3.ギリシャ神話、その主題と旋律 - 6. オリュンポスの神々の物語 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ギリシャ神話、その主題と旋律
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INDEX
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7. 神々の「恋」と「異性関係」
8. 闇の神々
9. 神話を彩る妖精たち
10. 英雄ペルセウス伝説
11. 豪傑ヘラクレス伝説
12. アルゴー船伝説
13. テセウス伝説と迷宮の神話
14. テバイを巡る三つの伝説
15. 英雄アムピアラオス伝説
16. トロイ戦争伝説の大筋
17. トロイ戦争の発端と前夜
18. トロイ戦争(ホメロスの『イリアス』全24巻の内容)
19. トロイの落城にまつわる諸伝承
20. トロイからの帰還物語
21. 星座のギリシャ神話、
黄道12宮の星座物語

6.

オリュンポスの神々の物語

「三代目の神・ゼウスと先代のクロノスたちの戦い」 「12神と重要神の物語」


「オリュンポス神族」の誕生、クロノスとその子どもたち
 ガイアとウラノスの生んだ一族の長は、ウラノスを駆逐した「クロノス」となる。クロノスは「レア」を妻として子どもを生んでいくが、父ウラノスの呪いを気にやんで、その子どもたちを次から次に飲み込んでしまう。レアは怒り、そして再び子供を懐妊した時、母なるガイアに相談しクレタ島に行き、生まれた子ども(ゼウス)を洞穴に隠してしまう。そうしておいて、程よい大きさの石を産着でくるんでクロノスにさしだすと、彼は一気にそれを飲み込んでしまう。そしてその子どものゼウスが成長した時に、再びガイアの計らいでクロノスはこれまで飲み込んだものをすべて吐きだしてしまう。まず始めは、例の「身代わりの石」、そして先に生まれては飲み込まれていた子どもたちを次から次に吐きだす。
 こうして「ゼウスの兄弟姉妹」が吐きだされたことになる。
男兄弟は「ポセイドン」と「ハデス」、女姉妹は「ヘスティア」「ヘラ」「デメテル」となる。
 ゼウスの兄弟姉妹たちとクロノス達の一族との壮絶な支配権争いが始まる(
「ティタノマキア」)。そこに「大地ガイア」の助言があって、ゼウスはタルタロスに閉じ込められていた「百手の怪人神ヘカトンケイレス兄弟」を助けだして味方につける。他方、別途味方となっていた「キュクロプス兄弟」は制作に長けた兄弟であり、雷電をゼウスに、何物をも貫く三つ叉の矛をポセイドンに、隠れ帽子をハデスに作って与える(ただし、ヘシオドスではゼウスの雷電だけしか言及されていないが、後代のアポロドロスなどでは、一般に知られているように、ポセイドンの三つ又の矛やハデスの隠れ帽子も紹介されている)。
 こうしてヘカトンケイレス達の活躍もあって辛うじてゼウス達が勝利をうるのに成功することになり、こうして時代はゼウス達オリュンポスの神々の時代へと入っていく。

主神ゼウス
 天を支配し、雷を撃ち落とし、雨をもたらす。「最高神」として支配的な知を持ち、「正義」を司るとされる。この時の正義とは当然現代の市民世界のそれではなく、古い時代の領主の支配の正当性を基本として、縦方社会で男性優位のそれになり、古代社会の性格を推量させる格好の素材となる。また従ってゼウスは「領主の守り手」と言われる。さらに彼は「旅人の守り手」であるが、これは古代にあっては領主自身が貿易や外交などで頻繁に旅をしていたことに関係しているのであろう。
 またゼウスには数えきれないほどの女神や妖精、人間の少女たちとの誘惑、不倫、レイプの物語があり、時には白鳥になり、時には黄金の雨となり、時には雲に身を隠し、その努力も涙ぐましくあきれるばかりで(「神々の恋の物語」の章を参照)、これがため妻のヘラによる恐ろしい嫉妬の物語が山ほどできあがっている。これには歴史的展開の中での他集団の吸収合併(これに伴い他集団の神が融合される)といった歴史的事実の面影、あるいはある事象の由来の説明、貴族の権威付けの家系づくりなど様々の要素も与かっていると考えられる。
 ゼウスの信仰の中心は、古代オリンピックがおこなわれていた
オリンピアであろうが、その他、樫の木の葉のそよぎで神託を下した中部ギリシャのドドネ、あるいは四大スポーツ祭典の一つが行われたネメア(ペロポネソス半島の出入り口であるコリントスの西南)などが有名である。ゼウスのシンボルは「雷」であるが、神々はしばしば聖獣・鳥を持ち、ゼウスの場合は「鷲」である。
  ゼウスは星座との関わりも深く、それは別の章「星座のギリシャ神話」を参照。

