8.イエスにまつわる伝承 - 4. イエスの教え「愛こそすべて」 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

8.イエスにまつわる伝承〜イエスは如何にして「救世主キリスト」となったのか〜
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INDEX
1. イエス論とは。背景としてのユダヤ教
2. イエスとユダヤ教「パリサイ派」
3. イエスと洗礼者ヨハネ
4. イエスの教え「愛こそすべて」
5. イエスの行動、その使命と奇跡物語
6. イエスの十字架と復活
7. 12弟子と「ユダ」および「マグダラのマリア」

4.

イエスの教え「愛こそすべて」


はじめに
 この章からイエスそれ自身の解釈に入ります。つまり、イエスが「神の子、救世主キリスト」と見なされていったその要因を見ることになります。そのはじめとして「イエスの考え方、ないしイエスの教え、その使命」に要因の一つを求めてみます。
 つまりイエスはこれまでになかった「人間についての考え方」を示して
「神の愛による人間の救済」を説いてきたからで、これは思想史的に見ると大きな転換の思想なのでした。というのも、それまでの人間についての考え方というのはギリシャ哲学に典型的に見られるように「救済に至るのは人間の努力、戒律の遵守」といったタイプのものが殆どでした。それに対して、イエスの場合は「神による弱者の救済」という、史上はじめてといって良い思想を提唱したのであり、これは私達になじみの仏教の用語で言えば「他力の思想(阿弥陀仏に絶対的に帰依することにより、阿弥陀によって救い取られるとする思想)」が提示されてきた、となります(なお、この仏教の他力の思想は仏教史の上で相当に後代になって出てきた思想で、背景には中国に伝播したキリスト教=景教の影響があると考えられます)。その結果、この「弱者、つまり虐げられ、苦しめられ、悲しんでいる者たち」によってイエスは「神の子、救世主キリスト」と見られていったと考えられるのです。
 さて、イエスの「教え」といっても、イエスによる教えそのものは子どもにも分かるようなやさしく単純な形で述べられた筈です。そうでないと一般の人々、とくに教育も受けていないような下層の人々の中に広まることはあり得ないからです。しかしそれを一つの教え・思想としてまとめようとした時には、その特質は次の四つで説明できると言えます。

1、ユダヤ教的「律法主義」「戒律主義」にたいする批判
2、神とは「愛」であり、その神の配慮は全存在に及んでいる、ということ。
3、神の国の成就は今まさにきたらんとしているということ。
4、人はその神の国へ入るべく「悔い改め」なければならないこと。

1、ユダヤ教的「律法主義」「戒律主義」にたいする批判
 当時のユダヤ教の教えが、「救い」に至るためには「戒律」を守ることにあるとして、しかもそれを「文字通り」に拘泥して押しつけていたことにたいする反論です。これは「自分の努力、自力を頼む」という意味でもイエスの批判の対象になったでしょうが、イエスにとってもっとも許せなかったのは文字通りに守るという条文への
「拘泥の態度」、「欺瞞的態度」、「偽善的態度」でした。
 つまり、この「文字通り」の拘泥というのは「律法の精神」を忘れさせ、ただ「現象」としてそう「見えて」いれば良いということになってきます。「安息日」の戒律にしても本来は日々の労働のうちに忘れがちとなる「神」を心のうちにしっかり思い起こして、感謝し祈り、人間の罪を顧みて心静かにしているということが要求されたものなのでしょうが、ユダヤ教にあっては
「ただ労働しない」ということのみが要求され、その要求は「文字通り」すべての「働き」に適用されましたから、イエスが苦しんでいる病人を看護してさえ、また弟子が畑の傍らを通り過ぎる時麦の穂をつまんで食べたのさえ非難されるようになっていたのです。こうしたパリサイ派の態度をイエスは「偽善」とみなし、徹底的に批判したのでした。
 その上でイエスは、「律法」の本来の精神を取り戻そうとしたのでした。たとえば、
「安息日は人のためにあるのであって、安息日のために人がいるわけではない」といった主張などが典型となります(「麦穂摘みの物語」マルコ2.23f)。

