12.中東の神の波乱の運命 〜イスラームへの道〜 - 5. 故郷中東に帰ってきてイスラームの神となる | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

12.中東の神の波乱の運命 〜イスラームへの道〜
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INDEX
1. 中東の神「バール」とユダヤ教の神「ヤハウェ」
2. ユダヤ教とペルシャ「ゾロアスター教」との関係
3. イエスの語る神の特色は
4. 西洋に連れて行かれて西洋化したイエスの神
5. 故郷中東に帰ってきてイスラームの神となる
6. イスラームの発展
7. イスラーム、「シーア派」とは

5.

故郷中東に帰ってきてイスラームの神となる


イスラームの性格のたとえ
 前章ではキリスト教の発生のところを見ましたが、この章で問題にするのは
「中東アラブ世界に生じたイスラーム」となります。イスラームと西洋に伝播して勢力を得たキリスト教というのは「姉妹宗教」なのであり、従って、それら二つの宗教の基盤は「ユダヤ教」にあると言えます。
 それかあらぬか、イスラーム・アラブ人も、自分たちの父祖としてユダヤ教と同じく
「アブラハム」を言います。確かに民族的にはイスラエル人もアラブ人も紀元前の昔は中東全域に躍動していた「セム族」と呼ばれる同じ民族に属している「親類筋」ですから、両者の祖先が同じだといっても不思議ではありません。
 ただし、イスラームになる前のアラブ人はこうした伝承は持っていなかったようで、伝統的な部族の神としての多神の世界にいたと言えます。それはムハンマドの伝道での初期、伝統的宗教を奉ずる人々から彼が迫害されたことや、さまざまのところで確認できます。従ってアラブ人は、イスラームが提唱されたところで、その
「イスラームの神の出自」ということでユダヤ教と同じく「アブラハムに現れた神」を意識したと考えられます。
 ただ、アブラハム以降がユダヤ教と異なっていて、アブラハムの継承者として、ユダヤ教は
「イサク(理由は彼が正妻の子だから、とする)」を言うのに対して、アラブ・イスラーム信徒は「イシュマイル」をあげます。理由は彼が長男だからで、この時代に正妻だの妾腹だの明確な区別などない、とするからでしょう。
 とはいえ、いずれにせよユダヤ人とアラブ・イスラームともに
「父祖はアブラハム」ですからユダヤ教とイスラームが根本は同じになるのは当たり前です。しかし、実際にはその「神理解」は全然違って見えます。その違いは、ユダヤ教とキリスト教の場合、母体のユダヤ教とそれに対するイエスの理解の違いに求めることができるのと同様、イスラームの独自性はイスラームの提唱者「ムハンマド」の神理解に基づいていると言えるでしょう。何が違うのでしょうか。

 ここで、神と人間との関係をイメージとして譬えて「先生と学生」にしてみましょう。すると「ユダヤ教」の理解は
「先生は厳しく見張っていて、学生がだらけていると罰を与え不合格にするから、きちんと言いつけを守っていなければならない」と理解している、とすることができます。
 それに対して、キリスト教では
「先生は不出来な学生を温かく見守ってくれていて、とにかく合格させてやろうと骨を折ってくれている、だから先生についていけばよい」と理解していると譬えると分かりやすいです。
 この譬えは「同じ神」を持つイスラームにも使えるわけで、ここでは
「先生は不出来な学生を温かく見守ってくれている」とここまではキリスト教と同じ理解ですが、そのあとは「だけど、きちんと勉強させようと課題を出している、だから頑張っていこう」となるでしょう。ですからイスラームもユダヤ教と似て「戒律主義」になっているわけです。