ゼウスの妃、女神ヘラ
 ゼウスの妃として王妃の威厳をもち、やはり「王者的性格」を持っている。通常、家庭を守り、「結婚」を司り、「家庭婦人の守り手」として知られる。したがって、当時は女性の栄光を「子生み」にみていたことから、彼女は出産の女神エイレイテュイアを従えている。
 神話・伝説上では、彼女はゼウスの愛人たちに(レイプされてしまった相手にも)それは残酷で恐ろしい仕打ちをして全くの憎まれ役になっている。
 しかし、女性の王者として当然
「美神」でもあり、トロイ戦争伝説の発端となる「三美神とパリスの審判」に登場する一人となっている。ただし、ここでアフロディテに「負け」とされたためにパリスが属するトロイ方は彼女の憎しみの的となってしまったのであった。その執念は凄まじいものがあるが、しかし自分の「神としての特性」へのこだわりはギリシャの神々すべての特徴的性格と言ってよく、ヘラだけの性格とは言えない。そのトロイ戦争伝説は「英雄アキレウス」にまつわる物語として展開するがヘラはその影の主役となっている。
 女神ヘラのシンボルとしては、一般に孔雀と紹介されることがあるが古代ギリシャ時代の文献には見あたらない。むしろホメロスの叙事詩では
「牝牛の目をした」と語られるように「牝牛」との関係がありそうである。牛とは「大地・豊穣のシンボル」であり、ヘラはもともと土着の「大地母神」であった可能性が高く、ギリシャ民族の到来にともなって融合され「女王」の位置づけにされたと考えられる。大地母神なら「牝牛」であって良い。
 ヘラの信仰の中心は小アジアに近く点在する島々の中心
サモス島と、ペロポネソス半島の先史時代の中心地アルゴスとなっている。
 神殿でいえば、現存する神殿遺跡の最古のものとして
オリュンピアのヘラ神殿が考古学、建築学的に重要な意味を持っている。現代オリンピックの聖火はこのヘラ神殿の前のゼウスの祭壇で採火される。

地震と海の神ポセイドン
 地震と海がどういう関係にあるのかはっきりしないが、ポセイドンは「地震と海の神」となっている。一般にゼウスの弟と思われているようだが、神々の系譜を書いたヘシオドスの記述では本来はゼウスの兄にあたる。しかし、最古の詩人ホメロスによるとすでに弟扱いであり、そのせいかどうか彼は何時も不機嫌そうである。実際ポセイドン自身、自分達三兄弟(ハデス、ポセイドン、ゼウス)は同格で、その支配地も当分にわけたのであり、たまたまハデスは冥界を、自分は海を、ゼウスは天となっただけだとホメロスの『イリアス』の中で息巻いている。
 海洋民族であるギリシャ人にとって海は重要で、したがってもう少し立派に描かれていてもいいのに、と思うのであるが、神話・伝説上での彼は今一つパッとしない。どうも嫌われるべき「地震の神」というイメージの方が強かったのだろうか。女神アテネとアテナイの守護神争いをして負ける話しなどどうもはかばかしくない話が多い。
 ポセイドンは海の神だから神殿は海辺が多い。よく知られているのがアテナイの南、アッティカ半島の突端にある
「スーニオン岬の神域」で、古代にあってはエーゲ海への出入り口の場所として重要であり、その神殿は海行く船の「目印」の役割もしていた。現在観光的にも「夕日のスーニオン」の名前と共によく知られている。また、ペロポネソス半島の出入り口であるコリントスの南にあるイストモスも重要で、ここは当時の海洋航路の重要地点であるが、四大スポーツ祭典の一つが行われた場所としても有名である。
 ポセイドンのシンボルは
「三つ又の矛」であり、聖獣としては「馬」となる。一方美術史的にアテナイ考古博物館のポセイドン像(ゼウス像の説もある)がとりわけ重要である。これによって当時の神のイメージというものがよく理解できる。

