8.イエスにまつわる伝承 - 5. イエスの行動、その使命と奇跡物語 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

8.イエスにまつわる伝承〜イエスは如何にして「救世主キリスト」となったのか〜
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INDEX
1. イエス論とは。背景としてのユダヤ教
2. イエスとユダヤ教「パリサイ派」
3. イエスと洗礼者ヨハネ
4. イエスの教え「愛こそすべて」
5. イエスの行動、その使命と奇跡物語
6. イエスの十字架と復活
7. 12弟子と「ユダ」および「マグダラのマリア」

5.

イエスの行動、その使命と奇跡物語


はじめに
 この章は中心となる章です。というのも、この章で見られるイエスの行動・活動こそが多くの人々に「神のような存在としてのイエス」「実感させた」からです。
 さて、イエスとは何者であったか、という問いが私達にとっての課題ですが、もちろんキリスト教神学的には
「神と子と聖霊」という三位一体の説で説明され、要するに「神の子」であり、それ以外ではありません。
 しかし、イエスに近づこうとしている人々にいきなり「三位一体」などといってもむしろ逆にイエスから引き離してしまうことになるでしょう。多くの人々にとっては、イエスは身近な人であって欲しいのです。これはキリスト教信者にとっても同様です。「教義だの哲学だの神学」だの振りかざせば振りかざすだけイエスを遠く遠くに霞んだ存在にしてしまいます。多くの人々には、「神」はイザ知らず、イエスには身近な存在であって欲しいのです。したがって、どうしても一般の人々には
「人間的なイエス」といった目がありました。これは今日の人々においても変わらず、仮に神は遠見に感じていても、「イエス(およびマリア)」は身近な存在としておきたいという願望が見えます。
 しかし指導層にとってはこれでは困ります。イエスはどうしても
「神の子・救世主キリスト」としておかなければキリスト教の土台が崩れてしまいます。ですから正統派の理解は「イエスは神の子」として、神の子イエスの権威による救済を徹底的に主張し譲りません。もちろん、一般のキリスト教信者もこれは認めます。認めた上で「身近に」居て欲しいと思うのです。論理的には無理でもそうあって欲しいというのが「人間の願望」なのです。この章はその人間の願望に応えているイエスが見られることになります。
 他方、イエスは「人間なのか神なのか、ただの教師(ラビ)の一人なのか、預言者なのか、神の子キリストなのか、はたまた神の国から遣わされた教師なのか」といった問題はどうやっても歴史的にくすぶり続けました。これは正統派が勝ってからも問題となり
「イエスの神性と人間性」を巡って大論争が繰り返されました。それについては他に譲りますが、ここではとりあえず、「イエスの正体」を正統派の福音書である現行の『聖書』の四つの福音書によって見ていきたいと思います。

イエスの行動
イエスのあり方を見ていこうという時、それは、その「言葉・教え」を見ていくことと、その「行為・活動」を見ていくこととの両面があります。言葉・教えについては前章で見ておきました。ここでは
「行為・活動」がテーマとなります。
 そのイエスの行為・活動は
「実際の行為」「人に映った評価」あるいは「期待された在り方」とがあります。それらをみていくにはいわゆる「奇跡物語」をみていくのが良いと言えます。この奇跡物語は、物語として表面的には「奇跡」ですが、背後にイエスの実際の行動があると思われ、その「奇跡のベール」をとりはずすと「イエスの行動」が見えてくると同時に、「人々によるその評価・期待」を表してくると考えられます。
 他方、キリスト教信者にとっては「奇跡物語」は当然そのまま「奇跡」であって「真実」ととらえます。つまり、「信仰」ではイエスははじめから「救い主イエス・キリスト」であり「神の子」なのであって「奇跡」を起こしても当然です。
 しかしここでは、一人の男が「救い主キリストあるいは神の子」と見做されていったのには何があったのかを見てみようという態度で迫っていきますので、要するに「一つの行動」あるいは「その行動のすべて」が人々の期待する
「神の姿」をあらわしていたのだ、という筆致となってきます。

