1.世界遺産にみる地中海域の古代・中世社会 - 12. 古代ギリシャ彫刻史 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

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1. 「マルタ島」の
先史巨石神殿群
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世界遺産ピラミッド群
3. クレタ島「ミノア文明」と「クノッソス」等
4. 「アトランティス大陸伝説」の「テラ(サントリーニ)島」
5. 小アジア「ヒッタイト文明」と「ハットゥシャシュ」
6. 小アジア「トロイ文明」
7. 古代ギリシャ、「ミケーネ文明」
8. 古代ギリシャ、アテナイの「アクロポリスとパルテノン」
9. アテナイ、「アクロポリスを巡る遺構」
10. 古代ギリシャの世界遺産群
11. 古代ギリシャ、オリンピアなど四大競技会
12. 古代ギリシャ彫刻史
13. 南イタリアとシケリア島のギリシャ遺跡
14. アレクサンドロス大王とヘレニズム世界
15. ローマ帝国、世界遺産「ローマとポンペイ」
16. 南フランスと小アジアのローマ遺跡
17. 中東のローマ遺跡、世界遺産「パルミラ、ペトラ、イエルサレム」
18. ローマのモザイク群、「シケリアと小アジア」
19. キリスト教伝道「パウロの道とエジプトの道」
20. ビザンティンの世界遺産、「小アジアとギリシャのメテオラ、ミストラ」
21. ギリシャのビザンティン世界遺産群
22. キプロス島の世界遺産、「先史、古代ギリシャ、ビザンティン」
23. ブルガリアとルーマニア・モルドヴァ地方の世界遺産
24. イスラーム世界の興隆、「中東、スペイン、エジプト・カイロ」
25. 古代ペルシャ(現イラン)の世界遺産
26. バチカン法王庁と
カトリック大聖堂
27.エスパーニャ(スペイン)
歴史紀行、その1
28.エスパーニャ(スペイン)
歴史紀行、その2
29.ちょっと変わったイスラーム、イランとモロッコ
30. シリア・ヨルダン歴史紀行
31. フランス(ガリア地方)開拓史
「先史巨石文明」から「ローマ帝国」まで
32. フランス中世の
「カトリック大聖堂」と「宮殿・古城」

12.

古代ギリシャ彫刻史

アルカイク期「前史、クーロス像、コレー像など」。 古典期「パルテノン神殿彫刻、カリアティデスなど」。 ヘレニズム期「ミロのヴィーナス、サモトラケのニケ、ラオコーンなど」


■ギリシャ美術史
古代ギリシャ美術史年表-小 拡大年表(PDF)を見る>>
 ギリシャ美術史は、紀元前2800年頃からエーゲ海のキュクラデス諸島(ギリシャ本土からクレタ島の中間に楕円形に点在する島々)で制作された、いわゆる「キュクラデス美術」を皮切りに、紀元前2000年以降のクレタ島のミノア美術、さらに紀元前1600年以降の本土のミケーネ美術を経て、紀元前800年末以降の古代ギリシャ時代に入って、幾何学様式、アルカイク様式、古典期(クラシック)様式、ヘレニズム様式と変転しながら続き、紀元前後からのローマ美術へとそのまま引き継がれていく。
 上記の美術は、場所的にはすべて「ギリシャ」に展開したのであるが、その時代的・場所的影響関係の指摘は難しい。特にキュクラデス美術はその独自性が強い。さらにクレタ島のミノア美術は本土のミケーネ美術に大きな影響を与えて、両者ともに自然的で繊細華麗な美術を生み出しているが、そのミノア・ミケーネ美術は、後代の紀元前800年末に始まる盛期(古典期)ギリシャには引き継がれていない。盛期(古典期)ギリシャ美術は「素朴・稚拙」な状況から始まっている。これは不可解というしかない。
 以上のうち現代にとりわけ重要なのは、その「盛期(古典期)ギリシャからヘレニズム期」のもので、これが紀元後の1500年ぐらいからの「ルネサンス(ギリシャ文芸復興運動)」により西欧に再生されて近代美術の源となった。