2、神とは「愛」であり、その神の配慮は全存在に及んでいる、ということ。
 ユダヤ教の「神」が「ねたみの神」であり、見張っていて「罰」を与えてくる神と捕らえられていたのにたいし、「神」というのは本来
「愛」をもって見守っているもの、離反し「罪」の中にいて今もさまよっている人間を救おうとしているものだ、と理解した点にあります。「迷える小羊」や「放蕩息子」の譬えなどみなこの思想をあらわしたものです。
 通常「迷える子羊の譬え」というのは、「マタイ」と「ルカ」の二つの福音書にあって(「マタイ」18.12f、「ルカ」15.1f)、それは神学的解釈においていろいろ言われていますが、一般的に知られている言い方で言うなら、100匹の羊を飼っている羊飼いがおり、その中の一匹が迷い出ていなくなってしまったら、その羊飼いは他の99匹を置いてでもその一匹を探し求める、という形で紹介されます。
 素直に読むならここでの羊飼いとは「神」であり、迷い出た者は
「私たち人類」と理解することができます。つまり、神は、子羊のように無知で自分勝手に神の元から迷っていなくなってしまう愚かな人類を決して見捨てることはなく、他の99匹を置いてでも探し求める、という「神の決して人間を見捨てることのない愛」を語ったものと理解できます。
 ちなみに、ここでの置いてきぼりとなる残りの「99匹」ですが、ここに人間はいません。何故なら
「人間はすべて迷える子羊」だからです。というか、そんなことは理屈っぽく考えなくていいのです。問題は「迷える子羊のような人類に対する神の愛」にあるのであって、神はそうした哀れな人類を見捨てず救済のために探してくれる、ということだけがポイントだからです。
 
「放蕩息子の譬え」も趣旨は同様で、ある金持ちに二人の息子がいて、一人が分与された金を持って家を出てしまい、時が経って、その息子が放蕩に身を持ち崩してフラフラ家に戻ってきた時、その金持ちのお父さんは大喜びでその息子のために大宴会を開き、それを見て家に残っていたもう一人の息子はそうした父を責めたという。それに対して父は、あいつは死んでいたのに生き返ったのだ、いなくなったのに見つかったのだ、と答えたというものです(ルカ15.11f)。ここでの金持ちとは「神」であり、放蕩息子を私たち人間と解釈するのが筋にかなっているでしょう。欲望と放蕩のこの地上的生活から「神の下に戻った」人間を神は叱りつけたり追い出したりせず大喜びで迎えるものなのだ、と理解できます。
 ただし神学者は、金持ちを神とすることでは変わりませんが、家に残っていた息子はユダヤ教徒で、放蕩生活から戻った息子をキリスト教徒とか、一人は正義で一人は改悛のシンボルとか、一人を肉体、一人を精神・霊魂とするなどと解釈したりしています。しかし、「迷える子羊」の比喩でも同様ですが、私としては、全てのイエスの語りはインテリでも何でもない普通の、むしろ教育もない下層の人々が理解できるレベルで語られているものと理解しています。 
 これらの比喩に比べて少し難しいのが
「ブドウ園の労働者の譬え(マタイ20.1f)」で、これは、ブドウ園を経営する人が仕事を求めている人々に仕事を与えるのですが、朝から雇った人に働いてもらっていたけれど、昼に外出したところまだ仕事にあぶれている人たちを見つけてその人たちも雇い、さらに夕方近くなってさらに一日仕事がなくてたたずんでいる人たちを見つけてその人たちも雇い、夕暮れとなって仕事が終わったところでそのぶどう園の経営者は全員に同じお金を与えたといいます。
 もちろん、朝から働いていた人たちは労働量が違うわけですから文句をいいました。しかしぶどう園の経営者はそれを諭して同じ金額のまま帰らせたといいます。この経営者の言い分は『聖書』の言い方では「約束の金額なのだから文句はなかろう、また私は最期の人たちにも同じだけ払ってやりたいのだ、私のお金なのだから私が好きなようにしていけないわけがなかろう」といった返事で、これについてイエスは「このように最初の者は最期になり、最期の者は最初になる」とコメントしています。
 ポイントはイエスのコメントになりますが、いろいろ解釈されていますけれど、私としては、要するに
「最初も最後もない、皆同じなのだ」というコメントとして捕らえています。つまり、天国に迎えられるのは若いときから改悛してたくさん善行を積んだ者で、老人になって改悛して善行が少なかった者は天国に入れない、といったものではないということです。言い方を変えれば、神に従おうとした人たちは、その心の回心が時期的に早かろうと遅かろうと関係はない、皆同じく神の国に迎え入れられる、という比喩だと思います。これも「神の愛」の譬えとなると思います。