穀物の女神デメテル
 彼女は大地の実り「穀物」を司る。これが本来であるが、彼女の場合、穀物の持つ性質、すなわち一度大地の下に身を横たえて「死に」、そして再びよみがえって実をつけるという性質が注目され、「再生の神」としてエレウシス(アテナイの北西に位置する海辺の近郊)を中心に「密儀宗教」の主神となって有名となっている。
 物語は、彼女の
娘ペルセポネが冥界の王ハデスにさらわれ、彼女は半狂乱となって娘を探し、ついに太陽神ヘリオスにその犯人がハデスであることを聞き出す。しかし、その犯行にはゼウスも一枚かんでいたことを知ってデメテルは激怒する。ために彼女はその務めを果たさず飢餓が襲い、ついに困ったゼウスはペルセポネの復帰を約束するが、一方ハデスも方もひそかに冥界のザクロをペルセポネに食べさせてしまう。冥界の食物を口にしたものは冥界にとどまらなければならないという定めがあったからである。こうしてゼウスは結局、一年の三分の一は冥界に、三分の二を地上にという妥協案を提出し、やむなく双方渋々了承するということで決着がついたのであった。
 いうまでもなく、ここでの娘ペルセポネは穀物の「種」をイメージしているわけで、一年の三分の一を地下にあり、しかし再生して芽を出し「実」を結ぶというわけで、これが「再生」を願う人間の願望に応ずる形で密儀宗教となっていったのであった。その物語は、老婆に身を変えてさまようデメテルの物語を伝え、そして、その放浪の途上でエレウシスに立ち寄り、親切な扱いをうけたお礼にその地方の王の子供を不死にしてやろうとしたが果たせず、代わりに恵みを与えていったという。それが「トリプトレモス」伝説となる(同項参照)。かくしてエレウシスはその後、デメテルの最大の聖地になったというわけである。デメテルのシンボルは
「麦の穂」となる。

かまど、炉の守り神ヘスティア
 ヘシオドスによると彼女はオリュンポス神族の長女ということになる。司るものは「炉・竈の火」となる。古代ではギリシャに限らずどの民族にとっても「炉・竈の火」は大事この上ないものであった。ギリシャにあっても、これは「都市や家のシンボル」であって、ここの火が絶えるということは、それは都市や家の「滅亡」を意味していた。
 そうした意味で彼女は最も大事な神の一人とされて当然なのであるが、しかし、以上のような性格をもっているため、彼女は都市や家を後にして出かけるなどということが許されず、いつも「留守番」をしていなければならない。哲学者プラトンの『パイドロス』にあっても、他の神々はそれぞれの部隊の隊長として宇宙の果てまで天駆けていくのに彼女だけは留守番とされている。こうして彼女は華々しい活躍の物語がなくなってしまい、彫像に描かれることもなくなってしまった。
 ただ、こうした大事な神だから、ゼウスから永遠の処女でいることを許され、また、どの神の神殿であれ家であれ、先ずヘスティアが最初にまつられ、供物は先ずはじめに彼女に捧げられるという
「特権」を与えられることになったという話しが伝えられている。彼女のシンボルは当然「炉の火」となる。