 その、西欧が再生させたギリシャ美術のあり方とは、一言で言えば「写実主義(リアリズム)」である。この、「物事をあるがままに表現する」というリアリズムは世界史的には非常に珍しい。多くの地域の民族の持っている造形表現は「様式性」であり、つまり一定の形(様式)に則し、しかもある部分を強調的に表現する様式であった。
 しかしギリシャ美術は、この地域の特質なのか、クレタ島のミノア美術から「リアリズム、写実主義」を特徴としている。ここには事物の持つ「リズム・活性・有機性」が必然的に描写に伴い、自然がそうであるように「調和・ハーモニー」を伴っている。紀元前2000年から1200年までの「ミノア・ミケーネ美術」はこの自然性と伸びやかさと華麗さを特質としている(「ミノア文明」と「ミケーネ文明」のページで確認のこと)。他方、紀元前800年末から始まる盛期ギリシャ美術の始まりは、「幾何学様式」時代を経て「アルカイク期」となるが、ここではリアリズムも自然性も伸びやかさもなく、「正面性と不動性」を特質とし、それが盛期に至って立体的、自然的、躍動的となる歴史となってくる。
 ヘレニズム期からローマ期においては、「人間の苦悩や悲しみ、情念」などがより強く表現されてくる。ある意味で「理想」から「現実」へと視点の転換があるといえる。
 ここでは様式の変遷を見ていく。特に写実的表現の実際を見ていく。ここには、人間の感性や考え方の特質が見られる。ギリシャ美術において「人体、ないし物を描くとはいかなることなのか」と考えながらたどることが大切。
(外国語の日本語表記は厄介で、さまざまの表記法がある。ここではとりあえずの表記とする。
01 キュクラデスの人体像
【01 キュクラデスの人体像】
時代は紀元前2800〜2300頃まで。場所はギリシャ本土に近いエーゲ海の島々。人種はキュクラデス原住民には違いないが、どの人種にぞくするかは不明。文化的特徴は初期海洋民族文化。美術素材は大理石や黒曜石。美術品の代表は大理石人形と石製容器。用途は主に副葬品。その美術の特徴は、端的ないし単純明快な形に人体ないし物体の形を捕らえる。
02 人体像
【02 人体像】
キュクラデスの彫刻は、比較的大きなものもあるが、総じて写真に見られるように小さなものが多い。埋葬の副葬品という性格だったせいか。造形で特徴的なのは、顔の部分は上向きで、頭髪部の描きはなく、また目、鼻、口などの細部を施さない場合が多い。ここにはいかなる人間観があるのか。
03 クレタ島、通称「蛇の女神」
【03 クレタ島、通称「蛇の女神」】
時代は紀元前2000〜1200頃まで。場所はギリシャ本土の南にある「クレタ島」。人種はクレタ原住民だが詳しくは不明。文化的特徴は海洋文化で宮殿文化。美術素材は象牙、ブロンズ、金、粘土など。美術品の代表としてはカマレス陶器、象牙細工、金細工、壁画など(「ミノア文明」のページを参照)。この像は「蛇の女神」と呼ばれるが、「蛇」は大地のシンボルで「繁殖の女神」と推定。
04 「牛飛びの少年」の象牙細工
【04 「牛飛びの少年」の象牙細工】
クレタ美術の用途は、祭儀道具、日常品、宮殿装飾など。造形の特徴は、この「牛飛びの少年」に見られるように、自由で躍動的な動き、自然性、リアリズムなどが指摘される。とりわけ全体的にその美術の持つ「優雅」さは、平和で豊かな宮殿文化の象徴とも言える。また形の捕らえや色彩に見られるその「写実主義」的表現は、影響関係は言えないが、後代にまで続くギリシャ美術の最大特徴となる。
05 ミケーネの「獅子門」のレリーフ
【05 ミケーネの「獅子門」のレリーフ】
時代は紀元前1600〜1200年まで。場所はギリシャ本土のペロポネソス半島。人種はギリシャ人。文化的特徴は青銅器文化、城塞文化。美術素材は金、青銅、粘土など。美術品の代表は黄金細工(マスク、カップ、装飾品)、青銅の剣と象眼、壁画、石版のレリーフ。クレタ美術の影響下、リアリズム美術となる。彫刻としてはこのレリーフが代表。「ミケーネ文明」のページを参照。
06 「ニカンドラの奉納像」
