12.中東の神の波乱の運命 〜イスラームへの道〜 - 1. 中東の神「バール」とユダヤ教の神「ヤハウェ」 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

12.中東の神の波乱の運命 〜イスラームへの道〜
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INDEX
1. 中東の神「バール」とユダヤ教の神「ヤハウェ」
2. ユダヤ教とペルシャ「ゾロアスター教」との関係
3. イエスの語る神の特色は
4. 西洋に連れて行かれて西洋化したイエスの神
5. 故郷中東に帰ってきてイスラームの神となる
6. イスラームの発展
7. イスラーム、「シーア派」とは

1.

中東の神「バール」とユダヤ教の神「ヤハウェ」


はじめに
 
このページは、イスラームに視点をおいて、そのイスラームが如何にして形成されていったのかを「一人の中東の神の波乱の運命」といった形で見ていこうとするものです。
 いってみれば、最終的に
イスラームの「アッラー」として現れる神の、そのルーツから「アッラー」となっていく彼の変転の歴史をみていこうとするものです。

全体的な流れ
 その流れは、紀元前3000年の「メソポタミア文明」からはじまり、そこの
「シュメール人の神」はやがてこの地方に入ってきた「アラブ系民族・セム族」と融合し「セム族の神」となります。そのセム族の神は、本体としては殆ど変わってはいなかったのですが、部族ごとに「装い」が変わり、名前も変わったりしていきます。
 その中で西方のセム族である「ウガリトやフェニキア」の
「バール」と名乗っている時代・地域の神が良く知られています。
 ところが、パレスチナ・シリア方面で勢いを広げていたその「バール」に対抗するような形で、同じくパレスチナ地方に進出してきたヘブライ部族は
「ヤハウェ」という神を提唱してきたのです。ただし、その本体は「バール」と変わらず、ヤハウェもバールと同じように「雲に乗って天を駆け(詩編68.4)、その力は雷鳴によってあらわれる(詩編29)」とされます。同じセム族同士なのですから、名前を変えたところでその本体は殆ど変わっていなくて全然不思議ではありません。かれらにとって「神」とはそうしたものだったからです。これは中東から西洋にかけての原初の神の共通した姿ともいえ、有名なギリシャの主神「ゼウス」もそうなります。そして働きも結局は「豊穣のめぐみ」にありました。
 他方、ヘブライ民族の場合はもともとの地域が貧しかったものですから、そのまま「豊穣の約束」というわけにはいかず
「豊かな土地を与える(これがカナンの地といわれるパレスチナ地方でした)」という形となって「装い」が変えられていました。さらに、このヤハウェは「自分の超越性」を示すために「他の神のように気安く名前を呼ぶな」という命令を下したため、この神は「名前が秘される」ことになっていきます。
 この神のことを語るのが
「ヘブライ神話」であり、それがさらに後代になって「ユダヤ教」という宗教体系となっていくことになります。ヘブライ神話の段階から「ユダヤ教」という宗教体系になっていくそのキッカケとなるのは、ユダヤ人がバビロニアに反抗したことから国が滅ぼされてバビロニアに連行されてしまったことにありました。その後、ユダヤ人は「ペルシャ」に解放されて故郷に戻り、自分たちの不幸は「ヤハウェに対する不信仰」にあったとして、従来のヘブライ神話を体系づけて宗教的体系に再形成したのでした。これを従来の神話に基づく祭儀宗教から区別して「ユダヤ教」と呼んでいるわけです。
