17.哲学入門、哲学的に物事を考えるとは〜西洋哲学史を巡って〜 - 14. 近代唯物論哲学の巨星、「マルクス」 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

17.「哲学」の一般的な用法と本来の用法
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INDEX
1. 「哲学」の一般的な用法と本来の用法
2. 学問の発祥、「自然哲学者」の誕生
3. 哲学の始祖、「ソクラテス」
4. 師ソクラテスの問題への回答者「プラトン」
5. 学問・哲学の体系を形成した「アリストテレス」
6. 「ソクラテスの弟子たち」と「ローマ期の哲学」
7. 中世キリスト教神学、「アウグスティヌス」の場合
8. 近代哲学の祖、「デカルト」の思考法と「スピノザ」
9. もう一つの近代哲学の流れ、「ロックとイギリス経験論」
10. 近代哲学の集大成、「カント」の批判哲学とは
11. カントを引き継いだ「ドイツ観念論」
12. ドイツ観念論の行き着いた先「ヘーゲル」
13. 生と死を見つめた憂愁の哲学者、「キェルケゴール」
14. 近代唯物論哲学の巨星、「マルクス」
15. 生の徹底的肯定者、「ニーチェ」の場合
16. 現実に生きている人間の立場、実存主義の「サルトル」
17. 20世紀の哲学の外観
18. 西洋哲学史概略

14.

近代唯物論哲学の巨星、「マルクス」


はじめに
 近代哲学の方向を定めたカント以降、それはヘーゲルによって一つの頂点に達し、その哲学は「人間の理性が絶対」というような、ある意味で
「ロマン的で壮大」なものでしたから、そのためか多くのファンを得ました。
 しかし一方で、思想の世界では
「ヘーゲルに対する猛烈な反論の嵐」がまきおこってきました。それには大きく二つの傾向があり、一つはヘーゲルの哲学があまりに「頭だけで考えられた観念的」なもので、「社会的人間の現実」を無視したものだという批判で、これは主に「フォイエルバッハ」「マルクス」「エンゲルス」といった主に「唯物論的哲学」と言われるようになった人々が代表します。
 もう一つの方向は、ヘーゲルの哲学にある「現実は理性的で、理性的なものは現実だ」などといってはばからない
「理性至上主義的」な傾向、あるいは、人間をひとまとめにしてしまい「取替えのきかない個々の人間」のありよう、「わけがわからず不安の中にいる人間」が全く無視されているといった批判で、こうして「人間の非合理的」な面を強調する哲学が生まれました。これは「ショーペンハウエル」「キェルケゴール」「ニーチェ」「生の哲学」「実存主義」などが代表します。

唯物論
 さて、前者の傾向をマルクスによって代表させてみましょう。ところで、これまで、物事の考え方として
「精神・理性」「自然事物」とを分断し、その両者の関係の如何を問題にする、というかたちで近代哲学は発展してきました。
 唯物論の立場の人々はこれにたいして、
「精神中心主義」の立場を「観念論」と呼び、「物質中心」の立場を鮮明にしつつこれを「唯物論」と名付けます。そして、結局観念論は「論証できない神」をもちだし、「神による世界創造」という立場になることになる、したがって「欺瞞の論証となる論」となるといってこれを批判し、それに対し唯物論は「自然物質をそのものとして存在するもの」として捕らえるが。これは「論証することができ自然科学によって支持されている」と主張します。もちろん、本当にそうであるかどうかは別の問題になります。主張としてはそうだ、という意味です。
 マルクスはこうして
「神を否定して」後者の立場をとることになるのです。いうまでもなく、ヘーゲルは観念論の代表とされます。ちなみに唯物論者以外の人々はこんな風に大きく考え方を「二大別」などせず、さまざまの立場をそれぞれなりに論ずる傾向を持っています。ですから「唯物論」対「観念論」という言い方は「唯物論者」の用語と理解していていいです。

