17.哲学入門、哲学的に物事を考えるとは〜西洋哲学史を巡って〜 - 17. 20世紀の哲学の外観 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

17.「哲学」の一般的な用法と本来の用法
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INDEX
1. 「哲学」の一般的な用法と本来の用法
2. 学問の発祥、「自然哲学者」の誕生
3. 哲学の始祖、「ソクラテス」
4. 師ソクラテスの問題への回答者「プラトン」
5. 学問・哲学の体系を形成した「アリストテレス」
6. 「ソクラテスの弟子たち」と「ローマ期の哲学」
7. 中世キリスト教神学、「アウグスティヌス」の場合
8. 近代哲学の祖、「デカルト」の思考法と「スピノザ」
9. もう一つの近代哲学の流れ、「ロックとイギリス経験論」
10. 近代哲学の集大成、「カント」の批判哲学とは
11. カントを引き継いだ「ドイツ観念論」
12. ドイツ観念論の行き着いた先「ヘーゲル」
13. 生と死を見つめた憂愁の哲学者、「キェルケゴール」
14. 近代唯物論哲学の巨星、「マルクス」
15. 生の徹底的肯定者、「ニーチェ」の場合
16. 現実に生きている人間の立場、実存主義の「サルトル」
17. 20世紀の哲学の外観
18. 西洋哲学史概略

17.

20世紀の哲学の外観


 近代哲学の最後とも言えるヘーゲルの「あまりにも精神を絶対視・楽観視」した哲学に反抗して新たな思想運動が起き、いわゆる「現代哲学」と言われる潮流が続きます。しかしその「現代哲学」というのも20世紀半ばくらいまでは「マルクス哲学と実存哲学」を中心に影響力を持っていましたが、20世紀後半からはほとんど人々への影響力を失っています。そうした中で浮かんでは消えてという状況を示している哲学のあり方を紹介しておきます。20世紀を代表する哲学としては以下のものがあるとしておきます。

1、マルクス主義哲学
2、実存主義。
3、生の哲学。
4、プラグマティズム。
5、新カント学派。
6、現象学派。
7、分析哲学。
8、フランクフルト学派。
9、構造主義。
10、ポスト構造主義。


以上のうち、
「マルクス主義」と「実存主義」については別途単独で紹介してあります。

3、生の哲学
 
ディルタイ(1833〜1911)、ジンメル(1858〜1918)、ベルグソン(1859〜1952)などが代表です。ヘーゲルのあまりに理性主義的な世界観・人間観にたいして根本的な批判をくわえました。つまり人間の生は本来的に「不合理」であって理性的な説明で解明できるものではなく普遍性もないのであって、理性的な説明をしようとすればするほど人間の本質は見失われ、むしろ「生そのものの中で」直観的にとらえられるだけだとする立場です。

4、プラグマティズム
 
パース(1839〜1914)、ジェームス(1842〜1910)、デューイ(1859〜1952)などが代表です。アメリカで生じた哲学で、通常「功利主義とか実用主義」とか訳されます。この立場は「真理」というのは人間ないし社会に「役に立つか否か」で決定されてくるというもので、「知識とは環境に対する適応」を可能ならしめることが使命であるとします。ある意味でおそろしく「人間中心」「具体的生活中心」ですがこれは近代思想自体が持っている性格をはっきりさせているともいえます。

5、新カント学派
 
ランゲ(1828)、コーヘン(1842〜1918)、ヴィンデルバンド(1848〜1915)などが代表です。この学派は「科学の基礎付け」を目的として、理性に傾きすぎたヘーゲル的な見方からカントに帰ることを主張しました。つまり「経験と思惟の統一」という立場で、科学主義の近代にあってそれなりの意義を持ちました。前期・後期に分けて考えられていますが、いずれにしても「認識論」だけの哲学であり、近代以降の具体的な科学の成果の異常な発展に飲み込まれて今日ではほとんど意味を持てなくなっています。

6、現象学派
 
フッサール(1859〜1938)によって提唱され、近代後期メルロ・ポンティー(1908〜1961)によって発展をみています。
 この学派は
「事象そのものへ」という標語で知られ、一度外界の存在をカッコにいれてしまい、純粋に意識に現れてきたもの、つまり「現象」から本質を把握して世界を構成し意味づけていこうとしたものです。ここにはこれまでの見方が外界を「客観」として独自にあるとしていたあり方に対する発想の転換があるとして「世界認識の学としての哲学」としては大きな影響を与えました。