戦い、機織りの女神アテネ
 ギリシャ人に最も愛された神と言える。若く美しく、トロイ戦争伝説での「三美神」の一人である。女神アフロディテが「セクシァルな美」であるとするなら、女神ヘラは「円熟した女性の美」であり、女神アテネはさしずめ「若く知性的な女性の美」といったところであろうか。
 しかし、彼女はそうした外形をもつくせに
「戦争の神」であって、常に兜をかぶり、槍と恐ろしいゴルゴンの首がついた盾をもった姿で描かれている。それは、もともと彼女は都市の「守護神」であったことによる。彼女は「戦争の栄光」の方を司っていて、いつも「勝利の女神ニケ」を従えている。また「知恵の神」ともされるが、ホメロスの叙事詩に描かれているように、元来この知恵は「策略」であったが、後代になって「学問の神」のようにされていく。またホメロスの叙事詩にあるように、女神アテネは女性の美徳のシンボルとされた「織物」を司る神でもあった。
 女神アテネをめぐる神話・伝説の中で有名なのは、その生誕の物語となろう。詩人ヘシオドスによると、彼女の母は
知恵の女神メティスであったが、ゼウスに愛されて子供をはらむことになった。ところが、このメティスから生まれる子供はその父親を凌駕する危険があるということで、ゼウスはメティスを飲み込んでしまい、彼女が腹の中から「善・悪」について助言してくれるようにする一方で、その子供を自分から生むことにしてしまい、月満ちた時に鍛冶の神ヘパイストスに「頭」をたち割らせてそこから子供を生んできたという。こうしてうまれたのがアテネであり、彼女は恐るべき軍勢を率いて合戦を楽しむ神として生まれたと語られており、本来は凄まじい神であった。
 現代ギリシャの
首都アテネはいうまでもなく彼女の名前からとられたものであり、先に触れたポセイドンとの争いに勝ってここを自分の町としたものである。すなわち、ポセイドンがアクロポリスに海水の泉を沸き立たせたのに対して、アテネはオリーブの木を生やし、それを以てアテナイの王はアテネの勝利としたという伝説がある。ここのアクロポリスにあるパルテノン神殿はもちろん彼女の神殿で、ギリシャ世界最高の神殿として今日までその面影を伝えている。(「パルテノン」とは文字通りには「乙女・処女」の意味で、女神アテネの性格であるが、この神殿にはアテネに仕える「乙女たちの部屋」があったことに由来するとも言われる)彼女のシンボルとして「フクロウ」が有名である。

予言、音楽、医術の神アポロン
 「ポイボス(輝きの)アポロン」と呼ばれ、女神アテネと共に古代ギリシャ人に最も愛された神。ホメロスの叙事詩『イリアス』では、疫病の矢をギリシャ軍に雨あられと射掛けてくる「恐ろしい神」として登場するが、これはトロイにあったアポロンの神官の願いに応じたものであり、ギリシャ軍にとっては恐ろしかっただろうが、トロイ勢にとっては「信義に厚い頼もしい」神であった。「信義」という面では神々の中でもっとも強い面を見せているが、冷静・沈着であることも傑出し、引かなければならないところでは決断も早い。
 アポロンは、戦場にあって存分の働きを見せる一方、天上の神々のパーティーにあっては竪琴をかなでて皆を楽しませているなかなかの好男子として描かれている。彼には
「文芸の女神ムサイ姉妹」が付き従い、彼の竪琴に合わせて美しい歌声を響かせている。
 一般にアポロンというと
「予言の神」という性格が強く語られ、彼の聖地「デルポイ(現代発音でデルフィ)」は古代にあって最も栄えた場所の一つであった。ギリシャ悲劇では『オイディプス王』で知られ、歴史時代に入って、哲学の世界ではソクラテスに哲学の道に入らせた神として知られ、歴史的にはサラミスの海戦でギリシャに勝利をもたらした神託は重要かつ有名となっている。
 逸話として有名なものは、彼の聖なる樹木となっている
「月桂樹」のいわれがある。その物語は、アポロンが河の神の娘であった妖精ダフネに恋をして彼女を追うが、純朴な彼女はそれを避けて逃げる。しかしとうとう河のほとりまで追い詰められたところで彼女は父なる河の神に必死で願いをかけた。アポロンは今や恋するダフネをその腕に抱けるものと抱き締めるが、彼の抱いたものは一本の樹木であったという。ダフネは月桂樹に身を変えられていたのだった。それ以来アポロンはその月桂樹を自分のシンボルの木としたという。それゆえ、アポロンの聖地デルポイでの競技会の勝者は月桂樹の冠を頂くことになったのであった。
 また彼にはもう一つ
デロス島という重要な聖地があった。ここもデルポイ同様古代ギリシャの歴史的最重要地となっている。この島は彼の生誕に関わっており、彼の母女神レトがアポロンとアルテミス女神を身ごもった時、ヘラに憎まれて「出産の地」を奪われて苦しんでいた時、当時浮き島であったデロス島がその出産のための土地を提供しておかげでレトは子供をうむことができたという。それ以来この島は大地とつながり、アポロンの聖地として敬われることになったという。
 アポロンのシンボルは
「竪琴」であるが、使い鳥として「鴉」がおり、この鴉はもともと白かったのに黒くなってしまった所以がコロニスの伝承(同項参照)において語られている。

