10.キリスト教の光と影 - 5. キリスト教のシンボルと教会堂 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

10.キリスト教の光と影
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INDEX
1. 初期キリスト教の異端
2. 最大のライバル「マニ教」と「グノーシス主義」
3. 偶像崇拝の禁止
4. 「イコン・聖画」の問題
5. キリスト教のシンボルと教会堂
6.「天使と悪魔」「天国と地獄」その他の用語
7. マリア崇拝とは
8. 中世カトリック世界の異端騒動
9. 修道院とは
10. キリスト教の軍隊、「十字軍」とは
11. 異端審問と魔女狩り

5.

キリスト教のシンボルと教会堂


はじめに
 
宗教というのは、「神とか魂」とか「目に見えない」ものを扱っていますが、「何もない」では何も分からない、ということになってしまいますので「何かを語るもの」をシンボルとして用いるというのが一般です。したがってキリスト教にもさまざまのシンボルがあります。その最たるものが「十字架」となりますが、そのほかにもたくさんあり、それは私たち日本社会においても一般的にもあるいは比喩的にも使われていますので、その中でも有名なものを紹介しておきます。

十字架
 ローマ帝国における十字架刑は、奴隷の重罪人やローマ帝国に対する反逆者に対して行われた処刑法なので、イエスの場合は
「帝国に対する反逆罪」ということになります。非常に過酷な処刑法で、先ず罪人は鞭で激しく打たれ、フラフラになったところで柱を背負わされて町中を引き回され(イエスの場合は、シモンという人がその代わりに背負うように強いられたと福音書は伝えているが、もしそうだとしたらイエスには十字架を背負って歩く体力も残っていなかったということなのだろう)、横木のある場合にはその横木に両手が縛られるか釘打たれるかして(この場合、「手の平」ではなく「手首」であるとされる)柱に沿ってずりあげられて固定され、足も同様に柱に縛られるか釘打たれるかしました。
この場合、柱はTの字状になるか、十の字状になります。またさらに福音書ではイエスの十字架の頭上に罪状の書いた板が付けられていたとあるので、仮に横木が無かったとしてもこの場合は十字形となる筈で、手が釘打たれた横木があったとすると横木は日本になります。
 また外典は、ペテロについては自ら
「逆さ十字」に付けられることを望んだとし、アンデレは「X型の十字架」に付けられたと伝えていますが、これらは全く後世の物語伝説です。ローマ帝国の刑罰に実際そうした変な十字架刑があったともつたえられていません。
 ともかくこうして、後のキリスト者にとってはイエスが十字架で人類の罪をしょって死に、また三日後に復活したということで
「イエスの受難と復活のシンボル」「キリスト者の死に対する勝利のシンボル」として十字架が使われるようになります。
 またマルコ福音書に、イエスが「自分の十字架を背負って私にしたがいなさい(8.34)」という指示をしている言葉があることからも、イエスに従う者としてのキリスト者のシンボルとして十字架が使われる聖書的な根拠もあるとされます。ただし、このマルコ福音書のこの言葉は、十字架に掛かる前のイエスが言うわけもないところから、完全に後代の挿入であるとされますが、そうかといって宗教的には聖書の権威を弱めるものとはされていません。信仰と歴史的事実とは全く異なった世界のものだからです。
 さらに、一般にも「十字架」という、本来はキリスト者であることのシンボルを言う言葉が、比喩的に「十字架を背負う」という言い方で
「絶望的な試練や苦難を背負って生きる」という意味合いでつかわれています。
 あるいは、現在ではネックレスなどで
「ただのアクセサリー」にもされてしまっています。
美術表現としてもこの十字架はさまざまに使われ、イエスそのものの象徴から、再生・復活、死への勝利、あるいは受難、贖罪、また魔よけ・破魔などのシンボルとして使用されています。

十字の切り方
 正教やカトリックのキリスト者は教会堂に入る時や祈りの前後、あるいは教会堂にさしかかった時でも十字を切ることがありますが、その切り方に違いがあり、伝統の正教は至聖三者(カトリックでの三位一体)を表して親指と人差し指と中指を合わせて、額から胸、そして
右肩から左肩と切ります。これは、イエスは天にあって「神の右に座している」からです。カトリックの場合は、口で「父と子と聖霊の御名によって」と唱えながら額から胸、左肩から右肩と切ります。

