3.ギリシャ神話、その主題と旋律 - 5. プロメテウスの神話 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

ギリシャ神話、その主題と旋律
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INDEX
1. ギリシャ神話とは
2. ギリシャ神話の日本語資料
3. 宇宙ないし神々の生成の物語
4. クロノスの一族
5. プロメテウスの神話
6. オリュンポスの神々の物語
7. 神々の「恋」と「異性関係」
8. 闇の神々
9. 神話を彩る妖精たち
10. 英雄ペルセウス伝説
11. 豪傑ヘラクレス伝説
12. アルゴー船伝説
13. テセウス伝説と迷宮の神話
14. テバイを巡る三つの伝説
15. 英雄アムピアラオス伝説
16. トロイ戦争伝説の大筋
17. トロイ戦争の発端と前夜
18. トロイ戦争(ホメロスの『イリアス』全24巻の内容)
19. トロイの落城にまつわる諸伝承
20. トロイからの帰還物語
21. 星座のギリシャ神話、
黄道12宮の星座物語

5.

プロメテウスの神話


 ギリシャ神話・思想・悲劇などに興味を持つ人にとってこの「プロメテウスの神話」というのは非常に興味深く、また一般にもかなり知られている神話の一つとなる。内容は「人間に火を与えた」というもので人間の科学技術についてのエッセイなどでもよく引用されてくる。「人間界への火のもたらし、それに伴う罰としての鷲に肝臓を喰われる話」以外にも、「悪と災厄の女族の形成、パンドラの神話」「人間の五つの時代の物語」、中東の「ノアの方舟」と酷似する物語「デウカリオンの神話」などに関係している。
 プロメテウスというのはクロノス達
「ティタン神族」の一員であった。したがって、ゼウスたち「オリュンポス神族」に先立つ神々の一人であり、ゼウスたちとは敵対関係にある筈であった。しかし、プロメテウスの神格というのが「先に思慮する、先見の明を持つ」というものであったため、おそらく彼は「ティタン神族とオリュンポス神族との戦い」において「ティタン神族の負け」が見え、そのため彼は戦いに加わらなかったのだろう。そのおかげで彼は「オリュンポス神族の支配」となった時も追放されずにすんだ。そのいきさつについて神話作家ヘシオドスは何も語っていないが、後に劇作家アイスキュロスの『縛られたプロメテウス』では、プロメテウスは母である「テミス」の忠告に従い仲間であるクロノスたちに様々の助言をしたのだけれど受け入れられず、そのため結局ゼウス側につくことになったのだと語っている。
 
 この彼が
「人間に火を与えた」という話しはどういうものであったかというと、ヘシオドスによると神々と人間とが争っていた時(これは後の話しから食料問題であったとなるが、この物語ではどうも人間も神々もたいして地位が隔たっているわけではないようで、そのため争いになっている)、プロメテウスが調停に入ることとなり、彼は食料である「牛」をほふって、人間の前には「肉と臓物」とを汚らしい胃袋に包んで置き、神々の前には「骨」を艶やかできれいな脂肪にくるんで置いたという。その美・醜の差を見てゼウスは、ずいぶんと不公平な分け方ではないかと言ったけれど、プロメテウスはゼウスに向かってどちらでも貴方のお好きな方をお取りくださいと言ったという。それで結局ゼウスはやっぱりきれいな方をということで「艶やかできれいな脂肪でくるまれた方」を選んだ。ところが、中身を見ると「骨」なのでゼウスは激怒して、この企みは決して忘れないとして人間から何もかも取り上げてしまったという。ただこれでは「ゼウスは騙された」ということになってしまうと思ったせいかヘシオドスは、「この時ゼウスはすべてを承知していたけれど」などと付言している。しかし、これはやっぱり騙されたのでなければ後の話につながらない。
 さて、困ってしまったのが人間で、丸裸なのでこのままでは滅亡してしまう。そこでプロメテウスは一計を案じて、一本のウイキョウを手にして天に昇り、天にあった火をそのウイキョウの芯に移してしまう。ウイキョウの芯は柔らかくて燃えることができるが、ウイキョウの外側は湿っていて火は外側に燃え広がらず、そのため中に火が燃えていることが見えない。こうしてうまうまとプロメテウスは天上の火を盗み出してしまい人間に授けてしまう。おかげで人間はその火をもって暖をとり、肉を焼き野獣を追い払って生き延びていくことができることとなった。
 
