3.ギリシャ神話、その主題と旋律 - 9. 神話を彩る妖精たち | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ギリシャ神話、その主題と旋律
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INDEX
1. ギリシャ神話とは
2. ギリシャ神話の日本語資料
3. 宇宙ないし神々の生成の物語
4. クロノスの一族
5. プロメテウスの神話
6. オリュンポスの神々の物語
7. 神々の「恋」と「異性関係」
8. 闇の神々
9. 神話を彩る妖精たち
10. 英雄ペルセウス伝説
11. 豪傑ヘラクレス伝説
12. アルゴー船伝説
13. テセウス伝説と迷宮の神話
14. テバイを巡る三つの伝説
15. 英雄アムピアラオス伝説
16. トロイ戦争伝説の大筋
17. トロイ戦争の発端と前夜
18. トロイ戦争(ホメロスの『イリアス』全24巻の内容)
19. トロイの落城にまつわる諸伝承
20. トロイからの帰還物語
21. 星座のギリシャ神話、
黄道12宮の星座物語

9.

神話を彩る妖精たち

「海の妖精」 「水の妖精」 「山野の妖精」 「木の妖精」


 ギリシャの神々の一族はなかなか複雑で、オリュンポス山に館を構える「オリュンポスの12神」が中心にはなっているものの、「それ以前の神々」もいれば、オリュンポス神族に属していても「12神以外の神族」もいた。さらには「河の神」のようにオリュンポス山には館をもっておらず「山野や海に住まっている」ような神もおり、そしてさらにその下にはそうした山野や海の神の娘たちがいる。彼女たちはもう「神」とは呼ばれず「妖精」ということになってくる。
 
 この妖精は、古代ギリシャ語の発音では
「ニュンフェー」と呼ばれる。これが英語に流れてきて通常我々は「ニンフ」と呼び慣わしている。
 このニンフは、もう神々のような「際だった特殊能力」はもっておらず、山や河、木や海や泉の「精気の具象化」ともいうべきもので、ようするに
「自然の精」というべきものとなる。従って、自然の霊気を与えたり奪ったりすることはできたようで、そうした物語もある。また「自然の精」なので生気溌剌としていたのであろう、彼女たちは皆「若く、愛らしく、美しい少女」であり、そのため男神を含め多くの男性の恋の対象となって、さまざまの物語の主人公となっている。英雄の母親に彼女たちが多いのも当然である。
 彼女たちの住まうところは当然自然の中で、従って自然の霊気を感じさせるような
「洞穴」などが「ニンフの祠」とされたり「泉」がそのまま「ニンフの住まい」とされたりしているのを、ギリシャおよびそれを引き継いだローマ世界のいたるところで観察することができる。現在のヨーロッパ各地にもそうした場所がたくさんあるのは、ヨーロッパはもともとギリシャを引き継ぐローマ帝国の一部だったからである。ただし、ローマから遠かった北欧のものは、むしろ「ゲルマン民族」の神話にぞくするものが多く観察される。
 
 こんな具合に「妖精」といっても種類が多くなってしまうのは止むを得ず、古代ギリシャに限っても数種類に分けられ、それぞれの呼び名をもっていた。
 例えば「泉」や「河」のニンフは
「ナイアス、複数でナイアデス」と呼ばれていたし、「海」のニンフは出生によって「オケアニデス(オケアノスの娘たち)」とか、「ネレイスないしネレイデス(ネレウスの娘たち)」と呼ばれている。また「山のニンフ」は「オレスティアデス、ないしオレアデス」と、森のニンフは「アルセイデス」、木のニンフは「ドルュアデス」ないし「ハマドリュアデス」、谷間のニンフは「ナパイアイ」、「雨のニンフ」は「ヒュアデス」、岩のニンフは「ペトライアイ」などである。
 
 ちなみに、「女神」なのか「ニンフ・妖精」なのか良く分からないものもいる。オケアノスの娘となる
「ステュクス」は、オケアノスの娘「オケアニデス3000人」の一人で通常彼女たちはニンフ・妖精の扱いなのだが、ステュクス一人「冥界を流れる河」として「誓いの女神」とされていて、これは完全に「神」扱いである。
 同じく海のニンフ「ネレイス」の一人の
「テティス」なども完璧に「女神」扱いとなっている。テティスには女神ヘラとの関わりや神ゼウスとの深い関わりの物語があり、そしてトロイ戦争の英雄アキレウスの母となる。
 また、ホメロスの『オデュッセイア』にでてくる
「カリュプソ」などは「海のニンフ」の一人なのだが、物語の中ではまるで「女神の一人」のような描きとなっている。
 こんな具合に一口で「ニンフ」といってもかなりいろいろなのだが、総体としてはやはり
「山野や海にすむ泉や木などの自然の精」であって「若く愛らしい少女」の姿をもっているものと考えて間違いはない。
 彼女たちは多くが英雄たちの母とされるが、とりたてて物語を持たない場合が多い。要するに英雄たちの素性を神につなげたい願いによって作られた家系図となっている。その中で物語を持って知られる名前となっている妖精たちを紹介しておく。