十字架の形
 これについては近代に至るまでにさまざまの十字形が意匠的に作られてきたことが分かります。これらの中で基本的なものは言うまでもなく「ギリシャ十字」と「ラテン十字」となります。ギリシャ十字というのは
「縦・横が同じ長さのもの」、ラテン十字というのは「縦が長いもの」をいいます。特にギリシャ十字はビザンティン教会堂の形ともなっています。

数のシンボル
三・・・
三という数は図形の最初となるからなのか、古代ギリシャでのピュタゴラスでも有名ですが、さまざまの文化で特殊化されている数です。キリスト教の場合はいうまでもなく「父と子と聖霊という三位一体(至聖三者)」を表すもっとも重要な数となります。そのため典礼でも聖句を三回繰り返すという方式がかなり見られます。

七・・・
 この「七」という数も古代世界になじみの数で、古代ギリシャで言えば「ギリシャの七賢人」とか「テバイ攻めの七将」、あるいは「世界の七不思議」などといったキリスト教以前の用法をすぐ思い出せます。東洋では「竹林の七賢人」というのもあります。日本の習慣では「初七日」とか「お七夜」というのもあります。
 キリスト教世界で「七」と言えば先ず思い出すのが
「一週間」の数ですが、これはいうまでもなく「神による宇宙の創造と神の休息」の数であり、「完成」とか「全体」を表すことになります。そのためこれは「黙示録」でも大事な数として使用され、当の黙示録が送りつけられる「七つの教会」をはじめ、「七つの封印」「七つのラッパ」「七つの鉢」「七つの角」「七つの目」などたくさん出てきます。これは「全体・全て」を象徴していると考えられます。
 伝統教会が
「秘蹟(機密)」を七つとしたのもこれに由来するのかもしれません。あるいはまた「七つの大罪」(傲慢、嫉妬、暴食、色欲、怠惰、どん欲、憤怒)なども有名で、映画の題名にまでなっています。これに対応して「七つの美徳」というのもあるのですがこちらは全然有名になっていません。ちなみに「希望、貞節、知恵、愛、勇気、忠実、慎重」となっています。また、「聖霊の七つの賜」というのもあり、これらは「知恵、理解、判断、勇気、知識、孝愛、畏敬」となっています。
 また、「ラッキー・セブン」という言い方がありますが、これはどうも野球が語源のようで、キリスト教には関係ないようです。

八・・・
 日本では「末広がり」として縁起が良いとされる「八」ですが、キリスト教世界では「イエスの復活日」という意味があります。つまりイスエが十字架に掛かったのは、宇宙創造では六日目(今日の日本の曜日の言い方では金曜日)でした。その三日後に復活したのでそれは「八日目」となったわけです。そんなわけで、イエスの死と復活を意味することとなった「洗礼」の聖堂は「八角形」で作られることが多くなりました。またクリスマスや復活祭の場合、その当日を含めて「八日間」を特別に祝うという習慣もありました。
十二・・・
 この12という数は一年12ヶ月の数で、一年での「月の満ち欠けの数」となりますからさまざまのところで見られます。古代ギリシャでは「オリュンポスの12神」、仏教では「12神将」で、キリスト教ではいうまでもなく「12使徒」となります。ただしこの場合の12は、イスラエル民族が12部族あったところからイエスはその数に合わせて12人を選び出したと理解できます。ですから伝統のキリスト教の正教世界では、もっとも大事な祭日である「復活祭」以外に、この12に合わせて「12大祭」という概念をつくっていたのですが、カトリック、プロテスタントはこれを受け継ぎませんでした。

四十・・・
 この数はキリスト教に独特かもしれません。元来イスラエル民族の神話であるモーゼの物語からこの40という数が見られることになります。それは先ず「シナイ山でのモーゼの40日の断食(出エジプト記34.28)」となります。ついでモーゼに率いられたイスラエルの民は40年間荒れ野を彷徨うことになります(民数記14.33)。これに倣ったのか、イエスはヨハネに洗礼を受けた後、40日間荒れ野で断食し悪魔の試練をうけることになると物語られます(マタイ4.2)。これを受けて、キリスト教では復活祭の前40日を断食と節制の期間としたのでした(四旬節)。