 こうして、一度西洋に連れて行かれた中東イスラエルで「ヤハウェ」と呼ばれた神は名前を秘したまま、再び
「中東のアラブ世界に連れ戻された」と形容できるのですが、ムハンマドがどういういきさつで、どのようにキリスト教と関わって宗教としてのイスラームを形成していったかについてはあまり明確には分かっておりません。
 とにかくムハンマドは、アラブ世界にありながら突然キリスト教での
天使「ガブリエル(アラブ発音では「ジブリール」)」によって啓示を受けている、とされるだけです。といってもムハンマドがそれまで全くキリスト教を知らなかったとは考えられず、ムハンマドの故郷メッカは栄えた港町ですから多くのキリスト者も出入りしていて、その教えは一般にも知られていたでしょう。問題はなぜムハンマドが「天使ガブリエル」から啓示を受けたとしているのかがよく分からないということです。
 一般的には、神はこれまでさまざまの預言者を選んで人々に悔い改めを迫ってきて、近くは
「最高度に優れた預言者イエス」を選んで神の声を伝えさせたが、人々はそれでも誤解をして神の真意を覚っていないので「最期の預言者としてムハンマド」を選んで、今度は直接神の言葉を下されたと説明されます。これだとムハンマドはイエスの後継者となりますので「天使ガブリエル」になるのが当然となりますけれど、しかし、そんな具合に完全にムハンマドがキリスト教『聖書』を正確に下敷きにしているとはいえず、その関係がよく分からないのでした。しかしここでは一般的な紹介の仕方を受け入れておきましょう。

「イスラームの全体的特徴」
 イスラームの宗教的目的はキリスト教とほとんど変わりません。
「罪と悪からの救済」ですが、ユダヤ教の本来であった「現実にある苦しみの地からの解放」という面も強く持ち、それが「神の正義」の現れとも理解されますから「実生活の繁栄の祈願」は当然キリスト教以上に強くあります。
 ただし、それよりも
「最期の審判」において義とされて「天国での永遠の平安の生」を得ることの方が圧倒的に大事となります。この「現実の繁栄」と「永遠の神の国での平安」がギリギリのところで天秤に掛けられたら、当然「現世利益」よりも「天国での生」を選んでくるのが本来のイスラームです。
 もっとも、最近ではイスラーム国でも政治・経済界の人々はほとんどの人が「現世利益」をとりわけ優先させてアメリカ寄りの姿勢を持っているため、これが本来のイスラームを目指す人々にとっては苦々しくうつり、そこで「本来のイスラームに」という運動が起こされています。こうした立場を
「原理主義」と呼んでいます。原理主義というのは本来キリスト教の用語ですけれど、これがイスラームにも使われて何か否定的な意味合いを持たされていますが、宗教という面だけに目を注げば当たり前の立場なのです。
 イスラームがユダヤ教的であるということについては、もともとイスラームというのは地理的にもめぐまれず歴史的にも苦難の生活をおくってきた
アラブの人々の中に生まれ広がってきた宗教なので、発想が似たようなものになるのも当然なのでした。その中で彼等は「人間は苦しみの存在」なのだと捕らえ、その原因を人間の「罪」によって説明し、その「救済」を保証してくれる「神」を持つことで「希望」を持ち、そうして必死に苦しみに耐えて生きながらえてきたのです。
 もちろん現在のイスラームの国の中には石油のせいで「豊かな国」もあります。しかし彼等にとっても「世界や人間のあり方」の基盤は「砂漠の民」に見られ、
「神と共にあっての人間」という理解は変わらないのです。ともあれ、イスラームはそうした「苦しみの民族」のものとして生まれ広まったということを念頭においてイスラームを見ていかないとその宗教の意味が理解できません。「自然的・物質的恵み」を持った豊かな日本人や、「資本主義の豊かさ」の中で本来貧しく虐げられたもののためであったキリスト教精神を忘れてそこから逸脱した多くの欧米人にイスラームがなかなか理解されないのはこうしたところにも原因があるでしょう。
 つまりイスラームの人々の「神」への執着は
「救済の祈り」とつながっているのです。もし「神など居ない」となったら彼等には「生きる希望も意味もなくなってしまう」のです。「裕福な地の民」である日本人は「神などいない」などとうそぶいていますが、これはそうした「苦しみの人々」の前では本当に「傲慢」な態度になります。さらにまた「金の力」を誇示して世界を支配しようとしている欧米の態度も「傲慢そのもの」なのでした。
 そして「豚肉の禁止、酒の制限」にはじまるさまざまの戒律、一日五回の祈り、一月に及ぶ「断食」などの生活の厳しさも、「神とともにあり救済を」と願う人々の
「神と共にある生活」の規範として生じたものなのです。