海の妖精、オケアニデス(オケアノスの娘たち)
 海の妖精にはさまざまのタイプがいるのだが、代表的なのに二つの種族がおり、一つは「オケアノス」の血筋にあり、もう一種族は「ネレウス」の血筋の者たちとなる。オケアノスは原初の神「大地ガイアと天ウラノス」の子であり、「水の神」として姉妹のテテュスとの間に「すべての河と3000人の娘」を持った、とされている。その娘たちの中で知られる名前を挙げておく。

ステュクス
 彼女はある時父オケアノスの代理としてゼウスの元に援軍に赴き、それを喜んだゼウスによって彼女は「誓いの河」として、神々はあらゆる誓いを彼女の名前によって行うこととしたという。神々がそれを破った時には9年間、呼吸や飲食を禁じられ、他の神々との交際も禁じられたという。ステュクスは冥界を七巻きにわたって巻き、その河は魔力を持ち、そのためアキレウスを生んだ女神テティスはアキレウスをこの河に浸けて人間的部分を流し去り不死にしようとしたという。ただし、かかとの部分を水に浸ける前に発見されてしまったために、アキレウスはかかとが急所になったという有名な逸話となってくる。

アレトゥサ
 今もシケリア・シラクサのオルティギア島の海辺にある淡水の泉が彼女なのであるが、彼女は、もともとはギリシャのペロポネソス半島北部にあって、山野を管轄する純潔の女神アルテミスに従っていた処女であった。しかし、ある時アルペイオス河神に見初められて迫られ、処女を守ろうと主人アルテミスに願って泉に変身し、海底を潜ってシケリア島まで逃げてきたが、アルペイオスも河であるから同じく海底を潜って追いかけ、シケリアの泉に身を変えていた彼女に流れ込んで交わり合体してしまったという。

ピュリラ
 神クロノスが彼女を狙い、妻の目を隠すために彼女を馬の姿にした(あるいは彼女がクロノスを逃れるため馬の姿に変身した)が、クロノスも馬の姿となって彼女と交わり、そのため彼女は「半人・半馬のケイロン」を生んでしまったという。彼女はそのケイロンを育てて幾多の英雄を育てる最大の教育者にした、とも、恥じて「木」に変身してしまったともいう。その名前は「菩提樹」を意味し、後者はその菩提樹の由来話しとなる。

クリュティエ
 太陽神ヘリオスに愛されたが、ヘリオスは彼女を捨ててレウコトエを愛人にした。しかし未だヘリオスをあきらめきれないクリュティアは、レウコトエの父に自分が愛人であったのだと告げた。しかし、かえってヘリオスを怒らせ、彼女は悲しみのあまり死んでしまったが、死んだ後に花となってヘリオスを見つめ続けているという。ヘリオトロープ(太陽、つまりヘリオスに向いて咲く花)と呼ばれる薄紫の草花の所以の話となる。この花は香りが高く香水の原料となっている。
 
海の妖精、ネレイス(ネレウスの娘たち)
 海の妖精の代表のもう一種族は「ネレウス」の血筋の者たちとなる。ネレウスは「大地ガイアと原初の海ポントス」の子となる。オケアノスの娘「ドリス」との間に50人(別伝では100人)の娘たちをもったとされる。その代表的な娘たちはイカのようである。

アムピトリテ
 彼女は、姉妹たちと戯れているところを海の神ポセイドンに見初められて浚われ、一度は逃げ出すものの、ポセイドンの執拗な探索についに見つかりその妻とされた。このように、妖精から「女王」となったのは彼女一人となる。ちなみに「王」と呼ばれ得る神は、オリュンポスの「主神ゼウス」と「海の神ポセイドン」と「冥界の神ハデス」の三人だけであり、ハデスの場合は姉妹デメテルの娘ペルセポネを妻とするのだが、その時もハデスに浚われた娘を探索するデメテルに、すべてを見ていた太陽の神ヘルメスは「王の妻、女王になるのだからいいではないか」などと慰めている。

テティス
 さまざまのところで顔を出す彼女であるが、言うまでもなくギリシャ最大の戦士、トロイ戦争の英雄アキレウスの母となるからで、そのいきさつの物語はゼウスと関わり有名となっている(トロイ戦争伝説の章を参照)。その他にもプロメテウス伝説とかヘラの物語とかに登場してくる。その扱いは、上でも指摘したが、完全に「女神扱い」である。彼女ほどオリュンポス神族に女神としてなじんでいるネレイスはいない。「妖精」として紹介するのは気が引けるほどである。