 他方、ユダヤ人はペルシャに解放されたとはいっても、社会的にはペルシャに支配されることになったものですから、必然的にペルシャの国教であった
「ゾロアスター教」の影響を強く受け、やがて「ゾロアスター的ユダヤ教」が形成されていきました。これが実は「パリサイ派」と言われるユダヤ教内の新興勢力でした。彼らは「天使」とか「復活」とか「最後の審判」とかゾロアスター的な考え方を持っていましたが、これは伝統的なユダヤ教には全く存在しないものでした。
 そして、このパリサイ派から
「イエス」が生じたと言えます。このイエスの段階で、「ヤハウェ」は大きくその姿を変えられていきます。つまり、現実的な土地の付与という形での救済に変えて、「神の国への再生」といった方向に向きが変えられていったからです。これは、そうした思想内容を持つ先行の宗教「ゾロアスター教」に根源をもっていると考えられます。
 ただし、イエスは、唯一神、創造の神、世界や人間の本性についての理解、あるいは戒律といった考えなどの基本の教えについてはそのままユダヤ教を引き継いでいますので、イエス本人としてみれば「新たな宗教の提唱」とは思ってはおらず、要するに「神の装いを変えた」といったところだったでしょう。
 すなわち、ユダヤ教の場面での神が「豊かな土地の恵みを与えるが、戒律を守れ」と命令し見張っている神、と形容できるのに対して、イエスはその「恵み」の内容を「豊かな土地の約束」から
「平安の神の国の約束」へと変えて、「見張っている神」から「見守っている神」へと理解を変えたと言い得ます。
 ところが、この神はさらにギリシャ・ローマに伝えられて
「ギリシャ・ローマ化」していくことになりました。そしてその世界で「キリスト教の神」という名前を与えられて、ついに「ローマ帝国の神」として「社会・政治的制度として君臨する神」となっていったのでした。中東の人々の「生活の中にあった神」は、こうして大帝国の「国家・社会制度の神」と変貌したのでした。
 さらにこの神は、やがてゲルマン人が西欧に進出してきたのに伴い
「ゲルマン=西欧人の神」となっていったのです。そしてこの時、ゲルマン=西欧の伝統の神々は表向きは姿を消していったのですが、彼らはその姿を巧みに「中東からの新来の神」に移していたことはやがて判明してきます(クリスマスをはじめ西欧の民間の行事は、キリスト教の行事の名前を名乗っていますが、実態は殆ど伝統的な北欧神話の神々の行事なのです)。こうしてこの神は全く異なった装いを与えられて、その本体の出自・故郷がよもや中東にあったということすら忘れ去られようとしました。
 ところが、中東地方もローマ帝国の一角であったことからこの地方にも矢張りその姿はつたえられておりました。そして紀元後600年代になって思いも掛けず、故郷パレスチナに近いアラビア半島にあってこの神はその正体が知られて、再び「中東の神」として故郷に連れ戻されることになったのでした。それが
「イスラームのアッラー」の正体です。
 ちなみに「アッラー」というのは固有名詞ではなく、ただ「神」というだけの普通名詞であり、それが固有名詞的に呼ばれているだけです。そうなったのも、ヘブライの時代に「名前を秘して」いたため、再び中東に戻ってきた時も「名前は秘して」いるからです。
 以上のような事情から、一般に
「ユダヤ教・キリスト教・イスラーム」は「姉妹宗教」と呼ばれ、「神は同一」であると言われるわけです。

