3.ギリシャ神話、その主題と旋律 - 7. 神々の「恋」と「異性関係」の物語 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ギリシャ神話、その主題と旋律
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1. ギリシャ神話とは
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7. 神々の「恋」と「異性関係」
8. 闇の神々
9. 神話を彩る妖精たち
10. 英雄ペルセウス伝説
11. 豪傑ヘラクレス伝説
12. アルゴー船伝説
13. テセウス伝説と迷宮の神話
14. テバイを巡る三つの伝説
15. 英雄アムピアラオス伝説
16. トロイ戦争伝説の大筋
17. トロイ戦争の発端と前夜
18. トロイ戦争(ホメロスの『イリアス』全24巻の内容)
19. トロイの落城にまつわる諸伝承
20. トロイからの帰還物語
21. 星座のギリシャ神話、
黄道12宮の星座物語

7.

神々の「恋」と「異性関係」の物語

「男神の異性関係」 「女神たちの恋」


男神を魅了した女神、妖精、女たち
 オリュンポスの神々というのは、人間をそのまま大きくしたような性格をもっているので、その神話には人間の営みや感情のさまざまが描かれてくるような格好になる。戦ったり、仕事をしたり、遊んだり、パーティーをしたり、旅をしたり、発明・発見をしたりさまざまで、また恐ろしく感情的で、恋したり、憎んだり、嫉妬したり、贔屓したり、怒ったり、復讐したり、泣き悲しんだり、笑い喜び歌ったりしている。
 その中でも
「恋」というのは人間にとってどうしようもなく厄介であるように、神々にとっても厄介きわまりなく、そうした「恋」にまつわる物語がたくさん作られている。「恋の成就」もあれば「悲恋」もあり、「浮気」もあれば「略奪」「強姦」まであり、主神ゼウスなどむしろ「女狂い」と言える。
 ただしゼウスの場合、その女狂いは
「部族の融合」を背景にした物語であったり、「ある事象の説明話」であったり、「都市の建設の由来物語」であったり、「家柄の権威付け」であったりで、「意味」がある場合が多く単なる「女狂い」とは言い切れない。
 もちろん女神も負けてはおらず、さまざまの男たちとの物語を残している。ここではそうした神々の性格をまとめてみる。そうした物語の多くは、「神々や英雄の物語」の中で前後関係を含めて解説してあるが、この章では良く知られた物語に限定して(それでもかなり多い)説明しポイントを示したものである。詳細や文中に出てくる人名については関係神話や英雄伝説あるいは名鑑を参照して欲しい。

ゼウスの妻たち
 ゼウスが関係する「主要女神たち」は、「原初の原住民族の女神」が殆どと思われ、現住民族の融合を「原住民族の持っていた女神を妻とする」という形であらわしていたのかと推定される。一般にゼウスの妻とされるヘラとの結婚もそうした性格を持つと考えられるが、以下に紹介するデメテルやメティス、レト、ディオネなどもそうした性格の関係かと推定される。従って、「ギリシャ神話」として一般に知られる神話では、ゼウスの女関係に対して妻ヘラは恐ろしい復讐をしてくるということになるのだが、これらの主要女神たちとの女関係については、ヘラは何も言わず何も嫉妬の炎を燃やして復讐することもない、ということになる。

ヘラ
 ゼウスの妻は、オリュンポスの神体系が確立した時代には「女神ヘラ」となる。しかし、神話をたどると、その前にゼウスは「メティス」を妻として女神アテネをもうけている。次いで「テミス」と結婚して「季節の女神ホライたち」その他の子どもを産み、さらには「エウリュノメ」から「優美の女神カリス立ち」をうみ、さらに「デメテル」から「ペルセポネ」を生んでいる。その上またあろうことか、この娘ペルセポネをゼウスは蛇に変身して犯してしまい「ザグレウス」を生み、また、「レト」と交わって「アポロンとアルテミス」の双子神を生んでいる。こうしてやって「ヘラ」と結婚する、といったすさまじい女遍歴をしている。
 あるいはまた、ホメロスの叙事詩ではゼウスは「ディオネ」を妻としていたとも歌われている。その上、以下に紹介する女性たちとの関係があるのだが、これですべてではなく、「ゼウスの子」とされるだけならもう枚挙にいとまがなくなる。
 正式の妻となった女神ヘラは
「家庭婦人の守り手」「女性の栄光」をつかさどる女神とされ、さらに「三美神(ヘラ、アテネ、アフロディテ)の一人となる。イメージとしては「成熟した女性美」の持ち主という感じとなるが、彼女は「泉の水を浴びて処女に戻る」という特技まである。ヘラは「主神並の権能」を持つ女神となっているが、その所以は、ヘラが元来土着民族の主神であったことに由来すると考えられる。つまり、ゼウスを主神とするギリシャ民族の到来とともに民族が融合されていった経緯を示すものと考えられる。

メティス
 ゼウスのはじめの相手として有名な女神は「メティス」となる。彼女はオケアノスとテテュスの子なのでゼウスの従姉妹に相当するもののオリュンポスの一族ではない。
 彼女は
「知恵」の女神だったのだが、ゼウスによって孕まされ、しかも彼女から生まれる子は父親を凌駕するという定めをもっていたことが知られてゼウスに飲み込まれてしまう。そしてゼウスはメティスが孕んでいた子を自ら産むことにしてしまい、月満ちた時に「頭」から「武装した女の子」が勇ましい雄叫びを挙げながら飛び出してきたという。彼女こそ「戦の女神アテネ」であった。こんなアテネをゼウスはことの他可愛がり、彼女はオリュンポスの神々の中でも特別な扱いを受けている。一方、メティスの方はゼウスと同化してしまった格好になっている。これは、ゼウスの持つ「知」の性格を由来づけた神話であると同時に、女神アテネの性格をも説明する物語となる。つまり女神アテネは「ゼウスが直接自分で生んだ」という特別にゼウスに近い性格と、その「知恵の女神」とされる所以とを物語っているわけである。

