17.哲学入門、哲学的に物事を考えるとは〜西洋哲学史を巡って〜 - 15. 生の徹底的肯定者、「ニーチェ」の場合 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

17.「哲学」の一般的な用法と本来の用法
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INDEX
1. 「哲学」の一般的な用法と本来の用法
2. 学問の発祥、「自然哲学者」の誕生
3. 哲学の始祖、「ソクラテス」
4. 師ソクラテスの問題への回答者「プラトン」
5. 学問・哲学の体系を形成した「アリストテレス」
6. 「ソクラテスの弟子たち」と「ローマ期の哲学」
7. 中世キリスト教神学、「アウグスティヌス」の場合
8. 近代哲学の祖、「デカルト」の思考法と「スピノザ」
9. もう一つの近代哲学の流れ、「ロックとイギリス経験論」
10. 近代哲学の集大成、「カント」の批判哲学とは
11. カントを引き継いだ「ドイツ観念論」
12. ドイツ観念論の行き着いた先「ヘーゲル」
13. 生と死を見つめた憂愁の哲学者、「キェルケゴール」
14. 近代唯物論哲学の巨星、「マルクス」
15. 生の徹底的肯定者、「ニーチェ」の場合
16. 現実に生きている人間の立場、実存主義の「サルトル」
17. 20世紀の哲学の外観
18. 西洋哲学史概略

15.

生の徹底的肯定者、「ニーチェ」の場合


はじめに
 ニーチェは、その思想が伝統的な西洋思想の枠からはみ出しているにもかかわらず、いやむしろそうであるが故に、現在では多くの人を魅了している哲学者です。その鍵は彼の思想の骨幹が、西洋を通して伝統的な「この現実世界(俗界)と天の国」といった二分法、「精神と物質」といった二分法などを吹き飛ばして、
「この現実の生の徹底的肯定」にあるからだと言えるでしょう。
 一見当たり前のように見えるこの思想は、実は世界の主流とはなったためしはないのです。全くの「少数意見の」思想なのです。たとえば私達になじみの「東洋での仏教」はこの現実世界を
「苦の世界」と見てそれからの脱却を言いました。ギリシャ哲学の主流として近代西洋に蘇った「プラトン」はこの現実世界を「影の世界」として真実の世界である「イデア界」と対置しました。また西洋を二千年支配してきた「キリスト教」などは徹底していてこの世界は「罪ある人間の追放の地」と捕らえて神による救済を目指しました。そのキリスト教から出た中東のイスラームも同様です。世界中どこも彼処も「この世界を肯定的には捕らえていない」のでした。
 つまり、
「苦難と欺瞞の多いこの現実の生をそのものとして受け入れそれを我が人生としろ」というような哲学は、よほど強靱な精神の持ち主でない限り無理だからでしょう。人は弱く、だから自分の力ではどうしようもなく、従って「超越的な神様の力」にすがって「救っていただく」としか考えようがなかったのでしょう。

ギリシャの英雄「オイディプスの場合」
 しかし、ニーチェの出発点である
「古代ギリシャの悲劇」は少々変わっておりました。ギリシャ神話の英雄、たとえば「父を殺し母と子をなす」との神託に翻弄されて滅亡するオイディプスは、ソポクレスの手で「その過酷・悲惨・凄絶な運命を自分の運命として全面的に引きうけて」、自殺して逃げることもせず、自ら目をえぐり出し、石もて追われながら放浪しつづけて、ついに神ゼウスに嘉されて神霊に昇華していく真実の英雄として描かれてくることになるのでした。繰り返しますが、ここには「過酷な運命を自分のものとして全面的に引きうけ、そして弱い人間のあり方を超え出て、神霊に昇華する」という人間の描きがあるわけですが、ニーチェの思想というのはこの「ギリシャの英雄をモデル」に考えれば非常に分かり易いものとなるのです。それは当然で、ニーチェは「古代ギリシャの研究者」として大学教授となって、そこから哲学者へとなっていったのですから。
 たとえばオイディプスにある
「運命の引きうけ」はニーチェの言う「運命愛」という概念に、オイディプスの「生きんとする意志」はニーチェの「力への意志」という概念に、オイディプスの至った「神霊」というありかたはニーチェの言う「超人」という概念などにそのまま見られます。
 そしてまたニーチェには
「永遠回帰」の思想があるのですが、これは「古代ギリシャの世界観」そのままです。こんな具合にニーチェの思想は「古代ギリシャ」にその根源を見ることができるのです。