666・・・
 一般に悪魔の数といわれますが、黙示録の13章に出てくる「反キリストの獣」を意味する数字でのことで、それはまた「人間」であるともいわれます。この獣は人々を惑わし、獣の像を礼拝しないものを皆殺しにし、またこの獣の印を持たない者を経済的に統制・管理して迫害する獣と言われます。これが「人間」と言われていることから、それが誰を意味するのか詮索されていますが、一般にはキリスト教の最初の迫害者「皇帝ネロ」と解釈されることが多いようです。
 それは、当時イスラエルにしろギリシャにしろローマにしろ、アルファベットで数字を表していて(つまりAは1、Bは2という具合)、名前を数字に置き換えていました。ただし、ヘブライ文字とギリシャ文字とラテン文字は同じではありませんし、このゲマトリアと呼ばれる「数=文字」のシステムは単純ではありませんので(簡単に言え、と言えば、ギリシャ語で示すと最初の字母(α)から9番目までの字母で1〜9を表し、次ぎの文字(ι)から(π)までを10〜80として、その後に通常使わない字母を90として入れて、そして(ρ)から(ω)まで100から800とするといったやりかた)なかなか厄介ですが、皇帝ネロの場合「NRWN QSR(ネロン カエサル)」と表記してこれをヘブライ文字に入れると50+200+6+50+60+200=666となると説明されるのです。しかし、ギリシャ語で書かれている黙示録のこの部分だけどうしてヘブライ文字を入れなければならないのか疑問ですし、数字だけから人名を割り出すのは困難と言えます。実際、666にはナポレオンを数字化して表してみたり、ヒットラーをうまく数字にして666にする試みなどもあり、かなり「こじつけ」の感があるのですが、この黙示録の当時のキリスト者には「666」だけで誰を意味したのかは理解されていたようでした。

文字のシンボル
αとω(アルファとオメガ)・・・
数字に加えて「文字」もシンボルとされます。日本語での「阿吽(あうん)」に相当するのが「α」と「ω」でギリシャ文字の最初と最後になり、これをもちいると「最初と最後・全て、完全」となりますのでたとえば黙示録では神が「私はアルファでありオメガである」と名乗る場面が三回もでてきます。
ο ω ν(ホ・オーン)・・・
 これはイコンのキリスト像の背後に描かれている十字架に刻まれた文字ですが、向かって横木の左に「ο」中央の柱の頭部に相当する部分に「ω」横木の右に「ν」の文字が見られて文字記号のようですが、これは「ο ω ν」というギリシャ語で「在る者、存在する者」という意味になります。もともとは旧約のヘブライの神がモーゼに向かって「私は在る者である」と名乗ってきたのを受けて(出エジプト記3.14)、イエス・キリストがそれを名乗ることでキリストとは「神そのもの」であることを示そうという意図から(もちろんギリシャ語に訳されて)書き込まれたものでした。

INRI・・・
 十字架上のイエスのイコンでは、イエスの頭上の横木にこの文字が書かれていることがあります。これは罪状を記した板で「Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum」の頭文字で「ナザレの人イエス、ユダヤ人達の王」という意味になります。

ΙXΘYΣ・・・
 これはギリシャ語の単語であり「魚」という意味です。ところがこれは「ΙHΣΟYΣ XPIΣTOΣ ΘEOY YIOΣ ΣΩTHP(イエス・キリスト、神の子、救い主)」というイエスのあり方そのものを表す句の頭文字と同じとなっていて、そのため「魚」はイエスのシンボルとされたのです。従ってこの文字だけが示されている場合もありますが、洗礼の場面や洗礼堂・洗礼盤に魚の絵が描かれていることが良くあります。これはそういう意味でのイエスを描いているもので「ただの魚」ではありません。

IC XC NIKA・・・
 あまり見かけないかもしれませんが、正教での聖体礼儀(カトリックのミサ、プロテスタントの聖餐式)でのパンに刻印されているもので「イエス・キリスト、勝利者」という意味です。

動物のシンボル
 魚がイエスを表すことは指摘しておきましたが、キリスト教では他の動物もさまざまのシンボルに用います。

子羊・・・
 有名なのがこの子羊で、一般にこの子羊はイエスによって「迷える子羊」とされて、「弱く迷える者」のシンボルともされています。
 他方、
「子羊とはイエス」とされることもしばしばあります。それはヨハネ福音書での洗礼者ヨハネがイエスをそのように呼んだことに由来しますが(1.29)、これはおそらくヨハネは、ユダヤ教における「過ぎ越しの祭り」を念頭において語った言葉であろうと理解されています。この「過ぎ越しの祭り」というのは、モーゼの出エジプトに際してのことですが、モーゼの願いによって神がエジプト人の長男を皆殺しにする呪いを蔓延させた時、ユダヤ人には子羊を屠ってその血を家の入り口に塗らせ、その血が塗られた家には「呪いは過ぎ越していった」という故事に由来するものです。つまり「子羊がユダヤの民を救った」というわけで、「子羊は救い主」であったというわけでした。そしてまた、イエスが十字架にかけられたのはまさにこの「過ぎ越しの祭り」の時であったため、「イエスはその血によって民を救った子羊」と捕らえられたのは容易に起きたことであったと言えます。

