17.哲学入門、哲学的に物事を考えるとは〜西洋哲学史を巡って〜 - 16. 現実に生きている人間の立場、実存主義の「サルトル」 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

17.「哲学」の一般的な用法と本来の用法
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INDEX
1. 「哲学」の一般的な用法と本来の用法
2. 学問の発祥、「自然哲学者」の誕生
3. 哲学の始祖、「ソクラテス」
4. 師ソクラテスの問題への回答者「プラトン」
5. 学問・哲学の体系を形成した「アリストテレス」
6. 「ソクラテスの弟子たち」と「ローマ期の哲学」
7. 中世キリスト教神学、「アウグスティヌス」の場合
8. 近代哲学の祖、「デカルト」の思考法と「スピノザ」
9. もう一つの近代哲学の流れ、「ロックとイギリス経験論」
10. 近代哲学の集大成、「カント」の批判哲学とは
11. カントを引き継いだ「ドイツ観念論」
12. ドイツ観念論の行き着いた先「ヘーゲル」
13. 生と死を見つめた憂愁の哲学者、「キェルケゴール」
14. 近代唯物論哲学の巨星、「マルクス」
15. 生の徹底的肯定者、「ニーチェ」の場合
16. 現実に生きている人間の立場、実存主義の「サルトル」
17. 20世紀の哲学の外観
18. 西洋哲学史概略

16.

現実に生きている人間の立場、実存主義の「サルトル」


はじめに
 20世紀の哲学というとマルクス主義と
「実存主義」が中心となります。その実存哲学の代表的な哲学者としてはフランスの「サルトル」「マルセル」ドイツの「ハイデガー」「ヤスパース」ということになります。
 日本は「ドイツ哲学中心」ですので、日本では
「ハイデガー」がもっとも重要視されているようです。確かにその理論は「サルトル」にすら影響を与えていると評価されるほどですが、ハイデガーは「哲学理論」が中心で、それに対してサルトルは単に理論を超えて「自分の生を実存的に生きよう」とした点で、また「演劇や文学」の世界にも大きな影響を与えた点で広い意味での「実存主義の何たるか」を示してきますのでここではサルトルをもって「実存主義の代表」とします。

サルトルの経歴
 サルトルは1905年にフランスのパリで生まれ1980年に死んでいますが、サルトルの人生で重要な出来事が生じるのは大学卒業後からとなります。サルトルはエコール・ノルマルで哲学を学び主席で卒業しましたが、同級生には
「哲学者メルロ・ポンティーや文学者・評論家となるポール・ニザン、ボーヴォワール、レイモンド・アロン」などそうそうたるメンバーがいたことは有名になっています。
 卒業後、各地のリセで哲学を教えながら
『想像力』『自我の超越』などの哲学論文を執筆し、また有名作品となる文学作品として『嘔吐』や短編集『壁』などの作品を発表していきます。
 1939年第二次大戦となり招集され戦線に赴きますが翌年ドイツ軍の捕虜となってしまいます。しかし翌年脱走に成功してパリに戻り文筆活動に入ります。ここうして1943年に哲学書の代表作
『存在と無』を発表して哲学界に大きな足跡を残すことになります。これはハイデガーの影響が強く見られると言われますが、「反神学の体系」として独自の論理があり、ただハイデガーを借りたものではないと評価されます。その他の有名作品には戯曲『蠅』『出口なし』などが知られます。
 大戦が終わるとサルトルは社会的な活動を始め、雑誌
「ル・タン・モデルヌ」を発刊し実存主義の拡大・発展に努めていきます。この時代の長編『自由への道』は結局未完に終わってしまいましたが、戯曲『恭しき娼婦』『汚れた手』は良く知られています。
 1950年に朝鮮戦争が勃発するとサルトルは
「政治的活動」へと転じ、たくさんいた「古くからの友人たちや中立的な友人たちとの仲違い」を目ともせず、中には実存主義文学者として有名なカミュとの仲違いまでありましたが、「マルクス主義」へと傾斜していきます。これはもちろん「虐げられている労働者・人民の自己解放」というマルクスの思想に共鳴したからでしょう。この時代の作品は従ってマルクス主義的色彩を持ったものとなります。『アルトナの幽閉者』『トロイアの女たち』が有名です。これらの作品は実存主義の立場に立ちながらの「政治参加の重要性」を訴えるものでした。さらにインドネシアやアルジェリアなどフランス領植民地における独立闘争が起こると、サルトルはその独立闘争を全面的に支持して「フランス政府に対する闘争」へと入っていきます。
 しかし結局、「マルクス主義」を標榜する
「共産党の欺瞞や教条主義や内部権力争い」に直面して「破綻への道」を転がって行くことになってしまったのでした。
 ただし、ここには
「自分の哲学に忠実であろう」として街頭に立ってビラ配りまでして己の信ずるあり方に殉じていった「誠実な思想家」の姿を見ることができます。
 