3、神の国の成就は今まさにきたらんとしているということ。
 神の救いの現れる日は
「今」である、という考えで、悔い改めは「今」要求されるのです。今は仕事で忙しいからまたあとで暇になったら考えます、といった悠長な事柄ではない、ということです。またこれは「精神的・思想的」なこととして解釈されるのではなく、イエスの場合には文字通り「現実の今」最後の審判、神の国の到来があると信じられていたようでした。したがってイエスは「教団・教会」をつくって未来に伝道しようなどとは夢にも考えられていないと言えます。しかし、実際問題としてイエスが昇天して、弟子達による教団がつくられた段階で、これを精神的に解釈する必要も出てきてしまいました。

4、人はその神の国へ入るべく「悔い改め」なければならないこと。
 悔い改めの必要というのは、洗礼者ヨハネをひきついでいるものですが、今ある自分を否定し、新たな自己にならねばならないことを言うものです。洗礼とはそういうもので、罪ある自分を「一度水に入って死に」新たな者、神に従うものとして
「生まれ変わる」ということを表現したものです。

黄金律と隣人愛
 具体的に結局何が要求されるのか、というとこれもイエスは簡潔な表現で言っています。「マルコ福音書」でも「マタイ福音書」でも「ルカ福音書」でもいずれの福音書でも、律法についての議論において、イエスは、第一の掟は
「神なる主は一つなる主、神なる主を心をつくし、命をつくし、思いをつくし、力をつくして愛すること。第二は隣人をあなた自身として愛すること」と言っています(「マルコ」12.28f。「マタイ」22.37f、「ルカ」10.25)。  
 さらに、この第二の掟が通常有名な黄金律となって表現されています。それは、すなわち
「あなたが人からして欲しいと思うことを人にも為せ、それが律法と預言とに他ならない」というものでした。  
 ところで、ここでの「隣人をあなた自身として愛すること」と言われる隣人についてですが、それについてイエスは有名な
「善きサマリア人」の譬えでその内容を示しています。
 これは、エルサレムからエリコへと旅にでた旅人がいて(だからユダヤ人)、追いはぎに襲われてしまい半殺しの目にあって道に倒れていたとき、(ユダヤ教の)祭司が通りかかったが彼はその倒れている人を見ると道の向こう側を通って行ってしまった。また(ユダヤ部族の親類筋の部族である)レビ人が通りかかったが彼もそうした。その次ぎにサマリア人が通りかかり、彼はその傷ついた旅人を見て介抱し、宿屋まで連れて行き、自分の銀貨を渡してその旅人の世話を頼んでいったという、この三人のうちで誰が旅人の隣人となったと言えるか、というものです(「ルカ」10.25f)。
 当然これに対して、イエスにその質問をした人(ユダヤ教の律法学者)は「その人を助けた人です」と答えてきます。これはつまりサマリア人のことですが、この譬えのポイントは、旅人は「ユダヤ人」で、助けた人が「サマリア人」だというところにあります。つまり、当時サマリア人というのはユダヤ人に嫌悪され迫害されていた人々でした。ところが彼は、自分たちを嫌悪し迫害している部族のユダヤ人であっても、傷つき倒れている人を見て放ってはおけず、身銭を切ってまで助けようとしたのです。一方、ユダヤ人の同胞であり「祭司」でもある男は彼を見捨てています。レビ人というのは同じユダヤ人ですが「ユダ族」とは異なった部族で、同族のものということです。
 つまり、ここで「隣人」というのは「同じ部族」のことでもなく(また皮肉にもこの人は「宗教指導者」としていました)、「近親部族の人」でもなく、
「傷ついた人を放っておけずに助けようとする人」だと言っているわけです。そしてここでの趣旨は「人は人に対してこのサマリア人のようにあれ、それこそが隣人と言える人だ」というところにあると言えます。そうしてこそ「神の愛によって結ばれた真実の人間関係」が形成されて、そこにおいて「神の愛に基づく隣人愛」が成立する、という筋道となるのでしょう。
 ただしここも、例によってさまざまの神学的な解釈に晒されている譬えの一つですが、それについてはここでは触れません。