テミス
 彼女はウラノスとガイアの娘なので、前出のディオネと同じくゼウスの叔母ということになる。「掟の女神」であり、彼女もオリュンポスの一族ではないもののその「職分」が重要であったためか、アテネ近くのラムヌスというところには立派な神殿があったし(遺跡として残存)、「神像」も作られていた。彼女もゼウスの子を孕まされた一人で、彼女からは「季節の女神達ホライ」「運命の女神モイライ」「正義の女神アストライア(ディケ)」「平和の女神エイレネ」が生まれている。これらの娘たちは皆「掟」に関わり、その権威としてゼウスの娘とされたのであろう。

エウリュノメ
 彼女は先に見た「メティス」の姉妹になり、ようするにここでもゼウスは姉妹を襲っていたことになる。彼女からは「優美の女神カリス姉妹」が生まれている。この優美の女神カリスも「美にとりわけこだわる古代ギリシャ人にとっては重要な女神で、その像がたくさん造られていた。

デメテル
 ゼウスが関係するヘラ以外の主要女神の一人に「穀物の女神デメテル」がいる。彼女もゼウスの姉妹で、したがって「ヘラ」の姉妹でありオリュンポス12神の一人となる。
 このゼウスとデメテルの子どもが「冥界の神ハデスにさらわれた
娘ペルセポネ」となる。デメテルは「大地母神」という、どの民族も歴史以前から持つ神の性格を強く持ち、その名前の中に「母(メテル)」という言葉を残し(「デ」の方はさまざまに考えられているが、「大地」を表す「ゲ」のなまりかとも考えられる)、本来的に「土地神」という主神の位置にあったと考えられる。従って、主神ゼウスとの間に関係が持たされたのであろう。なお、このデメテルはゼウスの兄弟「海のポセイドン」にも襲われてレイプされてしまう物語がある。

レト
 ついでは「レト」である。レトもゼウスの従姉妹となる。彼女はオリュンポスの神々の中でもとりわけ有力な神「予言と音楽と弓の神アポロン」「純潔と野生と狩りの女神アルテミス」の母となる。彼女もゼウスによって子どもを孕んでしまい、臨月になったのだがゼウスの妻ヘラの嫉妬のために出産場所や出産の女神の立ち会いが奪われ、苦しみの中でようやく当時「浮島」であったデロス島がその場所を提供してくれ、ほかの神々の助けで出産の女神が連れて来られてようやく二人の素晴らしい子ども達を生むことができたという。古典期のギリシャでは、通常オリュンポスの一族以外祭られるということは少ないのだが、彼女は「別格」でその二人の偉大な子どもと共にデロス島やクレタ島、小アジアなどで祭られていた。どうも出自は小アジア系の主神であったかと考えられる。

ディオネ
 ディオネはヘシオドスでは生まれが曖昧なのだが、アポロドロスではウラノスとガイアの子とされるので文字通り原初の女神の一人となる(ヘシオドスではオケアノスとテテュスのたくさんの子の中にこの名前がある)。その名前は「ゼウス」と同根と考えられ(ゼウスの語幹はディウとされる)、従って言語学的には「ゼウスの女性形」となり、本来彼女はゼウスの分身的存在であったかとも考えられ、ゼウスの神託所として有名でホメロスの叙事詩にも登場する中部ギリシャの「ドドナ」にあっては「ゼウスの妻」とされていた。すなわち、中部ギリシャの大地母神がゼウスに吸収された時「ゼウスと同じ名前の女性形(ディオネ)」とされたのかと考えられる。ゼウスはこのディオネからは「アフロディテ」を生んだことになっており、ホメロスの物語ではそうなっている。他方、ヘシオドスではウラノスの男根からとなっていて、「二重のアフロディテ」となっている。この二重のアフロディテはギリシャ人自身も気づいており、それぞれを「ウーラニア・パンデーモス」「パンデーモス・ウーラニア」と名付けていた。ディオネはそのうちの「パンデーモス・アフロディテ」の母親ということになる。このように、アフロディテという女神は複雑で、二重のアフロディテについては「アフロディテ」の項を参照。

ムネモシュネ
 彼女もディオネやテミスの姉妹となる。彼女は「記憶の女神」だが、彼女からは「文芸の女神ムサイたち」がゼウスによって生み出されている。ギリシャ人にとって文芸(ムーシケー)は必須の人間的教養とされ、従って「無教養」というギリシャ語は「ア・ムーシコス」つまり「非文芸的」という言葉であった。文芸の内容は「音楽」「詩」「悲喜劇」「地誌・歴史」等を含んでいたから「記憶」の女神の娘とされ、その重要性からゼウスによって権威づけられたのであろう。

マイア
 彼女はゼウスの従兄弟に相当するアトラスの娘で、「昴の星の姉妹」の一人となる。彼女からはオリュンポス12神のひとり「道と使いの神ヘルメス」が生まれている。また後でみる「おおぐま座・カリストの物語」では、ゼウスによって犯されて孕んでしまったカリストの子アルカスを彼女が引き取ってそだてたという話しもある。