 しかし、地上にあるはずのない火が地上に燃えているのを見つけたゼウスは烈火のように怒り、再び人類に災いをたくらむ一方、プロメテウスを「火泥棒」の罪でとっつかまえて岩山にくくりつけ、
日ごとに鷲にその肝臓を喰らわすという罰を与えてきた。プロメテウスは「神」だから死なないけれど、しかし人間と同様「激痛」はある。一日経つとまた肝臓は再生しているので、プロメテウスは毎日肝臓を喰われる激痛に耐えなければならなくなってしまったわけである。
 
 しかしプロメテウスは「先なる思慮、先見の明」という名前を持つ神であるから、この先のことも見通していて、やがてゼウスが謝って来なければならないことを知っていた。そうなることで彼は天上界にあって一目置かれる存在となるというわけであった。それはプロメテウスしか見通していない「秘密」があって、それはゼウスの運命にかかわってくることだったのである。その秘密とは、ゼウスが恋している
女神テティスの持つ運命であり、彼女が生む子どもは「父親を凌駕する」というものだった。したがって例によって女狂いのゼウスがこのテティスを襲って子どもでもつくろうものなら、ゼウスはやがてテティスから生まれる子どもによって主神の座を追われかねないというわけであった。ほどなくゼウスは、このプロメテウスが自分の運命に関わる秘密を知っているらしいということに気がつき、プロメテウスを釈放することになる。こうして物語はテティスへと移り、それが「トロイ戦争物語」の発端になっていくのであった。
 それはともあれ、このプロメテウスの神話は「神と人間との関係」を良く物語ることになる。つまりこの神話は一見すると「神々に対する供義」が「骨を焼いて煙りを天上にとどける」という形になっていることの「説明神話」のような形態をとっているが、ヘシオドスの筆致はむしろ人間がこうむらなければならなくなった「苦難」を語るほうに向かっていくからである。それを語るのが「パンドラの神話」と呼ばれるものとなる。

パンドラの神話
 さて、ゼウスはプロメテウスを岩山にくくりつけると同時に人間に対する災いを企み、制作の神ヘパイストスに命じて「土と水とをこねて」不死なる女神に形を似せて美しい姿を作らせる。ついでこれに「人間の声と力」とを入れ込み、さらにこの美しく作り上げられた姿に技芸の女神アテネが「女としての術知である機織り」の技を教え、またさらに美の女神アフロディテが「優美と何人をもとろかす恋の心」を入れて磨き上げていったという。そして、できあがった姿に今度は欺きと口達者の神ヘルメスが「欺瞞の心」を植え付け、その他の神々も見た目はいいが裏では災いとなるあらゆるものを次ぎから次ぎに入れ込んでいったという。こうして「あらゆるものを贈られたもの」という意味でこれは「パンドラ(パンとはすべて、ドロンは贈り物の意)」と呼ばれることになった。こうしてゼウスは彼女を人間界に送り出していく。そしてこのパンドラから「女の種族」が生まれるようになったのだ、とヘシオドスは語ってくる。
 一方、捕らえられる前に人間界にいたプロメテウスは、当然ゼウスが何かをたくらんでくることを察知していて、自分が捕まる前に弟である「エピメテウス(エピとは「後になって」、メテウスとは「分かる・思慮する」の意でようするに「後にならなきゃ分からない」というわけ)」にゼウスからの贈り物は決して受け取らないようにと注意しておいた。ところがエピメテウスは、ゼウスから贈られたこのパンドラを見て目がくらみ、兄プロメテウスの忠告などころりと忘れて大喜びでこのパンドラを受け入れてしまう。
 さあそれからが大変で、パンドラのおかげで家の財産は食いつぶされるは、あらゆる事柄において騙されるはでえらいことになってしまう。またこのパンドラから得られた子どもというのはグウタラで働きもせず反抗してくるばかりであった。こうした事態が嫌だと一人でいれば、なるほど財産は残るけれど死んでしまう運命にその財産は他人に持って行かれてしまう、というわけで
パンドラ(女の種族)の受け入れ以来、男どもは何をどうしてもうまくいかないというハメになってしまったという。
 ここまではヘシオドスの『神統記』の物語となる。他方、同じヘシオドスの『仕事と日々』になるとさらに話しは続き、このパンドラは好奇心おおせいで、「決して開けてはならない」とされていた
「瓶」に興味を持ってついにこれを開けてしまった、となる。ところがこの「瓶」は病気や災害などあらゆる災難・災厄を封じ込めていたものだったので、それらの災害・災厄が一斉に外に飛び出し、世界中に広がってしまったのであった。おかげでこれまで人類は病気や災害知らずであったのに、それからはありとあらゆる病気・災害・災厄・労苦に苦しめられるようになってしまったという。
 ただ一つ
「希望」だけがグズグズしていて外に飛び出し損ね、慌てて閉められた瓶の中に残されたという。この「希望」の意味だが、ヘシオドスは何も言ってないが、外に飛び出していればこれは「災い」となったのだけれど、幸い封じ込まれているので「災い」にはなっていないということだと理解できる。これは要するに「虚しい願望」「未来への希望」の差なのであって、飛び出していればこれは「虚しい願望」としてしか働かなかったのに、閉じこめられたおかげで「未来への希望」として働いている、というわけであろう。実際、我々の持つ希望は、実態は「虚しい願望」にすぎないのに、それを人類は「明るい希望」にしてしまい、これがあるから人類は生きていけるわけである。
 この「希望」の話しに集約されているように、ヘシオドスにおいては人類はどうも「情けない」存在になっているようである。つまりこの神話は、ゼウスの報復によって人類は「あらゆる災難」を被る存在にされてしまったということを語っており、また、人間が
「苦労」しなければならなくなった所以を語っているわけである。それが「女の種族」によるとしているところがヘシオドスのユニークなところであるが、ここにヘシオドスの個人的体験があるのかどうかは判然とはしない。
 とりあえず、ここではとにかく「人間の運命」に注目しておくべきだろう。つまり、どうも人間は初期には神々と変わらず平穏に生きていたようである。それが「食を必要とする」ということから「神々との離反」が生じ、弱い存在となったが天上的な「火」を持つことで存続はできるようになったけれど、そのためあらゆる苦難を背負い込むものになってしまったというわけである。この人間の運命についてヘシオドスはさらに続けて「人間の世代の移り変わり」として物語ってくる。