【06 「ニカンドラの奉納像」】
古代ギリシャ期に入り、紀元前650年頃のものと推定。大理石彫刻として知られるもっとも初期のもの。ナクソス島のニカンドラという女性がデロス島の女神アルテミスに奉納。像は「正面性」を持ち「動きがない」。先行するクレタやミケーネ美術が示す、「生き生きとした躍動性」が全くない(ミノアとミケーネのページを参照)。同じギリシャなのに文明間の直線的な影響が全く感じられない。
07 「クレオビスとビユトン像」
【07 「クレオビスとビユトン像」】
紀元前600年頃の作品。デルフィ博物館の目玉の一つであるが、ニカンドラの奉納像に始まる一つの様式を持った彫刻群の傑作の一つで、この時代を「アルカイク期(「はじめ・初期」という意味)」と呼ぶ。時代は紀元前700年〜500年とする。様式は一言で言えば「正面性・不動性」であり、男性像はこの像のように直立して左足を少し前に出している。
08 男性クーロス像
【08 男性クーロス像】
アルカイク期の男性像を通常「クーロス(青年)像」と呼ぶ。特徴は先に示したように「正面性」と「直立し左足を少し前にする」「動きのなさ」という様式性を持つことで、この三つの様式は古代エジプトの彫刻にもあるのでエジプトの影響が言われることもある。しかし、この像は「筋肉の描写」において「人体の持つ機能」への写実の接近が見られるように、方向性としては様式性を越えようとしている。
09 「女神ニケ」の像
【09 「女神ニケ」の像】
紀元前550年頃の作品。デロス島出土。アルカイク期の作品であるが、「正面性からの脱却」の姿勢が見られるのが注目される。つまり、上半身は正面性を持っているが下半身がひねられて横を向くようにされている。しかし、それにしても同じギリシャで先行するクレタやミケーネ美術にはほど遠い「ぎこちなさと稚拙さ」がある。クレタ・ミケーネ美術は知られていなかったとしか考えようがない。
10 「ザクロの女神とクーロス像」
【10 「ザクロの女神とクーロス像」】
アルカイク期の女性像と男性像の典型的なものであるが、並べて見るとアルカイク期の特質・様式が一目で観察できる。像の全体については指摘してあるが、顔の描写の様式として、一般にも有名な「アルカイク・スマイル」がある。それは「スマイル」と呼ばれてはいるが「笑って」いるわけではなく口の両端を少し持ち上げて「表情」をつける技法とされる。しかし、「ぎこちなさ」は隠せない。
11 アクロポリス旧神殿の「女神アテネ」
【11 アクロポリス旧神殿の「女神アテネ」】
紀元前520年頃と推定。アクロポリスの旧アテネ神殿の破風彫刻(屋根が構成する三角部分の彫刻)とされる。まだアルカイク期のものであるが、先に示した「デロスのニケ」と比較してみよう。30年経って「ニケ像」にあった「ぎこちなさ」はだいぶ払拭されている。まだアルカイクの様式性は残しているが、「動き」が表現されてきている。
12 アクロポリス旧神殿の、通称「青ひげ」
【12 アクロポリス旧神殿の、通称「青ひげ」】
先の「デロスのニケ」と同じ紀元前550年頃の制作と推定。これも「破風彫刻」であろうが、これは人体像ではなく「怪物(たぶんテュポン)」であるためか造形表現に人体との違いが観察される。つまり「蛇の胴体のうねり」が加わっているわけだが、しかし基本的な造形理念は先のものと大差ないと言える。とはいえ、少しずつ「動き」への志向が出ている。
13 「仔牛を担ぐ男」
【13 「仔牛を担ぐ男」】
アクロポリス博物館収蔵。紀元前570年頃の制作と推定。これも「動き・変化」が感じられそうに見えるが、「仔牛」をはずしてしまうと通常の「クーロス」と変わらない。上の「青ひげ」と同様「人体以外のもの」が付加されることで変化が感じられるのだが、基本的造形理念はやはり同じ。ただ青年の羽織っている「羽織」は珍しく、また「仔牛」に「写実性」が見られるのも注目される。
14 サモスの「巨大クーロス」
【14 サモスの「巨大クーロス」】
