8.イエスにまつわる伝承 - 1.イエス論とは。背景としてのユダヤ教 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

8.イエスにまつわる伝承〜イエスは如何にして「救世主キリスト」となったのか〜
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INDEX
1. イエス論とは。背景としてのユダヤ教
2. イエスとユダヤ教「パリサイ派」
3. イエスと洗礼者ヨハネ
4. イエスの教え「愛こそすべて」
5. イエスの行動、その使命と奇跡物語
6. イエスの十字架と復活
7. 12弟子と「ユダ」および「マグダラのマリア」

1.

イエス論とは。背景としてのユダヤ教


はじめに
 
この「イエスにまつわる伝承」のページは、「人間」として活動していたイエスが如何にして「神の子、救世主キリスト」と見なされていったのか、をテーマとします。
 ところで、「イエス」を論として扱う際に注意しなければならないことですが、キリスト教信者にとっては
「イエスとは神の子にして救世主キリスト」以外ではなく、それ以外の扱いは基本的に拒否さるべきものとなります。
 たとえば、社会・政治史的な意味での
「歴史的イエス」と言った時にはそれは「人間としてのイエス」という扱いになってくるし(たとえばイエスを「革命家」としてみてみようというような態度などが典型的ですが、実際歴史的にはそうした意味も濃厚に見られます)、また「思想史的扱い」といった時も、イエスの思想を世界や人間に関わる「新たな思想」の一つとして見ることになり、イエスは「一人の思想家」という扱いになってきます。これらの場合では、イエスの扱いは「神の子・救世主キリスト」ではなくなってしまいますので、これはキリスト教信者にとっては困ることです。
 他方、
「神学的」に扱う時には、「キリスト教という枠内で、つまりイエスは神の子にして救世主キリスト」という前提は崩しませんが、これは「学問」ですので既存の説への批判をして「新たな解釈」を提示していくものとなります。そういう性格があることから、イエスについてもさまざまの局面を視野に入れ、既存の説への疑問・懐疑・批判をし、あるいは仮説を立てたりします。その場面で「イエスの人性」がテーマになったり、「歴史的意味」が問われたり、「思想的経緯」が問われたりすることがあるのですが、しかしここでは「イエスの神性を否定する」といったことはあり得ません。ただし、そうではあるのですが、ここには既存の説に対する批判も含まれることから、多くのキリスト者に「異端呼ばわり」されることもあり得る、といったことも多々あります。

 ですから、私達はイエスを扱うとき、それは一般的なキリスト教信仰に基づくものなのか、歴史的人物として歴史学的に扱うのか、あるいはまた「思想家」としてあつかうのか、あるいは神学的に扱っているのか、その扱いを明確にしておかなくてはなりません。
 もしキリスト教信者であり信仰を強固・確認するためにイエスを明確に知りたいという場合には、「歴史的」「思想史的」立場の論攷はむしろ
「信仰のつまずき」になりかねませんので注意された方がいいです。神学的著作の場合には、既存の学説への「懐疑・批判に基づく学問的考察である」ということを忘れないようにしてください。ここでは「自分の信じる解釈」への懐疑・批判がなされている可能性が高いからです。
 さて、それではここでの私の扱いはどうなのかと言うと、むしろ
「思想史的」な扱いとなりますので、この点を注意しておいてください。

イエスについての文献
 ところで、イエスについての証言はキリスト教文書以外には殆ど存在しません。歴史家ヨセフスに見られるいわゆる「フラティウス証言」にイエスについての短い紹介がありますが、この部分は後世のキリスト者による挿入の疑いが強いとされているので証言としての価値は疑わしいとされます。さらに、ヨセフスの『ユダヤ戦記』の古スラブ訳というのがあり、その中にイエスについての記述が含まれているのですが、しかしこれは原文にありません。これについてもいろいろ議論はありますが、大筋としてはこの部分も後代の挿入と考えられています。
 ということになると、イエスにかかわってはイエスと同時代の非キリスト者の証言は存在しないということになります。結局イエスについての考察はキリスト教文書、特に
『聖書』に依拠せざるを得ないというのが現実です。