マルクスの唯物論                  
 マルクスがこれまでの唯物論者と大きく異なっていたのは、これまでの唯物論がすべての現象を
「ただの物質の機械的な運動」で説明し、そこに「発展性だの歴史性」だのを見ず、ようするに「死んだ世界」しかみていなかったのに対し、マルクスはヘーゲルに学んだ「弁証法」の論理を「物質に適用」してきたことでした。つまり、物質はそのものとして「発展性」「歴史性」を持っているとするのです。この弁証法にたいする評価はまさに絶対的ともいえるもので、これはあらゆる存在を支配している「科学的な法則」であると考えられています。
 すなわち、弁証法はなんであれ「何々である」として定立されたもののうちに
「矛盾が含まれている」ということを主張するものでしたが、マルクスにいわせると、これは「あらゆる物質に見られる性質」だ、ということになります。というのも、あらゆる事物は生成したり消滅したり運動します。これらは、要するに「あるもの」から「そうでない」ものへの動きであるわけですが、こうした「有と無とを自らのうちに持っている」わけですから、「すべての事物は矛盾を自らのうちにもっている」ことになるのです。
 こうして、
「事物は弁証法的に発展する」というのです。ですから、これはヘーゲルの弁証法のうち「存在の弁証法」が適用されているわけです。
 そしてこの時、発展運動の契機として考えられているのが
「量から質への転化」ということでした。つまり量的変化は質的変化をもたらすというわけです。これは「水」を考えてみればすぐその意味が分かります。水は、温度の量が変われば、固体、液体、気体と変わってしまうでしょう。こんな具合に事物は量がかわれば質も変化するというのです。
 確かに言われて見れば、ダイヤモンドだって石ころのようにそこらへんにゴロゴロころがっていたら誰も大金を払って買うなんてことしなくなります。このような
「自然物、ないし自然現象のうちにみられる弁証法的法則性」「自然弁証法」とよびますが、マルクスにおいてもっとも重要なのは、この発展性を人間の場面、ないし社会の場面に見る社会発展、つまり「歴史法則」でした。

「生産物」による発展
 さて、
「発展すべき社会の構造」はどうなっているのかというと、マルクスの場合、それを決定しているのは今言った「生産物」だ、ということになります。しかし、生産物がただ転がっているだけでは何ともなりません。
 まずはその生産物をつくりだす「自然条件」が問題になりますし、さらにはそれを「作り出す手段」やそれを「配分する機構」も当然問題になります。そして「それらを担う人」も問題になります。ひとまとめに言えば
「生産関係」「経済機構」ということになりますが、これが人間の社会をつくっているというわけです。確かに、魚しかとれないところ、マンモスを追いかけねばならないところ、お米がとれるところ、では生活の仕方も変わってしまいます。「道具の発明」も大事だし、とったものがみんなに平等に分けられるのか、強い奴がたくさんもっていってしまうのかでも「社会は異なって」きます。
 こうしていろいろな社会が生まれたとしましょう。さて、この一つ一つの社会はみんなおなじ考え方をするでしょうか。
「相当に違う」といえます。少なくとも、住居の在り方は違うし、生活習慣も違うでしょう。となれば、「価値観もちがって」きて、たとえば大きな家や倉庫を大事にする社会(たとえば農耕社会)と、テントで十分とする社会(たとえば遊牧社会)といろいろになるでしょう。また、農耕民族なら「土地」にこだわるでしょうが、狩猟民族は「領域」にはこだわっても、小さな個々の土地にはこだわらないでしょう。
 こんな具合にして、
「社会の道徳」まで変わってしまいます。つまり、普遍的な善とか悪なんてありません。「善や悪は社会が決める」のです。常識なんてものも「社会がかわれば変化」してしまいます。国によって、時代によって道徳も常識も変わってしまうのです。もっとも、その社会が確定している時は「とりあえず」善や常識はいわれますけれど、やがて「矛盾が出て変わっていく」わけです。

「上部構造」と「下部構造」
 つまり、
「経済的生産関係」が土台にあって、「それにしたがって道徳や社会常識、政治や法律、哲学や芸術が生まれてくる」と考えたわけです。この「経済生産関係」は土台にあってすべてを規定してくるということで「下部構造」と呼ばれています。当然、「道徳や政治や法律、哲学、芸術などの文化」などはその上にのっかったものとして「上部構造」と呼ばれます。「下部構造が上部構造を決定する」という言い方はこういう関係を言ったものでした。実際、全ての文化や芸術、学問までこんな単純な構造のなかで説明仕切れるものなのかどうか問題ですが、少なくとも「生活習慣がことなってくる」のは観察されますから、それなりに説得力がありました。