もちろんその哲学理論や政治姿勢、社会参画のあり方に大きな矛盾や問題点が多々あって、サルトルの評価を難しくしていますが、実存主義が「現実に生きる」ということを問題にする思想であったことを思うとき、この姿勢はその思想に忠実であったと評価されると思います。

サルトルの思想の背景
 そのサルトルの思想ですが、実存主義と言われるその内容をみてみたいと思います。ところで実存哲学の先駆的な哲学者として
「キェルケゴール」「ニーチェ」が挙げられます。
 ニーチェがめざしたものは、
「この人生をどう肯定するか」ということでした。これまではキリスト教に基づき「人間は罪あるもの」としまたこの「地上は追放の地」ないし「不完全で影のようなもの」だとされていました。しかしニーチェは「この大地に忠実であれ」といって、この地上での人間の在り方を大事にしようとしました。キリスト教のいう「天国」の思想などは、この地上を否定するものとして拒否されました。
 もっとも、だからといって
「このままの人間」「このままの大地」を肯定しようというのではありませんでした。ニーチェはここで「超人」という言い方をしていました。今の人間は「己を超え出て」いかなければならないのです。「今の人間を否定し、超人へと向かって雄々しく困難な道を歩んで」いかなくてはならないのです。一切の「今の道徳、価値」は否定されあらたな価値がつくられなければなりません。
 キリスト教道徳は
「弱者の道徳」とされ、「奴隷の道徳」とされます。ですからニーチェは人間を弱者・奴隷とするものとしての「神」は死んだと叫んできました。このようにニーチェは「人間が強く生きる」ということを問題にしたのでした。こういう思想が実存主義に引き継がれていくのです。

本質存在
 さて、サルトルの場合も
「人間の在り方」が問題になります。まず、人間と「もの」を比較して、その存在の在り方の違いがどこにみられるかというと、「もの」は自分がどういうものなのか、などと「自分で自分に向かって問い掛ける」なんてことありません。「もの」は自分に即してありそのままでじっとしています。自分を「離れて」自分を見るなんてことないわけです。こういった自分に即してある在り方を「即自存在」とよんで「もの」に特徴的なありかたとしました。
 これに対して、
「自分が自分に対して」問いかけ向かえるものを「対自存在」とよび、これを「人間に特徴的」なものとしました。こうして人間は「現実の私の存在」を問題とします。
 ここで、私たちが「存在」ということを考える時「この机、あの机」というものを考えますが、その時あれもこれも
「机という本質」を持つことによって「机」だと言えます。こういう在り方は「本質存在」とされます。もちろん、そして「この机」は「あの机」と取り替えても一向に困りません。「取替えがきく」のです。つまり「机である」とされるその「本質」のほうが問題なので「この机」などにこだわらなくてもいいからです。
 それに対して人間はどうかといいますと、確かに「この人」「あの人」に共通した人間としての本質を言うこともできそうですが(たとえば「理性的なるもの」など)、しかしこうして言われる
「本質」「この私、あなた」というものを「全く説明しません」。たとえば「理性的である」という定義など「私にとっても」「あなたにとっても」まったくどうでもいいことです。
 言葉をかえれば、
「人間は他人によって取り替えられない」ものです。子どもが死んだからといって別なのを生み直せばいいなどということにはなりません。「一人一人がかけ替えのない個人」なのです。つまり人間においては現実に存在している「この私」というものが大事なのです。人間は机のような具合に「取り替え」は効かない存在なのです。
 こうして
「実存は本質に先立つ」という標語がいわれてくることになります。これはつまり、人間の場合「現実に存在している」ということが「もの」のような「なになにであるという本質規定」より先だということで、いってみれば人間は「本質存在ではない」ということです。
 実際、本質存在の場合に大事なのは
「その本質」、エンピツでいえば「書ける」ことが大事なのであって、書けなくなったら他のものと取り替えらます。「この」エンピツは絶対に取替えのきかないものとして「ここにある」ということはありません。
 それにたいして人間は「なになにである」とかなんとかそんなことは全然問題にならず
「その今ある存在」が問題になります。こうした人間のありようをあらわした言葉が「現実存在」つまり「実存」という言葉です。