 「キリスト教」の聖典は『聖書』とよばれますが、それは
「旧約聖書」「新約聖書」に二分されます。「旧約聖書」と呼ばれているのは「ユダヤ教の聖典群」のことを意味します。他方、「新約聖書」というのは「イエスの言行録」という性格を持つ「四つの福音書」「使徒たちの言行録」「使徒たちの書簡群」そして「ヨハネの黙示録」とでなっており、基本的にイエスの教えを基盤としたものとなります。
 そうだとしたなら、キリスト教というのは
「ユダヤ教を乗り越えたもの」、新たな教えとなる「イエスの教え」なのだから「新約聖書」だけでいい筈ではないかと思います。実際その主張はある意味で筋が通っており、初期キリスト教の時代には有力な意見の一つだったのですが(たとえば「マルキオン」など)、しかし、イエスは「ユダヤ教」の教えを背景に持っているのだからその教えも聖典に加えるべきだという意見が主流となりました。ただし、これはあくまで「背景」として理解されなければならず、この「旧約聖書」の言い方をそのまま示したらそれは「ユダヤ教の教え」となってしまうことは注意されなければなりません。特に近世以降こうした「ユダヤ教的傾向」が見られて、キリスト教内においてユダヤ教の言い方が一人歩きしている傾向があるのですが、それについては別に扱いたいと思います。

ユダヤ教とイエス
 さて、この第一章はイエスの背景としての
「ユダヤ教」を見ることにします。ユダヤ教を見る理由ですが、イエスはユダヤ教の世界に出現した人であり、歴史的に言えば「ユダヤ教の改革運動家」ということになります。また、思想史的には「新たな人間についての思想の提唱者」となります。乗り越えられた古い教えは「ユダヤ教」となりますので、「何がどのように乗り越えられ」あまつさえ「イエスは神の子」とされていったのかの経緯を見るために必要だからです。
 つまり、この章で扱われる「ユダヤ教」の段階にあっては、イエスは
「一人のユダヤ教の教師」であり、すなわち「全くの人間」であり神のかけらもありません。それが最終的には「神の子」とされてしまうのであり、その間に何があったのかが問題になるわけで、その経緯はこの「人間たるユダヤ教の教師」の段階から見て行かなければならないというわけです。
 ところで、この章では主にユダヤ教の教義を扱います。というのも、イエスはこのユダヤ教の教義を全面的に受け入れているからで、イエスの原点の思想となっているからです。たとえば
「唯一神」「天地の創造」「人類の創造と原罪」「神の全世界に対する配慮・天命」などがそうであり、また「モーゼの書、モーゼの十戒」をはじめ「預言の書」も受け入れています。福音書はこれらを前提として、イエスの言動とはそのユダヤ教聖書にある「預言の成就」であったという筆致となるのでした。

ユダヤ教とは
 さて「ユダヤ人」は、本来的呼び方では
「イスラエル人」となりますが、古くは「ヘブライ人」と呼ばれていました。「砂漠の流浪の貧民」というような意味です。つまりユダヤ教というのは元来「流浪の砂漠の民」のもので、基本の構造は砂漠という貧しく過酷な風土の中で困窮の生活をおくらなければならなかったヘブライの民が、自分達の悲惨と苦労しなければならないことの必然性を説明して現在の境遇に意味を与え、さらに現在得られない「幸い」を未来において得られるとする「希望」を語ることで自分たちが生きることの支えとするような性格をもった宗教でした。
 すなわち、現在の悲惨と苦難の原因として、自分達の祖先が
「神に背いて」悲惨なこの地上に「追放」されたとします。こうして自分達の悲惨さ苦難はやむを得ないこととして説明し、他方で、その「神に従う」ことによってやがて「神に救済され」「約束の地」を得て幸せとなれる、という希望を語るのがユダヤ教の本来でした。
 この次第を語るのが
「エデンの園」の物語で、人類の祖「アダムとイヴ」が神の命令を破ってエデンの園にある禁断の木の実を食べてしまい地上に追放されたという話しとなります。これが後に「原罪(人類が人類である限り根源的に持つ罪)」とされました。
 つまり、この地上は
「追放の地、窮乏の地」と捕らえられ、過酷な労働ははじめから必然的に強いられるのだ、と理解されていたのです。しかしそれだけではやっていられませんから「やがて幸せが到来する」という希望を持たなくてはなりませんでした。その希望はイスラエル(ユダヤ)人の祖とされる「アブラハム」に与えられた神の契約で、そこでは、神への絶対的な服従を誓えば「乳流れ、蜜流れる地(要するに「肥沃な土地」ということ)」と形容される「カナンの地(現在のパレスチナ地方)」を授けてくれるという約束でした。
 ですから「救済」が期待されている
「神(ヘブライ神話で「ヤハウェ」といいます)」は、当然必ず約束を果たすものとして「万能」でなければならずこの地上の「完全なる支配者」とされます。ということになるとこの地上・宇宙も「神に完全に依存している」とされなければなりません。「神による世界の創造」に関しても、このヤハウェ神によって創造されたということになるのは当然でした。
 こうして
「人類はこの絶対なる神、ヤハウェに服従」しなければならないとされました。「神のいいつけを守らなかったら」どうなるか。希望は「剥奪」されます。こうなっては大変です。ここから「服従と罰」の考えが出てきます。こうしてユダヤ教では「神の言いつけ、つまり戒律を守る」ということが絶対の教えとされていったのです。こんな具合にしてヤハウェ神は「創造主」としての神、やがて「救済」してくれる神、しかし「見張っていて罰を与えてくる神」などという神となってくるのでした。
 イエスは、こういう「服従と罰」「見張って罰を与える」「戒律主義」をいう神を批判して、真実の神はそういう神ではない、と言って
「愛の神」を言い出したのでした。イエス理解の上で、ここが最大のポイントになります。