その人生
 
ニーチェの人生は、その思想との関連性はキェルケゴールほどには濃厚というわけではありませんが、それでも影響があると見られるので簡単に紹介しておきます。
 
ニーチェは1844年ドイツのザクセン州に生まれています。死んだ年が1900年ちょうどつまり20世紀に入った年に死んでいますので文字通り世紀末の哲学者でした。
 若くして
「ギリシャ古典研究」に天才ぶりを発揮して、わずか25歳の時にバーゼル大学の古典文献学つまり「ギリシャ古典の教授」になってしまいます。
 
やがて当時ドイツを統治していたプロイセン政府とフランスとの間で戦争となった時(普仏戦争)、看護兵として志願して戦線に赴きますが重病にかかってしまい、以降死ぬまで病苦に苦しまなければならず、そしてバーゼル大学も辞任せざるをえなくなってしまいます。病苦の身体を抱えて思想的には熟成して夏の間は涼しいアルプスに、寒い冬は地中海海岸にと生涯所定めぬ人生の中で執筆活動を続けていきました。収入はバーゼル大学からの年金頼りでした。
 こうして1889年ついに
「精神錯乱」に陥り、妹の看護の下に精神病院暮らしとなってしまいます。そして1900年その人生の幕を下ろしたのでした。
 ニーチェの思想はその在世中はほとんど注目されず、死後も先ずその著作の「ドイツ語のすばらしさ」に惹かれた
「文学者」によって注目されていき、やっと「実存哲学の興隆」と共に「その先駆として問題」にされるようになり、やがてただの実存哲学の先駆という意味を超えた「現代思想の一つのピーク」として確固たる地位を占めるようになっていったものです。
 
ただし、この間のニーチェに対する誤解・曲解にはひどいものがあり、今日でもまだそうした誤解に基づいたニーチェ評価をしている文化人も存在しているほどです。

ニーチェの思想の背景としての「ショーペンハウエル」
 ニーチェの思想的な背景としては
「ショーペンハウエルの哲学」が挙げられます。ショーペンハウエルは、「世界が理性によって支配されている」とするヘーゲル的な考え方を真っ向から否定して、むしろ「世界は全く非合理的にして衝動的な、つまりそこに目的だの理由だのもなくただ盲目的に働く意志」にあるとしました。
 この「意志」というのは通常我々が考える
「未来への決断」といったような意味ではなく、そこに理性的な思考だの何だの全く介在しない「ただの動きの動機」みたいなものです。ですから「ただの運動」とほとんど変わらないような概念です。これは物と言われる限りのどれにもあるのであって「石が落下」するのもこの「意志による」と言われるようなそんなタイプのものです。つまりこの意志は動物や植物ばかりではなく無機物にもある「存在の根拠」だとして良いでしょう。
 他方この現実に経験される世界は、単に人間の能力にしか過ぎない能力によって捕らえられた「時間・空間」という先天的なとらえ方の形式と、
「因果律」といった人間悟性が作り出しただけの「ただの表象」にしかすぎません。そうはいってもこの世界は「何か」として存在しているとは言えます。「世界がただの幻」とは考えられないからです。そしてその何かというところに「意志」を見て、それだけが「実在」だとするのです。
 しかしそういうことになりますと、この意志は
「盲目的・衝動的」なものですから「世界や人生に目的だの理由だのない」ということになってきます。「ただ生きんとする意志」だけしかないのです。これは自己充足を求めて不断に働き続けるだけで、従ってこの世界は「苦」ということになり、そしてこの「苦からの脱却」としてショーペンハウエルは「芸術的鑑賞」を経て「道徳による救済」となり結局「禁欲による生の完全否定」による「解脱」と、まるでお釈迦様のようなことを言ってくることになりました。
 ニーチェは、ここにある世界の本質を
「非合理的な生、ただ生きんとする意志」にあるとする見方に着目してこれを受け継ぎます。しかしショーペンハウエルと違うところは、ショーペンハウエルが「だからこの世界は苦であり、そこからの解脱」という「生の否定」へと赴いたのに対して、ニーチェは逆にこの盲目的な、つまり目的性だの理由だのない非合理的な「生きんとする意志」をそのものとして「絶対肯定していこう」とした点にあります。そうしないとショーペンハウエルのように「生きていることは虚しい」というだけのことになってしまうからです。