『クルアーン(コーラン)』
 イスラームの教えである、
唯一神アッラーがムハンマドに天啓として与えた教えは『クルアーン』に記されているとされます。ムハンマドはキリスト教の天使ガブリエルから天啓を受けているわけですから、この『クルアーン』の神にかかわる基本教義の内容はキリスト教と大差があるわけはなく、ただその理解の仕方や強調点が異なるだけです。さらに『クルアーン』には当時の中東・アラブの生活習慣に基づく戒律が多く含まれているのも異なる点といえます。つまり西欧に出ていったヘブライの神「ヤハゥエ」が巡り巡って変容して「中東に帰ってきた」と考えれば分かりやすいといっておいた理由です。
 この『クルアーン』の意味ですがいろいろな説があるものの
「唱えるもの」と解するのがもっとも当たっているとされます。というのも「唱え」というのはイスラームに限らずほとんどの宗教においては本質的なことであって、「唱える」ことにおいて宗教的恍惚感の内に「神との出会い」が計られるからです。イスラームに何かしら「神秘性(嫌う人は新興宗教的まやかしを感じるらしい)」を感じる人がいるのもこうした要素が濃厚にあるからでしょう。一方、『クルアーン』の言語は、もともとはメッカやメディナを含む西アラビア語の方言であったとされていますが、今日ではこれがアラビア語の「標準語」となっていて、この言葉は「韻律」に富んでおり「唱える」によく人を宗教的悦楽に浸らせると言われます。
 そしてさらにこの
「言葉」は「神そのもの」と見なされ、ここから、『クルアーン』の中のアラビア文字が象形化されてイスラームの「モスク」に掲げられているのを目にすることもあります。『クルアーン』にある言葉は「神から発した」ものですからその言葉の「文字」は「神そのもの」を体現しているというわけです。したがってまた『クルアーン』の唱えは何処にあろうと「アラビア語」原語でするのが原則となるわけで、また『クルアーン』はアラビア語で読まれるのが原則となります。ですから『クルアーン』は本来外国語に翻訳されるものではないと考えられています。ただしそれでは現実問題としてアラビア語の読めない地域への布教はできなくなってしまいますから「翻訳」はされていますけれど、それは「本来のものではない」というわけで、ですから祈りなどではどこにあってもアラビア語で唱えられるのが原則とされています。この、「文字」がそのまま「神」と一体という考え方はキリスト教や仏教には存在せず、イスラームの特徴として強調され得るでしょう。

「六信」
 イスラームにおいて中心になる教えは、まず
「アッラー(神)」、「預言者、特にムハンマド」、そして「経典」、「天使」、「最期の審判と来世」さらに「神の力はすべてに渡っている(天命)」というこの「六つ」に対する「信仰」であり、これをしばしば「六信」と呼んでいます。これは『クルアーン』中に整理されて並べられているわけではないのですがはっきり名指しして示され、これらを信じぬ者は永遠の迷妄に落ちるべしとあります。ただし、これはキリスト教の教義と大差があるわけではありません。ただ強調度が異なるだけです。

「アッラー」
 「アッラー」とは文字通りには
「神」というだけの言葉で固有名詞ではありません。「アッラー」はいうまでもなく「唯一、絶対・永遠の天地の創造主」でありあらゆる「尊称・美称」を持ってたたえられるべき存在であり、これを認めず他の神を信じることが最大の罪とされます。イスラームではこの「アッラー」の唯一・絶対・超越性を大事にしますから、「神の子」だの何だのは認められません。ですからキリスト教での「神の子イエス」も認めません。イスラームではイエスは「ムハンマドに先立つ優れた預言者」という位置づけです。しかしこれはイエスを神の子とするキリスト教にとっては「命取り」となりますからキリスト者は絶対にこうした理解を認めません。むしろイスラームを嫌悪するのもある意味で当然なのですが、これをそのまま表にだしたら「敵対・闘争・侵略」となってしまうわけです。知性のあるキリスト者はその点をわきまえていますけれど、20世紀は全く知性を欠きわきまえていないキリスト者が増大し、中東・イスラーム国への侵略・爆撃となって現れているのでした。この点の理解は非常に大事なポイントになります。
 
