13.キリスト教の祭りと行事 - 7. 秘蹟・機密 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

13.キリスト教の祭りと行事
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INDEX
1.クリスマス
2. 復活祭
3. バレンタインその他の祭
4. 12大祭
5. 典礼・奉神礼・礼拝
6. 「ミサ」と「聖体礼儀」
7. 秘蹟・機密

7.

秘蹟・機密


はじめに
 キリスト教の儀礼は結局のところ、カトリックでは
「秘蹟(サクラメント)」、正教では「機密」と呼ばれている儀礼に代表されます。
 ただし、何をそれとするかは会派によって異なりがあり、伝統の正教とカトリックは
「洗礼」「堅信・傳膏(ふこう)」「正餐(要するに聖体拝領のミサ・聖体礼儀)」「告解・痛悔(こっかい、つうかい)」「叙階・神品」「結婚・婚配」「(病人への)塗油・聖傳(せいふ)」の七つをそれとしますが、プロテスタント諸会派およびイギリス聖公会は「洗礼」と「正餐」の二つだけしか認めていません(ここでの呼び名は日本のプロテスタントでは「聖礼典」となり、聖公会では「聖奠(せいてん)」と呼びます)。
 プロテスタント側が二つだけしか認めなくなったのは、カトリック世界での秘蹟の行事が形骸化して世俗的な現世利益に利用されたりしたのが原因とも言われますが、神学的にもこの二つだけしか『聖書』に根拠を見ることができないという理由からだと思います。残りの五つは後世の教会が定めたものでしかないというわけでしょう。これは確かにそうではあるのですが、ここには
「聖書主義」を標榜するプロテスタントの立場と、使徒に由来する「教会主義」をとる伝統教会の立場の違いが良く現れているところです。
 ただし、正教とカトリックが全く同じというわけではなく、ローマ・カトリック教会がラテン典礼を採用したこと、また歴史的経緯でその理解や典礼の仕方で異なりが生じていますが、しかし基本的なところでの内容に大きな差違はないとしておいていいです。

意味と内容
 ところで、この「秘蹟・機密」と訳されているもののギリシャ語原語は
「ミステリオン」となります。聖書的な根拠は、マタイ福音書12.28,13.11などに見られる、イエスの言行は「神の国の隠れた神秘(ミステリオン)」であるとする記述に求められます。
 このギリシャ語のミステリオンをローマ教会はラテン語に訳して「サクラメントゥム」としたのでした。ミステリオンはミステリーという英語に残るように「神秘、秘儀」といった意味であり、サクラメントは「サクロー」という「聖なるものにする、捧げる」という動詞から作られた名詞で「神秘、恩寵」といった意味となります。
 
「神秘」というわけですからこれは人間に明らかな形で示されているわけではないものになります。かといって全く分からないものであっては意味がありません。つまり、それとははっきり示されてはいないけれど何かを示しているものということになります。ということは「シンボル、しるし」といったことになります。
 こうして、
「シンボル・しるしを通して神の恵み、神との出会いを体験する」のが「秘蹟・機密」の意味内容となるわけです。秘蹟・機密と訳されたのはそうした「神秘体験」ということを表しています。
 この「シンボル・しるし」はある「行為」であったり「動き」であったり、あるいは「事物」であったりします。典型的なものが「ミサ・聖体礼儀」における「パンとブドウ酒」になります。つまり、ここでの
「パンとブドウ酒」は、物質としての要素はそのまま残しながら、本質としては「キリストの身体と血に変化している」のだとするわけです(神学的にはこれを「化体説」などと呼びます。1215年の第四回ラテラノ会議で正統教義とされています。)。
 そのほかに儀礼では唱えられたり語られたり歌われたりする「言葉」があるわけで、儀礼とは結局この「シンボル・しるし」と「言葉」の二つの要素を持っていることになります。
 たとえば、「洗礼」というのは「水に浸る」という「行為」によって、今ある自分を一度流し去り、神に従う者として再生するという秘蹟・機密であるわけですが、ここで「水に浸る(最近では「水を額につけるだけ」という、さらなるシンボリックなものに省略されていることも多い)」という「シンボリックな行為」があり、それを保証してくる祭司の「言葉や神の賛美」などが伴ってはじめて儀礼となってくるわけです。
 この
「しるしを通して真実に触れる」ということは『聖書』の中でもさまざまに語られていますが、典型的なものはヨハネ福音書14.9にある「わたしを見た者は父を見たのだ」というイエスの言葉となるでしょう。以下カトリックの用語で説明します。