世界と人間の創造
 ユダヤ教およびキリスト教を見る上で特に重要なのが、旧約聖書」の冒頭にくる「世界の創造と人類の始まり」を語る
「創世記」とモーゼの十戒を語る「出エジプト記」になります。
世界の創造については、イエスの場合
「絶対的神」「神の摂理」「すべてを見ている神」といった思想の元となっているでしょう。何故なら、「創造する」ということは「一つの意志・摂理」に基づいてのものであり、創造されたものは「全面的に創造者にゆだねられている」のであって、「すべては創造者の手になる」ということになるからです。この神の解釈は非常に重要であり、これがなければイエスの「すべてを支配し、救済する神」という概念が成立しなくなります。
 他方、「人間の創造」ですが、この物語は実は二つの資料が混在していて大きな矛盾があるのです。すなわち、神は「人」を創造したわけですが、これが第一章では
「男と女」とを創造したとあり(つまり同時)、その使命は「すべての動物を治め支配するため」となっています。ところが、二章になると話が違ってきて「最初の人類アダムの骨から女を作り」、こうして「男」と「女」とが形成されることとなったとしてきます。
 しかし、当時のユダヤ社会は激しい男女差別の社会でしたのでこの矛盾は殆ど気づかれていなかったようです。そしてそういう社会が当然とされていたためか、この「男と女の創造」という神話自体が議論のテーマとなるということもなかったようです。ですからイエスの場面でもこの矛盾は殆ど問題とはされておりません。では、イエスは女性を差別していたのか、というとむしろ逆でした。イエスの回りには女性の信者がたくさん居たことは「福音書」でも明らかです。「十字架と復活」という、イエス論では生命となる場面でも、男の弟子たちはみんな逃げていたのに女たちだけが十字架のイエスを見守り、そして「復活を見届けた」と書かれているほどです。イエスにとっては、
「(男女差別などせず)信ずる者を全面的に受け入れる」という姿勢が貫かれていたからでしょう。
 ところが、これが中世キリスト教になると「女は男の付属物」という第二章にある物語だけがすべてであるようにされて、女性差別の思想が確立されてしまったようです。さらに加えて「エデンの園での神の命令への離反」は女によって主導されたなどとされて、中世から近世(もしかしたら現代でも)の女性差別の根拠とされていったようでした。