「預言者」
 預言者についてはムハンマドに先行するもっとも偉大な者として
「アダム」「ノア(ヌーア)」「アブラハム(イブラーヒーム)」「モーゼ(ムーサー)」「イエス(イーサー)」の五人が挙げられます。イエス以前の四人がいずれもユダヤ教での最重要人物であることはいうまでもありませんが、ここでとりわけキリスト教での「イエス」の位置が興味深いわけです。ただイエスはあくまでも「預言者」であってキリスト教のように「神の子」とは見なさないのが最大の分岐点となるのでした。それを認めてしまったら「キリスト教」になってしまうからで、イスラームとキリスト教の教義上での最大の違いはここにあるとも言えるでしょう。
 
「経典」
 ついで
『クルアーン』も含めた『経典』といわれるものですが具体的には「キリスト教の『聖書』およびユダヤ教の聖典」も含まれ、これらは結局キリスト教の『新・旧約聖書』となります。イスラームにとってもここに書かれていることはそれ自体は間違ってはおらず正しいのだけれど、それが正しく伝えられていないのが問題なので、『クルアーン』はそれを正しく伝えているものだとされるのでした。だからイスラームにとって本来「ユダヤ・キリスト教」は排除すべき「敵」ではなく、経典の誤解に気付いて「同胞イスラーム」となるべき者達と位置づけられていたのでした。これを「同じ経典の民」という言い方で表しています。

「天使」
 「天使」というのは「神の使い」であり、具体的に
「天使ガブリエル」がムハンマッドに現れて天啓を伝えたように「神の言葉を伝える者」です。したがってこの天使を信ずるということは絶対的に要求されることとなるのです。

「来世」
 
「最期の審判と来世」というのは、神はこの天地を創造したのであって従ってその終末も予定しており、その「天地の終わり」にこれまで地上に生まれ出たすべての人間が復活して裁かれ、永遠の「天国」へ行く者と「地獄」に行く者とに類別されるという思想です。当然「神に従って生きた者」は天国に行き、その逆は「地獄行き」となるわけです。こちらは「永遠の生」となるわけですからこの地上の生に勝って大事なわけで、人はこの「永遠の生」を目指して今を生きなければならないということになります。
 ちなみに急進的と言われるイスラーム教徒が「死を怖れない」というのはこの思想が他の宗教の人間には想像がつかないくらい強固なためで、イスラーム原理主義において「自爆攻撃」が止まないのはこの思想によっていると言えます。

「天命」
 もう一つイスラーム原語で「カダル」と呼ばれているものが「六信」にはいってきますが、これは日本語では「天命」とか「予定」とか訳されていますけれど、ようするに宇宙はすべて
「神の御心のまま」に神の手によって創造されたのであるから、人間が自分たちで自分たちのことを勝手に決めることはできないのであって「すべてに神の意志が貫いている」ということを信ずるということです。分かり易く言えば人間は自分で「こういうものとして」この地に生まれ出たわけではなく、私がこういうものとしてあるのは「神によってである」ということを信じることです。
 ただしそうはいっても具体的な人生の何もかもが神に手繰られていて人間はロボットで自由意志などない、と言っているわけではありません。人間は意志を持ちその意志に基づいて神に従う人生を送らなければなりません。ここにおいて「最期の審判」が起きてくるのです。
 もっとも、この言葉は
「インシャラー」という言葉として世界的に流布し、これは良い意味のものではなく、約束を破っても「神の思し召し」などとして使われるとして悪名になっているものです。

「五行」
「信仰告白」
 この「六信」に基づいてイスラームの「イバーダ」と呼ばれる「教え」、つまり為さねばならぬ努めの基本が示されてきます。これは五つあり、そこで日本では「五行」などとも呼ばれています。

「信仰告白」
一つ目は「シャハーダ」とよばれる「唱えの行」で、要するにアッラーの他に神なく、ムハンマドはアッラーが遣わしたものであることを証言します、といったようするに「信仰告白」です。