エレクトラ
 ゼウスはどうも「美人姉妹」に弱かったようで、姉妹を手にかけている事例が多い。マイアの姉妹のエレクトラもその一人となる。彼女からは「ダルダノス」「イアシオン」の兄弟が生まれている。ダルダノスは北エーゲ海の「秘教の島サモトラケ」から「トロイ伝説」にかかわり、ダーダネルス海峡に名前を残している。イアシオンは「デメテルの恋人」となり「富の神プルトン」の父となったとかの神話がつたえられている。

タユゲテ
 昴の星の姉妹の三人目となる。彼女はゼウスに犯されて「ラケダイモン」を生み、これを恥じて山中に身を隠し、以来その山は彼女の名前で呼ばれるようになったという。この山こそスパルタの西に険しくそびえる有名な山脈「タユゲトス山」となる。一方この「ラケダイモン」とは「スパルタの別名」であることはいうまでもなく、この地の祖となっていったというわけで、このタユゲテの場合は「有名山脈」とその麓の「有名地」の由来話しと言える。

ゼウスを魅了した妖精たち
カリスト
 以上は「女神たち」であったが、「妖精」もたくさんいる。その代表的なのが「森の妖精カリスト」になる。彼女は「純潔の女神アルテミス」に忠誠を誓って彼女に付き従っていた森の妖精であった。その彼女を見そめてゼウスは、彼女が一人でいるところに主人であるアルテミスに変装して近寄り、安心していた彼女に襲いかかって犯してしまう。その後、彼女は「熊」に身を変えられ、いろいろあって後に天に上げられ「大熊座」になっていったという話しは有名となっている。一方、彼女が孕んでしまったゼウスの子は「アルカス」といい「アルカディア王家」の祖となっていく。この物語は「星座の由来」と「名家の祖」の由来話とが含まれたものとなっている。

イオ
 河の神イナクスの娘、妖精「イオ」の物語も良く知られている。ゼウスはヘラの巫女となっていた愛らしい娘イオを狙っていたが、ある時妻ヘラの目をくらませようと「雲」となってイオを襲い、思いを遂げていった。しかし時ならぬ時に怪しげな雲の固まりがあったのではかえって妻ヘラに怪しまれ、慌てたゼウスはイオを牝牛に変えて言いつくろうとする。しかしヘラの目をごまかすことはできず、イオは牝牛に変えられたまま虻にさいなまれて世界中を彷徨わなければならなくなってしまう。その生涯は当然波乱に富んだものとなっていったが、やがてエジプトに至り、そこで一子エパポスを得、エジプト王と結婚して女王となっていったとされる。そのためかイオはエジプトの神「イシス」と同一視される。エパポスは後にナイル河の神の娘「メンピス」と結婚し、その名前をとった都「メンピス(古代エジプトの首都)」を建設し、娘「リビュエ」を得たという。その娘は後に「リビア」の地の由来となっていく。こんな具合にこの「イオの物語」は小アジアから中東を経てエジプトに至る壮大な物語となるのだが、この神話の中に当時の世界の状況が読み取れるのではという研究もあるほどである。

アイギナ
 彼女は「アソポス河」の娘となる妖精だったが、ゼウスによって誘拐された。その時、父であるアソポス河は娘を探し求めて放浪し、コリントスにあって王シシュポスに出会ってことの次第を知ってゼウスの元に急ぎかけつけたところ、ゼウスの雷に打たれてしまうという悲運に見舞われた。一方、彼女はある島でゼウスによって子どもを孕まされ、以来この島は「アイギナ島」と呼ばれるようになったという。つまり、アテナイの沖合にある島でこの島は古代にあっては非常に重要で有力な島であった。彼女から生まれたゼウスの子は「アイアコス」といい、敬虔なる英雄として知られ死後「冥界の裁判官」となっていることでとりわけ有名になっている。

プルト
 彼女についての伝承はほとんどないが、ゼウスとの間に「タンタロス」を生んだ妖精として名前が残っている。タンタロスの伝承はいろいろあるが、有名なのは「地獄に落とされて」水に浸かされ、渇いて水を飲もうとすると水は引き、頭上にはたわわに実をつけた枝が下がっているけれど、飢えてそれを取ろうとすると風が吹いてその枝は舞い上がってしまい、永遠に渇きと飢えにさいなまされている、というものである。彼は「神々に愛されて」いたのだが、こういう目にあった理由については異伝も多い。

ゼウスを魅了した人間の少女たち
レダ
 一方また、ゼウスは「人間の少女」にもたくさん手を出しており、それには有名女性が多い。まず「レダ」だが、これはゼウスが「白鳥」の姿となって近づき白鳥の姿のまま彼女を犯してしまったというものである。これは、近代の画家が多くの作品を書いていることで有名で、また星座の「白鳥座」でも知られている。神話としても、まず「双子座の星」となる「ポリュデイケスとカストル」の物語、トロイ戦争の原因となる「絶世の美女ヘレネ」、生贄とされた娘の仇として夫アガメムノンを殺す「修羅の道を行く母クリュタイメストラ」の物語など、有名物語の発端となる。つまり、今挙げた四人がゼウスによってレダが生むことになる子ども達であった。ただし彼女はこの時すでに「人妻」になっていて、四人のうち二人は人間の血を受け継いでおり、それが物語を彩っていくことになる。レダはその後も夫とうまくやっていったようである。

エウロペ
 彼女も良く知られた女性で、アジアの地フェニキア地方(現在のレバノンあたり)に居た王女であった。彼女を見初めたゼウスが「牛」の姿で近づき、油断したエウロペがその背中に乗ってしまったとたんに海へと泳ぎだし「クレタ島」へと連れていって彼女をものにした、という話しは良く知られている。このとき以来、アジアからクレタ方面地方が「エウロペの地=ヨーロッパ」と呼ぶことにされたとなり、こうして彼女は「ヨーロッパ」の名前の起源となった。一方、彼女から生まれた子ども「ミノス」はクレタの支配者となり、その兄弟「ラダマンテュス」は死んで後、ミノスと共々「冥界の裁判官」となっていくという栄光の子ども達となる。この物語は何を置いても「ヨーロッパ」という言葉の起源話になっていることで有名である。