西方セム族の神「バール神」
 はじめに戻り、ヘブライ・ユダヤ人が西方に移動してきて台頭する以前になりますが、この地方にも人々が住んでいたわけで、北方シリア方面に展開していた「ウガリト王国」がとりわけ重要とされます。この
「ウガリト王国」はアブラハムが西域に侵入してくる以前、紀元前2000年代から繁栄した古代都市国家で、東方のシュメール・アッシリア・バビロニアとも、またさらに北方の小アジアにあったヒッタイトとも交流し、また西のエーゲ海にも進出し少し遅れてきたギリシャ・ミケーネ人にも影響を与えたであろうとされている民族でした。もちろんセム族の一派で、同じセム族の民族で後代に重要民族として歴史に名前を留める「フェニキア人」と親類筋の民族であったとされています。
 そしてそのウガリト王国からはその文書であるウガリト文書が大量に発掘されたことからその王国やその神のあり方の詳細が知られます。しかしこの神は、当然ウガリト王国だけの神であるよりむしろ
「西方に展開していたセム族の神」と考えるべきで、したがって近親関係にあった「フェニキア人」も同様の神をもっていました。
 その神体系の中で
「バール」という神が有名になっています。「バール」というのは普通名詞としては「主人、所有者」といった意味合いだとされますが、それが特殊化されて固有名詞的に「神」の名称として使用されていると考えて良いでしょう。
 この「バール」はこの地方に展開した
セム族の神として紀元前3000から1000年代にかけて主神であった神であり、『旧約聖書』の列王記の16章以下での「予言者エリア」の伝承においてイスラエルにさえ「バール神信仰」が盛んになっていたことが記されています。その時の王「アハブ王」の后「イゼベル」はフェニキア人とされていますので、フェニキアでは「バール神」信仰が行われていてその影響かと推測されます。
 ですから、この時代はやはりフェニキア人もヘブライ人も混在し(同じセム族に属する親類ですから当然ではありますが)、ダビデによって「イスラエル王国」が結成されてはいても、その神観念(ヤハウェ信仰)が一本化していたわけではないことが良く分かります。ヘブライ人独自の
「ヤハウェ信仰」がヘブライ人(イスラエル人)にとって絶対のものになるのはやはりバビロン補囚の後、一般に「ユダヤ教成立時代」とされる紀元前五世紀にまで大きく下がってこなければならないでしょう。
 この「バール」は「主」という意味をもって「主神」となり、「雨・雷光」をつかさどり、強大な戦士であると同時に穀物の繁栄を司って、彼と女神との性的交渉が
「繁栄のシンボル」として「聖婚」儀礼が各地で行われたようでした。

 イスラエル民族はこの中東の普遍神「バール」を滅ぼして自分たちの神
「ヤハウェ」を(ちなみに、この神のことを「エホバ」と呼ぶことがありますが、これは誤読であり、今日一部の特殊宗教をのぞいては使われません)確立していったと言えます。それは、自分たち独自の神を立てることで自分たちの独立性をアッピールすると同時に、自国民を一つの独自の秩序体系の中に位置づけて国を強固にするという、多分に「政治的な要素」が強かったと推察され、ユダヤ民族にとっては精神的に「自分たちの独自性」「自分たち一族の優位性」を確立したいという願望に一致していたといえるでしょう。従って、この「ヤハウェ信仰」ないし「ユダヤ教」というのは非常に「政治的・闘争的であり、敵に対して残虐」という性格を持っています。それはこれから見る「バール神信仰との戦い」において顕著に見られます。
 他方、この「ヤハウェ」という神の由来については良く分かっていません。ユダヤ教の聖典においてすら不明確だからです。そしてこの神は
「モーゼ」において現れてくると言え、それ以前には知られていなかったと言えます。つまり「モーゼの提唱した神」と言え、ユダヤ教の聖典とはこのモーゼの教えを語るものという性格を持っているので、ユダヤ教の聖典の中にこの「ヤハウェ」という名前は6800以上に及んで出てくると言われます。
 さて、モーゼはユダヤ民族をエジプトからパレスチナ地方のイエルサレムに導いてきた者として、イスラエル建国の王
「ダビデ」の先行者となります。つまり、この「ダビデ」の時に「ヤハウェ信仰」というのが本格的に始められたと言えます。それは「新しい国家を束ねる秩序体系の形成」が問題だったからでしょう。
 しかし、大昔からセム族全体に行き渡っていた「バール神信仰」がそう簡単になくなる訳もなく、ユダヤ教聖典にその「バール神信仰」との激しい戦いの様相が何度も描かれてくることになります。もっとも有名なのが「列王記の上」16.31〜32、18.17〜40に描かれてくる
「預言者エリア」による戦いで、ここではエリアが勝利してバールの神官たちを捕らえて虐殺していく場面などが語られていますが、この闘争はそれで終わりになるわけではなく、「列王記」その他には何度となくこの「バール神信仰」の根強さが表れてきて、それに対するユダヤ教側の激しい嫌悪・戦いが向けられているのでした。
 こうした形でやがてイスラエル(ユダヤ)人は「バビロン補囚」になって、やがてペルシャに解放されて故郷に戻ってきたところで、イスラエル人は自分たちの不幸を呼んだ「不信仰」を悔いて確固とした信仰を形成しようとして始められた運動が
「ユダヤ教」の成立の機縁となったとされるのでした。
 こうした経緯を見ると、ユダヤ教というものの性格が、たとえば日本での神信仰のように融通無碍で、良い意味で穏健で平安なものとは絶対にならなかったその理由も理解できるわけです。ユダヤ教というのは世界でもまれな
「頑強で頑固で、闘争的で激しい」ものなのでした。またそうであったからこそ、2000年近くも祖国を持たずに世界中に散ってなおかつ「ユダヤ教」を捨てることなく「ユダヤ人」としてのあり方を保ち続けられたと言えます。