「礼拝」
 二つ目は「サラー」とよばれる「礼拝の行」であり、一定の礼式に基づいて礼拝することで、どこにいても
メッカの方向に向かって毎日五回、アラビア語で礼拝すべしとなります。礼拝の場所は清浄な場所ならどこでもいいですが当然「モスク」とよばれる礼拝所が一番いいとされます。
ただし毎週金曜日の昼の礼拝にはモスクにあつまり「イマーム」とよばれる礼拝指導者のもとで礼拝することになっています。なお、五回の礼拝の時間ですが、最初が早朝東の空が白んできたころ、二回目が昼時で影が最短になって伸び始める頃からその伸びた影が本人と等しい長さになるまでの間、三回目が午後で二回目の終わりの時から太陽が沈み始めるまで、四回目は太陽が没して夕映えが消えるまでの間、五回目が夜ですがそれを三等分した最初の夜の間となります。もちろんこれは原則で、飛行機の中などできない時も当然でてくることはあります。
 この礼拝の時には当然
「けがれ」をとっておかなければならないわけで、これを「タハーラ」とよんでイスラームでは非常に大事にしています。これに二つがありますが、一つは全身の水浴です。二つはそれを簡略化したもので頭とひじから下の両手、膝から下の両足を洗いますが、水がないときは砂でもよいとされます。「砂漠の民」の特徴がよくあらわれています。礼拝の仕方は立ち、ひざまずき、座りなどを組み合わせた一定の仕方があります。

「断食」
 三つ目は「サウム」とよばれる「断食」のことで
「ラマザンの月(イスラーム暦での九月)」に行われます。その月の「新月」から28ないし30日続きます。イスラーム暦は太陰暦なので一年が354日と短く、実際の太陽の運行とはズレてきて、この月が「夏」になることもあれば「冬」にきてしまうこともあります。
早朝、ものの見分けがつくようになった頃から日没まで一切の食べ物・飲み物・香料・性行為は禁止されます。ただしこれは健康な成年男女の場合で、病人とか老人・妊婦・乳幼児を持った婦人などは免除されるのは当然です。

「喜捨」
 四つ目は「ザカー」と呼ばれるもので「サダカ」と呼ばれることもあります。これは日本流に言えば「お布施・喜捨」ないし「献金」にも相当するかもしれませんが、むしろ義務といった方がよく、したがって、こんな言葉があるかどうか分かりませんけれど
「宗教的税金」と呼んだ方がいいかもしれません。これには当然意味があり、つまり現世での財産は「穢れ」がありそのままでは来世での幸せの弊害になるからその一部をアッラーに捧げその穢れをとっておかなければならない、とするものです。あるいは、金は本来神に属するものなのだが神が直接配分するのではなく人間に託し、従って多く得た者はそれを神に返し、それを少ない収入のものに配分する義務があると説明してもいいでしょう。

「巡礼」
 五つ目は「ハッジ(ハッジュ)」と呼び、ようするに「聖地巡礼」です。ただしこれは「個人」で行うものではなく「使徒集団」で、定められた月、定められた仕方に則って行われます。非常に大事な行事なのでそのやり方は微にいり細にいっていて説明は厄介ですが、集団で指導者に従って方式に定まって動きますので信者が困ることはありません。
 個人で「メッカ」に参拝しにいくのは「ウムラ」と呼んで「ハッジ」とは区別されます。なお日本語の「巡礼」は各地を訪ね歩く意味になってしまいますが「ハッジ」は「メッカのカーバ神殿」を目指すもので各地を訪れるものではありません。そして今も指摘したようにこれは非常に大事な「一生の行」なのであって、ただ行って拝めばよいといった日本での巡礼と同列には論じられません。

「ジハード」
 これらの「五行」に加えて時に「ジハード」を加えることもあります。日本ではジハードは「聖戦」と訳されてまるで「戦争」であるかのように理解していますが、これは何も「戦争」を意味しているのではなくもともとの意味は
「イスラームのために努力する」ということであって「神・信仰のために懸命の努力をする」というのが本来の意味です。しかし定められた戒律に努力することは「当たり前」のことなのでジハードとは呼ばれないわけで、そういうことになると「定められていないこと」「予期しないこと」に対して努力するということになります。こうして実態としては「イスラームの教えの拡大と確立のために努力する」「異教徒のイスラームへの侵害に対して戦う」ということになって、ここに「ジハードとは聖戦」と訳されることになってしまったのでした。これはもちろん侵略に対しての「防衛」が原則だったのでしょうけれど、しかしかつてはビザンティン帝国を滅亡させヨーロッパにまで侵略を試みたということもありました。これがためにヨーロッパでは、イスラームにおいては「クルアーンかしからずんば剣か」という標語のもとに「世界イスラーム化運動」を武力によって押し進める集団と理解された面もありました。確かにそうした面が過去にあったことは否定できませんが、もちろん現在ではそうしたことは見られません。 

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