ガラテイア
 その名前は海の白波のしぶきが「乳(ガラ)」のしぶきに見立てられた時の名前といえる。一つ目の巨人キュクロプスのポリュペモスが彼女に恋したが、彼女はアキスという恋人をもっていた。そのガラテイアとアキスが逢い引きしているところをポリュペモスは発見し、怒りのあまり岩を投げつけてアキスを殺してしまったという物語がある。この物語は「醜く無骨な巨人と美しい妖精の乙女の物語」としてローマ時代に作られた物語らしく、ガラテイアは死んだ恋人を河に変じたのだがこの河はシケリア島のエトナ火山近くの河となっている。別伝ではガラテイアはポリュペモスとの間に「ガラス」「ケルトス」「イリュリオス」を生んだとされるのだが、この三人は「ガラティア人」「ケルト人」「イリュリア人」の祖とされ、この三種族とも生粋のギリシャ部族ではないため、彼女は「異部族の母」とされる所以がどこかにあったのかも知れない。

パノペ
 航海者を嵐から救助する海の妖精として船乗りたちに敬愛されたようで、その場面では「守護女神」のように扱われていたろう。

プサマテ
 もっとも敬虔なるものとして死後に冥界の裁判官となる「アイアコス」に愛された。しかし彼女はそれを逃れようとアザラシはじめさまざまに身を変えたがアイアコスは彼女を離さず、ついに交わったという。こうして一子ポコスが生まれたが、その優れを妬んだペレウス(アキレウスの父となる)たちに殺され、そのとき彼女は巨大なオオカミをペレウスの家畜に襲わせたという。後に彼女はアイアコスと別れてプロテウスの妻となったという。

他の海の妖精たち
 「海の神ポルキュス(大地のガイアと原初の海の神ポントスの子で上記のネレウスの兄弟)」から生まれた子には海の妖怪が多いのだが、その代表である「スキュレ」には悲しい言われの物語がある(ただし、スキュレについては異伝が多い。ここではポルキュスの子として紹介する)。
スキュレ(スキュラ)
 彼女は美しい海の妖精であったのに、海神の一人「グラウコス」に見初められてしまう。しかし彼女はそれを拒絶し、そのためグラウコスは魔女であったキルケに媚薬を頼んでしまう。ところがグラウコスとキルケというのは以前からの男女であったため、キルケはこれを怒り、媚薬の代わりに魔法の薬草を調達してそれをスキュレがいつも水浴びをする泉にひそませてしまう。何も知らないスキュレは水浴びに来て、この薬草の毒に当たって胸から上は元のままなのに脇腹から六っつの犬の頭とそして十二本の足が生えている凄まじい「妖怪」に身を変えられてしまった。そのため彼女は海に面した絶壁の中に住まい、下の海を行く船から一度に六人の水夫をかっさらって餌食にするというような身の上になってしまう。彼女の行く末については「退治された」とか「岩に変身した」とか「殺されたけれど魔法で再びもとの姿に戻った」とかの物語があるが、ポルキュスの伝承では最後の伝承であり、父ポルキュスは娘を元の姿にもどしたとなる。

カリュプソ
 ホメロスの『オデュッセイア』に登場する下級の女神とも妖精ともつかない女性で、「地球を担ぐ神アトラスの娘」とされている。生まれからは「妖精」と言うべきなのだが、彼女は自分の島に召し使いの妖精まで持っていて、その力は女神並のものとして扱われている。彼女は漂流していたオデュッセウスを救助して共に暮らすようになる。自分と共にここに暮らす限り不老不死で何の憂いもないというのに、望郷の念がつのったオデュッセウスを再び海へと帰してやる。

「河の神」たちの娘として生まれた妖精たち
 上記の「海の妖精たち」の他に「河の神たち」の娘である妖精に有名人が多い。その代表的な者立ちを紹介する。
イオ
 河の神イナクスの娘、妖精「イオ」の物語も良く知られている。ゼウスはヘラの巫女となっていた愛らしい娘イオを狙っていたが、ある時妻ヘラの目をくらませようと「雲」となってイオを襲い、思いを遂げていった。しかし時ならぬ時に怪しげな雲の固まりがあったのではかえって妻ヘラに怪しまれ、慌てたゼウスはイオを牝牛に変えて言いつくろうとする。しかしヘラの目をごまかすことはできず、イオは牝牛に変えられたまま虻にさいなまれて世界中を彷徨わなければならなくなってしまう(オリュンポスの神々の恋物語の章を参照)。

