なもの。

 ここではギリシャ神話を古代にあって集大成したアポロドロスによるまとめに即して紹介する。

トロイ戦争前夜(叙事詩『キュプリア』の内容となると想定)
女神テティスの物語
 トロイ戦争は主神ゼウスの計らいによって起こされたとされ、その意図はアジア地域とヨーロッパ地域、つまりは「トロイ」と「ギリシャ」ということだが、それが戦争を起こして自分の娘となる絶世の美女「ヘレネ」が有名になるためか、あるいは「英雄たちがここに名高くなるため」の計らいであったとアポロドロスは紹介し始める。ここについては、ゼウスが人間の族が増えすぎたので「人口調整」のため戦争させることにしたという伝承がよく紹介されるのだが、これはアポロドロスにはない。
 さて、その戦争の具体的な発端は、女神アフロディテ、アテネ、ヘラという三人の女神の争いから始まるわけであるが、そもそもどうして三人の女神の争いなどがおこされたのか。それについては「テティス」の物語から紹介する必要がある。
 テティスというのは「海の老人」といわれる「海洋の神ネレウス」の娘の一人で、神族の中での位としては本来「海の妖精」くらいの筈なのだが、他のたくさんの姉妹はそういう扱いであるのに対してテティス一人は「別格」となる。彼女はどういうわけか女神ヘラによって育てられたなどという伝承も持ち、ヘラの息子であり十二神の一人でもある神ヘパイストスが母ヘラをかばってゼウスによって天上から突き落とされた時も、テティスが彼を救ったと言われている。また神ディオニュソスが遍歴の途上で困難に出会っていたときも彼女が彼を助けたとの伝承もあって、いずれにせよ彼女は最高の神族に親しい関係にあったとされている。そのため彼女は神話上「女神」扱いになっている。そしてゼウスとの関係も重要で、先ず『イリアス』の第一巻で歌われてくることだが、かつて他の神々がゼウスに反乱を起こして彼を縛り上げてしまった時、テティス一人が怪人ヘカトンケイレスを連れてきてゼウスを助け出したという逸話が重要となる。というのも、これが「我が子アキレウスの誉れ」を得させて欲しいというテティスのゼウスによる願いとなって、その願いを聞きるためにゼウスは特別な戦局を作っていくことになるからである。
 
 しかし、何故テティスが「人間アキレウスの母」となっているのかというと、それにも有名な神話がある。それは、彼女から生まれる子どもは父より偉大になるという運命を持っていたからだと語られている。アポロドロスは、このテティスを神ゼウスと海の神ポセイドンが恋したけれど、二人はこのテティスの秘密を知って退いた、との伝承を伝えている。それに先立つ伝承として、この秘密を「先見の神プロメテウス」だけが知っていて、プロメテウスはゼウスとの争いにおいて縛り上げられてしまい酷い刑罰を食らっていたにも関わらず、この秘密を武器についにゼウスを謝らせて自分を解放させというアイスキュロスの悲劇で名高くなっている。
 とにかく、こんな運命を持っていたのでは神々としては自分の地位が子どもに取って代わられてしまうというので敬遠してきたわけで、結局ゼウスはテティスを人間の英雄に娶そうとしたのであった。
 そして選ばれたのが「ペレウス」という英雄であった。彼は、養父である文武両道の達人であった半人半馬のケンタウロスのケイロンに知恵を授けられて嫌がるテティスをついに押さえ込むことに成功して彼女を妻にしていった。こうして生まれたのが「アキレウス」であった。
 一方テティスはこの「半分神族、半分人間」のアキレウスを「神族」つまり「不死」にしようと「人間の要素」を焼き払おうと夜な夜なアキレウスを火にあぶっていた(アポロドロスではこうなるが、一般には「冥界を流れる河ステュクス」に浸けた、と紹介される)。しかしもう少しというところでペレウスに見つかってしまい、海に戻っていってしまったという。この時アキレウスはくるぶしのところだけがテティスの手に握られていたため火にかかっておらず、人間的な要素が残ってしまいここが「急所」となってしまった。いわゆる「アキレス腱」の言われとなる。