7、分析哲学
 
ラッセル(1872〜1970)、ヴィトゲンシュタイン(1889〜1951)、エイヤー(1910)などが代表です。この哲学には「論理実証主義」と呼ばれる学派も含めて考えられますが、この学派は事実についての知識は経験により得られ、それは科学がなすところであり、従って哲学は知識に介在することはできず、哲学の仕事というのは「科学を記述する言語を分析して論理的なものにするだけ」であるとする立場です。これが基本でしたがヴィトゲンシユタインになるとこの手法を「世界の構造分析」に用い、「世界解釈の学問」としての哲学を保ちました。

8、フランクフルト学派
 
マルクーゼ(1898)、アドルノ(1903)などが代表です。ドイツのフランクフルトの社会研究所を活動舞台にしていたためこの名前があります。「マルクス主義」の立場にあり「人間解放」を目的としてナチズムやファシズムとの戦いを任務としていました。ところが「現実のマルクス主義政党・共産主義の欺瞞と圧制」という事実に思想的苦悩に陥り、そこから既存の政党やイデオロギーに対する厳しい批判と反抗という形となっていきます。かれらの思想は「新左翼」と呼ばれる人たちに深刻な影響を与えたことで知られます。

9、構造主義
 
フーコー(1926)や人類学者として知られる「レヴィ・ストロース」が有名です。この学派は「言語学者のソシュール」にモデルを求め、言語における字母の音素がそれ自体として存在しているわけではなく「構造の中で意味を持つ(たとえば「b」はそれ自体として客観的に存在しているわけではなくcとかdとの区別・関係においてbとして認識される)」と考えられます。つまり物事は「他との違い」においてその意味を示してくるのであり、たとえばわかりやすく言ってしまうと、猫が猫とされるのも「猫そのもの、猫の実体」に即して猫と判断しているのではなく、ライオンや虎との違いにおいて猫といわれるというわけです。この構造を民族における人間関係の構造のあり方の説明に適用したのが「レヴィ・ストロース」でした。こうしてソシュールの言語学は「世界や人間の構造の解明」の方法に適用されたのです。
 これを文化に適用すると、西洋文化にしてみたところで世界にたくさんあるさまざまの文化の一つにしかすぎないわけで、それ自体として絶対的な意味も価値もあるわけではなく、「未開」だとか「野蛮」とかいった判断は
「西洋の視点」での勝手な傲慢な判断だということになってきます。こうした「自分中心主義」を脱しない限り本当の意味での人間が見えてこないとしたのです。要するに現代社会は「西洋の目からする価値観」で判断されているとして構造主義は「西洋批判(結局西洋人の自己批判)」に向かいました。こうなると従来の哲学もすべて何らか「ある視点」から論じていたかぎりにおいて批判されます。とりわけ「私」というものを強調する「実存主義」、その代表としてのサルトルなどが批判の対象になりました。つまり物事は「構造的」にみられなければならないというわけで、中心といった概念も否定されることになります。

10、ポスト構造主義
 
ドゥルーズ(1925)やデリダ(1930)などが代表です。これは20世紀後半に一時期大流行していたものですが急速に衰退してしまいました。これはもともとは「構造主義の継承」とその欠陥を乗り越えることを使命にしていました。この場面で「ツリー(つまり木ですがこれは根っこがあって幹があって枝葉があるという従来の思考法のたとえです)」に対する「リゾーム(つまり地下茎で、多様に入り組んで多方面に展開していく人間の生活・文化・社会のありようをいいます)」が主張されたり、国家とテリトリー意識、侵略、支配・被支配を生み出す「定住的思考」に対する「ノマド(遊牧民)」思考が言われて人間の真実の自由の回復などが提唱されたのでした。この場面で人間のあり方を定住型人間の「パラノ(つまりパラノイアで妄想となります)」とか遊牧民型の「スキゾ(つまりスキゾフレニーということで分裂症を意味します)」といった「センセーショナルな用語で人気」を集めたのでした。
 しかしこの哲学は結局のところ従来の
「西洋哲学の思考のあり方を批判」することだけが主要な任務になってしまい、世界や人間存在のあり方についての「構造的思考」の整合的な方法論を示し得ていないことで行き詰まってしまいました。その「行き詰まり」は次のような点にあります。
 構造・構造というけれどその
「構造とはいったいどういうものなのか」、また「どのようにその構造とやらを認識するのか」といった批判に答えられていないこと。
 構造主義は構造としてみようとする限りたとえば変化きわまりない社会を一度
「静止」させねばならない。つまり「変化様態を説明できない」という批判。
 
「人間の心理とか感情が消し飛んでいる」という批判。
 「主体」といった視点を否定したわけだが、しかし物事をみる時にはどうしたって
「見るもの」はいなければならず、語る時にはどうしたって「語り手」がいなければならず、結局ある意味で「主体」を認めざるを得ない不整合がある、などなどです。

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