人間の現実の姿
 ではその人間の
「現実に存在している姿」はどのようなものなのか。サルトルにいわせると、人間に絶対と言える「本質」などないとなっていました。ですから、人間は「何のために生きているのか」も全然わからないものです。いってみれば、人間は「何かになろう」と自ら探し求めて生きているようなものなのです。芝居でいえば、自分が何の役なのかもわからずセリフも全然みせてもらえずに舞台に放りだされてしまった役者のようなものです。「即興で芝居を」やっていかなければなりません。「どうするかは自分できめて」いかなければならないのです。これはつらいことです。
 これに似た状況が
「人間の状況」だというわけで、ですから人は「不安」になり、社会の慣例とか宗教やイデオロギーやらの「他者、他人」に頼ったりするわけです。

「自由の刑に処せられている」人間
 なぜ不安なのかというと
「世界の意味がわからず」「自分の生」にも意味がわからないからです。「舞台も分からず、役柄も分からず、セリフもない」役者の身になって考えて見てください。こういうことになると、この役者にとってこの舞台(人間とすればこの世界)はまるでよそよそしく「自分の舞台」とは思えません。こんな状況は「疎外」と言えます。自分の演技はどうもこの舞台にあっているとは思えないと見えてくるからです。
 これは当然です。第一、この舞台がどんな舞台なのかも分かっていないので、自分の演技が「いいのか悪いのか」もわからないのですから。こうして、
「不安で絶望したり嫌になったり吐き気」がしたり、道理にはずれてひどい目にあっている感じがしてくるわけです。
 もちろんたしかに、この役者は
「自由に」演技ができます。何も決められていないのだから当然です。しかし、この自由はむしろ「呪い」です。なぜならこの役者は、自分で「選んで」この舞台にでてきたわけではないのですから、「やっていることの意味も分からず、何をやってもその意味が確認できない」ようなそんな「自由」なのですから。
 運命のいたずらで、
「ハッと気付いたらもうこの舞台の上に立っていた」のです。こんな「役者」のあり方が「人間の運命」なのです。私たちは「自分で選んで」この世界に生まれたわけではありません。自分で時代や国や親をえらんだわけではなく、男として女として生まれようとしたわけでもないのです。この世界で何をやるようにと「役柄」を与えられているわけでもありません。何をし、なにを語るのかも全然決められていないのです。気がついたら、「ある世界の中に投げ出されていた」のです。何をやるのも「自由」だけれど、その意味は全然分からない。こんな人間の在り方をサルトルは「人間は自由の刑に処せられている」と言っています。 

人間の存在の意味とは
 こういうことになって、人間は
「何もかも自分で決めるように」しなければならないわけですが、ここに何も「頼り」になるものなどないのです。それが欲しければ自分でさがさなければならない。人間は「どんな決断をするか」「どんな選択をするか」がここで問われてきます。しかしこれはすでにいったように、ひどくつらい。
 そこで多くの人は
「逃げ」をうってきます。先に言ったように「既存の価値、一つの思想や宗教」にすがったり、あるいは「自分の行為の責任を社会になすりつけたり」「親や先生に責任をおしつけたり」、あるいは「何も考えず世間の常識や流行に染まって」流されて生きていきます。さらに「自分の欲望・感情の満足のみを追求」して生きていく野獣のような人たちの群れとなっています。
 あるいは、いいわけに終始し
「これがしょせん人間というものさ」とか「これが男というものさ」とか言い訳をします。しかし、これは「自分を偽る責任のがれ」です。なぜなら「人間というもの」とか「男というもの」とかそんなもの全然あるわけないからです。
 
だからといって、「人間は何をしてもいい」というわけのものではありません。人生は意味がない、と開き直るわけにはいかないからです。
 たしかにそれは
「分からない」のですけれど、意味がないわけではないのです。いやむしろ「意味がないわけにはいかない」といったほうがいいでしょう。意味がないと思っていたら人は生きていることに立ち向かえなくなります。ただの「動物」に成り下がるしかなくなります。ですから人は「哲学」しなければならなくなるのです。哲学とは「意味探し」なのですから。