ユダヤ教の性格
 その宗教の基本の構造は、砂漠という貧しく過酷な風土の中で自分達の
悲惨と苦労しなければならないことの必然性を説明して(エデンの園にあった人類の祖であるアダムとイヴが神様のいいつけを守らず禁断の木の実を食べてしまい地上に追放され、苦難の中に生きなければならなくなったという物語)現在の境遇に意味を与え、さらに現在得られない「幸い」を未来において得られるとする「希望」を語ることで「自分たちが生きることの支え」とするような性格の宗教でした。ですから非常に現実的な願いに対応しているわけでした。この性格は、行き着いた先のイスラームにもそっくりそのまま受け継がれてきます。
 他方、
唯一神とか世界の創造、人類の創造、人類の原罪と地上への追放、人類の運命などのユダヤ教・キリスト教・イスラームに共通の重要な思想もいわゆる「ヘブライ神話」に由来します。これらがそのままイエスに、さらにキリスト教に、さらにイスラームへとそのまま引き継がれてきたということは、ある意味で世界的にもっとも重要な考え方だと言えます。

ヘブライ神話の骨幹
「世界の創造」・・・
神が六日間で世界を創造して七日目に休んだ、という「世界の創造」ですが、ただしこれは中東に広く見られる考え方でした。他方、後に形成される「一週間」と「休日・安息日」の思想もこれに根拠を持ちます。さらに、ここには、神はこの世界のものではないという神の超越性や、世界はすべて神の為すままにあるという「天命」など、後に思想化される重要な事柄が含まれています。

「人間の創造と人類の原罪」・・・
「アダムとイヴの物語」になります。神は創造した「自然の管理者」として人間を造るとされます。最初に創造された人間アダムから、女イヴが造られたが、アダムとイヴは神に禁じられた果物の実を食べてしまい(原罪)、地上に追放されることになります。そして、地上でその子孫の人類は苦しまなければならないということになります。人間の意味と現状の物語が内容となっています。

「ノアの方舟」・・・
悪に染まった人類を神は絶滅しようとしたけれど、神に従う「ノア」だけは方舟を造らせて「救済」したという「神への服従者の救済」が内容となります。

「モーゼの十戒」・・・
人間が神に従っていなければならないという「戒律」の教えは次ぎのモーゼの十戒に良く現れてきます。モーゼの十戒とよばれているものは以下のものです。もっとも大事なのは1〜4までの戒律となります。