「三美神の争い」
 物語は、このテティスとペレウスの結婚式を伝えてくるが、神々もすべて臨席していたこの結婚式に呪いをかけるように一つのリンゴが投げ込まれた。黄金のリンゴと言われているが、投げ入れたのはこの結婚式にただ一人招かれていなかった「争いの女神エリス」であり、このリンゴには「もっとも美しい女神へ」とあった。
 ギリシャの神々というのは、それぞれ職分・性格などがはっきりしており、それを譲る・妥協するなどということはあり得ない。海の神なら徹底的に海を統括して他者の介在をゆるさず、ゼウスといえども指一本触れることができず、また触れさせてはならない。したがって、「美」という性格を持つ女神にしてもこれは徹底的に主張しなければならないし、また実際そうした。しかし、厄介なことにこの「美」というのは一通りではない。様々の美の性格があるわけで、「美」は美の女神とされるアフロディテ一人のものではなかった。つまり現代風に整理してみると、アフロディテの持つ美の性格というのは「女のエロティシズムの美」なのであり、「雄々しく若い女性の知性美」は女神アテネが持っていたようである。そして「成熟した女性の美」は女神ヘラが持っていたようである。この他にも「優美の女神カリス三姉妹」などがいるのだが、こちらは十二神に入っていないということでこれは「位」の上で太刀打ちできなかったようであった。こうして「三女神の争い」となった。アポロドロスはこのトロイ戦争伝説をここから紹介していく。
 さて、こうして「美の女神」の称号を巡って争いになったところで、ゼウスは「使いと道の神ヘルメス」に命じて彼女たちをトロイの南方にある山「イーデー山」へと連れて行かせる。そしてそこで羊飼いをしていた、本来トロイの王子である「パリス」によってその判定をさせることにした。ちなみにパリスは、生まれる時に母が「トロイが火の海」となる夢を見て、予言の占いによってパリスがその原因となるということで捨てられていたのであった。しかし運命を変えることはできず、パリスは生き延びてそして結局トロイを破滅させていったのであった。それは後のこととして、ここで女神たちは「勝利」の暁に為されるであろう「贈り物」をパリスに約束していく。
  ヘラ女神は、主神ゼウスの妻として「栄光」を司る女神であったので「全人類の王」を約束し、女神アテネは本来が守護神であり「勝利の女神ニケ」を従えている神であったから「どんな戦いにおいても勝利する」ことを約束し、女神アフロディテは「ヘレネとの結婚」を約束してきたといいます。アフロディテの場合、本来は「絶世の美女」というところを、結果からして「ヘレネとの結婚」とアポロドロスは手短に紹介している。こうしてパリスは、絶世の美女ヘレネに釣られてアフロディテを選んでしまったのであった。
 これ以降面子をつぶされたヘラ女神とアテネ女神によってパリスおよびパリスのいるトロイは呪われる結果となり、トロイは滅亡していく段取りとなっていくのであった。
 ちなみにこの伝承は、ホメロスの『イリアス』でも24巻で簡単に言及されている。

