3.ギリシャ神話、その主題と旋律 - 15. 英雄アムピアラオス伝説 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ギリシャ神話、その主題と旋律
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INDEX
1. ギリシャ神話とは
2. ギリシャ神話の日本語資料
3. 宇宙ないし神々の生成の物語
4. クロノスの一族
5. プロメテウスの神話
6. オリュンポスの神々の物語
7. 神々の「恋」と「異性関係」
8. 闇の神々
9. 神話を彩る妖精たち
10. 英雄ペルセウス伝説
11. 豪傑ヘラクレス伝説
12. アルゴー船伝説
13. テセウス伝説と迷宮の神話
14. テバイを巡る三つの伝説
15. 英雄アムピアラオス伝説
16. トロイ戦争伝説の大筋
17. トロイ戦争の発端と前夜
18. トロイ戦争(ホメロスの『イリアス』全24巻の内容)
19. トロイの落城にまつわる諸伝承
20. トロイからの帰還物語
21. 星座のギリシャ神話、
黄道12宮の星座物語

15.

英雄アムピアラオス伝説

「テバイ攻めの七将」 「後裔・エピゴノイによる戦い」 「アルクマイオン伝説」


 前のページでの「テバイ戦争」で「テバイ攻めの七将」をみたが、その中でとりわけ有名な英雄が「アムピアラオス」となる。彼についてはソポクレスが二つの悲劇を書き、その他にも悲劇・喜劇の題材とされていたことが知られているが残念ながらその作品は残っていない。しかし、アテナイの北のコロポンというところに「アムピラオスの神域」があり、そこは「予言」や「医療」の聖地として知られていた。
 さらに、その子
アルクマイオンによって父の復讐戦としての「第二次テバイ戦争(エピゴノイによる戦い)」が物語として続く。これらの伝承はテバイ戦争にまつわる物語ではあるのだが、テバイを離れるので別個に扱うことにする。