「洗礼」の秘蹟
 洗礼そのものはイエスが始めたものではなく、すでにユダヤ教世界にありました。というより日本でもインドでも良く知られているように水をかぶったり沐浴したりすることは「神事」とされることは全世界的にあったと信じられます。
 ユダヤ教世界で有名なのが、イエスに洗礼を授けた
「洗礼者ヨハネ」の存在で、彼は荒野にあって修行しつつ、悔い改めを人々に迫り、そのしるしとして「洗礼」を授けていたのでした。イエスは彼に洗礼を受けることから「神の伝道者」としての道を歩むことになるのであり、従ってキリスト者にとってもこれが原点となります。
 つまり洗礼を受けることではじめて
「キリスト者」と呼ばれうることになるのであり、教会では、どんなに熱心にキリスト教を学び教会に通ってきても、洗礼を受けていない人を正式なキリスト者とは認めません。
 この洗礼の意味ですが、洗礼者ヨハネとその洗礼を受けたイエスの段階では
「悔い改め、神に従う者として生きるしるし」のようなものであった筈です。しかしキリスト教の世界となって、これは「キリストの死と復活」に与ることと捕らえ直されました。それはパウロによる解釈が始めとなります。つまりパウロはローマ書簡の6章3節以下で洗礼の意味について述べていて、それによると、洗礼によってイエスの死に与り、そのイエスが神によって死から蘇ったように、我々も新しい命に生きるためのものなのだ、と述べています。こうして洗礼とは、イエスにあって「死と再生」を体験する儀礼となったわけでした。
 この
「死と再生の体験」としての洗礼は当然「個人的」なものであるわけですが、教会の立場からすると「キリスト共同体への入信式」といった意味を持ち、従って教会はそれを指導し、準備し、会衆と共に儀礼を執り行っていくことになり、「公的」な儀礼と理解します。
 洗礼を受けた者も、これ以降は共同体の一員として教会を担い、福音を述べ伝えるという組織の一員としての立場に立つことになります。
洗 礼のやり方ですが、初期時代には全身を水中に沈めるというのが原則でしたが、その余裕が無ければ腰あるいは膝くらいまで水に入って頭から水をかぶるというものでした。現在でもこのやり方を守っている教会もありますが(特に正教では)、しかしだんだん簡略化されて、頭ないし額に水をつけるというやり方になっていきました。現在のカトリックでは洗礼を受ける人の名前を呼び、父と子と聖霊の御名によって洗礼を授けます、と唱えて三回額に水をつける方式が一般的となっています。
 洗礼を授ける人は当然聖職者が原則ですが、緊急の時には信者が授けることも可能となっています。

「堅信」の秘蹟
 「堅信」というのは「洗礼」に続いて行われるもので単独のものではありません。つまり、洗礼を受けてキリストにおいて生きる者となったわけですが、それを
「確認ないし固めて」、より自覚的にキリストにおいて生きるという秘蹟・機密となります。ですから初期の時代には洗礼に引き続いて行われていたものでした。
 しかし、時代が下がるにつれて「幼児の時代」に親の意志で洗礼を受けさせることが一般的になってしまいました。これでは本人の意志による信仰告白はないといえるわけで、そのため子どもがその意志を表明できる年齢になったところで改めて信仰告白をするということになりました。ですから、大人になって洗礼を受ける場合には、その洗礼に引き続いてこの堅信の秘蹟も行われてくることになります。
 しかしこの堅信というのは『聖書』に根拠を求めることができません。ましてや「幼児洗礼」などあり得ないのが洗礼というものの性格でした。何故なら「悔い改めの意思表示」がその本来でしたから。そのためこの幼児洗礼を巡っては歴史的に多くの論争がなされ、分派活動も頻発しました。
 そんなこともあって、現在のプロテスタント各派はこれを「秘蹟」とはしていないわけです。かといってプロテスタントは全部幼児洗礼を認めていないのかというとそんなことはなく、多くの信者は自分の子どもに幼児洗礼を受けさせています。したがってその子どもが大きくなった時には改めて信仰告白をしなければならず、それを矢張り
「堅信」としています。ただ「秘蹟」とはしないというわけでした。
 この「堅信」のしるしとしてカトリックが行うやり方は、聖香油(復活祭の直前の木曜日のミサにおいて、香料を混ぜた油を聖別したもの)で額に十字架の形を塗り付けるとなります。その時堅信を受ける信者の頭に手を置きます(これを按手と言いますが、こうした頭に手をかざしたり置いたりして祝福するのは多くの宗教にも見られます)。言葉としては、父のたまものである聖霊の印をうけよ、となりますので聖霊が豊かに注がれることを祈る儀式と言えます。