人間の五つの時代の物語(五時代説話)
 人間の種族とその時代について、ヘシオドスは、人類というのは始めから現在の人間のようなものであったわけではない、と語りはじめる。
 はじめの人間の種族は
「黄金の種族」と呼ばれていたとヘシオドスはいう。ヘシオドスはこの人間の種族は「オリュンポスの神々」が作ったと語り、次いで、この人々はクロノスの治世に生きていたと語る。ただしこれは神々の系譜から言えばつじつまが合わない。なぜならクロノスはオリュンポスの神々の前の時代の神だからである。しかし「クロノスの時代」というのは神話では「太古の昔」といったニュアンスの言葉の定型句のようなものなので、こういった矛盾には眼をつぶっていていい。
 さて、この「黄金の種族」は神々と変わる事なく、何の憂いもなく、災難にもあわず、老齢になることも、体が衰えることもなく、あらゆる良きものに恵まれていたという。ただし「人間」だから死ぬことはあり、この種族は静かに眠るように死んでいったとされる。しかし、死んで後も彼等は
「善き精霊」として人間の守護霊となったという。従って、この時代の人間は「神々とそんなに離れていない」ということになりそうで、要するに「昔は良かった」という感情のヘシオドスなりの表現であると理解される。
 黄金の種族の時代は終わり、次いでオリュンポスの神々が作り出したのは
「白銀の種族」であったという。この種族は先の種族にはるかに劣り、100年もの間幼児のままで、やっと成長して大人になっても互いに傲慢で、また神々を敬うこともせず、結局自分の無思慮の故に短い生涯を終えた、と言われる。これは、主神ゼウスが彼らの有り様を怒り、滅ぼしたからだという。子どもっぽく、自分勝手だったというわけであろう。それゆえ敬神の心も無かったというわけである。ただし、(どういうわけか)この種族も地下にあって「至福なる人間」とされている。赤ん坊のように無邪気なだけだったからということなのか良く分からないが、釈然とはしない。
 そしてさらにゼウスは第三の種族を作り出したという。これは
「青銅の種族」と呼ばれ、心もかたくなで力ばかり強靭で凄惨な争いと暴力沙汰に明け暮れていたという。そのため彼等は互いに殺し合って名も残す事なく地下の冥界へと下っていったと言われる。要するに彼らはただ「争う」だけの種族であったというわけであろう。
 こうしてまたゼウスは第四の種族を作ったという。今度は先の者達より数段優れ、一層正しい者達であったという。彼等は
「英雄とも半神」とも呼ばれる種族であった。しかし彼等も、あるいは「テバイの城の攻防」でまたあるいは「トロイの平原」で死闘の末に滅んでいったと言われる。この種族は要するにミケーネ時代の「テバイ戦争」および「トロイ攻め」の時代の人間で、ギリシャ人にとっては栄光の先史時代であった。したがってヘシオドスは、死後この者達は人の世からは遠く離れた「至福者の島」にあって何の憂いもなく暮らしていると語っている。
 それから後には、とヘシオドスは絶望的に語る。この時代だけは「生きたくはない」と呻いている。その前に死んでいるか、あるいはこの「第五の種族」の後に生まれるべきであった、この現在の人間は最低最悪であると嘆いている。この時代は
「鉄の種族」と呼ばれるが、夜も昼も苦悩に満ち、身内にも信がなく、友情もなく、神を虞れることもなく、正義もない。あるのは悪事を働く心と暴力、善人を傷つけそれを繕う妬みの心と憎しみばかりであるとヘシオドスは語る。廉恥の女神も義憤の女神もあきれて人間を見捨てている。こうして人間界には苦悩のみ残り、災難を防ぐ術もないというわけである。いうまでもなくヘシオドスの生きていた時代を語っているのだが、先の「パンドラの説話」といいこの「五時代説話」といいヘシオドスの絶望的な人生がかいま見られる。
 