 ともあれ、以上が人間の誕生と現状の説明です。ここには先に挙げた「砂漠の民の苦難の人間の現状の説明」の他にもさまざまのことが含まれており、キリスト教として世界を支配するようになった西洋の「世界や人間に関わる思想」を見る上で必要不可欠の物語となります。
 ただし、イエスの場合には以上の説話は「文字通り」に受け入れられていて、ここに中世的な神学的解釈などはありません。神学的解釈は後にキリスト教が確立してからのことです。ちなみにポイントだけ指摘しておくと、まず人間の特権的在り方が注意されます。人間は
「自然・動物を治め支配する」とされていたことが重要で、ここに西洋人の「自然支配」という観念の元があります。つまり「自然を支配し利用する」という近代思想やその裏返しとしての意図的・意識的な「自然保護」といった思想の元がここにあると考えられるのです。
 さらに
「神が命の息」を吹き込んだのは「人間だけ」とされています。つまりここでの「命」というのは「ただの生命」ではないわけで、それは「人間だけの命、つまり理性(ロゴス)」であると捕らえられてきます。つまり、「神とはロゴス」であるとされ(ヨハネ福音書)、人間だけがその「ロゴス」に与っている(これは神学的に「人間には種子的ロゴス」があるとかの論となっていきました)とされて、被造物の中での人間の特別視、人間の優位をみる思想の元です。ユダヤ教・キリスト教には以上のような形での、つまり被造物世界での「人間の自然に対する優位」といった思想があるのです。
 さらに
「人間の罪」という思想も重要です。日本や東洋にはこんな考え方はありませんので(日本では「穢れ」とか「根源苦」とかの思想が主体で、「罪」というと人間的レベルでの法律違反くらいになってしまいます)、この「原罪」といった考えはなかなか理解できませんが、これはイエスならびにキリスト教の理解のためには重要な考え方となります。
 つまり、イエスにあってはいちいち説明などしていないのですが、そこにおける
「悔い改めの思想」には、「人間は罪を犯さざるを得ない本性をもっている」「その意識のもとで必死に神の教えを心にとめて罪におちいらないようにする」「罪を犯したときは懺悔する」「罪を許すことのできるのは神のみ」といった考え方が込められていると理解できるのです。そうでなければ、この「悔い改めの思想」など深刻な人間の回心を迫るものではなくなって、今日の日本社会に見られるような「社会的罪を犯したけれど悔い改めて服役して罪をつぐないなさい」といったひどく低レベルな話しになってしまいます。

十戒の教え
 『聖書』を読んでいると、イエスはやたらにユダヤ教の神官・学者たちによって「いちゃもん」を付けられている場面に遭遇しますが、その大半は「戒律」に絡んだものです。
 ユダヤ教における「戒律」の思想として有名なのが
「モーゼの十戒」であり、ユダヤ教の骨幹の教えというのはこの「モーゼ」によって提唱された思想となります。そのモーゼの十戒とよばれているものは以下のものです。

1. 自分(ヤハウェ)以外の他に神々があってはならない。
2. いかなる像をも造ってはならない。自分は「妬む神」であり自分を憎むものには子孫にまで報復するが、愛し戒律を守る者は末ながく恵みを与える。
3. みだりに神ヤハウェの名を唱えてはならない。
4. 安息日を守り、これを聖とせよ。
5. あなたの父と母を敬え。
6. 殺してはならない。
7. 姦淫してはならない。
8. 盗んではならない。
9. 偽証をしてはならない。
10. 隣人に属するものをむさぼってはならない。

 以上のうちとりわけ大事なのが1〜4までの教えでここにユダヤ・キリスト教の宗教の特色があります。
 第一の
「自分だけを神とせよ」という命令は、当時中東地方の宗教は多神であったことに由来してのもので、たくさんいる神々の中で「自分だけ」を崇拝しろという命令です。ですから「自分は妬む神である」などという自己紹介までして来ます。この「妬む」という言葉は70人訳ギリシャ語原文では「ゼーローテース」といわれ、一般には「熱心」と訳される言葉ですが文脈において「強い感情の働き」として「熱情」とか「妬み」とか訳されます。この場合は、「自分を神として敬わぬ者には数代にわたって呪いをかけるが、敬う者には恵みを与える」と語られてくる文脈から「妬み」と訳されるのが一般となっています。ですから、「他の神々を捨てて自分を神として採択したものには恵みを与えるが、そうでなければ子々孫々にまで禍を与える」などというまるで「専制君主」のようなことを言ってくるわけでした。
 こういうわけで、ユダヤ教は
「命令遵守=戒律主義」になってくるわけでした。実にユダヤ教の神というのはこうした「怖い専制君主」的な神なのであり、イエスの意味というのはこれを言ってみれば「慈悲深い名君」に変貌させたことにあると言えます。
 他方、この命令は他の部族とは異なったイスラエル民族の独自性を主張するものとして重要となります。実際、初期のイスラエルには当時の中東の民族に共通した「バール神」信仰が蔓延していて、イスラエル民族の独自性を主張したい人々にとっては大きな問題でした。そのため、イスラエルの神として「ヤハウェ」を主張する預言者はバール神官たちを大虐殺などしているのです(預言者エリアの物語など)。これは神学的な論争に基づくというよりむしろ、
「民族主義的イデオロギー」に基づくものと言えます。