純潔と狩りの女神アルテミス
 アルテミスは本来アポロンと双子の姉妹であるが、彼女は「乙女の純潔」を司っている「永遠の処女」であるから、イメージとして「若い処女」と映る。それゆえ、アポロンの「妹」それも年の若い妹といった雰囲気を持っている。実際、神話でも彼女は処女のもつひどく潔癖な面を見せ、弓矢を持ち、いつも森の妖精を従えて山野を駆け巡って「狩り」をしていて、どうみても「若いスポーツ選手のような女神」といった感じになってしまう。
 一方、彼女は狩りの神として
「野獣の守り手」であり、野獣が「多産」であるところから、処女のくせに「産褥」まで司ってしまう。女性が出産の場で死んだ時(これは古代のことだからしばしばであった)、それはアルテミスによって矢を射られたとされた。
 その他、彼女はギリシャ悲劇でも大活躍をし
「イピゲネイア伝説(同項参照)」での影の主人公であり、またエウリピデスの『ヒッポリュトス(同項参照)』でも重要な役を演じている。彼女の主要な聖地はアテナイにほど近いヴラウロンで、そこにはイピゲネイアの社と墓の後も残っている。彼女の聖獣は「熊あるいは鹿」となる。

使い、道、商人と泥棒の神ヘルメス
 ゼウスの末っ子にあたり、したがってゼウスに愛されて12神のうちに名前を連ねている。彼の特性を伝える神話では、彼がまだ生まれたばかりの赤ん坊の時、すでに狡猾で泥棒の才にたけ、ゆりかごを抜け出して牛泥棒に出かけ、後を付けられないよう逆向きに牛を引っ張って、あるいは尻尾に木の枝をくくりつけて盗みだしたという。しかしこの牛は神アポロンのもので、さすがにアポロンだから見つかってしまうが、とぼけたあげく、亀の甲羅でつくった竪琴を奏でてアポロンの気を引き、その竪琴と牛を交換させてしまったという。
 アポロンは笑ってこの交換を承諾し、それ以来ヘルメスはアポロンの弟分になっている。こんな具合に彼は
「泥棒行脚の神」となり、その「行脚」の性格から「道」の神になっている。後には「冥途への旅」も司ることになった。また、あっちのものをこっちに、こっちのものをあっちに持って行って商売する「商人の守り神」ともなってくる。
 彼の姿は、
翼の生えたサンダルを履き、帽子をかぶって杖を持つという姿で描かれる。他方、ヘルメスの像として、由来は以上の神話とは異なるのだが、道々に彼の変な像(柱にヘルメスの顔が付き、ペニスが張り出しているもの)がたくさんあった。これは「道祖神」的な働きをしていたと考えられる。