 この五つの時代は、最期がヘシオドスの「現代(鉄器時代)」になっていて、その前がミケーネの「英雄時代」で、その前が「青銅器」時代なので時代的にあっているが、別にここでヘシオドスは「歴史的経緯」を描いているわけではない。また「下降史観」を描いているわけでもない(英雄時代は前の青銅時代より優れている)。彼にとっての問題は、現代が如何にダメかということに尽きていて、人間はこうした現状をよく見極め反省し、正義を取り戻さなければならない、とヘシオドスの筆は続くのであった。
 なお、冒頭で「神々も人間もおなじ根源から生まれ出た」と語っているのだが、一見すると「オリュンポスの神々が人間を造った」として語り出す物語とつじつまが合わないようにも見える。しかしそういうわけではなく、神も人間も「本来は同じ自然のもの」なのだけれど、ただ「人間」としての定めで神のような具合にはいかないという話なのであり、従って、五つの時代の人間を「作った」というのも「別のもの」を作ったわけではなく、「子どもを作った」類いと解しておけばつじつまは合う。そして人間は「親から離反」するように神から離反しているとヘシオドスは言いたいわけである。
 そんな関係を語ってくるのが先のプロメテウスの話しの続きの話しで、それはヘシオドスではなく後代のアポロドロスに伝えられているものだが、プロメテウスの子どもとしてデウカリオンがいたとなる。この「デウカリオン」にまつわってある意味で有名な話しが伝えられてくる。

デウカリオンの神話
 プロメテウスの子ども「デウカリオン」は、エピメテウスとパンドラの子どもである「ピュラ」を妻にしていたが、ゼウスが青銅の時代(先のヘシオドスによる三番目の種族)の人類に愛想を尽くしその人々を滅ぼそうとして「大雨」を降らせ、「洪水」を起こして地上を水で覆ってしまったという。その時デウカリオンは、父プロメテウスの忠告に従って一つの「方舟」を作っていて妻のピュラ共々そこに避難していたという。そしてデウカリオンの乗った船は九日間水の上を漂い、一つの山に流れ着いたという。雨が上がったのでデウカリオンたちは船を出てゼウスに犠牲を捧げて感謝する。そうした敬虔なるデウカリオンを認めたゼウスは、彼らの望みを叶えてやろうと約束し、そこでデウカリオンは「人間を再生」させたいと願ったところ、ゼウスは石を拾って頭越しに投げるが良い、といってくる。そこでデウカリオンがそうしたところデウカリオンの投げたものからは男が、ピュラの投げたものからは女が生じてきたという。
 他方、デウカリオンはピュラから
「ヘレン」という子どもをはじめとして何人かの子どもを生んでいくけれど、この「ヘレン」こそがギリシャ人の元祖となるとされる。我々は「ギリシャ人」と呼んでいるけれど、これは本名ではなく、本名は「ヘラス」である。これは現代でも変わらず、ギリシャの本名は「ヘラスないしエラス」となる。
 さて、このデウカリオンの神話は「ノアの方舟」の話しとそっくりだが、ここでの「デウカリオンの神話」で大事なのは、驕慢な人類が一度滅ぼされ、ここでデウカリオン達によって再生させられていることで、こうした人間の「神ならぬあり方」がとりわけ強調されていると思われる。

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