アイギナ
 彼女は「アソポス河」の娘となる妖精だったが、ゼウスによって誘拐されある島でゼウスによって子どもを孕まされ、以来この島は「アイギナ島」と呼ばれるようになったという。その子こそもっとも敬虔なる英雄として死後冥界の裁判官の一人となる「アイアコス」であった(オリュンポスの神々の恋物語の章を参照)

ダフネ
 彼女は一説ではペロポネソスの「ラドン河の神」、一説ではギリシャ本土中部の北を流れる「ペネイオス河」の娘であり、山野の妖精であったが、アポロンに愛されて追われ、ついに河辺まで逃げてきたところで追いつかれ、そこで父たる河の神に願って我が身を「一本の樹」に変えてもらったとなる。その樹が「月桂樹」で、それ以来この月桂樹はアポロンの聖樹とされた(オリュンポスの神々の恋物語の章を参照)。

山野。森の妖精たち
カリスト
 彼女は「純潔の女神アルテミス」に忠誠を誓って彼女に付き従っていた森の妖精であった。その彼女を見そめてゼウスは、彼女が一人でいるところに主人であるアルテミスに変装して近寄り、安心していた彼女に襲いかかって犯してしまう。その後、彼女は「熊」に身を変えられ、いろいろあって後に天に上げられ「大熊座」になっていったという話しは有名となっている。一方、彼女が孕んでしまったゼウスの子は「アルカス」といい「アルカディア王家」の祖となっていく。この物語は「星座の由来」と「名家の祖」の由来話とが含まれたものとなっている(星座のギリシャ神話の章を参照)。

シュリンクス
 彼女は「牧神パン」の物語で良く知られた山野の妖精となる。牧神パンは「葦笛」をもっていることで有名なのだが、この「葦笛」の由来がシュリンクスにある。物語はアポロンとダフネの物語と似ていて、パンが美しいニンフのシュリンクスに恋をして追いかけ、シュリンクスは逃げるがついに川辺に追いつめられた時、願って自分の姿を「葦」に変えてもらった。パンは姿の消えたシュリンクスに戸惑うが、そこに生えている葦の茎を切り取り長さを違えてくっつけ合わせてそれを吹いたところ妙なる音楽を響かせ、以来パンはそれに恋しい少女シュリンクスの名前を与え常に身に携えていた。

エコ
 エコは「木霊」となる森の妖精として有名だが、その由来話しとして三つがあり、一つ目は良く知られた「水に映った自分の影に恋したナルキッソス」との物語となる。それによると、ナルキッソスという美少年は水に映った自分に恋してしまい、すべての少女たちの愛を拒絶し、彼を愛した少女の一人であったエコは憔悴して身が透けてしまい、声だけが残ったというものである。二つめは、彼女は神ゼウスに頼まれて、ゼウスが女の元に行くときにはその妻ヘラといつまでも話をするようにしたという。しかし、この策略がばれて、ヘラはエコの身体を消して声だけにしてしまったという。三つ目は、牧神パンがエコに恋したがエコはこれを拒絶し、そのためエコはパンによって狂わされた羊飼いに襲われて八つ裂きにされてしまう。しかし、大地がその身体をかくし、声だけを残したというものである。

木の妖精たち(ドリュアデス)
山野の妖精とは一色異なった「木の妖精」たちもいる。

エウリュディケ
「木の妖精」の中でもっとも有名な妖精となる。音楽の英雄オルペウスの妻となり、ある時、川岸を散歩していた時暴漢に襲われ、逃げる途中草むらに居た蛇に足をかまれて死んでしまう。夫オルペウスは妻を求めて冥界へと来て、一度は奪回を許されるものの、後ろを振り返ってはならないという禁令を今一歩のところで犯してしまい再び妻をひきもどされてしまった。ただし、この物語はあまり変わらないが、その他のオルペウスに関わる伝承はさまざまとなっている。その一つに、オルペウスの死後、彼は優れていた英雄が赴くとされる「幸福者の島」へと送られて、そこで妻エウリュディケと再会し、オルペウスは何恐れることなく妻を振り返りながら野原を二人で駆け回って、幸せな生活をしているとされる。

ピテュス
 パンは「松の木」の冠をかぶるのだが、その言われとなる「木の妖精」で、パンに愛されたがそれを逃げ、松の木に身を変えてもらった、という「月桂樹ダフネ」や「葦のシュリンクス」と同じタイプのもの。あるいは、パンと北風のボレアスとが同時に彼女を愛したが、ピテュスはパンを選び、そのため北風ボレアスは岩から彼女を吹き飛ばしたが大地がその彼女を受け止めて「松の木」にしたというもの。そのため松の木は北風が吹くと呻くし、他方のパンは彼女を頭に飾っているとなる。

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