 さて、アムピアラオスは、テバイ攻めを強行すれば王アドラストス一人を除いて
全員が死ぬ運命にあることを予知していた。それにもかかわらず、何故彼もこの戦に加わったのか、その事情から話しをはじめる。
 アムピアラオスはこの予知によって自分がこの遠征軍に加わることをやめようとしただけではなく、この遠征そのものをもやめさせようと説得にかかったとされる。しかしこれは、ポリュネイケスにとっては「テバイの奪回」をあきらめることになってしまうわけで、そこで彼は将軍の一人であるイピスに相談をもちかけ、何とかアムピアラオスがこの遠征を承知する手だてはないものかと問うた。
 イピスはそれに答えて、アムピアラオスの妻である
エリピュレ「例の首飾り」を贈れば、と言ってきた。この「例の首飾り」というのはテバイ建国の英雄であるカドモスが神の血筋にあたる「ハルモニア」と結婚することになったとき「神ヘパイストス(ないしゼウス)」から贈り物とされた絶品の首飾りであった。
 そこでポリュネイケスはエリピュレにその首飾りを贈り、アムピアラオスを説得させることにした。アムピアラオスにしても、そうした説得工作が行われてくるであろうことくらいは察知していたようで、妻に決して贈り物を受け取ってはならないと厳命しておいた。しかし、妻エリピュレはその首飾りに目がくらんでそれを受け取ってしまった。
 しかし何故こんなに「エリピュレ」が問題であったのかというと、実は彼女はアルゴス王アドラストスの妹であった。そのアドラストスとアムピアラオスがかつて争いとなってその後和睦した折り、今後争いとなったときにはエリピュレがそれを裁いて結論を出す、という盟約にしてあったからであった。そして今、アドラストスはテバイ遠征を主張しアムフィアラオスが反対の立場に立っていたわけで、その採決が彼女に託されることになっていたわけであった。
 エリピュレは、出生すれば夫のアムフィアラオスは「死の運命」を避けられないということを知っていながら、「首飾り」に負けて夫を裏切り「売って」しまったのであった。
 こうしてアムピアラオスはテバイ遠征軍に加わらざるをえなくなり、かくして彼は息子たちを呼び事情を話して、お前たちが成人した暁には母エリピュレを「父の仇として討ち」そして「テバイに対する復讐戦」をするように、と言い置いて「死出の旅たる遠征」へと出ていったのであった。
 アムピアラオスは名声の高い英雄であり、敵であるテバイ側も「高潔で優れた英雄」として認めていて、アイスキュロスの『テバイ攻めの七将』では、七つの門にかかってくるアルゴスの将にテバイ側は悪口雑言を浴びせている中で、彼一人だけは讃えられてくる、と描いている。それによると、先ずアムピアラオスは「戦いに秀でた予言者、剛勇のアムピアラオス」と呼ばれるとする。そして、アムピアラオスはアドラストスにテバイ攻めを進言した「テュデウス」を味方であるにも関わらずののしっており「殺人者、国を乱す者、最大の悪の教師」と呼び、アドラストスにこれらの悪事を進言した者とし、また戦いの元凶であるポリュネイケスもののしって、名前通りに「争い多き者(このポリュネイケスという名前は、ギリシャ語では「ポリュ」と「ネイコス」に語源を分けることができ、ポリュ=多い、ネイコス=争い、となる)」と呼んで一人戦いに反対している、と描いている。またさらにアムピアラオスは、「こんな戦いは神々のお気に召す筈はない」「外国の軍隊を使って自分の父祖の地と自分の一族を滅ぼそうとするような戦いのどこに正義があるのか」「野望によって槍により征服された父の国がどうしてお前と手を結ぶだろうか」と主張している、と描かれている。
 そして彼の姿を描写するときも、「彼の楯には何も描かれてはいない、それは彼が虚飾を嫌い、外見の立派さよりも事実としての優れを望んでいるからだ」「彼は心を耕しそこから芽生える優れた考えを刈り取る」と手放しで讃えられている。
 ついでながら、伝承によるとアイスキュロスのこの劇が上演されてこのセリフが朗々と語られた時、観客は一斉に、同席していた当時のアテナイの指導者の一人「アリステイデス」の方に目を向けたと言われている。このアリステイデスは当時から「正義の人」と呼ばれた人物で、その清廉潔白さにかかわる数々の逸話が伝承として残されているが、あの政治家嫌いの哲学者プラトンですら唯一褒め称えている政治指導者であった。ちなみに「アリステイデス」という名前はギリシャ語で「アリスト=優れた、エイドス=姿」と分析でき、「外見の立派さより事実としての優れ」というセリフには内容として「アリステイデス」という言葉が含まれてくることもあった。
 ともあれ、こうしてアムピアラオスは戦いに入ったが、厳しい戦いの後、彼は敵将に討たれる前にここを逃れていくこととなる。しかし運命は逃れることができないわけで、神ゼウスは雷を投じて大地を引き裂き、アムピアラオスを馬ともども大地に飲み込ませてしまう。しかし同時に神ゼウスは彼を不死の精霊の身にしていき、そうした彼のために神域がつくられ「予言と治療の聖域」となっていったのが現在も遺跡が残っている「アムピアラオスの神域」となるのであった。場所はアテネの北「コロポン」とよばれるところで東にエウボイア島が望まれる海に近い場所となる。