ダナエ
 この「ダナエの物語」は「ゴルゴンのメドゥサ退治」ペルセウスの物語で有名となる。ダナエから生まれる子によって命を落とすことになるとの予言をうけた父のアルゴス王は娘ダナエを幽閉してしまう。しかし、その美しさに心引かれたゼウスが「黄金の雨」となって屋根の隙間から彼女に降り注ぎ犯してしまい、その生まれた子どもが大英雄ペルセウスとなる(ペルセウス伝説の章を参照)。二人はその後幾多の苦難にあうが、ダナエも息子ペルセウスに救われようやく平安を得ていく。ところが、これが近世になってキリスト教の「聖母マリア伝説」と結びついて寓話的に絵画化されることにもなった。さらには「黄金の雨」が「金貨の雨」に変容されて人間の「金貨願望」の心理描写に使われてたりしている。

アンティオペ
 彼女は、サテュロス(上半身は人間で下半身は山羊という山野の精)に変身して近づいたゼウスによって犯され、子どもを孕んだことで父の怒りを怖れて出奔シュキオンに逃れる。しかし、誤解した父は兄弟にシュキオンの王に対する復讐を依頼して自殺してしまい、兄弟はシュキオンを攻めてアンティオペを連れ戻そうとする。その途中、彼女は双子の子どもアムピオンとゼトスの兄弟を生むが、子ども達は捨てられてしまう。アンティオペは、その後虐待されたり狂気に落とされたり諸国を彷徨ったりの悲運に見舞われたりしたあげくようやく晩年に平安を得るが、どうもゼウスの犠牲者の中でもとりわけ「ついてない」女性であった。捨てられた子どもたちは拾われてテバイの英雄となっていく(名鑑「アムピオンとゼトスの項参照」

セメレ
 彼女は数少ない「合意」の上でのゼウスの愛人と言える。しかしそれを嫉妬したヘラに騙され、ゼウスに本来の姿で来てくれるように頼んでしまい、神の誓いは覆すことができないためゼウスは「雷と稲妻」とともにやって来ざるを得ず、そのためセメレは死んでしまう。しかしすでに孕まれていた子どもは助けられ、それが後の「神ディオニュソス」となる。ディオニュソスは「人間の女からの出自」のくせにさまざまの遍歴の後にやがてオリュンポスの12神に並ぶ最高度の神になっていくという「特別な神」だが、その遍歴の途上で冥界へと赴き、母セメレを救出して天に昇り母を「神族の一員」にしていくという離れ業までやってのけている。

アルクメネ
 彼女はゼウスに目を付けられた時すでに人妻であった。そのためゼウスは、夫が出征中に夫の姿となって帰還したと見せかけて彼女をベッドにつれていき抱いてしまう。こうして彼女はゼウスの子どもを孕むのだが、その子どもというのがギリシャの英雄の中でもえり抜きの豪傑「ヘラクレス」となる(ヘラクレス伝説参照)。そういうわけで、長大なヘラクレス伝説が後に続くことになるのだが、彼女の方はその後も夫とうまくやっていったようであった。

ニオベ
 彼女は、ゼウスが人間の女と交わった最初の女性と伝えられ、その子どもに「アルゴス」と「ペラスゴス」とを得たという。「アルゴス」はペロポネソス半島の支配者となりその地を「アルゴス」と命名したとされ、「ペラスゴス」はそのうちの「アルカディア地方」の王となったとされる。いうまでもなく、この伝承はペロポネソスの中心であった「アルゴス地方」の名前の由来話しと言える。

 ゼウスの愛人にはまだ他にもいるのだが、以上の女性たちがゼウスを魅了した女性達の代表と言える。

ポセイドンの恋人
 ゼウスの兄弟、ポセイドンとハデスは、それぞれ「海の王」「冥界の王」と「王号」をなまれる。従って由緒の正しさということでは第一ランクにあるのだが、ハデスは冥界の王であるためその妻とするペルセポネ以外に地上での「恋物語」の主人公にはなれなかったようで、「妻以外の異性関係」はない。
 ポセイドンはゼウスに次いで異性関係が多いと言えるが、それは今指摘した「由緒の正しさ」に所以すると考えられる。しかし、その異性関係はゼウスに比べてひどく貧弱なのは否めない。その代表的なものを紹介する。

アムピトリテ
 彼女は海の妖精の一人であったが、ナクソス島で海の妖精たちが輪舞していたところを海の神であったポセイドンが来合わせ、輪舞の輪の中の一人であった彼女を見初めて、うむを言わさずかっさらって自分の妻にしてしまったという。そうした仕打ちに腹を立てたのか、彼女は逃げ出して海の果てまでいって「オケアノス」にかくまってもらったという。ポセイドンは血なまこになって探し回るが見つからないでいたところ、一匹のイルカがついに彼女の居場所を見つけて、やっとポセイドンは彼女を宥めて連れ帰った。こうして彼女は「海の女王」となった。ついでに功名をたてたイルカはその姿が天に飾られ「イルカ座」になったという。