戦争・殺戮の神アレス
 戦争の多かった古代では「戦争の神」というのはやはり大事で、多くの民族が戦争の神をもっているがギリシャでは「女神アテネ」と「神アレス」の二人がいる。この役割分担であるが、女神アテネは「守護神」であり「勝利・栄光」を、神アレスは「殺戮」を司っている。どうも古代ギリシャ人は戦争に二つの局面を見て区別していたのだろう。つまり戦争には「守護」に典型的に見られる「必然、正当のものでその勝利が絶対要請される」そうした類いの戦争と、「侵略」に見られるただ「殺戮」としか言えない在り方をみせる戦争がある、とでも考えていたのだろう。
 実際、「理不尽な戦争」も数多いし、一方「正当防衛」的な戦争もあった。そういうことになると、神アレスは女神アテネに比べて分が悪くなるのもしかたがない。神話でも神アレスはいつも女神アテネにコテンパンにやられっぱなしだし、描かれ方もひどく、知性もなく凛々しさもなく義もない
「無頼漢」扱いと言っていい。ただそうはいっても「凶暴で強い」ということも戦争では必要だろうから12神に入っているのだろう。
 神話ではそういう扱いであるが、信仰となると話しは別で、「戦争」を国是として強力な軍隊を形成していたポリスではアレスも大事にされていたようで、そうした都市として
スパルタテバイなどが挙げられる。

鍛冶の神ヘパイストス
 「鍛冶の神」とされるヘパイストスの誕生もかなり変わっている。ゼウスの妻ヘラは、夫ゼウスが女神アテネを一人で生み出したのを見て「自分だってそれくらいのことはできる」といって生み出した神だといわれている。
 彼の特質として、
「顔が醜い」ということと、その両足が障害を持ちひどく曲がっていてまともに歩けないということがいわれ、「障害者の神」という非常に変わった神として有名になっている。その障害の原因としては、一般にはゼウスとヘラが喧嘩したときヘラをかばったために怒ったゼウスによって天上から投げ落とされたせい、と語られている。
 しかし、ヘパイストスはとても
「気のいい」神で、いつも母ヘラの言いつけに従い、身を案じてやっている。神々同士が険悪になった時も、それを癒そうと一所懸命に立ち居振る舞い、神々に酒を酌して回っている姿などが描かれている。
 ただし、彼の工芸の腕は凄まじく、場合によっては「座ったが最後、彼以外には決してそこから解き放つことができない椅子」をつくったり、見えない網で不倫の妻アフロディテとその相手の戦争の神アレスをガンジガラメにしてしまったりしている。またロボットなんかもつくりあげ、細工物ならなんでもござれという、ある意味で敵に回したら恐ろしい神である。
 古代ギリシャでは通常彼の小さな像を炉の傍らにおいて祭る習慣があったようだが神殿もあって、
アテナイの古代アゴラ(集会広場で市場でもあった)にある彼の神殿は最も完全な形で残っているギリシャ神殿としてよく知られている。
 彼は鍛冶の神だから
「火」を使うわけで、その火のすさまじさは河を干上がてしまうことがホメロスの物語に出てくる。