奇跡物語
イエスの奇跡物語は大きくわけて三つに分けられます。
1、 いわゆる「神顕現の物語」
 ここには有名ないくつかの物語があり、代表的なものの一つは婚姻前のマリアに天使が現れて「あなたは神の子を宿されました」と告知したという
「処女降誕物語」があります。
 さらに、イエスが数人の弟子を伴って山に登り、弟子たちの眼前で「神の姿に変貌し、脇に預言者モーゼとエリヤがともなっていた」と語られる
「山上の神顕現」の物語も有名です。また「イエスの十字架上の死とそこからの復活」などはキリスト教の核となるような物語です。
 これらはすべて
「イエスは神の子であった」ということを語る物語で、キリスト教信者にとってはそのまま信じられていていいことです。しかし、思想史的に分析するならば、これは大筋としては「人々のイエスへの期待」が生み出したものと言えるでしょう。たとえば、処女降誕物語は「マタイ福音書」と「ルカ福音書」の二つにしか語られていないのですが、そこでも相互に大きく食い違っており、内容も明らかに作者の意図が見え見えで完全に「物語」であることが了解されます。しかし、共にここには「救済者としてのイエス」を語るという意図があって、そのイエスのあり方を一つの「寓意」として語っているといった解釈ができるのです。
 それを
「マリアによる処女懐胎物語」でみてみましょう。これは多分「マタイ」と「ルカ」のどちらかが他方に習って書いたと推察できそうです。というのも「マルコ福音書」や「ヨハネ福音書」は伝道活動に入った以降の成人したイエスしか描きませんから当然「処女懐胎物語」はありません。本来イエスの意味は、その「教えの新しさ」「彼の生き方」「伝道」にあり「口伝のイエス伝承」もこれにのみ関わっていたと推察されるからです。
 つまり「家系」だの「誕生」だのについての伝承は元来必要なかったと考えられるのです。もしそれが必要だったとしたら「マルコ」がそれを記述しなかったとは考えられません。
 それにも関わらず「マタイ」や「ルカ」が「処女懐胎の物語」をわざわざ書くにはそこに
「イエスの神性」を強く主張したいという「意図」があったからだと考えられます。それは両福音書のみにある「イエスの家系図」の話しに遡り、「マタイ」では「イエスは、メシアであるダビデの血統にあり、しかも処女から生まれた神の子である」となり、「ルカ」では「処女から生まれた神の子イエスは真実神から発している」という主張となっています。ここから「マリアによる処女懐胎」と話しがすすんでいたわけでした。
 そうなるのも、「マタイ」は
「ユダヤ教聖書の預言の成就としてのイエス」を描くということにその全体があるので、誕生の部分についてもユダヤ教文書の「イザヤ書7.14」にある「乙女が身ごもって男の子が産まれる。その名はインマヌエルと呼ばれる」とある言葉の成就としてイエスを描きたかったと考えられます。
 ただ、ちなみに言っておくとこの「乙女」というのはヘブライ語原典では「若い女」となっているところをそのギリシャ語訳である「七十人訳」が「パルテノス」と訳したところから誤解を生じさせたものだとしばしば指摘されます。
「パルテノス」は「処女」であって「ただの若い女」ではありません。ですから本来のヘブライ語原典では何も「処女」ではなく「ある若い女性が子を産む」という記述であったところをギリシャ語訳によって「処女懐胎」となってしまったというわけです。これはその通りです。
 ですから一見するとここで大変な「誤解」に基づいてキリスト教は「処女懐胎」という非常に重要な教義を作ってしまったと見えるかもしれません。しかしそれはそうでもないのであって、ユダヤ教文書はもう2〜300年も前に「ギリシャ語文書」になっているのであって、それは現在の日本で言えば江戸時代の中期に相当する古さなのです。そしてその文書でユダヤ人すらもユダヤ教文書を読んできたのであって、その内容はすでに「定着していた」と判断すべきでしょう。そこにいまさら過去の遺物を引っぱり出して比較して「誤訳・誤解だ」と騒ぐのは、丁度漢字に翻訳されている仏典についてインドの原典文書を探し出して漢字仏典の誤訳を探して「間違い・誤解」と騒ぐのにも似た「悪意ある態度」と言えると思います。ですからここは素直に「処女マリア」という言い方を受け止めておいていいと思います。
 そして、繰り返しますが『聖書』は本来
「信仰の書」であって本来「歴史書」でも「文献学の対象」でもありません。したがって「歴史的事実」や「科学的事実」においては間違っていても、あるいは「誤解」があったとしても、あるいは作り上げた「物語」であっても、「信仰」に大事なものはそのものとして「信じられる」ことが要求され、それが「信仰というものの命」としてあるものなのです。
 ですから逆に、人が「聖書にある記述が歴史的に実証された」とか「科学的に立証された」とか言って喜び騒ぐのは、実は自分の「不信仰」を言い立てているようなものなのです。「信仰」と「科学」は交叉することがないほどの遠さで本来「土俵が違う」のです。つまり「信仰」は「歴史的事実」とか「科学的正しさ」とか「文献学的に正確な読み方」だの要求するものではないのです。
 それはそれとして、「マタイ福音書」はその後「イエスの誕生」の次第となります。ここで筆者はユダヤ教聖書の
「ベツレヘムからイスラエルを導く者が現れる」という言葉を引用しながらイエスが「ベツレヘムで生まれた」としてきます。これも「マタイ」がユダヤ教聖書の預言の成就としてイエスの誕生を描くからそうなるのであって、歴史的事実としては、イエスは「ガリラヤ地方のナザレ」で生まれそこを活動の舞台としていたということでは学界は一致しています。
 年代は「ヘロデ大王の時代」と記していますがこれは紀元前4年前後とされています。そして「マタイ福音書」で興味深いのはここで「クリスマス劇」でも有名な
「東方の博士の来訪」が語られていることです。
 彼等は占星術の博士とされ、その知識によって
「ユダヤ人の王が生まれたことを東にあって知った」ので訪ねてきた、とされています。この「ユダヤ人の王」という言い方は毎度のことながら「ユダヤ人」を意識した言い方で、また「王」という言い方の中に「ダビデ王」も意識され、これはひいては「メシア」を指示する言い方となっています。そして「東方の博士」とは当然「異邦人」となります。その異邦人が「イエスこそメシア」であることを見抜いたと書いているのは「ユダヤ人に対する皮肉」となっているようです。ここには「異邦人である彼等すらイエスがメシアであることを見抜いた。我々ユダヤ人がそれを見抜けないでどうする」といった「マタイ」の同胞に対する促しがあるのかもしれません。