二世界論批判
 ここからニーチェは、この現実世界を
「影の世界」としてその背後に「真実の世界」を想定して、この「現実世界での生を否定」して何か超越的なところへの「救済」といった、要するに「生の否定」となる考え方を批判していくことになるのです。
 とりわけ二千年もの間人々を縛ってきた
「キリスト教が徹底的に批判される」のもこれ故でした。

キリスト教批判
 つまり、キリスト教がとりわけ攻撃されたのは、キリスト教の教えてきた道徳が
「人間を罪あるもの」として「弱きもの、醜いもの」として、またこの世界はエデンの園を追われた「追放の地」として、ただひたすら「神にすがり救済を待つだけの存在」としていた点にあります。
 ここにあるのは
「奴隷や家畜」のように「他者に完全隷属」している存在だけです。彼らには「服従の道徳」だけが科せられ「自己の主張」は一切認められません。こうしたあり方をニーチェは「奴隷道徳」と名付けたのでした。そしてここにある感情は「ルサンチマン」だけとなります。

ルサンチマン
 これは一般に
「ねたみ、怨恨」の感情を意味し、人が大きく強くなっていこうとするのを「ねたんで足を引っ張る」感情をいいます。何かに「敵わない、抵抗できない」という感情を持ったところで、それが「心に鬱積」してしまうのがルサンチマンの感情で、ここから生じる「憎悪の感情」で卑劣な画策をしてくるので「弱者の感情」と言われるわけです。「奴隷の持つ感情」とされますが、ニーチェに言わせると「キリスト教道徳に縛られた一般民衆の持つ感情」がこうなるというわけでした。
 この世界は「苦だの楽だの、善だの悪だの」本来ないのです。あるのは「ただ生きんとする意志」だけです。「苦だの楽だの、善だの悪だの」は人間が勝手に決めてきただけのもので、西洋の場合は
「キリスト教が決めただけ」のことです。
 ただニーチェの「キリスト教批判」ですが、ニーチェはここで
「イエス」と「キリスト教」を分けて考えているようです。これはキェルケゴールにもあった考え方です。ニーチェが批判しているのは「教会組織」であり、「奴隷道徳」を教え人民支配をしてきた「キリスト教教会」なのであり、むしろ「イエス」の方は「自己超克」を実現した人として評価され、むしろ「超人」に達しているものという高い位置づけが与えられていると言えます。この主張をキリスト教会はもちろん認めないでしょうが、しかし「中世カトリック教会の権力と民衆支配およびその腐敗」を見る時、客観的にはニーチェの主張は十分正当性を持っていると言えます。

善悪の彼岸
 こうして「善悪の彼岸」に立って物事を見直してみるとこれまで常識と思っていた世界が全然
「常識ではない」ことに気が付きます(ニーチェはこうして『善悪の彼岸』という本を書いています)。ここからニーチェはこれまで二千年近くにわたって西洋を支配し続けたキリスト教という「すべての価値を転換」させようとしてきます。
 