テュロ
 彼女は人間の娘であったが、この地方を流れるエニペウス川の好きな少女で日ごとに川辺に出かけていた。それをポセイドンが目にして恋し、そのエニペウス川の神に身を変えてテュロに近づき、渦巻く河口のところで彼女を抱いて交わったという、そのとき川は沸き立ち、波はそびえ立って二人の姿を隠したという。こうしてテュロは子どもを産むが、自身は苦難の連続となり、やがて成人した子どもたちに救われていくという物語となる。この子どもたちというのは、一人はアルゴー船伝説の登場人物である「イオルコスの悪王ペリアス」であり、一人はペリアスに追われてピュロスに逃れてそこの王となり、トロイ戦争での老勇ネストルの父となる「ネレウス」であった。

イピメデイア
 あまり知られていない話だが、彼女はポセイドンに恋し、海辺で波を掬って胸に注ぎかけていたという。ポセイドンはその彼女を抱いて二人の子供を得たという。珍しくポセイドンは「相手から愛され」、身を変じることなく堂々と交わることのできた例となる。ただし、生まれた子ども「オトスとエピアルテス」はすさまじい力を持ち、天上に攻め入ろうとしたためにゼウスによって永遠の地獄に落とされてしまったという。

メラニッペ
 エウリピデスの失われた悲劇に『縛られたメラニッペ』および『哲学者メラニッペ』があるところから古代では知られた神話であったらしい。ポセイドンと交わって「アイオロスたち兄弟」を生むが、怒った父によって子供は捨てられ、自身は盲目にされてしまう。苦難の後に成長した子供たちに救われ、ポセイドンはメラニッペの視力を回復してやる。

メドゥサ
 あのゴルゴン三姉妹のメドゥサである。ただし、ローマ時代のオウィディウスによるとメドゥサはもともと非常に美しい少女で、とりわけその髪の毛の美しさは群を抜いていたという。そのため妻アムピトリテないし女神アテネに憎まれて(どうしてアテネなのか全然理由が分からない。あるいはアテネの神殿でポセイドンに犯されて神殿を汚したともされる)、醜い姿に身をかえられてしまったとされている。神話学的にはこのメドゥサは先住民族の女神であったと考えられ、ギリシャ民族の到来と共に妖怪にされたと考えられる。そうだとしたら身が変えられる前のメドゥサにポセイドンが恋しても不思議ではない。このメドゥサからは「天馬ペガソス」が生まれている。ポセイドンのシンボル動物は「馬」であり、彼自身しばしば馬の姿をとっているので、その子として「天馬」が生まれるのは理にかなっている。

 その他、ポセイドンは多くの女たちから子どもを産んでおり、その多くは「乱暴者」として知られる者たちとなる。たとえば『オデュッセイア』での一つ目の巨人
「ポリュペモス」もポセイドンの子であり、母は「トオサ」となる。また巨大な山を積み上げて天上に攻め入ろうとした「オトスとエピアルテスの兄弟」もポセイドン、トロイ戦争での「巨漢キュクノス」、ヘラクレスと争う「アンタイオス」、戦争の神アレスの娘を犯そうとしてアレスに殺されたハリロティオス、テセウス伝説での悪漢たちなどたくさんいる。
 並はずれた力を持つものは英雄・悪漢いずれにしてもその力は「神に由来する」と説明したいからであろうが、ポセイドンは「地震と荒れ狂う海の神」であるから、凶暴な者たちがその父としてポセイドンにされたのであろう。同じ事情は「戦争と殺戮の神アレス」にもあり、アレスはたくさんの無頼漢の父となっている。

ハデスの恋人
ペルセポネ
 この物語も有名で、ペルセポネは「穀物の女神デメテル」の娘だったが、冥界の神であったハデスに恋されて、野にあって遊んでいたところを地中から地下界へとさらわれてしまう。いなくなった娘を尋ねて世界中を放浪する母デメテルの物語が後に続くが、いろいろあってペルセポネは一年の三分の一を地下に、三分の二を地上にということで折り合いをつける。これはペルセポネが「植物の種}を表すものだからである。そして、結果的にペルセポネは「冥界の女王」とされていく。この話の意味は分かりやすく、「穀物の再生」あるいは「種」の性格を語っているわけで、この「再生」の性格が「エレウシスの秘儀」として宗教化したのであった。

アポロンの恋人
 アポロンは理想の男性像のように見えるのに、どういうわけか「女に振られる」物語が多い。ここに何があるのかさまざまに裏見読みできる。

ダフネ
 彼女は「河の神」の娘であり山野の妖精であったが、アポロンに愛されて(ローマ時代の物語によるとアポロンが愛の神エロスをからかった報いでダフネに対する恋心を植え付けられた、となる)追われることになり、彼女は逃げ回るがついに河辺まで逃げてきたところで追いつかれ、そこで父たる河の神に願って我が身を「一本の樹」に変えてもらった、となる。その樹が「月桂樹」で、それ以来この月桂樹はアポロンの聖樹とされて、アポロンの祭典での優勝者の頭を飾ることになったとなる。この話しも近代の画家達のイメージを刺激したと見えてたくさんの絵が描かれている。これはアポロンのシンボルにまつわる所以の話という性格を持っている。シンボルには当人の強い想いが込められている必要があり、そのために「失恋」という形にしたのだろうか。

コロニス
 彼女はアポロンに愛されていたのに、他の男に心を移したということでアポロンの怒りを買って殺されてしまう。しかし、孕まれていた子どもは救いだされて養育され、やがてその子は偉大な医者となり、死者をも生き返らすほどになってゼウスによって雷に打たれてしまうが、のち天に召されて「神」となっていった。そのこどもの名前こそ「医神アスクレピオス」で、彼はギリシャ中に神殿を持つ最大の神の一人となっていった。ここでもアポロンは「失恋」しているわけであるが、その理由は良く分からない。
 ついでにこの「コロニスの不倫」を告げた
「使い鳥であったカラス」はそれまでは真っ白だったのに「不愉快なニュース」をもたらしたということでそれ以降「真っ黒」にされてしまったという有名な逸話も付随している。この物語は、「疫病の神でもあるアポロン」が「医」の部分を「子に託した」となるわけで、医神の性格をものがたっている。鴉が「黒くなった」というエピソードは付録の話ではあるが、一つの事象の所以話の典型となる。