「ヘレネの略奪」
 さて、パリスはこうしてアフロデイテの導きのもとにスパルタへと赴き、そこで何も知らないメネラオス王によって九日の間歓待されたという。十日目にメネラオスは母方の父が亡くなったということでクレタ島へと出帆していく。頃は良しということでパリスはヘレネに言い寄り彼女を籠絡してしまう。
 実は、トロイの王家は、ゼウスによって目を付けられてさらわれ天上にあって神々の酌をしている美男子ガニュメデスがいるほどの「美男子の家系」なのであり、パリスはその血を引いていて『イリアス』でも「美男子この上ない」男として描かれているので、ヘレネは簡単に転んでしまったようである。そして二人はメネラオスの財宝をほとんど全部盗み出して船に積み込み、ヘレネは九歳になる娘まで後に残して夜を待って二人で出奔してしまったのである。
 しかし、これを天上から見ていた女神ヘラは暴風を送り込んでいき、そして船は現在の中東のレバノンにある「シドン」という町まで流されてしまったという。ここも古代ギリシャの都市があったところだが、トロイからは恐ろしく遠い。パリスはすぐに戻ると後を付けられてしまうと怖れ、この近辺及びすぐ近くのキュプロス島に身を潜めた後トロイに戻っていったという。
 しかし、アポロドロスはこれに加えて、一説によればヘレネはゼウスの命令を受けたヘルメスによって密かにエジプトに連れていかれてそこでかくまわれる一方、雲からヘレネの幻像を作りそれをパリスと共に行かせた、と紹介している。確かにこうした説もあって、これはエウリピデスによって劇化され今日に残っている。もちろんヘレネがゼウスの娘であったことから、ゼウスはそうしたというわけであろうが、古代の昔からヘレネを「毒婦ヘレネ」としたくない向きがあって、「ヘレネ擁護」の物語が作られたその一環といえる。

「ギリシャ軍の結成」
 他方スパルタに戻ったメネラオスは、妻ヘレネが財産を奪った上、パリスとともに出奔したことを知って烈火のごとく怒り、兄のミケーネ王アガメムノンの所に来てトロイ攻めの軍を結成することを持ちかけていく。
 こうしてアガメムノンは「他人事ではない」として、ギリシャの諸王に使いを送り、かつての誓いを思い出させ(とあるのだが、どういう誓いであったかアポロドロスは説明していない。おそらく、ヘレネがかつて夫を選ぶ時、申し込みにきた者はヘレネの身に何かあったときには再び参集するという約定を交わしたという伝承のことをさしているのであろう)、そしてギリシャに対するこの侮辱は皆のものであり、各人とも自分の妻の安全を図らねばならないと説得していく。
 多くの王がこれに応じてきたが、イタケの王オデュッセウスは出征を望まず、狂気を装って逃れようとしたという。そこでパラメデスという男が出かけていって、オデュッセウスの子どもを人質にとってしまい、ナイフを子どもに突きつけたところオデュッセウスは嘘を白状して軍に加わってきたという。しかしこれを根に持ったオデュッセウスは、後にパラメデスを奸計にかけ、トロイ王からの贋の手紙を作ってパラメデスがトロイに内通しているようにみせかけ、加えてパラメデスの陣営に金を隠しておいて「証拠」と見せかけて彼を裏切り者として殺させた、と紹介してくる。
 この伝承はもちろんホメロスにはなく、また悲劇作家アイスキュロスの時代(紀元前525〜456年)にすら存在せず、そこではオデュッセウスは「知勇兼備の英雄」「総大将アガメムノン並びにギリシャ軍にもっとも忠実な将軍」として描かれているのだが、後代になってその「軍略の知恵」が「欺き」とされて「虚偽の男」としてひどく貶められるようになったようである。プラトンの『小ヒピアス』という著作にそうした評価が見られるので、これはそうした時代つまり紀元前370年前後に創作された伝承であると推定される。したがってこうした見方は『キュプリア』にもなかった筈である。アポロドロスはプラトンの時代からもっと後代の作家(紀元前1〜2世紀)であるから、プラトンの時代のものもたくさん入っている可能性があり、これもそうしたものと推察される。