「神は死んだ」と宣言されなければなりません。なぜならこれまでの人間観は「神の家畜・奴隷」のようなもので、「神にかしずく」存在でしかなかったわけで、そうした「奴隷としての道徳」が要求されていたからです。
 こうした
「西洋で常識となっていた価値観」を全面的にひっくり返そうとしたのですから、時にニーチェは「ニヒリスト」とも言われますが、それは「従来の価値の全面否定」という意味でならその通りとなりますが、ニーチェは「一切の価値を認めない」という立場ではなく「新しい世界観」「新しい価値」を創造しようとしているのでその面から言えばニヒリストではありません。

目ざさるべき方向
 つまり、「神はいない」として、それでは人間は
「何を目指して」生きていくべきなのか、あるいは人間の「盲目的な生きんとする意志」は結局何に向かっているのか、というところで、その充足状態をさしてニーチェは人間の場面において「超人」といってきたのでした。ですからこの「超人」というのはテレビのスーパーマンのような「特殊能力を持った人間」を意味しているわけでもなく、「各種の天才」でもなくいわんや「政治的権力者」でも何でもなく、ただ一途に「生の充足の状態に達した者」をいうものなのです。

ディオニュソス的なもの
 この
「満ちあふれる生の充実」の精神とは「この生を徹底的に肯定する精神」であって、ニーチェはそれをギリシャ悲劇に見られる精神として、ギリシャ悲劇が奉納された神「ディオニュソス」にちなんで「ディオニュソス的精神」と名付けました。これは「非合理的な生の充溢の精神」です。対比されたのが「物事を合理的に」考えていこうとする精神で、これをギリシャの「知性の神アポロン」にちなんで「アポロン的なもの」と名付けています。これはニーチェの初期の代表作である『悲劇の誕生』で早くも表明されています。

力への意志
 そしてこの「満ちあふれる生の充足」への力をショーペンハウエルの「生きんとする意志」に代えて
「力への意志」と捕らえ返したのでした。これは日本語でしばしば「権力意志」と訳されてきましたが、この「権力」という言葉は日本語ではほとんど「政治的権力」と同義なため誤解が絶えないものとなってしまいました。ニーチェの「超人」は「政治権力者」とは似ても似つかない者であり、ここでいう「力への意志」というのは、「今の自分を超え出てより強くより大きくあろうとする意欲」を意味しています。他方「力」というのはもともと「強く大きくなろうとする意欲」そのものでもあり「意志」というのは「力そのもの」なので「力への意志」というのはある意味で「同語反復」ともいえ、従って「外的なもの、たとえば政治権力」を得たいというようなものとは全然意味が違うのでした。つまりこれは「自己超克の意志」と理解しておくべきものです。

超人
 ただ誤解されるのも理由があり、この
「力への意志」を体現した者が「超人」というわけですが、語られ方としては「家畜の群れとしての一般大衆」がおり、それに対して「超人」が居るといった具合に語られているからです。
 超人は
「強者」であり、一般民衆を遙かに超えた存在です。人類はこうした「強者」を生んで行かなければならないのであって、そのために弱い一般大衆は彼の「肥やし」として喜んで没落していかなければならないと描かれます。これを文字通りに読めば、「人類文化の目的はこうした一人の天才をうむためにあり、一般民衆はそのための手段・礎とならなければならない」と読めてしまうわけですが、しかしニーチェの言う超人とはたとえば「ベートーヴェン」や「モーツァルト」のような人、「ゴッホ」や「ピカソ」などを意味しているのか、と考えてみれば「そんなバカな話をしているのではない」ということにすぐ気が付く筈です。
 同様、ニーチェはエジプトのファラオのような「絶対的専制君主」、ペルシャ大王のような「権力者」、アレクサンドロス大王のような「征服者」、アウグストゥスのような「皇帝」を人類は生み出すべきだとしているのか、と考えてみれば、
「そんな理解をする方がどうかしている」ということにすぐ気が付く筈で、こうした誤解がされる事自体がどうも良く分かりません。
 これは
「一人の人間の中での変転」と捕らえるべきものなのであり、人は「現在の大衆的な奴隷的・家畜的状態を否定してそれを没落せしめ、生の充足としての超人へと向かっていくべき」という思想なのです。ニーチェの言い方では「人は超えられていくべきあるもの」なのです。本来在るべきものへと「自己超克」していくものなのです。ただし「在るべきありかた」などどこかに掲げられているわけもなく、「自己創造」という形にしかなりません。