カッサンドラ
 トロイの王女であり、アポロンの寵愛を受けて予言力を授けられたのにアポロンを受け入れず、そのためその予言は誰からも信じてもらえないという呪いを受けてしまう。そのためトロイの滅亡に関わってはさまざまに予言をして逃れる道を助言したにもかかわらず誰も信じず、結局滅亡へと至ってしまう。その自分の死の運命についても予言できたのに結局ミケーネの城で殺されていくのだった。ここでもまたアポロンは失恋している。これはカッサンドラの悲劇を作るためのものなのだろうか。

マルペッサ
 アポロンが彼女を愛したが、同時にイダス(ポセイドンが人間の女から生ませた子で人間の中で最強と謳われた男。名鑑を参照)が彼女を愛していて、二人は争いとなったが、神ゼウスの仲裁があって、結局マルペッサはイダスを選んだとなる。その理由は、イダスは人間だから自分と一緒に年をとっていくから自分を捨てることはないだろうが、アポロンは不老不死なので、老いた自分をいつまでも愛しているわけはないだろうからというものであった。またまたアポロンは失恋してしまった。

キュレネ
 彼女は山野の妖精であったが、家畜を襲うライオンと素手で戦いこれを倒してしまうほどの剛の者であった。これを見た神アポロンは彼女に恋し、彼女をアフリカに運んでそこで交わったとされる。その地が「キュレネ」と呼ばれるアフリカ地方のギリシャ都市の名前で、ここからは後にソクラテスの弟子アリスティボスが「キュレネ学派」を創設したことで思想史的に知られる。言うまでもなくこの話は「都市キュレネ」の由来話しとなる。
 ここではアポロンは失恋していないが、しかしここは「レイプ」と言える。

ドリュオペ
 彼女が山の中で父の家畜の番をしていたが、山の妖精たちと仲良くなり一緒に遊んでいた時。それを見てアポロンが彼女たちの中に亀の姿で近づく。彼女たちがそれをボールのようにして遊んでいたときにドリュオペの膝の上に乗った。その時、アポロンは本性を現して、蛇の姿となって彼女の膝を割って入り犯してしまったという。これは完全にレイプである。
 ただし、彼女にはまた「神ヘルメス」と交わって「牧神パン」の母となったという言い伝えもある。

クレウサ
 エウリピデスの悲劇で知られる女性。神アポロンに犯されて「イオン」を孕むことになり、それが発覚するのを恐れて子を捨てるが、神ヘルメスがその子をアポロンの聖地デルポイに運んで女祭司に育てさせ、長じて波乱の末に母と再会するという物語となる。神話でのイオンは「イオニア人の祖」ということになり、ギリシャ人(ヘレネス)の祖となる「ヘレン」の子である「クストス」とクレウサの子ということになっている。エウリピデスはそれを「本当はアポロン」として物語を創作したと言える。従ってここでの「レイプして子供を孕ませた」とされたアポロンは、「濡れ衣だ」と言うかも知れない。

ヘパイストスの妻たち
優美の女神カリス
 ヘパイストスは、鍛冶屋の神としていつも汚れていて、また顔も醜く足に傷害を持っている神として描かれているのは良く知られる。しかし、その妻はホメロスの『イリアス』では「優美の女神カリス」とされている(ただし、この『イリアス』でもカリスは通常のように複数で数えられ、ヘラは「眠りの神」に難事を頼む時にそのカリスたちの一人を「妻」にしてやるから、と言っている)。

アフロディテ
 他方、『オデュッセイア』の方では、ヘパイストスの妻は「美の女神アフロディテ」とされていて、妻アフロディテのアレスとの不倫物語が有名となっている(アフロディテの恋人たちの節を参照)。
 前記の「優美のカリス」にしろ「美のアフロディテ」にしろ、「醜く傷害を持った鍛冶屋の神」の妻にしていることに何かギリシャ人は意味を見ていたのだろうか。そう思ってみると、いろいろと妄想が浮かんでくるであろう。

アテネ
 女神アテネはヘパイストスの「片思い」の相手となる。思いが募ってヘパイストスはアテネを襲うが、相手がアテネではうまくいくはずがない。むしゃぶりついたヘパイストスはむなしく射精してしまい、それがアテネの足に飛び散ってしまう。アテネはそれをウールでぬぐって投げ捨てるが、大地がそれを受け止めて、そこから「エリクトニオス」が生まれてきたという。やむなくアテネはそれをアテナイの王ケクロプスの娘たちに託しておいた。そして長じたエリクトニオスはケクロプスを継いでアテナイの王となったという。
 この「エリクトニオス」は語源解釈で「エリオン(ウール)とケトン(大地)」との合成語と解釈でき、こうして「ウールについていた精液」が「大地に受け止められて」生まれた子ということにして、その物語を作ったと解釈できる。他方、このエリクトニオスは「アテナイの伝説王」とされるので「女神アテネ」と関係づけられるのは当然として、しかし、その相手がヘパイストスであることの理由は分からない。

アンティクレイア
 ヘパイストスにはこのほかにも子どもを産む女を持っていて、このアンティクレイアからは「ペリペテス」を生んでいる。ただしこのペリペテスは悪漢であって、足が悪いために杖として鉄の棒を持ちそれで旅人を殺していたが、テセウスによって退治されることになる。この物語はペリペテスが「足が悪い」というところからヘパイストスの子とされたと考えられる。他方でこのペリペテスは「ポセイドンの子」とされることもあり、この場合は「乱暴者」という性格からであると考えられる。