 そしてマルクスは、
「上部構造はそれ自体として独立的存在ではなく、常に下部構造によって制約され決定されてくる」とし、さらにひろげて、人間の意識もそれ自体としてその人間性をつくるように働くのではなく、逆に「社会が人間の意識を決定する」としてきます。簡単に言えば、「社会が人間を作る」のであって、人間の意識が人間や社会をつくったわけではない、ということになります。
 あるいは、ある一つの社会が「それ」として確立している時にはその社会の中に様々な物の考え方、文化、芸術が生まれることはなく、
「同じような意識をもった人間しか生まれない」ということになります。基本はこうなりますが、こうなると人間はまるで「食い物だけに支配されている」と言わんばかりになってしまうということにマルクスも気付いていて、上部構造はただ下部構造の上に乗っかっているだけのものではなく、「下部構造にリアクション」してくるということも言ってきます。しかしそれがどんな具合でどんな働きをどの程度してきて、下部構造にどんな影響を与えるのかについてはほとんど不明です。いずれにしても、もし上部構造が下部構造に影響を与えることになると根本がくずれますので、これは少々とってつけたような感じがします。

史的唯物論
 こうして主張されてきたのが有名な
「史的唯物論」でした。これはヘーゲルの哲学が結局「歴史哲学」に集約されていたのと全く同じ状況です。手っ取り早くいえば、マルクスの哲学はヘーゲルの哲学の「理性」の部分を「物質」と置き換えただけ、とも言える性格を持っているのです。もっとも、この「物質で」というところはすべてにおいて決定的な異なりを生んできますけれど、それでも「論理はまったく同じ」といっていいでしょう。ところで、その肝心の「物質」ですが、史的唯物論にあっては、それは「生産物」ということになります。
 すなわち、社会は
「経済」に支配されているわけですが、この経済たる生産物は「量的変化(人間との関係での変化も当然ある)」をするのが宿命でした。量的な変化とは具体的に「生産物の収穫の多い少ない」、あるいは「人への配分の多い少ない」でイメージしておけばいいでしょう。こうして社会的に「矛盾」がでてきてきます。当然矛盾は解決されねばなりません。できなければ社会は絶滅ですから。こうして新しい社会が生まれるわけです。つまり、一つの確立している社会を「正ないし定立」とします。当然ここに宿命的に「矛盾」が出てきます。つまり確立していた社会に対する「否定」です。これが「反ないし反定立」となるわけです。ここにおいて、その矛盾を解決するという意味合いでの「否定の否定」が計られて、そしてこの矛盾を解決する新しい社会が出てきます。「合ないし総合」というわけです。
 これは
「三角形を階段状に上に上にと右肩上がりに挙げていく図」にして説明すると分かりやすいです。つまり三角形の底辺の左に「正」として「確立している社会」と説明します。次ぎに右に「その社会に出てきた矛盾」として「反」と書きます。そうしておいて、さらに三角の上に「矛盾が解決された状態としての社会」という意味で「合」と書きます。ところがこの「合」は確立した社会として「正」となります。そうすると今度はその右に「矛盾」ということで「反」となり、さらにその上に「新たな合」が、という具合に「三角形が積み上がっていく」図となるわけです。

「階級闘争」と「革命」
 この発展はマルクスによると
「階級闘争」という形になるといいます。「生産物をめぐっての争い」と言うわけです。マルクスは、どの時代にも「二つの階級」があって争っていたと言うのです。たとえば、古代は奴隷と市民、中世封建時代は農奴と領主、近代は市民と貴族、さらに労働者と資本家というわけです。
 そして、発展は
「革命」によってしかおこりえないと言ってきます。なぜなら後者が前者に「好意的に支配力を渡してくれる」なんてことあり得ないから、というわけです。
 そしてマルクスの最大問題は、現在の
「資本主義社会からどのようにして共産主義社会に移行するか」、という問題となり、そのため資本主義に孕まれている問題を詳しく論じていきます。こうして、資本主義から共産主義への必然的移行を論じていきます。
 しかしながら、現実には「共産主義」はむしろ中世的封建制にたいする革命運動や貧困による社会問題をかかえていた国々で実現し、高度な資本主義を発展させた国にはついに出現しませんでした。ある意味で
「マルクスは破綻」していたのです。それゆえ今日共産主義圏の国々がこぞって倒れていってしまったわけです。しかし、マルクスによる批判は、今日逆に「資本主義社会に学ばれて、その資本主義社会の改善」に利用され大いに成果をもたらしていたのでした。