 一方、「ルカ」の方ですが、こちらは「マタイ」とは相当違った物語となってきます。一致しているのは「ベツレヘム」で生まれたとしている点だけです。しかしここでルカは
「ヨセフとマリアがガリラヤのナザレからやってきて」となっていて本来の誕生地を示唆しています。後は全く異なります。有名な「飼い葉桶」に寝かせたとしているのは「ルカ」の方で、「マタイ」では「家に入ってみると幼子は母と共に居た」となっています。「ルカ」の方は「ナザレ」から旅してベツレヘムに来たけれどそれは住民登録の命令によるもので、従って多くの人々がベツレヘムに集まってきていて「宿屋」が満杯だったからというわけでした。しかしこんな住民登録の命令がヘロデ大王の時代にローマ皇帝アウグストゥスから出されたなどという記録は何処にもなくこれはルカによる創作であることは明かとされています。これは、ルカが「イエスはナザレからベツレヘムに来て生まれなければならない」という理由付けを物語としたということです。
 「ルカ」で特徴的とされているのはこの「幼子イエスの誕生」を天使が
「主キリストの誕生である」「羊飼いたち」に知らせて彼等がやってきたと記している点です。「マタイ」の場合は星の輝きによって「東方の博士」に知られ、星に導かれて彼等はイエスを探し当てたのに対し、こちらは「羊飼い」に「天使が直接現れた」と物語られているのでした。当時羊飼いというのは「黙って他人の土地に入って羊に草を喰わせ」また「人里離れた妖怪の住みかに住まう者」というような理由で「罪人」とされていました。つまりルカは「罪人にとってキリストとなる存在としてのイエス」を描いているといえるのでした。
 そして「マタイ」では
「博士達の学問的理解」に基づいた来訪でしたが、「ルカ」の方は「天使による直接的知らせ」となっていたこの差にも注目すべきで、虐げられている者、下層民にとって「良き知らせ、福音」はより強く「ルカ」によって意識されていると理解できるでしょう。
 その後「マタイ」はこれまた聖書の言葉の実現ということで「イエスたちのエジプトへの避難」の物語と「ヘロデによる子どもの大虐殺」の話しとなります。これも歴史的事実ではなく、「マタイ」による「ユダヤ教聖書の実現」ということなのですが、しかし一方で「ヘロデ大王」がユダヤの民衆には嫌われていたという事実はかいま見られます。さらに「エジプトからの帰還」となってここで父ヨセフはヘロデの死後アルケラオスが支配していたのでそれを怖れガリラヤに引っ込み、こうしてイエスが「ナザレの人」と呼ばれることになると予言者が言っていたことが実現したとなります。
 一方「ルカ」の方は「少年時代の話し」となっていますが、これもイエスがどんなに「優れていたか」の
「物語」という性格を持っているだけで「史実」とは関係ないようです。