 イエスは律法についてユダヤ教的な解釈をしりぞけました。かといって律法を廃棄しようとしていたのではありません。それはイエス自身がはっきり言っています。イエスは、私がきたのは
「律法を成就するため」だと。しかし、その律法は文書としては複雑です。しかも一つ一つやっていこうとしたらほとんどガンジガラメになってしまいます。イエスはそんなユダヤ教的考え方が駄目だというのであって、その言わんとしているところ、精神を理解しろといっているのです。そして、その精神はどこにあるかを示そうとして上のような解釈を示したのです。すなわち、「神を思うような愛に由来する愛ですべての人々を愛すれば、すべての律法は自ずと成就してくる」というわけです。

山上の垂訓
 そして、キリスト教の受容・伝播の根本的要因となったのが、いわゆる「弱者の救済」というイエスの姿勢でした。それはイエスの教えを簡潔にまとめた、いわゆる「山上の教え」と呼ばれているものに明白に見られます。これは「マタイ福音書」5.1以下にあるものですが、同じ内容のものは「ルカ福音書」6.20以下にもあり、イエスの実際の教えを最も良く示しているものとして有名です。

ああ、幸いだ、 神に寄りすがる貧しい人達、天の国はその人達のものとなるのだから
ああ、幸いだ、 悲しんでいる人達、かの日に慰めていただくのはその人達だから
ああ、幸いだ、 踏み付けられてじっと我慢している人達、約束の地なる御国を相続するのはその人達だから
ああ、幸いだ、 神の義に飢えている人達、かの日に満足させられるのはその人達だから
ああ、幸いだ、 憐れみ深い人達、かの日に憐れんでいただくのはその人達だから
ああ、幸いだ、 心の清い人達、御国に入って神に見えるのはその人達だから
ああ、幸いだ、 平和をつくる人達、神の子にしていただくのはその人達だから

 そしてこれにつづけて、信仰のゆえに迫害されてもそれは「幸い」となる、これまでの預言者も迫害されてきたのだから、という言葉で締めくくっています。この「迫害」というのは、悔い改めることなく地上の財産、快楽、権力を大事にする人々からの迫害、あるいは上層階級、また当時実際イエスを迫害していたユダヤ教神官・学者からの迫害を念頭においてのものです。ここでは後世に起きる「異教徒」たるローマ帝国からの迫害は予測してはいません。
 
 さて、このうち一番始めの「神に寄りすがる貧しい人々」というのに少し説明をくわえておく必要があります。というのも、これは一般の聖書では
「心の貧しい人達は幸いである」と訳されているからです。この「心が貧しい」という日本語はむしろ否定的なニュアンスをもっていますがここではそうではありません。ギリシャ語原文では「プネウマ(霊、心)において乞食である」というで、本来の意味は「(神の救済を求める心が満たされておらず)、心から神の救済を願っている」といった意味なのです。
 これに関しては、ルカ福音書にあるように
「貧しいもの、乞食は」というのが本来であったろうと考えられています。そして意味は文字通り「その日その日を物乞いしてやっと過ごしている人達」という意味であったろうと信じられています。この人達は当時働こうにも働く場も機会もあたえられず「乞食」をするしか生きる術のない人達であって、こうした人達はけっして少数ではなかったのです。イエスはこうした人達への救済を願っていました。
 マタイはこれを精神的に変換して「心において神を乞い願っている人たち」としてきたと言えます。こうすることで、「宗教性」を強くしているわけです。つまり、金持ちであろうが貧乏であろうが、そうした社会的条件は問わず「心において神わ願う」という人々こそが救われるとしているからです。ようするに、イエスの場合「社会革命」というやり方ではなく人々の「意識・心」を変革することによってこうした人々をつくりさげすんでいる社会の在り方そのものを変革しようとしたと捕らえているわけです。
 こう言われて、心ある人は「人の在り方」というものに思いをいたし考えたことでしょう。実際、そういう人達がいたからイエスは受け入れられて、また後世キリスト教会などが形成されたのでした。実際、初期のキリスト教ではその内部で差別は撤廃されていたのです。もちろん、ルカ福音書の場合のように「乞食をして生きていた人々」は勇気づけられ救われた思いがしたでしょう。それ故にイエスの教えは広まっていったのです。
 そしてもう一つ注意されるのは、ルカ福音書の場合にはイエスは直接
「あなた方」と言う形で話しかけています。マタイの場合は普遍化された客観的な言い方です、つまり思想のようにされています。しかし実際のイエスは常に人々とあって、人々に直接話しかけていたのです。「あなた」が大事だったのです。「私とあなた」という関係のところでしか真実は開示されてこないと多分イエスは考えていたでしょう。