アルカイク期の「クーロス像」の特徴として、身長が数メートルにも及ぶ「巨大彫刻」があった。これは、ギリシャではこのアルカイク期だけに見られる最大特徴と言える。写真はサモスの「ヘラの神域」に奉納されていた像で身長が約5メートルとなる。制作は紀元前570年前後かと推定。現在観察できるクーロス像の最大のものとなる。
15 ナクソス島の未完成の像
【15 ナクソス島の未完成の像】
写真はナクソス島のアポロナというところの古代の石切場に放置されている「未完成の巨像」である。身長は約10メートルとなる。未完成なので詳細は不明。ナクソス島は聖地デロス島を管轄しておりこのあたりの中心的な島であった。像もたくさん制作されたらしく、島外からの注文も多かったとされる。従ってこれもそうした奉納像だったのかも知れない。
16 「ペプロスを着た少女(コレー)」
【16 「ペプロスを着た少女(コレー)」】
アクロポリス博物館収蔵。アルカイク期の裸体青年像を「クーロス」と呼ぶのに対して、この時代の少女像を「コレー」と呼んでいる。文字通り「少女」という意味である。紀元前540年頃の制作と推定。この少女の身にまとっているものを「ペプロス」と呼ぶ。造形的にはアルカイク・スマイルを持ち、直立不動性を持っているが顔の表情が生き生きしているのが特徴となる。髪の毛の着色も残存。
17 「ヒオス島のコレー」
【17 「ヒオス島のコレー」】
アクロポリス博物館収蔵。コレー像の中でも前出の「ペプロスを着た少女」と並んで代表的なもの。ヒオス島は現在のトルコに近い島で、この地方一帯を「イオニア」と呼ぶが、そのイオニアの様式をよく表している。華麗で繊細さを持つことが特徴である。「イオニア風のキトン」を身にまとい、その上に「クラニア(マント)」を羽織っている。当時の像は着色されていたことにも留意。
18 「アポロンの青銅像」
【18 「アポロンの青銅像」】
ピーレウス博物館収蔵。紀元前510年頃の制作と推定。紀元前400年代に入るといわゆる「盛期(古典期)」となってくるが、この像はその入り口に近くなってきている。全体的にアルカイク期の正面性はとどめているが、右腕は自然に前に出され、手のひらにははっきりと写実性が見えてきている。左手には弓を持っていたことが残存部分から分かる。
19 「クリティオスの少年」
【19 「クリティオスの少年」】
アクロポリス博物館収蔵。紀元前480頃の制作と推定。一見するとアルカイク期の正面性は保たれているように見えるが、すでに身体には「しなやかさと動き」がある。身体の各部分も有機的につながって表現され、リズムとハーモニーを感じさせるようになっている。それでいて表現は気品を持ち、端正な表情をしている。こうした特質を「盛期(古典期)の特質」とする。
20 「御者像」
【20 「御者像」】
デルフィ博物館収蔵。紀元前475年前後に制作と推定。古典期彫刻の青銅像の傑作として知られる。人体表現は完全に写実的となり、顔の部分の「眉毛」や「睫毛(まつげ)」まではっきりと造形されている。当然顔の造作は生きている人間の表情をしており、髪の毛からすべてにわたって繊細な注意が払われて自然的人体像が形成されている。
21 「アルテミシオンのポセイドン像」
【21 「アルテミシオンのポセイドン像」】
アテネ考古学博物館。紀元前460年頃の制作と推定。これも古典期の人体表現の青銅像における傑作。その筋肉の張り(身体の有機性)と躍動性(リズム)、そして全体的な身体のバランス(ハルモニア、調和)に注目。古典期のギリシャ彫刻の特質は、この「各部の有機性と躍動性、全体的バランス(調和)」にあると言って過言ではない。
22 「沈思の女神アテネ」
【22 「沈思の女神アテネ」】
アクロポリス博物館収蔵。紀元前460年頃の制作と推定。女神アテネが物思いに沈んでいるように見えることからこの名前がある。この彫刻は「浅浮き彫り」であるが、ギリシャ彫刻には「立体彫刻」と、ここに見られるような「浅い浮き彫り」と、もう一つ、「高く彫り出し一部が立体」となるタイプのものとがある。それぞれに特徴があり、古代ギリシャ人は三種類のタイプで彫刻表現をしていた。