「告解」の秘蹟
 カトリック世界で一昔前まで「告解(こっかい)」と呼ばれていた秘蹟ですが、いまでは
「ゆるし」などと分かり易くいう言い方をすることが多くなっているようです。
 これは、洗礼を受けてこれまでの罪から浄められていたとしても、その後にいろいろと誘惑にあって罪を犯すことが人間の常であるとして、
「罪の告白」を受けてそれを許す秘蹟を伝統教会は持っていたのでした。
 その根拠として、イエスのもっていた
「罪の許しの権能(マタイ福音書9.1f)」はその使徒達に受け継がれているとします(ヨハネ福音書20.22f)。ここまでは『聖書』に根拠があります。問題は、伝統教会はさらにその使徒の権能は使徒の後継者の司教と司祭に受け継がれているとするのですが、プロテスタントはそれを認めません。従ってプロテスタントではこれを秘蹟とみとめないわけです。
 神との関係、また共同体との関係においても「罪」というのはそれを壊すものとされますから、その「罪」を浄めることは大事となるわけで、カトリックでは信仰生活の重要事とみなし、少なくとも年に一回はこの秘蹟を受けるように命じています。
 告解を受けた聖職者はこれを漏らしてはならないのは当然の義務とされます。

「叙階」の秘蹟
 これは一般信徒に向けたものではなく、聖職者になるための秘蹟となります。根拠はイエスが12使徒を選びだし使徒としたというマルコ福音書3.15以下となります。すなわち、神と共に生きるということは全てのキリスト者に要求されることではあるけれど、とりわけ選ばれてその指導と奉仕に生きる者を確定する秘蹟と言えます。従ってこれを行えるのは使徒の後継者とされる司教だけとされます。
 聖職者は司教・司祭・助祭の三つの階級がありそれに任じられるには叙階式があり、そこで按手(頭に手を置くこと)と共に、聖霊の働きを求める祈りが唱えられます。

「結婚」の秘蹟
 結婚が秘蹟とされるのは
「神が結び合わせた者を人は離してはならない」というマタイ福音書19.6の言葉が典拠となるでしょう。従ってこれを秘蹟とするカトリックでは原則的に「離婚」は認められないこととなるわけです。もちろん「強制的な結婚」は当事者の意志に反しているものですからこうしたものは解消することが許されますし、死別の場合の再婚も認められます。プロテスタントはこれを秘蹟と見なしていないため「離婚」も自由となりました。
 教会が積極的に結婚に介在するようになるのは比較的遅く9世紀以降とされますが、その理念は「神の意志の下に両性の合意に基づく結婚」というものにあったとされます。

「(病人の)塗油」の秘蹟
 イエスの活動の多くが「病人の癒し」にあったことは聖書を読めば誰でも理解できます。この精神を受け継ごうというのがこの秘蹟なのですが、そのイエスの権能は使徒達に受け継がれていることはマルコ福音書6.13f等にあります。しかし、これが後の聖職者に受け継がれているか否かが秘蹟とするかしないかの分かれ道となります。伝統教会では司教・主教は使徒の後継者とされますからその権能も受け継がれているとするわけで、プロテスタントはそれを認めないのでこれも秘蹟からはずされたのでした。
 ただ、この秘蹟は一昔前までは死に瀕した病人に特化されていたため
「終油の秘蹟」などと呼ばれました。現在ではその範囲は広められているとされます。それはもちろん、理念的には「病気の回復」というところにあるからです。
 しかし他方で、これは精神的に捕らえられて「病気で弱められている心の回復」と説明されることもあります。
 儀式は死に瀕した場合の儀式が「終油」というように、聖別された油(復活祭の直前の木曜日に聖別された油)を額と手に塗りつけるもので、按手して祈りが唱えられます。
 ちなみに、死に瀕した病人の場合、この秘蹟と同時に「告解」がなされ、最期の「聖体拝領」が行われることが指導されています。

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