 第二に注意されるのが
「偶像を造ってはならない」というものですが、これは神学的には「神は地上的な形を超越」しているものだからいかなる「形」としてもイメージすることはできないというわけです。しかし本当にそうだとすると「神の住まい=神殿」もあるのはおかしいことになりますが、ユダヤ教は「神殿」にはこだわりました。つまりこの主張も、ユダヤ教に独特の思想で多分に「民族主義的イデオロギー」に基づいたものと考えられ、これは後に他の宗教とは絶対的に区分されるユダヤ教に独自の教えとして意識されて、絶対の教えとなりました。
 一方そのユダヤ教から出たキリスト教ですが、初期の使徒たちの時代は、彼ら自身がユダヤ人であったため偶像には強い拒否反応を示していますが、後にこれがギリシャ人に伝えられて伝播していく中でイエス・キリストの姿や事跡が「絵」に描かれてくることになりました。これを
「イコン」と称していますが、ギリシャ人というのは「目で見る」民族でしたから「耳で聞く」民族であったヘブライ人(ユダヤ教の神はやたらと「聞け」と言ってきます)とはずいぶんと精神において異なり、「形」にこだわったせいだと言えます。こうして後に禁止令などがだされたにも関わらず「イコン」は勝ち残って、やがてルネサンス以降は「像」にまでなってしまうのでした。ここにイエスや初期の使徒達とはことなった「西洋人のキリスト教」の姿が見られるのです。

 第三の
「神の名前をよんではならない」というのも、「気安く俺の名前を呼ぶな」という専制君主の命令だと考えれば理解はしやすいでしょう。私達にしても天皇陛下の本名を知ってはいても気安くよばないのと同じ精神構造です。気安く呼ぶのは「威厳のない証拠」みたいになってしまうわけでこの命令は分かり易いです。ですから私達は「ヤハウェ」という名前を、ヘブライの民間信仰の段階を紹介する時には使いますけれど、宗教として確立された以降のユダヤ教・キリスト教を扱う時には使いません。

 第四の
「安息日の戒律」は、ユダヤ教では異常なくらいのこだわりがもたれており、キリスト教の『聖書』においてもこの面でイエスを糾弾するユダヤ教の姿が見られます。それに対するイエスの「文字面に拘泥する欺瞞の糾弾」があるのですが、ところがイエスの精神を受け継ぐ筈のキリスト教にもこの戒律に異常なまでにこだわる派があります。これは『聖書』に「ユダヤ教の経典」を入れてしまった数ある弊害の中でも、イエスを見失わせる点においてかなりの重罪といえるでしょう。イエスは「文字面の戒律にこだわってはならない」ということを自分の教えの核にまでしているのですから。
 この戒律は具体的には、ペンを持ったり針を持ったり、畑を見回ることもできず、要するに「礼拝と食事以外」はボケーとしている以外何もできないとなります。これは当時のその日暮らしの下層階級の庶民には守れるものではありませんでした。一部特権階級の人しか守れないものだったのです。そうした事情からイエスは、「形」にこだわることの無意味さを指摘してその「精神の成就」を主張したのでした。
 これが「黄金律」という形でまとめられる
「愛の実践」ということになります。イエスにあっては、「愛こそすべての戒律の成就を導くもの」なのです。「愛さえあれば」形など問われずそれが戒律の遵守であり、「愛がなければ」どんなに形は立派でも戒律の遵守とはならない、ということなのです。

以 上、イエスの背景としての「ユダヤ教」の思想を見ておきましたが、イエスとはこの思想を新しく解釈し直した「一人のユダヤ教教師」であったということは歴史的事実として指摘できることです。

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