アルクマイオンの伝承
 一方、彼が出征する前に子どもたちに残した遺言について話しを続けるが、その話しはその子どもの名前をとって「アルクマイオン」の伝承となる。
 アムピアラオスたちの敗北から十年が経ち、その諸将の子ども達も成人に達すると彼等は皆
「父の仇」を討つべく「テバイ遠征軍」を結成しようとする。これを通常「エピゴノイ(後裔)による戦い」と呼ぶ。結成に当たって神託(当時「神託」はすべてアポロンの神託を意味する)を伺うと、その神託はアムピアラオスの子アルクマイオンが総大将として攻めるならば勝利が得られる、と答えてきた。しかしアルクマイオンはその前に「父の仇」をと思っていた。しかし、その仇になる母エリピュレは、カドモスの妻ハルモニアが神からもらっていたもう一つの贈り物である「長衣(ペプロス)」をポリュネイケスの子どもテルサンドロスから贈られて「早速にもテバイ遠征軍」を、と急かされてこれを受け入れ、渋る子ども達を出征させることにしてきた。こうして、あわただしく「テバイ遠征軍」が結成されてしまう。
 こうしてアルクマイオンを大将にしたテバイ遠征軍には昔日の将軍の子ども達も参加してきた。その中に「トロイ戦争」で大活躍するテュデウスの息子
「ディオメデス」もいた。
こうして彼等はテバイに来て、神託通りアルクマイオンはテバイの大将エテオクレスの子どもであったラオダマスを討ち取っていく。テバイの市民は城壁内に逃げ込むが、予言者テイレシアスが和睦の使者を送る一方、市民はこのテバイを捨てて逃れるべしと予言してきたのでその言葉にしたがってテバイの市民は皆この町から逃れていった。そして旅を続けてヘスティアイアーというところに新たに町を築いてそこに居をさだめることになったという。
 こうしてアルゴス軍はもはや戦う事なくテバイを滅亡させたことになった。テバイはこの後アルゴス軍の一員となっていたポリュネイケスの子テルサンドロスが支配することになったが、ここにアルゴスと勢力を二分していたテバイは終わった。
 一方、アルクマイオンだが、このテバイ遠征軍の結成にあたっても母エリピュレが「賄賂」をもらって裏切りを働いていたことを知って激怒し、そして父の敵を討つことを進言する
「アポロンの神託」があったことも手伝って、早速にも「母エリピュレ」の殺害へと及び「父の仇」を果たした。
 しかし古代ギリシャの倫理の根底には「父母殺し」を最大の罪とする倫理観があって、その罪を犯した者は「復讐の女神エリニュス」によって裁かれるとされていた。そのため彼の場合も、その復讐の女神エリニュスが現れて、彼は狂気となって彷徨わなければならないことになってしまう。「父の仇討ち」には神アポロンの命令があったわけだが、それでもこのエリニュスは止められないのである。この事情は、後代アイスキュロスの悲劇に描かれて有名となっている「アガメムノンの一族」の物語の中での「オレステスの伝承」と同じで一つの類型の物語とも言える。そして、アイスキュロスはこのギリシャ的な倫理の落ち着く先を「エリニュスとアポロンの相克の問題」として描いていくのであった。
 それはともあれ、アルクマイオンは先ず祖父になるオイクレスのもとに流れ着き、次いでそこからプソープスを支配していたペゲウス王のところに行って彼によって浄めてもらう。そしてその娘
アルシノエと結婚して例の「首飾りと長衣」を彼女に贈り物とする。
 しかしエリニュスの呪いは続いており、その土地が実らなくなってしまう。そうした彼に神託があって、
アケロオス河神のもとに赴けばそこで真に浄められることになる、とあったので、彼は再び家を出て、そしてアケロオス河にたどり着きそこで浄められた。そして彼が「母殺しの罪」を犯した時にはまだ地上になく、従って彼の穢れで汚れていない地であったアケロオス河の河口の堆積地に町を建設することとなり、そのアケロオス河神の娘カリロエと結婚という話になった。
 ところがあの
「呪われた首飾りと長衣」の魔力は再びここでもその魔力を発揮し出して、カリロエはそれを我がものとすることを切望し、もしそれが得られなければこの結婚はなかったことにするなどと言ってきた。引け目のあるアルクマイオンはその願いを拒絶することができず、彼は再びかつて自分を浄めくれてその娘まで与えてくれたペゲウスのところにもどる。そして、例の「首飾りと長衣」とはデルポイのアポロン神に捧げねば自分はエリニュスの呪いを逃れることはできないので返して欲しいと嘘の願いをしていく。
 何も事情を知らないペゲウスはその言葉を信じて返してやるが、事情を知る召使いが「ひどい話しだ」と思ったためなのかすべてをペゲウスに告白してしまう。こうしてだまされたことを知ったペゲウスは激怒し、自分の息子達に後を追いかけさせ、待ち伏せしてアルクマイオンを殺させてしまったのであった。
 しかし、まだアルクマイオンを愛していた前妻アルシノエはこの前夫の殺害を怒り、父ペゲウスや兄弟に反抗していく。怒った兄弟たちはこの妹アルシノエを箱につめて
テゲア(ペロポネソス半島、アルゴスの西方にある町)というところに送ってしまい、しかも彼女が夫アルクマイオンを殺した、などと噂を流してしまう。
 一方、アケロオス河口の土地でアルクマイオンを待っていた新しい妻カリロエは、夫アルクマイオンの非業の死を知り、神ゼウスに願ってアルクマイオンと自分の間にできていた子どもたちが父の復讐のために大きくなるように願う。その願いは聞き届けられて、突然その子どもたちは成長して若者となって、そして「父の仇」を求めて旅に出ていくことになる。
 他方、アルクマイオンを殺したペゲウスの息子達は、例の呪われた「首飾りと長衣」とをデルポイの神アポロンに奉納しようとして旅に出ていた。そして運命のいたずらで二組の兄弟はテゲアで鉢合わせすることになってしまった。「父の仇討ち」ということで突然大きくなっていたカリロエの子ども達の方が分があって、ここでカリロエの子どもたちはペゲウスの子どもたちを倒し、さらにペゲウスのところまで潜入してきてペゲウスをも殺してしまった。
 ペゲウスの手の者は彼等を追ってテゲアまで追って行くが、テゲア人はカリロエの兄弟を助けて、結局カリロエの兄弟は逃れていく。そして兄弟は故郷に戻っていきさつを母につげ、父オケロオス河神の命によって、呪いの「首飾りと長衣」とはやはり神に戻すべきということでデルポイに出かけてこれを奉納していった。
 その後兄弟はエペイロスに行って移民を集め、兄弟の一人の名前「アカルナン」にちなんだ名前の都市「アカルナニア」を建造していった。
 