資本主義批判
 そのマルクスの資本主義批判のあらすじは次のようになっています。すなわち、資本主義社会にあっては、労働者は会社や工場などで働いて賃金を得る、という仕組みになっている。自給自足なんてのは資本主義のシステムの中にはない。ということは、労働者はかならず「他人」のため、つまり会社や工場の持ち主である
「資本家のために働く」という形にならざるをえない、となります。
 こうなりますと、労働者は他人の利益のために働くということであって、
「働けば働くほど他人を得」させてしまうという仕組みになっている、ということになります。つまり、労働は「自分のため」ではなく「他人のため」にあるということになるのであって、その「おこぼれ=賃金」をちょっぴりもらったって、労働自体は「自分のもの」とはいえない、ということになってきます。こういうありかたをマルクスは「疎外」と呼びました。

 確かに1800年代中頃の
「マルクスの時代はそうだった」のです。労働者は奴隷とこそ呼ばれませんでしたが、「実態は奴隷以下」でした。この当時の労働者は衛生状態などまるで考えられていない酷寒酷暑の工場で朝から晩まで働かされ、ろくに賃金ももらえなかったのです。女の人は売春婦になるしかない状況もたくさんありました。その女を買うのは当然お金の有り余っている金持ちでした。こういう社会状況を考えないとマルクスは理解できません。マルクスの意図はこうした「非人間的扱いをうけている多くの労働者の人間の回復」にあったのです。
 一方、ブルジュアと呼ばれる資本家階級はその労働者から絞れるだけ絞りとろうとしました。本来労働者のところにおちねばならない
「もうけをうばってしまう」のです。これを「搾取」と呼んでいます。そして自分達だけ贅沢をしているのですからマルクスが怒るのも当たり前です。皆な怒らなければなりません。このような状況は今日でも世界中のいたるところでみることができます。マルクスの問題はまだまだ終わっていないのです。

 しかしまたマルクスは、
「資本主義は自滅する」と思っていました。もっとも、これは弁証法の原理からいっても当然そうならなければならないところです。矛盾を内にふくんでいるのが弁証法の生命線で、これがくずれたら弁証法が崩れてしまいます。ただし、共産主義は人類の行き着く最後と見られたようで、ここで終りとなります。ですから資本主義は理想に至る一歩手前の社会だという評価になります。
 さて、その
「自滅の原理」はどんなものかというと、これは今日でもしばしば耳にしたり問題になったりするものです。たとえば、一応会社は順調だとしましょう。しかし、「設備の充実」は欠かせません。「設備を充実させると労働力が軽減」されます。すると「労働者が少なくて」すむ。その結果、「採用者をへらす」というようなことはよくあります。しかし、これが社会全体に見られるようになったら、当然、「失業者の増加」となります。
 あるいはライバルとの品質競争は不可欠ですが、そのために設備にかけた出費が多くなりすぎペイできなくなる、といったことがあります。また、会社のもうけを多くしようとすれば、当然
「労働者に支払う賃金を少なく」しようとして、物価があがっているのに「給料は上げない、下手すると下げる」というような具合にすることもあります。すると労働者は出費を少なくしようとして「買い物を控え目にする」ことになる。つまり、ものが売れなくなる。「売れなければ当然もうからない」という理屈になります。

 これらは実は見事にあたっているのですが、今日、資本主義国はマルクスのこの理論を勉強して、
「そうならないようにさまざまの策を考え出してきた」のです。しかしいつまでもちこたえられるのか、多いに疑問のところもあります。かといってもう「共産主義幻想も破綻」しています。つまり、マルクスの理論は「人間がすべて知識的で善人」だけであったら成立するのですが、しかし人間は残念ながらむしろ「愚かで悪」の要素が多そうです。
 マルクスは
「理屈だけで」共産主義社会を構想したために破綻したのです。さてそこで私たちの課題ですが、このマルクスから何を学びどういう社会を新たに構想するか、となるでしょう。

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