23 「沈思の女神アテネ」のアップ
【23 「沈思の女神アテネ」のアップ】
古代ギリシャ人は人体表現の「形式の異なりと特質」を熟知していた。これは「浅浮き彫り」彫刻の最大傑作で、「浅浮き彫り」の特質は、見られる視点が一定し、何を描きたいのかはっきりさせることができる。一方、ここには「気品と端正さ」が見事に表されている。古典期のギリシャ彫刻の特質としてこの「気品と端正さ」が重要。顔の輪郭から女神の表情まで生き生きとした息吹を感じられる。
24 パルテノン神殿のフリーズ「神々の閲覧」
【24 パルテノン神殿のフリーズ「神々の閲覧」】
アクロポリス博物館収蔵。紀元前440年前後にかけて制作と推定。フリーズというのは壁面上部に帯状に並べられた装飾彫刻をいう。これはパルテノン神殿の内陣を取り巻いていた。テーマは「パン・アテナイア祭」の行列である。その大部分はエルギンによってイギリスに略奪されたが、もっとも重要な「神々の観覧」の部分は、地面に落ちて埋もれていたため略奪を免れた。
25 パルテノン神殿のフリーズ「水運び」
【25 パルテノン神殿のフリーズ「水運び」】
アクロポリス博物館収蔵。上記と同じく「パン・アテナイア祭の行列」を描くパルテノン神殿のフリーズ彫刻。この場面は「祭りで用いる水を運ぶ青年たち」となる。肩に担いでいるのは「ヒュドリア」という水瓶なのでこのように命名されている。
26 パルテノン神殿のフリーズ「騎馬隊」
【26 パルテノン神殿のフリーズ「騎馬隊」】
アクロポリス博物館収蔵。上記と同じく「パン・アテナイア祭の行列」の「騎馬隊」。先に指摘したようにこのフリーズの大部分はイギリスの大英博物館に持って行かれているのだが、パン・アテナイア祭行列の重要部分(「神々の観覧」「供物の運び」「騎馬隊」)は幸いにもすべてアクロポリスに残ったので、このフリーズの意味やあり方をアクロポリスで考えることが可能となっている。
27 パルテノン神殿の「メトープ」
【27 パルテノン神殿の「メトープ」】
大英博物館収蔵。紀元前445年前後に制作と推定。メトープとは、神殿の軒の部分に並べられていた装飾美術を意味する。パルテノン神殿のものはほとんどすべてエルギンによって剥がされて略奪された。このメトープのテーマは「ケンタウロスとラピタイ族の争い」であり、これにアテナイの伝説的王テセウスが関わっていたため、このテーマがとられていると考えられる。
28 パルテノン神殿の「メトープ」
【28 パルテノン神殿の「メトープ」】
大英博物館収蔵。パルテノン神殿のメトープは「高い彫りの浮き彫り彫刻」であり、写真に見られるように一部は立体となっている。この様式は、「浅浮き彫り」と「立体像」の融合と言え、浅浮き彫りの持つ視点の一定さと、立体像の持つ躍動性とを合わせ持つことができる。ただしこの様式はパルテノン神殿に特徴的で、他には殆ど見られない。パルテノン神殿の特殊性はこんなところにもある。
29 パルテノン神殿「東破風彫刻」
【29 パルテノン神殿「東破風彫刻」】
大英博物館収蔵。紀元前430年代に制作。パルテノン神殿の破風彫刻は古典期の立体彫像の傑作とされて近・現代美術に多大の影響を与えてきた。これは東面の破風彫刻で、左端に位置する「太陽神ヘリオスと神ディオニユソス」となる。左端にヘリオスの腕の残存、その右にヘリオスの四頭立ての馬のうち二頭、その右に神ディオニュソスがいる。ここに人体の完璧な自然的描写が見られる。
30 パルテノン神殿「西破風彫刻・アンピトリテ」
【30 パルテノン神殿「西破風彫刻・アンピトリテ」】
大英博物館収蔵。西面の破風彫刻だが、アクロポリスは西が入り口だから参詣者はこの彫刻から見ていくことになる。この西破風の主題は「女神アテネと海神ポセイドンのアテネの町の守護神争い」となる。この写真はそのポセイドンの妻「アンピトリテ」の像の胴体部分となる。当時の彫刻の男性像は裸体、女性は着衣となっていたが、その着物を透けて見られる女体の肉体表現が美しい。
31 パルテノン神殿「西破風彫刻・虹のイリス」
