7. 日本の神々と仏たちの正体 - 7. 仏教の展開 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

7. 日本の神々と仏たちの正体
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INDEX
1. 日本の宗教文化のありよう
2. 日本の伝統の宗教―神道―
3. 日本の伝統的な民衆の神々
4. 『古事記』の神々
5. 「神仏習合」とは何か
6. 仏教の発祥と仏陀の思想
7. 仏教の展開
8. 日本での仏教宗派と信仰形態
9. 仏像とは何なのか

7.

仏教の展開


はじめに
 日本の仏教は「仏教の行き着いた一つの頂点」という性格をもっているのですが、仏教はインド北方に発祥して、北と南へと伝播していくのです。日本の仏教はそのうちの「北方経由」なのですが、その間の事情を見ておきます。

仏教教団の展開
 釈迦の死後、その弟子たちが集まり、師の言葉を記録していくこととなります。かくして
「我、かくのごとく聞いた」(つまり「如是我聞」というどの仏典にもある始めの言葉)という言葉ではじまる仏典が編纂されていきます。こうして仏教教団の第一段階が成立します。
 しかし、その後500ほど経って、紀元0年頃、つまり丁度西の方でイエス・キリストが出現したころ、仏教の世界で伝統的な在り方に対する新しい運動が生じてきます。この運動は直接伝統的な仏教から分派・発生したのではなく、むしろ一般大衆から自然発生して大きな運動となっていったものでした。これを通常
「大乗仏教運動」と呼んでいます。

 つまり、釈迦が死んだ後、その遺骸は在家の人々によって荼毘にふされ、その骨が当初は八等分、さらにはもっと細かくされて各地に祭られたといいます。骨をおさめたものが
「ストゥーパ」と呼ばれました。つまり仏塔です。人々はここにきては釈迦をしのんでいたのですが、そのうちこの釈迦が超越的存在とされていったのです。
 要するに、「悟りを始めて開いた人」「教団の創始者」という位置付けから、
「神」のような存在にされてしまったと言ってもよいでしょう。お釈迦様というのは「本来絶対的なもの、真理そのものであった仏陀」がこの地上に「人の姿をとって」現れてきた、というまるでキリスト教におけるイエスのような位置付けにされていったのです。この仏陀は「人類の救済者」である筈です。そのための「お釈迦様」としての人間世界への来臨であった筈であるということになると、これが一部の人達だけのものである筈はないと考えられていったわけです。
 しかるに、伝統的な仏教は
「出家」をした一部の「修行者」のためのものでしかない、と映りました。これはおかしいのではないか、と考えられていったのです。ここに新しい運動がおこり、伝統的な教団は出家して修行を積んだ人のためのもの、長老のもの、苦行者のものとして、これは特別な人々のためのものであって全人類のものではない、と主張していったのです。こうして彼らは伝統的立場を「小乗仏教」と呼び、自分達の立場を「大乗仏教」と呼んで優位性を主張したのでした。
 つまり伝統的仏教では出家生活に耐えられないほとんどの人は仏教によって救われることはできないが、これは釈迦の教えの本意ではない、と彼等は主張したのです。そこで彼等は
「より平易で一般大衆向きの教え」を構成していき、仏典もそのように新しく作っていったのです。
したがって、この立場の仏典、つまり私たちの知っているほとんどの大乗仏典はこの限り「
釈迦伝来」「釈迦の直接の教え」ではなく、500年後くらいの人々が自分なりに創作したものでしかありません。
 事実的・歴史的にはこの通りなのですが、しかし、大乗仏教では「釈迦の精神はこの解釈にこそよりよく現わされている」あるいは宗教的に言えば
「真理たる仏陀の語りかけを真実に聞き取ったもの」ということになり、いずれにせよ「正しい」真理が語られているとして、これを正しい仏典としています。
 今日、日本人である我々が知るほとんどの仏典、例えば
「法華経」「浄土三部経」といった最も主要な仏典を始め、「般若経」「維摩経」「華厳経」などなじみの仏典は皆そうです。キリスト教やイスラームに比べ仏教での聖典の量が凄まじく膨大なのもこの事情によっています)。

 このようにして、新たな仏教運動をはじめた人達は、自分達の理解はすべての人々のための
「大きな乗り物」ということで「大乗仏教」と呼び、伝統的なそれを少数の人のためのものとして「小乗仏教」とおとしめて呼んだわけですが、おとしめて呼んだ名前である以上、おとしめられた方はこんな呼ばれ方はけしからんことになるわけで、学問の上で「大乗とか小乗」とかいうのは適当ではないことになります。そこで通常は伝統的な教団を「南方仏教ないし上座部仏教」とか呼び、新しい運動の方は「北方仏教」とか呼んでいます。
 一方、
「伝統的な仏教」は当然伝統の教えを釈迦伝来の教えとしてこれを守り、こうして仏教は大きく二つの流れとなっていきました。この伝統的仏教はその後東南アジア諸国へと伝播していきます。今日のタイやラオス、ビルマ(ミャンマー)、スリランカなどの仏教がこれです。他方、新しい運動は北へと伝播し、そこから中国、朝鮮、そして日本へと伝わってくることとなります。
 ところで、その北へ伝播した仏教はその途上で多くの
「民間信仰」と混合していきます。もともと一般大衆のためという大義名分をかかげていたのですから一般大衆の民間信仰を拒絶できなかったわけです。
 こうしてこの混合からまた新たな仏教が生み出されていきます。これは紀元後7世紀、西では丁度イスラームがおこった頃です。この仏教は民間信仰のもっていた
「呪術」の要素を大量にうけいれ、そこで「密教」と呼ばれ、わが国で大きな発展をみせることとなりました。つまり「天台密教」と「真言宗」とでした。
その二つの「仏教」の特質を簡単に紹介しておくと次のようになります。