 また、アルゴー船伝説に登場するパライモンもヘパイストスの子とされている。

戦争と殺戮の神「アレス」の子どもたち
 アレスについてはアフロディテとの不倫物語以外に知られる「恋物語」はない。しかし、たくさんの子の父親とされており、その限りたくさんの女たちが居たはずである。しかし、どうも「恋」の主人公にはふさわしくないとして物語がないのであろう。

アフロディテ
 アフロディテとの不倫物語はアフロディテの節を参照のこと。ただ、この二人からは娘「ハルモニア」が生まれているとされて、彼女はテバイ建国の英雄カドモスの妻とされるところからもっとも有名な「アレスの子」となっている。

 その他には「アスカラポス」がアレスの子とされるが、彼はアルゴー船の乗組員の一人とされたり、トロイ戦争でのオルコメノスの将としてトロイに赴き、トロイの勇士デイポボスに討たれたともされる。
 それ以外はいずれも「凶暴な乱暴者」の父親とされているだけである。たとえば、ヘラクレスに退治されるトラキアのディオメデス、山賊のキュクノス、その他その他である。

ヘルメスの子
 ヘルメスにも取り立てた「恋物語」はない。しかし子供はおり、有名なところではオデュッセウスの祖父となるアウトリュコスがいる。このアウトリュコスはヘルメスから「盗みと詐欺の術」を教えられたとされて、アルゴー船の乗組員の一人にも数えられる。争乱の時代には「盗みや詐欺」は優れた技術と考えられていた節がある。
 また都市アブデラの名前の所以となるアブデラもヘルメスの子とされる。
 またさらに「両性具有」の「ヘルマプロディテ」は「ヘルメス」と「アフロディテ」の合体語なので、当然その父親とされる。

ディオニュソスの恋人
アリアドネ
 彼女はクレタの王女で「テセウス」物語で有名となる。つまり当時クレタには「ミノタウロス」という怪物がおり、その餌食としてアテナイから七人の少年・少女が差し出されていた。アテナイの嘆きを解決するためアテナイの王子テセウスが乗り込み、クレタの王女であったアリアドネの愛を得て、「迷宮」にかくまわれていたミノタウロスを退治して無事脱出、手に手をとって逃げ出したものの、「ナクソス島」でアリアドネは彼女を見初めたディオニュソスにさらわれてしまう。テセウスは悲しみのうちに船の帆を白くするのを忘れてかえり、そのため父アイガイオンはテセウスが死んだものと海に身を投げてしまったというもの。これが原型なのだが、後代のローマ時代にテセウスがアリアドネを捨てたという風にされてしまい、こちらの方が有名になってしまった。そして捨てられて悲しんでいるアリアドネをディオニュソスが救ったという具合にされてしまう。とにかくいずれにしても、ディオニュソスが彼女を好きになったことだけは確かなようである。この神話は古形がホメロスの『オデュッセイア』にあり、その物語は紹介したものとは異なり複雑となる。したがってこの神話の意味するところは少しわかりにくいが「ナクソス島におけるディオニユソス信仰」の由来を語るものとは言えそうである。ナクソス島というのは古い時代からこのあたりの中心の島であって、その由来は古い。古代ギリシャに先立つクレタ島・ミノア文明時代の面影を伝えるものかもしれない。

牧神パンの恋
月の女神セレネ
 パンはセレネに恋して、羊毛を見せて誘い近づいたセレネを襲って犯した、とか、一群の白牛を贈って交わったとかいう話がある。

シュリンクス
 パンの恋物語としてはこれが一番有名である。牧神パンは「葦笛」をもっているのだが、この「葦笛」の由来がシュリンクスにある。物語はアポロンとダフネの物語と似ていて、パンが美しいニンフのシュリンクスに恋をして追いかけ、シュリンクスは逃げるがついに川辺に追いつめられた時、願って自分の姿を「葦」に変えてもらったとなる。パンは姿の消えたシュリンクスに戸惑うが、そこに生えている葦の茎を切り取り長さを違えてくっつけ合わせてそれを吹いたところ妙なる音楽を響かせ、以来パンはそれに恋しい少女シュリンクスの名前を与え常に身に携えていたという。

エコ
 エコは「木霊」となる妖精として有名だが、その由来話しとして二つがあり、一つは良く知られた「水に映った自分の影に恋したナルキッソス」との物語となる。もう一つはこのパンに関係し、パンはエコに恋したがエコはこれを拒絶し、そのためパンによって狂わされた羊飼いに襲われて八つ裂きにされたが、大地がその身体をかくし、声だけを残したというものである。

ピテュス
 パンは松の木の冠をかぶるのだが、その言われとなる妖精で、一つはパンに愛されたがそれを逃げるために松の木に身を変えてもらった、というもの。あるいは、パンと北風のボレアスとが同時に彼女を愛したが、ピテュスはパンを選び、そのため北風ボレアスは岩から彼女を吹き飛ばしたが、大地がその彼女を受け止めて「松の木」にしたというもの。そのため松の木は北風が吹くと呻くし、他方のパンは彼女を頭に飾っているというものである。

女神を魅了した男たち
 他方、女神たちにも美しく、あるいはたくましい男たちとの恋物語りがある。そのいくつかを紹介しておく。ただし、12神に含まれる「ヘスティア」「アテネ」「アルテミス」は「処女神」なので恋物語はない。ヘラはゼウスの妻となっていて、それ以外にはない。デメテルは「襲われる」だけで自分が恋した形跡はない。結局あるのは「美の女神アフロディテ」だけとなる。12神以外の主要女神には「曙の女神エオス」と「月の女神セレネ」とに興味深い「恋物語」がある。