1、 自分(ヤハゥエ)以外の他に神々があってはならない。
2、 いかなる像をも造ってはならない。自分はねたむ神であり自分を憎むものには子孫にまで報復するが、自分を愛し戒律を守る者は末ながく恵みを与える。
3、 みだりに神(ヤハウェ)の名を唱えてはならない。
4、 安息日を守り、これを聖とせよ。
5、 あなたの父と母を敬え。
6、 殺してはならない。
7、 姦淫してはならない。
8、 盗んではならない。
9、 偽証をしてはならない。
10、 隣人に属するものをむさぼってはならない。

その他の物語
 また、以上の物語の他の物語もキリスト教の『聖書』に「旧約聖書」という形で残ることになります。ですからこれらの物語も一応キリスト教においては『聖書』にある物語ということで重要なものとして扱われますが、「イエスの思想」あるいは「イスラーム」を理解するのに絶対必要かというとそんなこともありません。必要なのは今紹介したものくらいです。
 第一、キリスト教が伝播していった先のギリシャ・ローマの一般大衆が長い様々のユダヤの物語を知っていたとは全然考えられないし、また、上に上げておいた諸思想のように「根本的前提」として紹介・説明されていかなければならない必然性もほとんどないです。
 つまり、後代にキリスト教が確立していく時代に、「イエスの言行録」のみを大事とするという派と
「ユダヤ教にこだわる派」が争い、結局「ユダヤ教主義者」が勝ったというところからこれらの物語も『聖書』に収められることになったというに過ぎないのです。こんな事情ですから、実はキリスト教徒と名乗っている人々でも「知らない」という話しが多いです。その中で一般に知られていておかしくないと判断される物語だけ大筋を示しておきます。

カインとアベルの物語・・・
二人の原初の兄弟の物語で、二人とも同じように神にささげものをしたのに、神はアベルの捧げた動物しか受け取らなかったというところから、穀物を捧げて拒否されたカインはアベルを殺してしまったという物語で、人類最初の「罪」を描いている、とされるものです。何故神が「えこひいき」したのか理由は語られていませんが、当時の遊牧ヘブライ民族の、「農耕」に対する「遊牧」の優位を語っているとも言われます。この「カインの罪」については、後に神学的にも思想的にも文学的にも多くの議論の対象となりました。

バベルの塔の物語・・・
人類が天上に上ろうと高い塔をつくる企てをしているのを見て神が人類の言葉をバラバラにしてしまったという物語で、言語の異なりを説明する話。

ソドムとゴモラの滅亡・・・
特にソドムの町の滅亡が描かれています。つまり悪に染まった町を神が硫黄の火を降り注いで滅ぼす物語ですが、その「悪」というのが「ホモ」であることで有名です。(以上は『創世記』の物語)

モーゼのエジプト脱出・・・
モーゼがエジプトを脱出する時、海が割れてモーゼ達を通し、追ってきたエジプトの軍隊はもどった水のため溺れたという有名な話で、この一連の話はイスラエル民族の試練を語っていて映画にもなっているので一般にも良く知られています。物語としてとりわけ有名ですが、思想的には「モーゼの十戒」を知っておけば十分です。ただし、ユダヤ民族の苦難とか「過ぎ越しの祭り」とかも後のキリスト教に大きな影響を与えているのですが、それらのいきさつを知らないキリスト教信者も多いです。(出エジプト記)

ダビデの物語・・・
イスラエルに栄光をもたらしたダビデ王の物語で数々の逸話が語られています。ゴリアテを倒す話などが特に知られています。(サムエル記)

ソロモンの栄華・・・
イスラエル最興隆期の王ソロモンにまつわる物語。(列王記の上)

ヨブの物語・・・
サタンの讒言により神に試されるヨブの物語ですが、これはサタンの性格や人間の性格、神の本来的在り方(取引のように賞罰を与えてくるわけではなく、超越的な存在という性格)を語っていてよく議論の的となります。(ヨブ記)

ダニエルの物語・・・
旧約聖書の中の代表的な黙示文学として有名です。ダニエルの見た四つの幻とその意味の解明がよく知られています。

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