投企
 つまり、サルトルにとって「実存する」という人間のあり方は
「自分の存在を自分で創造する」ということになるのです。人は現在の自分から脱皮するように、未来にむかって自分を「投げかけ」て(投企と名付ける)いかなければならないのです。
 それが可能なのは、私たちは
「意味を掴むこと」ができるからです。私たちが生きるということは「意味」を見るということとほとんど同じなのです。私たちは何かを知覚して意識を構成します。その時、私たちは自分にかかわりのないものは「無化」してしまいます。「意味のあるものだけ」を見出だそうとしています。たとえば駅に恋人を迎えに行ったとしましょう。その他大勢は全然目に入ってきません。たった一人の人だけが意識されます。意識は自分にかかわりのあるものにしか成立してこないのです。

意味の把握
 人間はこのようにして
「意識を構成する」のだとしたなら、すべては「無」ではなく、意識内容の内に「意味」が掴まれている筈です。こうして私たちは「意味」をもとめて自分を未来にむかって投げ掛けているのだし投げ掛けていかなければならないのです。ただし、それが「絶対」のものであるかどうかは言えません。というのも、本来「分からない」ものだからです。しかし「人は投げ掛けていかなければならない」

状況
 それはどのようにしてかというと、人間は
「社会の中に生きている」のですからその社会的な「状況」におかれているものとして、その「状況が人間を抑圧してくる」との認識においてその「状況(サルトルはこういう言い方をする)」を超えでていこう」という働きになると言います。
 つまりは具体的に
「社会参加」、もっと具体的には「政治参加」ということになってきます。

マルクスへの接近
 こうした態度においてサルトルは
「マルクスに共感」していったのです。マルクスの哲学は「虐げられている労働者=一般人民の人間の回復」というのが本来でしたからここに「抑圧されているものとしての人間の回復」をみることができたからです。こうして彼は実際に行動にでていったのでした。ビラくばりまでしていきます。自分の哲学に忠実な一人の誠実な人間をみることができますが、しかしマルクス主義は、というより共産党は彼を裏切ります。彼らは誠実ではありませんでした。現実の世界にサルトルは破れ去っていくのです。

サルトルの影響
 ところで、このサルトルの盟友に「ボーヴォワール」がいました。彼女はサルトルにあった「人間を本質規定することの拒否」を
「男女平等論」に適応してきます。つまり、世間では「男とはこういうもの、女とはこういうもの」と本質規定して男女の差別をしてきます。しかしこれは「つくりごと」かもしれない。ボーヴォワールはそれを問題にしました
 つまり彼女の主著である
『第二の性』での主張ですが、女性は社会の文化の中で「第二の性」に「作られていく」と言うのです。この文化は男性主体です。ここで女性は「男性にとってのものとされ、男性の客体」とされ、「女性がそれ自身の生にたいして立ち向かうことを剥奪」されてくる、と主張します。女性はこうして自らの生にたいする責任を失います。女性はこの人間としての責任をとりもどさなければならないとしますが、敵は男性だけではありません。女性自身が自分で自分を抑圧しているのに気付き、そこから脱却しなければならないと言ってきます。実存主義は「女性解放運動」にも大きな働きをしたのです。

 実存主義の影響はそれだけではありません。演劇や文学の世界にも深刻な影響を与えました。いわゆる
「不条理劇」はその結果です。これは日常の中にあるのに私たちが慣れっこになってしまって気が付いていない不条理な世界や人間の在り方をえぐってきたり、あるいは逆に一見不条理とみえる舞台をつくって、その背後にある人間の「飼い馴らされた状況」を見せつけてきたりといったもので、実存性を見失っている人間にインパクトを与えることを目的とします。

 こうした実存主義哲学は20世紀後半から急激に衰えてしまいました。その一つの契機がサルトルの没落にあったといえると思います。現在再び見直されてはおりますが、どこまで復活するのかは分かりません。いずれにせよ、サルトル以降、世界の思想界は右に左にただようがごとき状態となり、人々は
「哲学から遠く遠く離れていく傾向」を示しています。しかし、そうして世界全体が「不安」となっているを自覚した人々において「哲学の復権」が試みられているようですが、どこまで行けるのか私達自身の態度にかかっているといえるでしょう。次回はその「不安定な20世紀」の哲学の状態を紹介します。

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