 一方、この「アルクマイオン伝承」もギリシャ悲劇の題材になっていて、エウリピデスに『アルクマイオン』という作品があった。その作品は失われているが、当時は良く知られた作品であったらしくそのあらすじが引用・紹介などで残されている。
 それによると、アルクマイオンは放浪の旅の途中、テバイの有名な盲目の預言者テイレシアスの娘
「マント」によって一男一女を得て、これをコリントスの王に預けておいたとなる。そしてこの兄妹は成長していくが、その女の子は飛び抜けた美人に育って行ったため后がヤキモチを焼き奴隷に売り飛ばしてしまったとなる。一方旅先で浄められていたアルクマイオンは、知らずしてその奴隷となっていた娘を買い取って侍女として仕えさせていたという。そしてコリントスに来て、かつて預けておいた子ども達を引き取りたいと申し出たけれど「娘」がいない。こうしていろいろ話しが展開して、やがて自分の侍女として仕えていた女が「自分の実の娘」であることが判明して「めでたし、めでたし」となるといった話しであったようである。

アムピアラオスの神域
 上にみてきた「アムピアラオス」が大地に飲み込まれて神となって祭られた場所は「アムピアラオスの神域」とされているが、ここは通常「医療の聖地」として知られており、その予言の術で病気を治す英雄神としてこの地で祭られたとされている。
 しかし、本来はそれだけではなく「神託そのもの」としても有名な場所であったことがヘロドトスの記述によって知られる。それによると、あの
「リュディアのクロイソス王」の話しに関わっているが、クロイソス王が自分の相談所として信頼にあたいする神託所を求めて「試験」をしたというのは有名な話しになっている。すなわちクロイソスは各地の神託所に使いを出して、一定の時を見計らって一斉に神託所に答えをもとめさせた。それはクロイソスの都サルディスにあって大きな青銅の鍋に羊とカメの肉を切り刻んでかき混ぜて煮ているクロイソスの姿を当てさせるものあった。それを見事に言い当てたのが「デルポイの神託所」と「アムピアラオスの神託所」であったというわけである。そしてその後クロイソスはこの二つの神託所を自分の相談相手としていったと伝えられている。
 一方アムピアラオスの舞台となっていた「テバイ攻めの伝説」というのはホメロスの「トロイ戦争伝説」に先立つ話しであるから、このアムピアラオスの神託所のあった土地の由来は相当に古く、おそらくこの地ではるかな大昔から何等かの祭儀があったのと考えられる。それが古代ギリシャ時代になって、ギリシャの古い伝承の一つであった「アムピアラオス」に託されて「神域」という形で整理されていったのだと思われる。他方ここが「医療の神託所」とされていった理由であるが、ここは海に近くオゾンが豊なばかりでなくきれいな清水が流れ、大体そうした場所は「医療の場所」とされていたから、ここも古くから「医療の祭儀」があったのだと思われる。それはエピダウロスなどの「アスクレピオス信仰」とは独立したもっと古いタイプのものだったと考えられる。ギリシャでの「医療施設としての祭儀」はほとんどアスクレピオス信仰という形になっているのに、ここだけが独自の祭儀を持っているのはその由緒の古さを語るものであろう。こうしてここは「預言と医療の神託所」とされていったのであろう。なお医療の預言は「夢判断」だとされているが、これはここだけではなく「アスクレピオス神域」でもそうなので、古代ギリシャ全体の普遍的な医療の特徴であったと考えられる。

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