アフロディテの恋人たち
アンキセス
 美の女神アフロディテはその職分に人間たちを恋へと導く働きがあるが、自分自身も多感な女であった。その多感な女の恋の相手として有名なのがトロイの英雄アイネイアスの父となる「アンキセスとアフロディテの恋物語」となる。これはすでにヘシオドスに歌われ、そこでは「イダの高峯(トロイ地方の山)にあって、英雄アンキセスと甘い情愛のちぎり」をして英雄アイネイアスを生んだ、と語られている。後代のホメロス風賛歌ではこれがロマンティックに脚色されて、アフロディテは人間の乙女の姿となって、山小屋に一人いたアンキセスを訪れ、神ヘルメスが自分をここに連れてきてアンキセスの子を産めと言い置いて去っていったと、その恋を切々と訴えている姿がある。もちろんアンキセスは否応も無く大喜びで女神を抱いている。こうして女神アフロディテは英雄アイネイアスをうむことになったのであった。

アドニス
 アフロディテの恋物語としては少年「アドニス」の物語も有名である。アドニスは中東地方の主神とされ、神話学的にアジアとのつながり(アジアの農耕神との関係)を背景に持つとされるのだが、それは別の問題として、アドニスは「父と娘との近親相姦(娘の方が父を愛して、悟られないように密かに偽って父に抱かれるようにし向けてしまう)」で生まれた子供であった。その子をアフロディテは箱に収めて冥界の女王となっていたペルセポネにその養育を託する。たぶん成長して美少年になっていたのであろう、ペルセポネはアドニスをアフロディテに返さなかった。そこで二人の女神の争いとなり、結局ゼウスの計らいで、アドニスは三分の一づつ「アフロディテ、ペルセポネ、自分の好きなところ」とをすみ分けることになったという。ここまでは良かったのだが、その後アドニスは猪に襲われて死んでしまうことになり、その血から「アネモネ」の花が、嘆くアフロディテの涙から「バラ」が生じたという。

パエトン
 パエトンという名前は「太陽神の子のパエトン」が知られるが、このパエトンは別人。あまり知られていないがヘシオドスにあり、そこでは曙の女神エオスの息子とされ、まだ少年の時にアフロディテに愛されて連れ去られ、そこで精霊に身を変えられてアフロディテの社の「奥殿(要するに、夜の部屋)」の守りとされた、とある。

アレス
 このアレスとは戦争・殺戮の神アレスであるが、アフロディテの「不倫物語」として有名となっている。つまり、ホメロスの『オデュセイア』での描きだが、アフロディテは夫としてヘパイストスを持っていたがアレスと不義密通の関係となり、ヘパイストスが仕事に出かけるとアレスを引き込んでよろしくやっていたという。それに気づいたヘパイストスは目に見えない網を作り出し、それをベッドに細工して二人がそこに入るとその網が二人を捕らえるようにして出かけていったという。そして途中で戻ってきたところ、果たせるかな妻のアフロディテとアレスとがあられもない姿でベッドにあってもがいているところを発見したという。ヘパイストスは大声で神々を呼び出してそれを見せつけ、男神たちは「自分もアレスの身になってみたいものだ」などと冗談をとばしながら大笑いし、女神たちは顔を真っ赤にして逃げ出したという。

曙の女神エオスの恋人たち
 あまり有名ではないが曙の女神エオスにも多くの恋物語がある。その理由として、エオスはアレスと不倫関係になったためにアフロディテに憎まれて、そのためエオスは幾多の恋に身を焦がさなければならないことになったという伝承が作られたほどである。

アストライオス
 エオスの正規の夫となる。彼からは「風神」たち、つまり北風ボレアス、春を呼ぶ西風ゼプュロスたちが生まれている。

ティトノス
 エオスの恋物語としてはこの話が一番有名である。つまりトロイのプリアモスの兄弟であった彼はエオスに愛されて「愛人」となったが(ちなみにトロイの王家の家系は美男子を生み出していることで有名で、ゼウスの目にとまって天上に浚われた美少年ガニュメデスやトロイ戦争を引き起こしたパリスなどがいる)、エオスは彼を不死にしたが不老にすることを忘れてしまったために、彼は年をとっても死ぬことができず、その身は老いぼれてひからび、ついにはセミになってしまったという。

ケパロス
 アッティカのトリコス地方の「ケパリダイ族」の祖とされる。伝承によれば彼はエオスに愛されて、中東のシリア地方で子を産んだというが、その後女神と別れてアッティカに帰り、アテナイ王エレクテウスの娘と結婚したとされる。

クレイトス
 あまり有名ではないが、クレイトスもエオスに愛されて、浚われて彼女のもとで不死の身となったという。

オリオン
 オリオン座の主となる「オリオン」は複雑な物語を持つが、その一つにエオスに愛されてデロス島につれてこられたというものがある。

月の女神セレネの恋
エンデュミオン
 セレネの恋物語としては「エンデュミオン」が有名で、彼女は牛飼いとして野にあったエンデュミオンを見いだして愛し、彼に永遠の若さと不死を与えて眠らせ、夜な夜な眠れる彼のもとを訪れて夜を共にしているという。

 セレネについては他にゼウスと交わってパンディアをもうけたという話や、牧神パンに恋いされて、白牛の一群をプレゼントされて彼と交わった、あるいは見事な羊毛を見せられて近づいたところを襲われて犯された、という話などがある。

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