 これ以下の教えについてはくどい説明は不要でしょうが、すべてがこの当時、しいたげられていた人々にこそ「神の愛がある」と言っていることは注意されなければなりません。つまり「人一般」への抽象的「救いの教え」ではなく、むしろ
「具体的弱者」の救済という特質をもっていたということです。
 これがローマ社会の中に迎えられるようになってしだいに変質し
「人一般」が対象になってくるのです。それにはインテリ、つまり当時のストア学派や新プラトン派の哲学者が一枚かんでいるでしょう。というのも彼らがキリスト教に改宗していっているからです。それは、かれらが「人間の力の限界性」を考えるようになっていたからでしょう。こうして彼らは「神の力による救済」という思想をイエスの思想に見いだし、この思想こそ限界のある人間の真実の救済になると信じてキリスト教に改宗していったと考えられます。
 ところが彼らは「虐げられた者」ではなくむしろ上流階級の人たちでした。ここでキリスト教は「虐げられた者の救済の教え」から「人間一般の救済」へと拡大していったと思われます。ただしここまではイエスの教えに適うことでしたからいいです。ただ、イエスの教えの理解の内容が「救済の叫び」から人間をこのように見守って生かしてくれる「神への感謝」という面に比重が移っているとは言えます。
 こうなることで、当時のキリスト教が「女・奴隷に支えられた、女・奴隷のための宗教」と形容できる
「弱者のための宗教」から「普遍的人間そのもののための宗教」となっていったのです。これが「キリスト教」という宗教の内容となるわけですが、一番の問題はこれがついで「ローマ帝国の国教」とされたところにあるでしょう。
 何故なら本来「虐げられた者のための救済」を目指していた教えが
「皇帝のもの」とされているからです。これ以降キリスト教は「皇帝と手を結ぶ」ことになってきます。こうしてキリスト教は大きく三つの流れになっていったのでした。
 第一の主流は
「皇帝・世俗権力」と結んで勢力を拡大し、富・財宝を蓄え人々の上に君臨し、地位を求め、大寺院を建立していくような流れです。
 第二の流れは初期使徒達の教えに従い
「貧しく虐げられている人々」の間にあって、人々に「神の愛」を説き、人々を慰め力づけ、貧しい人々と共に生きた信仰者の流れです。
 第三は
「神との出会い」を求めて修行する「修行者」の流れです。
 キリスト教の本来の精神は当然第二と第三の流れにこそあるのですが、やはり「権力」と化したものの方が「強い」わけで、第一の流れがその宗教の代表となってしまいます。こうして歴史的にキリスト教の腐敗ばかりが目につくことになってしまったのでした。

 ともあれ私達は、イエスの思想に一つの人間に関わる思想の転換があり、それは「厳しき神、戒律主義」から、
「神は愛、人にあっても愛こそすべて、その愛においてこそ人は救われる」という思想への転換でした。そこに人々が惹かれていったのはある意味で当然のことでもありましたが、反面でこれは既存の宗教や思想をひっくりかえしてしまうものであり、そうしたものとして危険視されたのもまた事実でした。

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