12.中東の神の波乱の運命 〜イスラームへの道〜 - 3. イエスの語る神の特色とは | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

12.中東の神の波乱の運命 〜イスラームへの道〜
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INDEX
1. 中東の神「バール」とユダヤ教の神「ヤハウェ」
2. ユダヤ教とペルシャ「ゾロアスター教」との関係
3. イエスの語る神の特色は
4. 西洋に連れて行かれて西洋化したイエスの神
5. 故郷中東に帰ってきてイスラームの神となる
6. イスラームの発展
7. イスラーム、「シーア派」とは

3.

イエスの語る神の特色とは


はじめに
 
一般にキリスト教が紹介される時には、「愛の宗教」であると紹介され、「右の頬をぶたれたら左の頬もさしだしなさい」とか「剣を持つものは剣によって滅びる」というイエスの言葉も紹介されて「赦しの宗教」であるとも「平和の宗教」でもある、などと言われます。そして、イエスの教え自体はこれで全く正しいです。
 イエスの教えは
「虐げられている者、貧しい者、悲しんでいる者、苦しんでいる者の救済」にあり、それ以外ではありません。ですからイエスは「救済の神」を教え、その神は、貧しく、踏みつけられ、悲しんでいる者を救う「愛の神」だと教えたのです。この「愛の神」という考え方はユダヤ教にはなく、またゾロアスター教にも明確にはありません。これがイエスの最大特徴と言えるわけで、ここにユダヤ教的な「見張っていて罰を与える神」は「愛し見守っている神」へと変貌していったと言えます。
 その背後の思想としては
「宇宙を創造し、万物を支配し、その配慮は宇宙全体に及ぶ」とするユダヤ教の神のあり方を引き継いでいますが、このあり方を「愛」だと捕らえ返しているというわけでした。
 そしてモーゼ以来の
「戒律」の思想も引き継いでいますが、ここでもイエスはそれを「愛の実践」と捕らえ返し、そのための「悔い改め」を要請しました。
 しかし、先の章で指摘しておいたように、イエスは
「絶対善としての神」「魂の不滅」「天国」「復活」「最後の審判」とかのペルシャのゾロアスター教にあった思想も引き継いでいます。この経緯は別のページ「イエスにまつわる伝承」において説明しておきましたが、ここではそのイエスによって開示されてきた「神」とはどのようなものになっていたのかを、その「イエスにまつわる伝承」のページから大筋を再録しておきます。詳しくはそのページを見てください。

イエスの本来の教えとは
 イエスの「思想」といっても、イエスによる教えそのものは子どもにも分かるようなやさしく単純な形で述べられた筈です。そうでないと一般の人々、とくに下層の人々に伝わり広まることはあり得ないからです。しかしそれを一つの思想としてまとめようとした時には、その特質は次の四つで説明できると言えます。

1、ユダヤ教的「律法主義」「戒律主義」にたいする批判
2、神とは「愛」であり、その神の配慮は全存在に及んでいる、ということ。
3、神の国の成就は今まさにきたらんとしているということ。
4、人はその神の国へ入るべく「悔い改め」なければならないこと。

 1というのは、当時のユダヤ教の教えが、「神の約束を得る」に至るためには「戒律」を守ることにあるとして、しかもそれを
「文字通り」に拘泥して押しつけていたことにたいする反論です。イエスによれば、この「文字通り」の拘泥というのは律法の「精神」を忘れさせ、ただ「現象」としてそう「見えて」いれば良いということになっているではないか、というわけでした。
 たとえば「安息日」の戒律にしても、本来は日々の厳しい労働のうちに忘れがちとなる「神」を心のうちにしっかり思い起こして、感謝し祈り、人間の罪を顧みて心しずかにしているということが要求されたものなのだろう、とイエスは考えたようでした。ところが、ユダヤ教にあっては「ただ労働しない」ということだけが要求され、その要求は「文字通り」すべての「働き」に適用されたので、イエスが苦しんでいる病人を看護してさえ、また弟子が畑の傍らを通り過ぎる時麦の穂をつまんで食べたのさえ非難されるようになっていました。これでは「貧しく虐げられている人々」はさらに見捨てられ辛く悲しく苦しいことになってしまいます。こうしたあり方にたいしてイエスは批判して、
「律法」の本来の精神を取り戻そう、としたのです。