蛇と龍・・・
 旧約聖書での「アダムとイブの誘惑」をしたものとして蛇は「悪の象徴」とされてしまいましたが、これは「ユダヤ教」においてのことで、イエス自身は「賢さのシンボル」として語っているのも良く知られています(マタイ福音書10.16)。そんなわけで初期キリスト教の時代の「グノーシス的キリスト教」においては、蛇は「この劣悪・災厄の世界を作った劣悪な低次の神」を見抜いて解放に向かうように導く「賢者の象徴」として描かれていました。「ユダヤ教的キリスト教」が勢力的に勝ち残ったため蛇は悪者にされてしまっただけです。
 「蛇」及び「龍」を悪く描くのはユダヤ教的キリスト教の特色といえ、世界的には「蛇・龍」は「賢さ、健康、あるいは水の司」として尊重する文化も多いと言えます。日本の白蛇は「神の化身ないし御使い」だし「龍神」は水の神です。ただし日本には「八岐大蛇」のような怪物も描かれていますが、他方これも「大和朝廷に征服されてしまった地方の豪族の象徴」と捕らえる神話学の解釈があって、ここでも侵略・征服者によって「力ある者」が「悪者」にされてしまうあり方を見ることができます。

鳩・・・
 これは「ノアの方舟」の物語りで知られているもので、そのため鳩は「オリーブの葉」をくわえている図柄が多いです。つまり鳩はオリーブの葉を加えてくることで地上から水が引いているということを知らせたからです。こうして鳩は「平安のシンボル」とされたのでした。またイエスは先の蛇に続いて「鳩のように従順に」と語っていて鳩は「従順のシンボル」ともされています。あるいはイエスが洗礼を受けた時、聖霊が鳩のように天下ってきたとの記述から「聖霊」のシンボルともなっています。

・・・
 有名なのが、ユダヤ教の神官たちに捕らえられたイエスを追っていたペテロが、回りの人にイエスの弟子ではないかと疑われた時、三度にわたってそれを否認し、その時鶏の声を聞いて激しく泣いたと語られている逸話で、そこから鶏は「罪に対する警告及び懺悔」を呼びかけるものとして教会堂の塔の上に置かれるようになったとされます。ただの風見鶏というだけのものではないため、この風見鶏は「ペテロの雄鶏」と呼ばれます。また、雄鳥は雛をその羽根の下に集めるとされるところから「教会のシンボル」ともされます。

その他
蝋燭・・・
 イエスは「光」に譬えられ、その光のシンボルとして蝋燭が使われます。教会にいつも蝋燭がともされているのはそのためです。クリスマスの時のキャンドル・サービスも当然「イエスたる光を供する」ことを意味しているものです。ですからクリスマスだけではなく復活祭も蝋燭が大活躍することになります。