美の女神アフロディテ
 彼女をめぐる神話として、ヘシオドスによるウラノスの切り取られた男根からの生誕物語が非常に有名である。それによると、初代の神であった天の神ウラノスが大地ガイアとの間に子供をもうけていったが、百手の怪人神ヘカトンケイレス兄弟を生んだ時、その巨大な力と容貌を恐れて大地ガイアの腹の奥深くに彼等を押し込めてしまったという。ガイアは苦しさにうめいて復讐をくわだて、先に生まれていた子供たちに助力を頼む。しかしだれもがウラノスの力を恐れて尻込みするなか、一族の末っ子であったクロノスが助力を申しでて、策略を授かり大きな鎌を手にベッドの傍らに隠れ潜むことになった。その夜も、天神ウラノスが子供を作ろうと女神ガイアの上に覆い被さってきた時を狙い、鎌を持って隠れていたクロノスがやにわに現れ、ウラノスの巨大な男根をひっつかんでその鎌でバッサリきり取ってしまったという。こうしてクロノスは支配権を奪われ、一方、切り取られた男根の方は海に捨てられ、波間に漂うちにそのまわりに「泡(アフロディテのアフロとは泡という意味)がたち、そこから素晴らしく美しい女神が生まれてきたという。これが女神アフロディテ生誕の物語であるが、その彼女には、ウラノスの男根が切り取られた時流れた血から生まれた「復讐の女神」「凶暴な巨人ギガンテス」「槍の柄となるトネリコの精」など血に塗れた「兄弟・姉妹」がいて、「美女」の性質がどんなものかを暗示している(「神々の生成、美神アフロディテの誕生」の節を参照」。
 しかし、他方ホメロスの叙事詩では
「ゼウスとディオネの娘」とされ、こうしてアフロディテの出生については二つの神話があり、実際古代ギリシャでは「二人のアフロディテ」という見なされかたもあった(哲学者プラトンの『シュムポシオン』が有名で重要)。
 詩人ホメロスの『オデュッセイア』では、彼女は、醜くしかも足に障害をもった鍛冶屋の神ヘパイストスの妻とされ、戦争・殺戮の神アレスとの「不倫物語」が有名である。彼等はベッドにいるところをヘパイストスの「目に見えない網」に捕らえられ他の神々にそのみだらな姿をさらし者にされてしまったのであった。
 彼女はオリュンポスの12神のうちに数えられているが、ホメロスの場合なら分かるが、ヘシオドスの神話ではどうして「オリュンポスの神」になれるのか分からない。
彼女はその後彼女の「息子」ということになった
「愛の神エロス」を伴って、いたるところで祭られてはいるけれど、聖地としては彼女が海から流れ着いたとされる東方の「キプロス島」が有名。

12神以外の主要神
死者の国、冥界の神ハデス
 ハデスはゼウスの兄弟であり、詩人ヘシオドスの「神々の系譜」の物語では当然ゼウスの兄に当たる。ゼウスたち三兄弟による支配地の分担の神話はよく知られているところで、すでにホメロスの叙事詩に見られることはポセイドンの紹介のところでも触れておいた。その時ハデスは「冥界」を引き当てたわけである。従って重要である点では他のどの神にもひけは取らないのであるが、彼は常に冥界にあって死者をみていなくてはならず、地上のオリュンポス山などで宴会などしている暇はないというわけなのだろう、彼はオリュンポスの12神のうちには数えられない。
 そんなわけで、彼は「冥界がでてくる神話」には登場するけれど地上の出来事には介在せず、従ってトロイ戦争伝説でも活躍することはなく、一体に影が薄い。その中で、結局彼の妻とされることになってしまう、先に紹介したデメテルの娘
「ペルセポネ」との神話がひときわ有名である。
 死者の国は古くからさまざまにイメージされているが、日本仏教でいうところの「三途の川」のごときもあって、「怪犬ケルベロス」がその門を守っているというイメージがよく知られている。