 2というのは、ユダヤ教の「神」がねたみの神であり、見張っていて「罰」を与えてくる神と捕らえていたのにたいし、「神」というのは本来
「愛」をもって見守っているもの、離反し「罪」の中にいて今もさまよっている人間を救おうとしているものだ、と理解した点です。有名な「迷える小羊」の比喩や「放蕩息子」の譬えなどみなこの思想をあらわしたものです。

 3はその「神」の救いの現れる日は「今」である、という考えで、
悔い改めは「今」要求されるのです。今は仕事で忙しいからまたあとで暇になったら考えます、といった悠長な事柄ではない、ということです。イエスの場面ではこれは「精神的・思想的」なこととして解釈されたのではなく、文字通り「現実の今」最後の審判、神の国の到来があると信じられていたようです。したがってイエスは「教団・教会」をつくって未来に伝道しようなどとは夢にも考えていません。しかし、実際問題としてイエスが昇天して弟子達による教団がつくられた段階で、これを精神的に解釈する必要が出てきてしまったのです。

 4の「悔い改め」というのは洗礼者ヨハネをひきついでいるものですが、今ある自分を顧みて、その不完全性・欲望的な悪性を知り、それを否定し、新たな自己にならねばならない決意を言うものです。洗礼とはそういうもので、罪ある自分を「一度水に入って死に」新たな者、神に従うものとして
「生まれ変わる」ということを表現したものです。

 結局何が要求されるのか、というとこれもイエスは簡潔な表現で言っています。マルコ福音書では律法についての議論において、イエスは、
第一の掟は「神なる主は一つなる主、神なる主を心をつくし、命をつくし、思いをつくし、力をつくして愛すること。第二は隣人をあなた自身として愛すること」と言っています。この第二の掟が通常有名な黄金律となって表現されて、マタイ福音書とルカ福音書の二つで言われている言葉、すなわち「あなたが人からして欲しいと思うことを人にも為せ、それが律法と預言とに他ならない」というものになりました。  

 このように、イエスは律法についてユダヤ教的な解釈をしりぞけました。といっても律法を廃棄しようとしていたのではありません。それはイエス自身がはっきり言っていますが、
「私がきたのは律法を成就するためだ」と言っています。しかし、その律法は文書としては複雑です。しかも一つ一つやっていこうとしたらほとんどガンジガラメになってしまいます。イエスはそんなユダヤ教的考え方は駄目だ、というのであって、「その言わんとしているところ、精神を理解しろ」といっているのです。
 そして、その精神はどこにあるかを示そうとして、
「神を思うような愛に由来する愛ですべての人々を愛すれば、すべての律法は自ずと成就してくる」というのです。愛さえあれば「勇気を持ち、寛大となり、自分の欲望を抑え、公平・公正になり、他人を思い、平和を望む、等々」というわけです。こうであれば万巻の書に書かれている「人としてのあるべきありかた」はすべて全うされてくる、というわけです。「愛こそすべて」というのがイエスの教えでした。
 ですからイエスは自分がユダヤ教徒に捕らわれた時、守ろうとした弟子に「剣を持つ者は剣によって滅ぶ」と諭して争いを止めさせ、また「右の頬を打たれたら左の頬を出せ」と言って「忍耐」を説いていたのです。イエスにとっては
「誠実に神を愛すること、その愛によって他の人々を愛すること、誠実であること、平和を愛すること」だけが要求されることだったのです。

 そして、キリスト教の受容・伝播の根本的要因となったのが、いわゆる「弱者の救済」というイエスの姿勢であったと考えられますが、それはイエスの教えを簡潔にまとめた、マタイ福音書のいわゆる「山上の教え」と呼ばれているものに明白に見られます。同じ内容のものはルカ福音書にもあり、イエスの実際の教えを最も良く示しているものとして有名です。それは以下のようです。

ああ、 幸いだ、神に寄りすがる貧しい人達、天の国はその人達のものとなるのだから
ああ、 幸いだ、悲しんでいる人達、かの日に慰めていただくのはその人達だから
ああ、 幸いだ、踏み付けられてじっと我慢している人達、約束の地なる御国を相続するのはその人達だから
ああ、 幸いだ、神の義に飢え乾いている人達、かの日に満足させられるのはその人達だから
ああ、 幸いだ、憐れみ深い人達、かの日に憐れんでいただくのはその人達だから
ああ、 幸いだ、心の清い人達、御国に入って神に見えるのはその人達だから
ああ、 幸いだ、平和をつくる人達、神の子にしていただくのはその人達だから

