15.西洋と中東の宗教的葛藤 - 13.アメリカとイスラームの関係 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

15.西洋と中東の宗教的葛藤
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INDEX
1. 中東の現状と主要な紛争地
2. 西洋と中東を巡る宗教的紛争のキーワード
3. すべての元凶、パレスチナ問題
4. 中東戦争
5. 「イラン」「イラク」の問題
6. またもイギリスとアメリカの野望の餌食「アフガニスタン」
7. 「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラーム」
8. 西洋と中東の摩擦の元凶、「十字軍」
9. オスマン・トルコ帝国と西洋との軋轢
10. イスラームとはどういうものか
11. イスラームの抗争の歴史
12. シーア派とはどういう派なのか
13. アメリカとイスラームの関係
14. 西欧世界の性格
15. 現代の宗教の欺瞞と迷走

13.

アメリカとイスラームの関係


はじめに
 多くの人がアメリカはさまざまの文化や考え方が許されて
「自由の国」だと信じているようです。そしてそれは宗教においても同じで「無宗教」の人も多いと考えているようです。
 ところがアメリカは
「思想や政治や宗教」の面ではむしろ世界の中でも「もっとも専制主義的国家」なのです。しかし、そのことに多くの日本人が気づいていません。アメリカの「自由」というのは主に「服飾・髪型などの生活習慣」「芸能・芸術」「経済活動」くらいのものなのです。思想・政治的には、二つの政党があるので当然「政府批判」はできますが、欧米・先進国で唯一「左翼政党の存在が許されない国」がアメリカなのです。いや、左翼的ではなくても「アメリカの国体そのものへの批判」すら許されません。チャップリンがアメリカを追放されたことを何人の人が覚えているでしょうか。
 同じように
「無宗教」ということが社会的に許されない(教会に行かないというのとは違います)のがアメリカ社会なのであり、「世界でもっとも強固な宗教国家」なのです。

宗教国家・アメリカ
 これは日本でもかなり報道されましたので知っている人もいるかもしれませんが、統計によると、アメリカでは
「95パーセントが神の存在を信じて」いて、「宗教は生活に重要と考える人々は90パーセント」に上り、「すべての人生・生活を宗教にゆだねるとしている人々が驚くなかれ60パーセント以上もいる」のです。この人々は当然政治家の選挙に当たっても「宗教」によってきます。
 アメリカではすべての紙幣や貨幣には
「我らは神を信ずる」という文字が彫られ、国民には大人であれ小学生であれ「星条旗に対する宣誓」が義務づけられていますが、それは「私は合衆国国旗とそれが表現している共和国に対して、すなわちすべての人々に与えられている自由と正義を備えた、分かつことのできない“神の下にある”一つの国家に対して忠誠を誓います」という文句になっています。アメリカは一応「政教分離」を建前にしている筈なのですが、この文句が義務づけられていてはとても「政教分離」とは言えません。

 そしてこの宗教勢力の中で問題になるのが
「キリスト教右翼勢力」であり、とりわけ「プロテスタント(福音派)の原理主義」が問題になります。この人たちは「熱狂的な信者」なのであり、この勢力は合計すると「アメリカの有権者の20パーセント前後」とされていますが、選挙の投票率が5〜60パーセントであって、そしてこの人々は絶対に投票するとされているので、この人たちの意志は選挙を左右する力を持っています。
 問題だというわけは、この派の主張にあるわけですが、まずこの人たちは宗教を絶対視するわけですから
「公立学校での宗教教育」の強化を主張し、一方聖書の記述に反する「ダーウィンの進化論」とか「反聖書的理論」を否定してきます。
 そして一番の問題は
「世界は善と悪の闘争」と理解して、アメリカは「善そのものであり世界を先導するもの」として「悪に対抗し撲滅する」としてきます(ブッシュ元大統領の演説によくでてきます)。この時もちろん「アメリカが善」で「その善なるアメリカに反抗してくるものが悪」とされるわけです(悪の枢軸論)。そして今、「最大の悪はイスラーム」とされているのです。これは代表的なキリスト教右翼のバット・ロバートソンがテレビで「イスラームはナチより悪である」と主張して物議をかもしたことでも知られています。

 なぜそうなるのかというと、宗教的にはまず「イスラーム」というのは「イエスの神性を否定」しているからです(イスラームではイエスは「ムハンマドに先立つ預言者」とされます)。これが熱狂的右翼キリスト者には「許せない」のです。「イエスを神の子と信じる自分が否定」されているように感じてしまうからです。ブッシュ元大統領はこの代表的な人物なのであり、従って彼の発言を見るとこの「国家主義的右翼のキリスト教」の主張がよく分かります。少しだけ例を挙げておきます。

1993年・・・ 「天国の門はイエス・キリストを受け入れた者だけに開かれている」
この主張は、イスラームはイエスを神の子とみていないのだから彼らは「天国に行けない」という主張になります。天国に行けない者は「悪」だとなります。 
2001年・・・ 「この“十字軍の聖戦”テロとの戦いには時間がかかる」
この「十字軍」という言い方でブッシュは自分の戦いは「対イスラーム」であることを宣言したわけですが、この「十字軍」が「アラブ・イスラームの絶滅」を企図したものであることを知っていて言ったのならば、すさまじい
「宣戦布告」をしたことになります。
2002年・・・ 「イラン・イラク・北朝鮮およびテロリストが“悪の枢軸”を形成し、世界の平和を脅かしている」
「我々は善と悪の戦いのさなかにある。アメリカは悪を名指しする」
ブッシュが具体的に攻める国を公言した時です。ここでアメリカは「善」でありそのアメリカのいうことを聞かない国は「悪」とするという、
「自分が神で自分が善・悪を決められる」と思いこんでいる傲慢さがあります。