葡萄酒、演劇の神ディオニュソス(バッカス)
 どの神にも多かれ少なかれ言えることではあるが、とりわけこの神は「素性」が知れない。相当に古い神であることは確かなようなのだが、どうも「新来の神」というイメージで見られていたようで、その事情は悲劇作家エウリピデスの『バッカイ(バッカス=ディオニュソスの信女たち)』に詳しい。ホメロスの叙事詩でも、名前が言及されるくらいで「登場人物」として活躍することはない。
 それに、その出生が純粋の神々の子なのではなく、後で見るように
「母親は人間のセメレ」なのであって、こうしたものは通常は「英雄」の人生をおくるのが普通であった。ただしこうした出生のものでも、ヘラクレスや双子神カストルとポリュデイケスなどのように死後「神」になるのもいたが、しかし12神に並ぶような地位を持つのは彼だけである。
 ディオニュソスの信仰は古典期からローマ時代まで相当長期のものがあり、ギリシャ悲劇はもともとディオニュソスの祭りである
「春の大ディオニュシア祭」のメイン・イベントとしてはじめられたものであった。したがって彼は「演劇の神」となっているわけだが、他方で、「酒の狂乱」と一脈つうじる「熱情・狂乱の神」として知られている。そして、その信仰の在り方は「女性だけの宗教」で、「山野を駆け巡り、生肉を裂いて食らい、狂い踊る」といった、悲劇作家エウリピデスの作品『バッカイ』にえがかれている在り方が有名となった。実態が果たしてそんなものであったかどうかは不明だが、ローマ時代には「取締の対象」になっていたところからすると相当「わけのわからない」要素はあったのであろう。
 こうした彼の在り方が後世の哲学者ニーチェによってアポロンの輝きと対比され「アポロン的なものとディオニュソス的なもの」、つまり人間の「理性的なものと情念的なもの」の概念を表す言葉となった。
 彼の神話としてはその出生にまつわる神話がよく知られる。その物語は、例によりゼウスがセメレという娘を見初めて妊娠させてしまう。それに嫉妬したゼウスの妻ヘラが彼女をだまし、ゼウスに誓いを立てさせた上で一つの願いをするようにと唆す。何も知らないセメレはそれにひっ掛かり、ゼウスに本来の姿でやってくるように願う。ところがそれは雷鳴と雷光を伴った天の神ゼウスであるからたまったものではないわけで、哀れセメレは死んでしまう。しかしいち早くゼウスは胎内の子供を取り出して自分の太腿に縫い込んで、そこで育ててしまった。生まれたディオニュソスはその後もヘラに付け狙われるが必死にそれを切り抜けて行く。そして数々の冒険のうちにやがて彼はその「神性」を現していくのであった。その物語もなかなかに凄まじいが、心温まるものとしては、彼が冥界に母セメレを求めて下り、それを救い出して天に上り、彼女を神々の一員にしていくという話もある。

その他、神話の中でよく活躍する神々
太陽の神ヘリオスと月の女神セレネ
 しばしば「ギリシャ神話」という本の中でアポロンを太陽の神などとしているものがあるが、それは後世ローマ時代になって太陽崇拝が盛んになっておきてきた混同であり、古代ギリシャ時代にはなかったことである。
 古代ギリシャには
「ヘリオス」という太陽の神がおり、またその姉妹には「月の女神セレネ」もいる。ヘリオスは四頭立の馬車にのり、朝、東から出て、夕べには西に沈み、黄金の杯にのってオケアノスの流れを再び東に戻るとされた。セレネの馬車は二頭立てで、その見事な馬の彫刻が大英博物館のエルギン・ルームで一際目だっている(パルテノンの東破風彫刻)。
 ギリシャ本土ではヘリオスは主要神ではないが、
ロドス島だけは例外で彼が主神となっている。この島は彼の妻「ロドス」にちなんだ名前をもち、二人の子供たちが初めてこの島を支配したという。また詩人ホメロスの『オデュッセイア』には彼の島トリナキエというのが出てきて、オデュッセウスたちが彼の家畜を無断で食ってしまうという事件を起こしている。
 その他、彼の息子
パエトンの神話がよく知られている。それによると、はるばる父ヘリオスを尋ねてきた息子パエトンがヘリオスの馬車、つまり太陽にのって駆け出すが、もちろん彼にその馬車を駆るだけの力などなく、天上も地上も灼熱に焼かれゼウスの雷に打たれて墜落死するという物語である。
 セレネにまつわる神話としては彼女の恋人
エンデュミオンの物語(同項参照)が知られる。

虹の女神イリス
 彼女はホメロスの『イリアス』において「ゼウスの使い」として活躍している。パルテノン神殿の東西の両方の破風彫刻に彼女は登場しており、その美しい姿の面影を伝えている。

西風ゼプュロス
 彼はルネサンス美術の代表的作品、ボッティチェッリの二つの絵画「春」と「ヴィーナスの誕生」の二枚共に描かれて重要な役割をはたしていることで知られるが、ようするに彼は「春を呼ぶ風」の神として重要なのであった。

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