 そしてこれにつづいて、信仰のゆえに迫害されてもそれは「幸い」となる、これまでの預言者も迫害されてきたのだから、という言葉で締めくくっています。この「迫害」というのは、悔い改めることなく地上の財産、快楽、権力を大事にする人々からの迫害、あるいは上層階級、また当時実際イエスを迫害していたユダヤ教神官・学者からの迫害を念頭においてのものです。ここでは後世に起きる「異教徒」たるローマ帝国からの迫害は予測してはいません。
 
 さて、このうち一番始めの「神に寄りすがる貧しい人々」というのに少し説明をくわえておく必要があります。というのも、これは一般の聖書では「心の貧しい人達は幸いである」と訳されているからです。この「心が貧しい」という日本語はむしろ否定的なニュアンスをもっていますが、ここではそうではありません。ギリシャ語原文では「プネウマ(霊、心)において乞食である」ということで、本来の意味は「(神の救済を求める心が満たされておらず)、心から神の救済を願っている」といった意味なのです。
 これに関して、本来はルカ福音書にあるように、
「貧しいもの、乞食は」という言葉であったろうと考えられています。そして意味は文字通り「その日その日を物乞いしてやっと過ごしている人達」という意味であったろうと信じられています。この人達は当時働こうにも働く場も機会もあたえられず「乞食」をするしか生きる術のない人達であって、こうした人達はけっして少数ではなかったのです。イエスはこうした人達への救済を願っていました。

 ただイエスの場合、「社会革命」というやり方ではなく人々の「意識・心」を変革することによってこうした人々をつくりさげすんでいる社会の在り方そのものを変革しようとしたのです。こう言われて、心ある人は「人の在り方」というものに思いをいたし考えたことでしょう。実際、そういう人達がいたからイエスは受け入れられて、また後世キリスト教会などが形成されたのでした。実際、初期のキリスト教ではその内部で差別は撤廃されていたのです。もちろん、こうした「乞食をして生きていた人々」は勇気づけられ救われた思いがしたでしょう。それ故にイエスの教えは広まっていったのです。
 そしてもう一つ注意されるのは、ルカ福音書の場合にはイエスは直接
「あなた方」と言う形で話しかけています。マタイの場合は普遍化された客観的な言い方です、つまり思想のようにされています。しかし実際のイエスは常に人々とあって、人々に直接話しかけていたのです。「あなた」が大事だったのです。「私とあなた」という関係のところでしか真実は開示されてこないと多分イエスは考えていたでしょう。

 これ以下の教えについてはくどい説明は不要でしょうが、すべてがこの当時、しいたげられていた人々にこそ
「神の愛がある」と言っていることは注意されなければなりません。つまり「人一般」への抽象的「救いの教え」ではなく、むしろ「具体的弱者」の救済という特質をもっていたということです。

 これがローマ社会の中に迎えられるようになってしだいに変質し
「人一般」が対象になってくるのです。それにはインテリ、つまり当時のストア学派や新プラトン派の哲学者が一枚かんでいるでしょう。というのも彼らがキリスト教に改宗していっているからです。それは、かれらが「人間の力の限界性」を考えるようになっていたからでしょう。こうして彼らは「神の力による救済」という思想がキリスト教にあると理解して、この思想こそ限界のある人間の真実の救済になると信じてキリスト教に改宗していったと考えられます。
 ところが彼らはむしろ上流階級の人たちでした。ここでキリスト教は「虐げられた者の救済の教え」から「人間一般の救済」へと拡大していったと思われます。ただしここまではイエスの教えに適うことでしたから良いです。ただし、イエスの教えの理解の内容が「救済の叫び」から人間をこのように見守って生かしてくれる「神への感謝」という面に比重が移っているとは言えます。

 しかし、こうなることで、
「女・奴隷の宗教」という性格を持っていたと理解できる「弱者」のための宗教から「普遍的人間そのもののための宗教」となっていったのです。これが「キリスト教」という宗教の内容となるわけですが、一番の問題はこれが「ローマ帝国の国教」とされたところにあるでしょう。何故なら本来「虐げられた者のための救済」を目指していた教えが「皇帝のもの」とされているからです。これ以降キリスト教は「皇帝と手を結ぶ」ことになってきます。ここからの流れは次の章の問題となります。

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