永遠回帰
 ここで、
「人はあるところのものに如何になるか」という問題を突きつけられます。しかし人は「それならざる者になる」ということはないわけで、あらゆる事物は「あるところのものになる」しかありえません。「ニワトリ」は「アヒル」には絶対にならないのです。
 ここにニーチェは
「永遠回帰」の思想を言ってくることになります。この世界は永遠に回帰するというのは、もちろん歴史的事実としての客観的理論ではありませんで、「人生の捕らえの問題」における理論です。
 そしてこれは
「あらゆるものはそれ以外のものになることはない」という思想だと理解しておけばよいでしょう。もちろん、この中であらゆるものは「力への意志」を持つ存在として「あるべきものになる」という意志をもって存在しそれを充溢させようとするわけです。
 ですからこの石は永遠にやはりこの石としてあり続けることになります。同様人間はその生が充溢した状態としての
「超人」にはなれても異なった存在、たとえば「天使だの妖精などになるわけもない」とするのです。そういった妄想は「この生を否定的に見る」から生じるのであって、この生を絶対肯定するときには「人間は人間でしかない」という厳然たる事実を認めろということです。
 他方、ここで人は
「自分の生き方として今の一瞬が永遠に繰り返されることになるのだが、それを良しとするように今を生きろ」ということになってきます。「一瞬は永遠に回帰する」という恐ろしい考えですが、人はこの真実を受け入れなければならないということになるのです。そしてまたこの人生は戦争や災厄など不安と苦痛と欺瞞に満ちています。そんなものが永遠に繰り返されるのではたまったものではない。しかしそれに耐えなければならないとされるのです。

運命愛
 こういうあり方が
「運命」というものであり、だとするならそうした運命を徹底的に「愛する」しかないわけで、ここにこそ「超人の道」が開かれてくるとするわけです。「これが人生であったか、ならばもう一度この人生を」と意欲できるとき、この思想の真実が見えてくるとされます。

三つの変転
 ここで、では人はただ「盲目的に運命を甘受」していればよいのかというとそういうわけではなく、それは第一段階です。第一段階では
「服従し、学び、忍耐」することが要求されます。
 ところがこれが徹底された時、人は必然的に変転し
「批判し反攻」するに至ります。ところがこれがさらに徹底されると人は必然的に変転して、あたかも「子どもがおもちゃを喜び遊ぶがごとくにこの世界を新しく喜び迎えるようになる」と言われます。これをたとえて「ラクダから獅子へ、そしてついには子どものように」と言われます。
 ところがこれが難しいわけで、人は第一段階すらろくすっぽできません。そして世間を「批判して反攻」してきますが、これは第一段階を経ていないものですから真実の批判・反攻とはならずただの
「わがまま、自分勝手」でしかありません。まして第三段階など夢のようなものなのですが、やはり人は、この「三つの変転」が要求されるとするのでした。こうしてこそ人は「自己の生の充足」が得られるわけです。

綱渡り師
 ニーチェのこうした思想は
「綱渡り師」に譬えて説明することもできます(実際ニーチェはそれを描いている)。すなわち、こちらの岸からあちらの岸へと張り渡された一本の綱の上を歩いて渡る綱渡りです。私達はこちらに居ます。しかし、「私達は渡らなければならない」のです。渡ろうとしない綱渡り師など「綱渡り師」とは言えません。渡ってこそはじめて「綱渡り師」なのです。同じように私達は「超人」へと向かって「一人一人が自分の前に張り渡されている綱」を渡って行かなければならないのです。それが「人間の人間たる所以」であるからです。

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