 以上のように、イエスの「処女懐胎」という奇跡物語は、二つの福音書で全くことなった物語となりつつ、共にイエスの
「神の子、救世主キリスト」を証すための物語となっているのでした。

2、自然奇跡
 イエスの行動の物語となり、先ずその奇跡とされる行動に、
「嵐を静め、湖の上を歩き、水をブドウ酒に変えたり、パンや魚を何千人分に増やしたりする物語」があります。ここには、嵐に怯えている人々を慰め救い、食物を増やし与えるなど生活苦や物理的に苦しむ人々の「救い」や「喜びを与える」イエスが描かれ、イエスの「使命」の一つが暗示的に示されています。
 つまりここでの意味ですが、本当に物理的に嵐を鎮めたというより、イエスと共にあって
「嵐は恐れるものではなく」、餓えにあっても「イエスにあって心が不安になることがなくなった」といったこととして考えると分かりやすいでしょう。
 ですから、
「イエスに対する信仰が奇跡を起こしている」と理解できるわけで、そのためイエスを単に「木工師ヨハネの息子」としか見ることのできない故郷にあっては殆ど奇跡が起こせない(マルコ6.1以下、マタイ13.55以下、ルカ4.23以下)、となるのでした。つまり、故郷の人々にとっては、イエスは単に「ヨセフの子ども」でしかなく、「救世主キリスト」と見る目、つまり「信仰の目」がなかったので、イエスは奇跡が殆ど起こせなかった、というわけなのでした。

3、病人の癒しの奇跡
 さて、イエスの奇跡にまつわる話しとしてはこの
「病人の癒し」の物語が圧倒的に多いです。ここにイスエのもっとも顕著な特徴が出ていると考えられる物語です。つまり、これは「実際のイエス」に基づいていると考えられるのです。
 すなわち、医者にもかかれず、また人々から見捨てられている病人を、本当に心からいたわり看病し、その愛と看病は常人の在り方をこえていたイエスです。それがために、イエスの存在は病人にとってはまさに
「奇跡」と映ったであろうし「神様」とも思われたと考えられます。そして実際、それがために本当に治癒したこともあったかもしれないし、少なくとも、心安らかになり、生きていることに意味も見えて精神的には「生き返った」ということもあったと考えられます。
 その「イエスの病人の癒し」の例を、最初の福音書で、素朴な描きとなっている「マルコ福音書」を中心にたどって見ます。

「穢れた霊(病気)にとりつかれた男を癒す」1,21〜28。
「シモン・ペテロの姑を癒す」1.29〜31。
「夕方、多くの病人を癒す」1.32〜34。同文は3.11〜12にもある。
「らい病を患っている者を癒す」1.40〜45
「中風の人を癒す」2.1〜12
「手が萎えた人を癒す」3.1〜6
「悪霊にとりつかれたゲラサの女を癒す」5.1〜20
「ヤイロの死んだ娘を生き返らせる」5.22〜43
「イエスの服にさわって癒される長血を患った女」5.25〜34
「ゲネサレトで病人を癒す」6.53〜56
「異邦人ギリシャの女の娘から悪霊を追い出す」7.24〜30
「耳が聞こえない人、口のきけない人を癒す」7.31〜37
「ペトサイダで盲人を癒す」8.22〜26
「悪霊にとりつかれた子を癒す」9.14〜29
「盲人を癒す」10.46〜52