【31 パルテノン神殿「西破風彫刻・虹のイリス」】
東西の破風に同じ神が居ることもある。ここでは両方に「虹の女神イリス」がおり、双方とも断片が残ったが、これは西破風のものとなる。立体彫刻の特徴の一つは「躍動性」となるが、この「虹のイリス像」は胴体だけしか残存しなかったけれど、その躍動性を遺憾なく発揮している。着衣のヒダの繊細・華麗さも特質の一つとなる。
32 パルテノン神殿「東破風・群像
【32 パルテノン神殿「東破風・群像」
大英博物館収蔵。立体彫刻の「群像」となる。破風彫刻は当然群像となるのだが、破損が激しく群像の様相を示すものとしてはこの写真のものが代表的となる。女神たちの群像で、右から「アフロディテ」「ディオネ」「ヘスティア」となる。群像となることで、一つ一つの像の持つ特質にさらに付加的効果が生まれるわけで、この群像の場合、アフロディとディオネの体は重なって一つの流れを生んでいる。
33 アクロポリス、「サンダルのひもを解くニケ」
【33 アクロポリス、「サンダルのひもを解くニケ」】
アクロポリス博物館収蔵。紀元前408年前後の制作と推定。アクロポリスの入り口「プロピュライア」の右手の突端部分にあったニケ神殿の垣を飾っていた浮き彫りの一つ。これらのニケ像は、むしろ奔放とも言えるような人体の動きを表している。着衣を透けて見える女体の美しさとなまめかしさは人気が高い。
34 アクロポリス、「女神アテネとニケ」
【34 アクロポリス、「女神アテネとニケ」】
アクロポリス博物館収蔵。「サンダルのひもをほどくニケ」のとなりに置かれているこの浮き彫りは(ただし、閲覧状態は年によって変わっていることも多い)、椅子に座している女神アテネ(盾によって同定できる)に話しかけているニケと推定できる。この女神ニケの立ち姿は優美というよりむしろセクシャルな美しさを示している。時代はヘレニズム期の直前で、その先取り的なところもある。
35 「パイオニオスのニケ」
【35 「パイオニオスのニケ」】
オリンピア博物館収蔵。紀元前420年頃の制作と推定。時代的にはまだパルテノン彫刻の理念の時代のはずだが、それを超えてヘレニズム的要素を示す作品となっている。したがって制作は410年代にまで下がるかも知れない。オリンピアのゼウス神殿の正面前に奉納されていた像で、その弾ける躍動性は古典期の端正で上品なあり方を超えている。この性格は続くヘレニズム期の特質となる。
36 「幼児のディオニュソスを抱く神ヘルメス」
【36 「幼児のディオニュソスを抱く神ヘルメス」】
オリンピア博物館収蔵。異説もあるが、古代の作家パウサニアスの記述により、ギリシャ最大の彫刻家の一人プラクシテレスの作品と同定されている。本物の原作だとしたらその価値は計り知れない。紀元前360年というヘレニズム期に入った頃の作品で、人体表現は古典期よりさらに「人間くさく」なってきている。
37 「ピーレウスの女神アテネ」
【37 「ピーレウスの女神アテネ」】
ピーレウス博物館収蔵。紀元前350年頃の制作と推定。後期古典期からヘレニズムに入ろうかという頃のブロンズ像の代表で、ローマ期のアテネ像はこのアテネ像をモデルにしていたのではないかと思われる。この像では、定番となる「兜」も装飾が華麗となって、身に付けている「アイギス」や「メドゥサの首」も派手になってきている。この派手な表現がヘレニズムからローマ期の最大特徴となる。
38 「ピーレウスの女神アテネの上半身」
【38 「ピーレウスの女神アテネの上半身」】
従来の古典期ギリシャ時代のアテネ像も「兜」や「盾」などの姿は変わらないが、「神としての端正さ」を持っていた。他方、後期の作品となるこのアテネ像は「凛々しく」また「生々しい人間」の表情をしている。この「生々しさ」がヘレニズム期からローマ期になってよりいっそう追求されるようになり、その時代の美術の特質を作ってくる。これはその先駆的作品となっている。
39 「サモトラケのニケ」
【39 「サモトラケのニケ」】