 ともあれ、こうしてギリシア軍が結成されその船団はアウリスへと集まってくる。アポロドロスによると、その船団は1013隻、将軍は43人、司令官は30人とされている。ここに紹介されている船団リストは、大体『イリアス』での記述と合っている。
 そして軍がアウリスにあってアポロンへの犠牲を捧げた時、一匹の蛇が一本の木によじ登り八羽の雛と母鳥とを飲み込んで石と化したという事件がおきた。これを見た占い師のカルカスが、これはトロイの攻略に十年かかるという徴であると解いた。
 こうしてギリシャ軍は出かけたが、総大将はミケーネの王アガメムノンであり、そしてギリシャ随一の剛勇の者となるアキレウスはこの時15歳であったとアポロドロスは記している。
 ところが出航したのは良かったものの、実は彼等はトロイの位置を知らず、近くの「ミュシア」に上陸してここをトロイと思いこんで攻めていったという。その時、このミュシアを支配していたのはヘラクレスの子テレポスであり、彼も剛勇の男でしたのでギリシャ軍を追い払っていったという。しかしアキレウスに追われて槍で太股を傷つけられてしまった。そうこうするうち間違いに気付いたのか、ギリシャ軍はミュシアを立ち去るが大シケにあって船団はバラバラになり、皆やって自分の国に戻っていった。したがってここでアポロドロスは、だからトロイ戦争は二十年かかったのだとコメントしてくる。つまりヘレネの略奪後第一回の出征に二年間かかり、ミュシアから戻って二回目の出征までに八年かかったからだと説明している。これに実際のトロイ攻略の十年を加えて合計二十年というわけである。しかし、こんな伝承はホメロスにはない。これは後代の脚色による付加的伝承であろう。

第二回目の出征とアウリスでのイピゲニアの犠牲
 そして八年後、再び皆がアルゴス、つまりアガメムノンの所に集まって来たが、トロイへの道が分からないということで皆困惑していた。一方、テレポスの方は傷が治らずにそこで神託を乞うたところ、傷つけた者がその傷を治すとあったので、彼は乞食に身をやつしてギリシャ本土に渡り、アキレウスを求めてアルゴスへとやってきた。そして傷を治してもらう代わりにトロイへの道を教えるということで約束し、アキレウスの槍の錆を傷口に塗って傷は治り、かくしてテレポスはトロイの位置を教えた。
 ただし、このテレポスの伝承はホメロスには見当たらず、またアガメムノンたちのトロイ攻めが二度にわたっていたとは考えられないのであるが、一方ソポクレスやエウリピデスにはこの「テレポスの伝承に基づく悲劇」があるので、伝承としては古くからあったようである。ようするにこのトロイ攻めというのは、ギリシャの創設期に実際あったであろうアジア遠征の思い出が核になっていると思われるので、そうしたアジア遠征の中でテレポスの伝承となりうるような戦いもあり、アポロドロスではそれらが混同して一つの伝承の中に入り組んでいると考えられる。
 
 さて、こうしてギリシャ軍は再び船団をアウリスに集めたが、風が吹かず艦隊が出航できなかった。実際は、ギリシャの艦隊は「こぎ手」のいる艦隊であって風がなくても出航できるのだが、物語の上でこういう設定にしなければならなかった。つまり「少女イピゲニアの犠牲」である。昔はどこでも何かと少女を生贄として犠牲にすることがあったようで、その「生贄」の理由は「航海の無事を祈る」ないし「戦勝祈願」というものであったろう。
 物語は、アガメムノンが女神アルテミスの神域の聖なる「鹿」を射たとか、また狩りの女神アルテミスですらこうはいくまいと自慢したとか、あるいはまた、アルテミスに黄金の子羊を犠牲として捧げる約束を反故にしたためアルテミスの怒りを買っているからだとされ、そのためアガメムノンが自分の一番美しい娘を生贄に捧げねばその怒りはとけない、とされた、となる。こうしてアガメムノンはオデュッセウスをミケーネに使いとして送り、アキレウスの武勲に対する賞としてイピゲニアを与えることになったと言わせて彼女をアウリスに呼びつけたとされる。そしてやってきたイピゲニアを犠牲に供したところ、アルテミスは彼女の代わりに鹿を置き彼女をタウロスへと送って自分の巫女にし、一説では「不死」つまり「神的なもの」としたと言ってくる。このあたりは、細部は大分違っているが大筋では大方こんな具合にエウリピデスの悲劇に描かれて名高く、またアイスキュロスの『アガメムノン』はこうして騙された母クリュタイメストラの憤怒と復讐とがテーマとなっているのであった。

