10.キリスト教の光と影 - 3. 偶像崇拝の禁止 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

10.キリスト教の光と影
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INDEX
1. 初期キリスト教の異端
2. 最大のライバル「マニ教」と「グノーシス主義」
3. 偶像崇拝の禁止
4. 「イコン・聖画」の問題
5. キリスト教のシンボルと教会堂
6.「天使と悪魔」「天国と地獄」その他の用語
7. マリア崇拝とは
8. 中世カトリック世界の異端騒動
9. 修道院とは
10. キリスト教の軍隊、「十字軍」とは
11. 異端審問と魔女狩り

3.

偶像崇拝の禁止


はじめに
 
キリスト教はユダヤ教の流れにあり、従ってキリスト教にはユダヤ教の重大戒律である「偶像崇拝の禁止」という戒律がそのまま受け継がれています。いや、その筈でした。ところが、一般にも良く知られているように、キリスト教では「聖画」がありますし、近代になってからは「神の子」とされるイエス・キリストの「彫像」まで造られるに及んでいます。これは、どう理屈を付けてみたところで「戒律違反」としか理解できません。どうしてそんなことが可能なのか、この章はそれを問題とします。

偶像
 日本語となっている「偶像」という言葉は、もともとは漢語ですが、これは本来「人形」を意味し、とりわけ
「崇拝する対象」を意味しました。つまり、ここには「神が宿っている」と理解されているのです。その限りで「偶像」は「神像」と内容的に一致する意味を持ちます。そこから「神像を廃する」という思想に対して「偶像崇拝の禁止」という言葉が当てられたわけです。
 他方で、この偶像という言葉は
「本体とは異なった偽物、虚像」という意味でも理解され、マイナスの意味合いも持ちます。これはヨーロッパの言語(ラテン語)での「idola」の場合に見事に当てはまります。このidolaというのは、もともとはラテン語で「姿」とか「像」という意味で、特にマイナスイメージのものではありませんでした。ところが、西洋哲学史上で「本体を見えなくさせる虚像」という意味合いで使われるようになってしまいます。もっとも、これはユダヤ、キリスト教の思想に引きずられての後世での用法と言えるかもしれません。しかしとにかく今日ではそうしたマイナスの用法での理解が一般的となっているようです。
 ちなみに、日本でも一般に使われている「アイドル」というのはこのidolaから作られた英語であり、もともとは「敬愛する対象」を意味したのでしょうけれど、むしろ「虚像・偽物、見た目だけのもの」という意味合いになっていったのもこんな事情からでしょう。
 ですから、
「虚像」という意味を含むとすると、この「偶像」という言葉は太古の時代の人類がもっていた自然的・本性的な「自然・自然物・その形としての神像」「神の宿り」とは一致しないことになります。ユダヤ教やイスラームは、その「虚像」という用法で「偶像」を理解しているといえるでしょう。これに対して「キリスト教」は、ある意味で本来の「偶像」の用法を巧みに取り入れて「聖画」というものを発展させたと言えそうです。
 他方、日本で仏像などに対してこの「偶像」という言葉が使われないのは、仏像はヨーロッパ的な意味で「偽物・虚像」とは理解されていないからです。むしろ、古代ギリシャの
「神像」崇拝に近い感覚をもっていると理解されます。