 「マルコ福音書」で拾うと大体以上のようになるのですが、一つ一つは情景が異なるものの、全体的にイエスは常に病人の近くにいたということになります。また、これらは「マタイ」にも「ルカ」にも再録され、しかも二度三度と繰り返し現れて来て、これ以外の例をさらに挙げてくることも多々ありますが、種類としてはおおむね以上の例に含まれるような話しとなっています(たとえば「百人隊長の僕の癒し」など、ローマ帝国の軍人という当時のユダヤ人には受け入れがたい人々もイエスは例外としていないという例など)。
 また、極めつけの例として良くしられているのが「ヨハネ」にある
「死んだラザロの復活」であり、これは「ヨハネ」11.1〜46までの長い話しとなっています。概略は、ベタニアの「マリアとマルタ」の姉妹の兄で「ラザロ」という男が死んで四日経ち、イエスによって蘇生させられる話しとなりますが、この「ヨハネ」は他の三つと異なって「癒しの奇跡物語」が非常に少なく、それだけにこの物語が突出して目立つものとなっています。他方、この話しは他の三つの福音書にはありません。「ヨハネ」はこの例一つをもってイエスの「癒しの奇跡」を代表しているような印象となっています。
 ただし、この
「死人の蘇生」は「ルカ」の7.11〜17での、「あるやもめの一人息子が死んで嘆き悲しむ彼女を見てイエスが心を寄せ、息子を蘇生させてそのやもめに渡した」といった例もあります。また「ヤイロの死んだ娘の蘇生」はすでに「マルコ」はじめ、「ヨハネ」以外の二つ福音書にある話しとしてあげておきました。

 さて、これらをどのように理解するかということですが、再三指摘しているようにキリスト教信仰においては、これらはそのまま信じられることとしてある、としておいていいです。しかし、ここでの思想史的立場からこのことを見ると、これはイエスの実際行動を
「人がどのように受け止めたか」というところでの物語として理解されると考えられます。
 すなわちここには、イエスの病人にたいする献身的な愛があり、病人側からしてみるとその愛は常人の域を超えていると見られ、そこにおいて病人側のイエスにたいする
「絶対的信頼」があったと考えられるのです。これを簡単に言ってしまうと、昔の日本人が信じられないほどの愛の献身の姿に「観音様」を見たのと同じ精神構造があっただろう、ということです。
 こういった「人と人」との絶対信頼の場面で人は本当に「治癒する」ということが成立する、ということは現代医学の立場からも言われていることです。それゆえ、この「癒しの奇跡物語」では
「信仰が汝を救った」「だれにも口外するな(つまりこれは信仰のないところには奇跡はない、ということと裏腹になっています)」という言葉が附加されてくるのです。このことは大事です。なぜなら、奇跡の正体を明確に語っているからで、奇跡とは要するに「心の問題」であることを言っているからです。
 そして、ここにおいて、
「人は人のうちに神を見る」ということが成立している、ということも理解されると思います。
 これは先にあげておいた自然的奇跡の場合にも言えるでしょう。つまり、神にたいする信仰は自然的脅威をも脅威ではなくする、ということを言っていると解されるのです。本当に嵐がやんだり水の上を歩けるようになるわけではないでしょう。これを誤解すると
「物理的に」奇跡が起きると勘違いして、自然現象の側面や地形のあり方などで説明しようとしたり、あるいは一生懸命お祈りをして水に飛び込んだが、結局溺れて、助けられた時「神様の嘘つき」と叫んだ少年がいたとかいないとか言う話しになってしまいます。
 こういう
「奇跡とは心の問題」ということをイエス自身もよく知っていたと考えられ、それゆえイエスは奇跡を起こしても、「誰にも言ってはならない、ただ黙って家に帰りなさい」と言っていたのです。にもかかわらず、「治った人は、人々の間に言い触らしたので、いろいろトラブルが起きてきた」とマルコは記しています。それはそうでしょう。こう聞くと、人々はいわゆる「超能力的奇跡」を期待してしまいます。そして俗世的「見せ物」的な要求をしてきます。イエスはそれを怖れたのでしょう。
 ともあれ、イエスの奇跡というものの性格は以上のようなものであったと思われます。すなわち、イエスに本当の信頼を寄せた人々の心に「真実のやすらぎ」が生じ、それは具体的に「心身」の治癒をももたらしたり、自然や社会での不安や恐れから解放されたり、人の生きる意味が見出だされたりで、本当に
「救済」された人々がいた、ということです。
 こういう人々がその「信ずるイエス」を語ったとしたら、それはやはり「奇跡物語」となって少しも不思議ではないと思います。ですから私達はこの「イエスの奇跡」を、テレビや映画などで見せられる
「人をびっくりさせる超常現象」などと捕らえてはならないと言えるのです。