フランス・ルーブル博物館所蔵。紀元前190年頃の制作と推定。時代はすでに「ヘレニズム期(紀元前300〜0年)」である。これはギリシャ北方サモトラケ島の聖域にあったものだがフランスに持っていかれてしまった。しかし、このニケの姿は、月山と呼ばれる山を背景に持ち、「今、その頂から浜辺の船に降り立った」という姿をしている。従って、本来月山を背景に見ることが前提されている。
40 「サモトラケのニケ」
【40 「サモトラケのニケ」】
翼を大きく広げているのは、「船に降り立った瞬間」を表している。このようにこの時代の造形は「瞬間」を捕らえたものが多く、それがとりわけ「生々しさ」を生み出すことになっている。ただし、この作品に限っては、造形理念はむしろ古典期的で、品位と端正さをもっていると評価できる。
41 「ミロのビーナス」
【41 「ミロのビーナス」】
フランス・ルーブル博物館収蔵。一般には「ミロのビーナス」とローマ名で呼ばれているが、正しくは「メロス島のアフロディテ」となる。前出の「サモトラケのニケ」と並んでフランスに持ち去られルーブル博物館の至宝とされている。紀元前120年頃の制作と推定。数少ない古代ギリシャのオリジナル作品として重要性が高い。女性美の表現の典型的・代表的なものとなる。
42 「ミロのビーナス」
【42 「ミロのビーナス」】
古典期の女性像は「着衣」であったが、古典期末、紀元前340年くらいにプラクシテレスによって「裸体の女性像」が制作されるようになり、ヘレニズム期には裸体が普通になってくる。全裸もあればこの像のように半裸体もあるが、いずれにしても「官能美」が特徴となる。体を少しひねっているヘレニズム期に独特のポーズにそれが見られる。顔の表情も均整がとれている。
43 「ロドスのアフロディテ」
【43 「ロドスのアフロディテ」】
ロドス博物館収蔵。紀元前100年頃。小降りの作品であるが、ヘレニズムのアフロディテ像として代表的なものと言える。神話にある「海から上がるアフロディテ」をモチーフとしていて、うずくまったままで体をひねり、水に濡れた髪の毛をぬぐっている姿は、官能美というよりむしろ「愛らしい」。
44 「ロドスのアフロディテ」
【44 「ロドスのアフロディテ」】
ー上の像を横からみているが、指の造形の繊細さに注意したい。小指を伸ばして残りの三本の指を曲げ、髪の毛の後ろにある親指と一緒に握って髪の毛の水をぬぐいとっているわけであるが、これを一つの石から削りだした技術はどういうものなのだろう。普通なら小指は折れてしまいそうである。古代ギリシャの彫刻家の確かさを見ることができる。
45 「サンダルを振り上げるアフロディテ」
【45 「サンダルを振り上げるアフロディテ」】
アテネ考古学博物館収蔵。紀元前100年頃の制作と推定。前出のロドスのアフロディテと同じ頃の作品で、やはり同じような造形理念が伺えるが、こちらは迫る山野の精サチュロス(ないしパン)を振り上げたサンダルでひっぱたいているという図柄で、こういったテーマものは古典期にはない。ヘレニズムからむしろローマ期になって盛んとなる「物語的テーマを持った彫刻」となる。
46 「ラオコン」
【46 「ラオコン」】
バチカン収蔵。紀元前40年頃の制作と推定。ギリシャ時代のオリジナルの模作説もあってはっきりしないが、少なくともヘレニズム後期の傑作とされている。テーマはトロイ戦争伝説でのトロイ落城に絡み、ギリシャ方の「木馬の計」を見破ったラオコン親子にギリシャ方の女神アテネが大蛇を襲わせて口を封じたという逸話にある。
47 「ラオコン」
【47 「ラオコン」】
この作品がヘレニズム後期の傑作とされる理由は、この造形の中に見られる苦悩や恐れの表現、蛇のうねりなど、もがき苦しむ親子の惨状を「一瞬」に止めた情景の表現の見事さにある。こうした様式は紀元前170年前後の「ペルガモンのゼウス祭壇の浮き彫り」に見事に造形されていて、おそらくこれもその理念の下にあると言える。
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