民主主義の欺瞞
 それでも、この宗教を抜きにしても、イスラーム国家は
「非民主的である、民主主義にするべきだ」と欧米・日本のいわゆる「知識人」は主張します。しかしこの時その民主主義とは「自分が勝手に考えている民主主義」でしかないことに多くの人は気付いていません。第一、日本人は欧米から「日本は民主主義国家ではない」と言われていることにも日本の識者は気が付いていない始末です。「選挙さえやれば民主主義」と思いこんでいるようなところがありますが、ずいぶんと浅はかです。
 「民主主義」といっても現実には「ものすごく多様」で
「基準などない」に等しいのです。ですからイスラームが「アメリカ式」民主主義を受け入れられないのは当たり前なのです。いきなり「国の体制をこれこれにしろ」と言われたところで「部族で成り立っているイスラーム諸国」は各部族の意向を無視しては事が運べません。
 アメリカはこのことを全然理解しておらず、どの国も自分たちとおなじような国体でしかも
「遅れている国」と見なしています。つまりアメリカ人は、イスラーム国家は「愚かで頑迷な、遅れている人々」と評価しているようです。そしてアメリカ式の民主主義を持ち込んでやろうなどとしてくるわけです。「自由はアメリカからの世界への贈り物というわけではなく、神からの人類への贈り物なのだ」といったブッシュ大統領の2003年の一般教書演説がその典型です。この態度は結局、アメリカ式の自由を拒むものは「神を拒んでいるのと一緒」とされます。

イスラーム諸国の状況
 そのイスラームの方ですが、中東・オリエント・中央アジアはもともと「部族」の寄せ集めでしたから一人の人間による指導者体制ではうまくいかず、そこで
「神による統治」という政治形態をうみだして成功したのでした。それが「イスラーム宗教国家」であり、従ってこれは「宗教」であると同時に「政治体制」となりまた「生活」とされ「生きること」がそのまま「イスラーム信仰」になっていました。それだけに非常に強い宗教となり、これが熱狂的なキリスト教信者には脅威と映っているわけです。

アメリカの国家主義的キリスト教とは
 現在の「欧米キリスト教の宗教傾向」を見ると、大雑把に言って二つに別れ、社会情勢や人間性に立って穏健に「平和」的にあろうとする勢力(
「リベラル派」といわれます)と、右翼化して『聖書』に忠実であろうとしてそれを「文字通り」に理解しようとする勢力に分かれています。後者を「原理主義」と言います。
 ところで、原理主義は
「自分の信仰だけが善であり正しい」と信じる傾向を持ちます。しかも自分だけが善で正しいとするところから他の宗教、特に「対立すると見られる宗教に対して敵意」を示します。原理主義者は「社会状況だの科学性」だのも拒絶します。たとえばダーウィンの進化論を拒否したりするのもこの勢力です。そしてすべての生活を宗教に基づかせようとしますから学校に「宗教教育」を要求しているのもこの勢力です。これが単に宗教的態度に留まっているならまだしもなのですが、この勢力の最大の特徴は「政治的」な動きをしてくることです。政治家を動かしみずからも政治的な活動をして自分たちの主張を拡大していこうとします。こうしてこの勢力は「右翼的・国家主義的キリスト教」となってしまいます。
 
この勢力がアメリカにとりわけ特徴的なのであり、共和党の大票田となっているのです。しかも悪いことにこの勢力は「イエスの神性」を否定して形成された「イスラームに対して激しい敵意」を持ち、ひそかにその撲滅を目指しているのです。この勢力がいうまでもなくブッシュ元大統領の回りにいる勢力であり、ブッシュがつねに「神」という言葉を頻発するのも以上の理由から了解されると思います。この勢力は当然現在も力をうしなってはおりません。

日本の状況
 
私たちの国「日本」は事実としてアメリカの傘下にあって世界の情報もアメリカ側によるものが大部分であり、したがって世界理解はどうしてもアメリカ寄りになってしまうのはやむを得ない事実になっています。そして我が国はそれに全面的に追従しているわけですが、しかしそのアメリカのあり方に大きな錯誤や欺瞞、虚偽があることが少しずつ理解されてきて西欧諸国はアメリカに背を向け始めました。
 たとえば、西欧での
「世界平和にもっとも障害になっている国」のアンケートでは、「アメリカ」がダントツのトップになっていてそのパーセンテージは平均で60パーセントを越え、国別にすると最大で90数パーセント近くに達しているとかの報道がありました。根拠を示せませんが、あり得る話しだと信じられます。「政府」と「一般庶民の感覚」は違うからです。そうした事態に我が国でのマスコミも少しずつではありますがアメリカの事実を報道するようになり、当のアメリカでのリベラルな学者・評論家・文化活動家の「政府批判」の見解も紹介されるようになりました。
 しかし日本ではまだまだその理解は弱く、さらにアメリカの新聞にすら
「日本人はOKAMI意識が抜けていない国民だ」と書かれてしまうほどに政府に追従しています。
 
私たち日本人はアメリカという国を「知っているつもり」になっていますが、その実「何も知らない」ということをしっかり理解しておくことが必要なようです。


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