神像崇拝の歴史
 人類が類人猿から人類と呼ばれるに値するようになり、その現れとしての文化現象をもった頃から
「自然物崇拝」というものが始まっていたと理解されます。ここには人間の力など全く及ばない「自然的な力(たとえば太陽の運行や朝昼、月、天候、動植物の繁殖などの自然現象などを統べている力)」が宿ると見なされたもの(たとえば日本では山や河、岩や大木など)への崇拝、あるいは民族を育て、繁栄させてきた先祖の「力、霊」が宿ると考えられたもの(たとえば日本では太刀、鏡、勾玉などの三種の神器など)への崇拝がありました。この二つ、つまり「非人格的な自然力」と「人格的な力・霊」への崇拝が「偶像崇拝の原初的姿」であったと言えます。
 つまり、この「非人格的な自然力」にせよ「人格的な力・霊にしろ」
「存在するし、あるいは存在していなければならないもの」として認識されました。しかし、この両者とも生きている人間にはどうしようもなく、ただ「祈り・祈願する」しか手のない存在となります。ですから「祈り、祈願した」のであって、いずれにしても「当然のこと」だったのです。
 そして、この「自然的力」や「先祖の力や霊」へ祈り祈願するとき、それを示すものが要請されたといえます。それは
「形」になっていなければ目に見えず、どちらに向かって祈願していいかも分からなくなります。そこで「形に表した」と言えます。これが「神像」の始まりとなります。これは「木に彫り込んだり」「岩を削ったり」したものから始まっています。
 こうして「人間的姿」に描かれだしたといえるのですが、人間的姿をとったといっても「人格的な力・霊」だけを表しているとはならず、この神像は「自然力」そのものを表すことになってきます。たとえば古代ギリシャの神「ゼウス」は、雷を呼び雨を降らす天空神であると同時に、領主的支配力の神でもありました。つまり「自然の力」と「人間的力」の両者が合体しています。これは他の民族でも多く見られる現象です。
 ただし他方で、「形」に表さず、山や海、岩や大木、あるいは祭壇、あるいは依代(自然の力を宿らせるもので、日本での常緑樹の枝などがそれになります)を用いる場合もあり、これが日本神道のやり方となりました。古代ギリシャでも初期の時代は「祭壇」方式であったようで、後に「神像」が作られるようになっても、祭壇はもっとも重要なものとしてずっと後代、ローマ時代まで引き継がれていきます。
 あるいはまた、自然的力の強い
「動物」が「自然力の代表」として崇拝されるということもありました。脱皮することで若さを永遠に保つと見られた「蛇」や、あるいはその蛇が「水」に関わるところでの蛇の巨大化したもの=龍への信仰、あるいはクレタ文明で有名になっている「牛」などが良く知られています。
 こうして「形」に表されるようになると、民族に応じてその表象が異なってきました。エジプトなどでは
「動物の顔をした神」というものがたくさんいますが、これは今指摘した「動物崇拝」の流れにでてきたものでしょう。
 この「像表現」がただの自然力・祖先の力の
「シンボル」かということですが、人間的感情からいって、ただのシンボルとはなりません。シンボルは「物」でしかないということになって、大事ではあってもとりわけ何ものにも代え難い「有り難い」ものでも何でもなくなってしまうからです。つまり、この「像」は主観的には「神そのもの」と見なされていたとしなければなりません。ですから、初期のキリスト教徒はエジプトやギリシャの神像の破壊に血道を上げたわけで、これは「異教の神の撲滅」という意味をもっていたのでした。ただのシンボルならそんなことはする必要もありません。ギリシャ神殿などがそのまま「キリスト教会堂」に鞍替えされたのも、ここは「ただのシンボル」と見られたからでしょう。本当に「神の住居」であったとしたらそんなことはできませんから。

ユダヤ教における偶像崇拝の禁止
 今みてきたように、「神像」を作るということは人間にとってむしろ
「当然・自然的」なことであり、「偶像崇拝の禁止」というものこそ「非自然的、非人間的」なことであったとすら言いうるのですが、むしろこちらの方が世界的に圧倒的勢力となってしまいました。それだけに、この思想の持つ意味というものがとりわけ注目されるわけです。
 その最初は
イスラエル民族となります。イスラエル民族のヘブライ語で、この神像に相当するものは「ペセル」といいますが、これは「切り出す」という動詞から作られた言葉です。「切り出す」といえば今指摘したように「原初の時代での神像表現」そのものです。
 こうして時代が下がるにつれて、その「切り出されたもの」は
「人や動物の形」に整えられ、さらに金銀などで装飾されるという段階になってきますが、これはどの民族でも同じことだと言えます。ユダヤ教の経典(キリスト教に引き継がれて『旧約聖書』となる)にしばしばこの類の像の実例を目にすることができます。つまり、ユダヤ民族も「偶像崇拝」が普通に行われていた民族だったのでした。
 それが、突然、神の名において「偶像」を作ってはならない、と言われてきたその理由は良く分かっていません。もちろん神学的には説明しますが、歴史的な経緯が良く分からないという意味です。たとえば、自分たちを迫害する部族、敵対する部族が偶像をもっていたからといって、その敵を憎むあまり「偶像崇拝を禁止」し、自分たちの偶像を捨てるなどということは考えられません。
 あるいは自分たちを救済してくれない、ということで神を恨んでその偶像を捨てるということもあり得ません。その宗教自体を捨てるだけの話です。あれやこれや良く分からないわけですが、しかし、とにかく神学的にはその理由を説明することはできます。