伝統的仏教の場合
1、出家して僧侶となり、修行をして悟りを得る。
2、伝統的戒律を守る。
戒律には当然人間たる限りのすべての人々に要求される基本的なものがあり、それに出家者・僧侶・修行者に特有の戒律が与えられる。

基本的戒律
a、 殺生をしてはならない。
b、 盗んではならない。
c、 姦淫をしてはならない。
d、 嘘をついてはならない。
e、 酒をのんではならない。

出家者の場合に加えられる基本の戒律に
a、 食事の作法を厳格に守る。
b、 歌舞・音曲の類いを楽しんではならない。
c、 装飾品を身につけてはならない。
d、 寝具を用いてはならない。
e、 金銀などの財産を持ってはならない。

 こうした10の基本的戒律を守って、さらに出家者の男性には250の戒律が、女性には348の戒律がかせられました。これは、仏教によって悟りを開く(すなわち、出家して修行する)、という前提のもとに作られた戒律であって、つまり俗世にあることを肯定していないからこんなに厳しいことになってしまうわけです。
 女性に特別厳しいのは
「女性は汚れた存在」である、と見られていたためで、釈迦は「女は大小便にまみれた汚物」などという言い方までしています。
 したがって厳しいのですが、さらにこうして修行しても女性は
「成仏」はできず、ただ次の人生に男として生まれ変わってくることができるだけの話で、そこで再び修行をしてやっと成仏できる、とされていました。これを「変成男子」といいます。
 ずいぶん差別的で、この痕跡は日本仏教にも足跡を残し、仏教はほとんど男性のものとなり、女性は「女人禁制」ということで寺のある山にも入れてもらえなくなります。この差別はひどいものでした。日本仏教はこれを乗り越えるのに大変な努力をしていくことになるのでした。
 一方、在家信者は修行しないのですから、本来悟りの境地を得ることはできず、要するに仏とはなれません。ただ輪廻の「天」にいけるのが精々でした。この場合、彼等に要求されたのは五戒と仏・法・僧(これを三法という)への服従です。大乗仏教はこれを不服として、
「在家でも成仏できる」としたものでした。

戒律の性格
 なを、この
「戒」というのは「道徳」とはちがって「守られる」ということが絶対的に要求されるものではないようです。「律」(これは規則、作法という性格をもっている)の方は守られるということが要求されますが、「戒」とは人間が完全となるための「諫め」
なのであって、これが守れたら人間は「完全」つまりそのまま仏になってしまう。しかし修行が要する人間にそんなものが守れる筈はない。いってみれば
「目標」なのであって、そういう方向に努力していこうというものであり、そうできない自分を顧みて反省し、理想に向けて頑張っていこうというもののようです。
 ただし、今「何々のようです」という言い方をしたようにこの理解は不安定で一定して居らず、「戒律」についての論はいわゆる大乗仏教運動において大幅に内容、解釈が変えられていき、さらに日本仏教においてほとんど有名無実にされていったものも多いです。
 たとえば最も基本の戒である五戒ですら、日本では出家者まで
「妻」をもち、「酒」は平気で飲み、「金銀財宝」をためて少しも怪しんでいません。なを、「肉食の禁止」は天武天皇の勅命による日本だけのものです。伝統的には「殺す場面をみたものは禁止」「自分のために殺して料理したものは禁止」「それが疑われるものも禁止」といった条件はありましたが肉食そのものが禁止されていたわけではありません。
 このように戒律まで変化しているのですから、仏教としての教え、在り方が相当に変化していても怪しむに足らないわけです。そうした在り方の典型が「神道」との合体であり、これを
「神仏習合」と呼んでいるわけで、もちろん日本独特の宗教現象です。

修行
 他方、伝統的仏教での修行者の場合、この戒律を守るだけではなく
「修行」があるわけで、それは八正道の実践ですが、それをさらに端的にいいあらわしたものが「三学」といわれます。学は学問という意味ではなく「修行」という意味です。この三学とは「戒・定・慧」といわれ、戒とは今の戒律を守ること、定とはようするに「瞑想」に当たり、慧は知慧の慧であって、知慧の完成、つまり「悟り」ということになります。したがってここは具体的な修行法をいうよりむしろ内容・目的であるといえるでしょう。

いわゆる北方仏教の場合
1、大乗仏教では出家が強要されることはありません。出家者はいってみればリーダーのようなものとなりますが、やはり実質的には「出家優先」であるのは否めないようです。
2、ここで要求されることは
六波羅密といわれ、次の六つがいわれます。

1、 布施 (いわゆるお布施を施すことですが、これは本来「自分の欲望の破棄」を意味し、それを導いた僧侶に感謝するというものです)
2、 持戒 (基本の五戒を守ることです)
3、 忍辱 (害されても相手を攻めることなく耐え忍ぶことです)
4、 精進 (正しい努力をすることで、中道をいくことです)
5、 (みずからの内に精神を統一し真理を悟ることです)
6、 知恵 (世界の実相についての知恵を得るということになります)

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