教会堂
 教会というと私たちは「教会堂」を思い出してしまいます。その教会堂ですが、確かにその宗派の性格を表していて、もっとも伝統の古い正教は当然初期キリスト教の時代のいわゆる
「ビザンティン教会堂」を踏襲していることが多いです。外見は長方形の「バシリカ式」か比較的角形に近い「ギリシャ十字」の形をしていて、古いものは煉瓦造りのどっしりと落ち着いた風情に、何といっても特徴的なのがドームです。この方式は、ビザンティンの首都であったコンスタンティノポリス(今日のイスタンブール)にある最初にして中心的な教会堂「アギア(アヤ)・ソアィア教会」を原点としています。各地の教会はもちろんこんな壮大なものとはなっていませんが、落ち着いた清楚な趣きをもっています。そうしたタイプの教会は現代でもギリシャに多く見られます。
 ロシアは正教の中心地の一つですが、ここは地域的にロシア型になっていったのは当然として、また歴史的に生き続けていたためにかえって西欧などからの影響を受けて、その姿もビザンティンのものからかなり変わって西欧的な建物となってしまいました。特徴としては
「タマネギ型のドーム」を持っていることです。
 正教の教会堂に共通しているものは
「内部」の壁画や「板に書かれたイコン」であり、これのない正教の教会堂はないと言えます(ただし、小さな教会堂で壁画のないものはあるが、「板のイコン」がないということはあり得ない)。ギリシャやマケドニア、ブルガリア、ルーマニアなどの教会はその壁画に、ロシアの場合は正面に置かれている巨大なついたて状の壁「イコノスタシス」の「イコン群」が非常に特徴的です。
 カトリックの場合は、普通の建物とは全く異なった独特の教会建築を生みだし、初期の
ロマネスクからゴシック、バロックとなるにつれ、正面は華美な装飾でごてごてと飾り立て、たくさんの尖塔を屹立させた壮麗豪華(むしろ悪趣味)となっていきます。
 二つの古い宗派の教会堂はまた共通項を持ち、敷地上の問題が無ければ、いずれも
「東西軸」に立てられていることです。入り口は決まって西面にあり、東が正面・聖壇となります。東は「太陽の昇る」方向であり、イエスは「光」に譬えられるからです。
 これに対してプロテスタントの教会堂は共通した特徴のないのが特徴のようなもので、外見も内部もてんでんばらばらです。共通しているのは
「イコンも無ければ飾りもない、ただ十字架だけ」となります。

教会と信仰生活
 建物など無くても
「教会」はあるのです。ですから初期キリスト教の時代には、建物が要請された時には使えるものは何でもとりあえず教会堂として使っていました。普通の家も使っていましたし、信者が多くなったら廃棄となっているギリシャ神殿も使っていましたし、迫害された時には墓場となっている地下や洞窟なども使っていました。建物などどうでも良かったのです。ですから、近代のプロテスタントの中には我が国の内村鑑三の「無教会派」などのように、「教会組織ももたず会堂も持たない」ものまで生じています。
 その理由は、「教会」と訳されている原語のギリシャ語
「エクレシア」というのは「呼び集められた者達の会」という意味を持ち「集会」と訳すべき言葉だからです。つまり、もともとのギリシャ語は政治的議論をする民衆会議を意味していたのです。従って、キリスト教の場合にも、イエスの名前の下に集まった者は二人でも三人でも「そこに教会が成立している」とされるものだったのです。
 キリスト教の場合は政治ではありませんから、たとえば日本基督教団は
「教会とはキリストの体にして、恵みによって召された者の集い」としています。ここでもきちんと「集い」と理解していますから、基本的には「教会堂や教会組織」など視野には入っていないのが原則です。大事なのは「教会とはキリストの体」「イエスを主としキリストとする者達の集会」という理解となります。従って教会とは「教会組織」でもないと言えるのですが、しかし実際には初期の頃から「教会組織が教会とイコール」と理解されてしまったために、結局は「教会」というと人々は「組織=会派」と理解してその会派の所轄する「教会堂」と理解してしまったのでした。
 他方、この組織化によって、教会とは「公のもの」という観念が生じ、
「教会とは公の礼拝を守り、福音を正しく述べ伝える組織」とされてしまいました。公の礼拝とはカトリックでは「七つの秘蹟」、プロテスタントでは「正餐式と洗礼式」に代表されます。これに対して、自分たちだけで集まって行われる礼拝は「私的なもの」とされてしまいました。内村鑑三はここに疑問を持ったわけです。何故なら『聖書』的には「公・私」などあり得ないわけですから。こうして彼は教会組織を否定したのでした。従ってここには「正餐式だの洗礼式だの」もないことになります。
 これは、
「信仰生活」の理解とも連なっています。一般に信仰生活とは「聖書を読む、教会に出席して公的な礼拝・儀式に与る、祈る」ということをもって信仰生活とされます。しかし、『聖書』的な根拠を「福音書」で求めると「祈る」ということくらいしか出てきません(ヨハネ14.13)。「集会を守る」だの「奉仕する」だの「献金する」だの、今日の教会が主張することは、確かに『聖書』に探すことはできますが、それは「集会組織」というものが成立した後の組織にかかわる言辞なのであり「組織としての要請」といった感が強いものです(従って、聖書的根拠はほとんど書簡集になる)。つまり信仰生活とは福音書的には「祈り」にのみあると言え、それが信仰の主体だとしうるのでした。この理解が内村鑑三を生みだしていたのです。

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