「偶像崇拝禁止」の神学
 神学的説明といっても、後代の研究者が解釈しているだけの話で、ユダヤ教やキリスト教自体の中で「こういうわけで偶像を作ってはならない」と説明しているわけではありません。
 偶像崇拝禁止の神学的説明というのは、ユダヤ・キリスト教・イスラームを通じての話となりますが、簡単に言えば
「神の超越性」ということです。つまり、私達が「存在」と呼んでいるこの宇宙は「神によって創造された」ものであり、従って「創造主たる神」はこの宇宙的存在ではないということになります。宇宙的存在ではないということは「時間も空間」も超越しているということであり、この宇宙に存在する限りの存在のどれとも同じ存在の仕方をしているわけではない、となります。だとしたなら、この地上的な姿・形をとって表すことなどできはしない、となります。「偶像」というのは、その地上的な姿にしてしまっているわけで、そんなことは不可能だし、またそんなことをするのは「超越的なる神を地上的なものに引きずりおろす不敬」であるということになります。
 また、人間は
「不完全」なる被造物ですから、そんな存在が「完全なる神」を造形できるわけもない、ということもあります。
 ただし、人間は「神の息吹」を与えられた存在であり、神との交流がその限りでできることになります。これが「創世記」での人間論の重要な要素の一つとなります。罪を犯して楽園エデンの園を追われることになっても、「やがて救済される」となるのはそういう理由からです。
 救済されるためには「神の言いつけ」を守らなければなりません。人間にとって神との関わりはこの「言いつけを守る」ということだけに絞られてきます。そこで、「神は言いつけ、つまり戒律を命じてくるもの」となり、人間はそのいいつけを
「聞く者」となります。「聞く」ということだけが問題であるならば、神は「見られるもの」ではないことになります。「見られるもの」ではないならば、姿・形として現れることもないとなります。こうして、神は言葉を掛けてくる者ではあるけれど、姿を現す者ではないということになります。
 ですから、『聖書』の至るところで、神の言葉を「聞け」ということが乱発されてきます。「神」は人間に現れることはするのですが、決して姿をイメージさせるような形で現れることはなく、全く
「声だけ」のものとして現れてきます。そして多くの場合「命令」という形となっています。
 他方、ギリシャ神話の神々は人間に
「姿・形・個性」を持ったものとして現れ、実際人間は「神を振り返って見る」などということになります。その神は身体が大きく、威厳や輝く美しさを持ったものとなります。あまつさえ、神はこの人間と「肉体関係」まで持ってしまい、子を産むなどということをしょっちゅうしています。
 こういう神話での神の現れを知れば、ユダヤ的神は
「声の存在」として「姿・形」を持たず、ギリシャ的神は「視覚的存在」で「姿・形を持つ」として理解されていることが良く分かります。だとしたなら、ユダヤ教において「偶像」というものが発達せず、むしろ「偶像崇拝の禁止」となるのも理解できるわけです。
 ユダヤ的神は「声の存在」なのだとしたら、それを引き継ぐイスラームにおいて、「神の言葉は聞かれる」という理解になるのも当然と言えます。そして実際、経典『クルアーン』とは「唱えられるもの」という意味なのであり、経典とは根本的に唱えられるものという理解になっているのでした。つまり、イスラームにおいては「唱えられ」それを「聞く」ことがその宗教の核となっているのです。
 以上が神学的な説明となります。この神学的説明は異教徒たる私達にとっても「理屈に合っている」とは思い、そしてそれ故に世界中がこの理屈に圧倒されたのだろうとは思いますけれど、そうではあっても人はこんな理屈で宗教を持つわけはないのにどうしてだろう、と改めて考えてしまいます。そして、その理屈を越えたところを私達はキリスト教の
「イコン」とやがて西欧的「聖画・彫刻」に見ることになるのでした。それについては章を改めて説明します。

 ちなみに、日本仏教での場合にはたくさんの仏像・仏画をもっていて、一見「偶像崇拝の拒否」は全く無かったようにも思えるのですが、実は浄土真宗の「蓮如」は、
「仏像よりも絵像、絵像よりも名号」という言い方をしており、「阿弥陀仏」をもっとも良く表現しているのは「唱え、であり、次いでは絵、そして像」という順番だとしていて、具体的なものほど「落ちる」としているのでした。これがキリスト教の影響であるか否か断定の難しいところですが、浄土教自体がキリスト教の影響下に形成されたという可能性があるのだとするとこの蓮如の言葉も理解できるところがあります。
 しかし一般には、日本には「偶像崇拝の禁止」という思想はなかったと言って良いでしょう。「廃仏毀釈」はまた別の問題となります。

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