トロイ攻め以前
 こうしてギリシャ軍は出航し、はじめに「テネドス島」に来たという。この島はトロイと目と鼻の先にある島なので理屈に合う。アウリスからの航路については言及がないので詳しくは分からないが、レムノス島が言及されているし、島伝いでくるのが合理的なのでアウリスから「北回り」で島づたいに行ったのではないかと推察される。
 さて、この「テネドス島」を支配していたのは一説ではアポロンの子とされる「テネス」であった。したがって、アキレウスの母テティスはアキレウスに対して、テネスを殺してはならないもし殺したらお前はアポロンによって死に至らしめられると言っておいた。しかし、アキレウスはこのテネスを倒してしまう。はるか後に、この予言は実現することになる(具体的には、パリスの射た矢をアポロンはアキレウスの急所であるかかとにあててしまう)。一方この「テネドス島」でギリシャの将の一人「ピロクテテス」が水蛇に噛まれ、その傷から発する異臭が凄まじいため、アガメムノンはオデュッセウスに命じて彼を「テネドス島」のはるか西にある「レムノス島」に捨てさせてしまう。しかしピロクテテスは弓の名人で「ヘラクレスの弓」の持ち主であったため、鳥を射て食となし命を保っていたとされる。そして後のことだが、ピロクテテスの助けがなければトロイは落ちないとなって呼び戻されることになるが、それはソポクレスの悲劇に扱われて有名となっている。

トロイ上陸
 こうしてトロイへとやってきたギリシャ軍は、まず「ヘレネの返還要求」ということでオデュッセウスと元夫のメネラオスとが使者となってトロイの城に赴く。しかしパリスの言葉に扇動されたトロイ人はこの二人を殺そうとし、危ない所をトロイの長老であったアンテノルに救われるという事件がおきる。後日談だが、アンテノルは常に「和平」のために尽力し、夢破れてトロイの滅亡になった時はこのときの恩を返されて助けられた。
 こうして戦闘ということになっていくわけだが、テティスは我が子アキレウスに対して決して「一番乗り」をしてはならないと言いつけておいた。この戦いでは一番乗りの勇士が一番に死の運命にあると定められているからであった。そして待ちかまえるトロイ勢に対して「一番乗り」を敢行した勇士は「プロテシラオス」といった。彼は多くの敵を倒して突進していくのだが、ついにトロイの総大将であったヘクトルの手に掛かって運命通りギリシャの将の中で一番に倒されていった。このプロテシラオスについては哀れな妻ラオダメイアの物語が伝えられており、彼女はプロテシラオスを愛するあまりその死後も「プロテシラオスそっくりの像」を作って夜毎その像と交わっていたという。神々はこれを見て哀れに思い、神ヘルメスが冥界より一度プロテシラオスを呼び戻してやる。ラオダメイアは夫が帰ってきたと狂喜するのだが、再び彼が冥界に戻された時、彼女も後を追って自害していったという。
 プロテシラオスが倒されて、次いでアキレウスが上陸していく。そしてトロイの豪傑キュクノスを倒していきますがこれを見てトロイ勢は怖れを為して城内へと退却していく。
 そしてギリシャ軍は皆船を陸に揚げて城攻めとなっていくのだが、勇将ヘクトルに率いられたトロイは容易には落ちず、かくして9年の歳月が流れていった。その間アキレウスは多くの回りの都市を略奪していったとアポロドロスは詳しく述べていくが、しかしその番外は省略し『イリアス』に描かれる10年目の戦いへと進もう。


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