イエスの使命
そのイエスの行動ですが、彼は病人の中にいただけではありません。彼の回りにいる人々でよく知られているのは、
「収税人と売春婦」そして彼の誕生の時天使に教えられ駆け付けたと物語りにある「羊飼い」などが代表です。イエスは彼等に語りかけ、彼等と共に食事をし彼等と共に生活をしていました。このことにどんな意味があるのでしょうか。
 一言でいって、彼等はその当時、
「罪人」とされて差別されていた人々でした。収税人は、「ユダヤの神」を知らない異教徒で戒律も守らない「不浄の民」であるローマ帝国民のために働く「犬・手先」とみなされ、しかもその彼等の給料はその取り立てた税金から得られたということで「盗人」とされていました。売春婦は当然「姦淫」の罪を犯している「罪人」とされ、羊飼いは勝手に人の敷地にはいりこんで草をくわせる「掟破り」、得体の知れない悪霊の住む山野で暮らす「悪霊」の仲間と見做されていました。彼等はユダヤ教の戒律に違反していると見做されていたのです。その他に罪人とされていた人々には、墓地や埋葬にかかわる者、肉屋や皮なめし職人、床屋や風呂屋など「汚れ」にかかわる者、飾り職人や織物職人など「女」にかかわるものなどが数えられています。ユダヤでは女性は始めから「不浄のもの」とされていたからです。
 イエスは
「自分がここにきたのは罪人のため」と言ったということはよく知られていますが(マルコ2.13f)、この時の罪人というのは以上のような宗教的「罪人」なのであって、強盗・殺人などの社会的罪人を言っているわけではありません。
 この人達は好き好んでこんな「罪人」になったわけではないわけで、そうしないと「生きて」いけなかったからです。ユダヤ教社会での社会的差別は激しく、職業や生き方の選択の余地などありません。そしてこうして差別されながら、彼等はそうした苦難にあうのはその罪のせいだとされたのです。
 無論そんな主張をするのは恵まれた一部の上層階級の人達、ユダヤ教神官、学者達でした。彼等は搾取するだけ搾取し、ノウノウと暮らしながら、自分達は
「正しい」人間であり救いは自分達にあるとしていました。なぜなら彼等は「戒律」を守れたからです。彼等は手の汚れる仕事などしないですみました。教会にもたくさんの献金をつめました。安息日も守れました。お祭り・行事をするのに何の障害もありません。売春婦を買うのもこういった人達でしたが、自分達は「汚れない」と思い込んでいました。そして苦しんでいる人々を「罪人」呼ばわりして、彼等は救いなど決して得られないとさげすんでいました。自ら「正しい人」を誇る人の正体とはいつでも何処でもこんなものです。イエスはこうした「勝手な人たち」に戦いを挑んでいったといっていいです。

 ともあれ、イエスはこうした
「徹底的に神の愛を実践」していた人として、その「愛の源泉」としての「神を見せる者」として「神の子」とみられ、「救い主キリスト」と見られていったという経緯をみておきました。「福音書」というのは結局そうしたタッチで描かれているものだと理解できるのです。

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