7. 日本の神々と仏たちの正体 - 6. 仏教の発祥と仏陀の思想 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

7. 日本の神々と仏たちの正体
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INDEX
1. 日本の宗教文化のありよう
2. 日本の伝統の宗教―神道―
3. 日本の伝統的な民衆の神々
4. 『古事記』の神々
5. 「神仏習合」とは何か
6. 仏教の発祥と仏陀の思想
7. 仏教の展開
8. 日本での仏教宗派と信仰形態
9. 仏像とは何なのか

6.

仏教の発祥と仏陀の思想


はじめに
 日本人の宗教というと、根本的には日本人の生活習慣の儀礼化とも言える「神道」であると言えますが、これは宗教として意識されることが薄いため、日本人はとりあえず
「仏教」と答えることが多いようです。
 その仏教の影響は今日の日本人も「葬式」は仏教のお世話になっている事実に現れています。しかしそれにもかかわらず今日の日本人は自分が
「仏教徒であるとの自覚」はまるでなく、葬式・法事・墓参り以外に寺の門をくぐることは滅多になく、日常的に仏壇の前に座るという人は激減しています。
 どうしてなのでしょうか、また日本人にとって「仏教」とはいかなるものなのでしょうか。また、本来の「仏教」とはどんな姿をしていたのでしょうか。この章ではそれをテーマとします。

日本での仏教の衰退
 日本の現状を見ると、日本人は仏教徒であるとはとても言えないとも思えますが、どうしてそういうことになったのでしょうか。
 まず、もともと仏教は日本に伝来してきたとき
「天皇・貴族のもの」として受容されました。ですから奈良・京都には素晴らしい寺院がたくさん建築されているわけです。こうした「皇族・貴族」のための仏教が日本仏教の本流となり、さらに徳川時代には「檀家制度」が作られて仏教は徳川幕府の「民衆支配の機構」にされました。政治の重要な機構であったために「寺社奉行」などが置かれていたほどです。
 そのため明治になって新政府は、この徳川政権の支配構造の一翼として重要機構であった仏教を廃して新しいイデオロギーとして「神道」を持ってくるため
「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく、仏教を廃棄し捨て去ること)」という政策をとったのです。ここで人々は仏教から離れる機運を持ちました。
 しかし一番の問題は、大寺院では「民衆の魂の救済」などといった仏教の本来性などほとんど顧みられてはおらず、あっても「建前」でしかなかったことです。僧侶の階級化は厳しく固定し、上部寺院への上納金で大寺院はうるおい、僧侶の目的は
「出世と金と権力」になっていきました(ただしこれは仏教だけではなくキリスト教も同様です)。
 もちろん、その中にあって仏教本来の精神に立って、民衆の中にあって民衆のために生きた僧侶もたくさんいたし、仏とのみ向かい合って生きる修行者も出て、実際のところ彼らによって仏教の精神は保たれてきたのです。
 
 ところが戦後日本ばかりでなく東洋諸国でも
「経済第一政策」がとられて人々は「お金」に価値をみるようになっていきました。こうして大寺院はますます「金権体質」を強くしていき、人々は仏教から離れる傾向をさらに強く持ちました。
 ところが一番の問題は、それに伴い民衆の中にあって民衆と共に生きていた筈の僧侶たちも一緒になって「お金第一」に流されてしまったことです。
「寺の多角経営」がバブルの時代に大流行しました。そして良く知られる「高額な戒名代」など、仏教の評判は芳しくありません。これではますます民衆の心は仏教から離れるのも当然です。
 こんなところが仏教の衰退の原因とされているのですが、もちろん、その中にあって「人々の魂の救済」「平和」へと赴く僧侶もかなりおります。彼らの活動がどのように仏教を回復していくかが今後の課題となるでしょうが、ここでは取りあえず「仏教の基本」をみていきましょう。
 
仏教の創始者、釈迦の生涯
 仏教の創始者は
「お釈迦様」ですが、この釈迦の生まれた年は定かではありません。およそ紀元前5世紀くらいの人とされます。彼はインドの釈迦族(現在はネパールに属します)の族長の子として生まれ、本名を「ゴータマ・シッダールタ」と言いました。
 族長の息子ですから、何不自由ない生活であった筈ですが、彼は幼少の時から非常に繊細な神経を持ち、この日常生活の背後に隠されている
「人間の悲惨な有様」を感じとっていたとされます。
 例えば、春になり畑を起こすと、その中でぬくぬくとしていた虫たちが掘り出されてしまう。暖かな土中で眠っていたその虫は慌てる暇なく、哀れ、飛んできた小鳥に啄まれてしまう。と思うと、満腹を享受したその小鳥は、哀れ、飛来した大きな鳥の爪にガッシリ捉えられてしまう。と思ったその時、獲物を捉えてヤレ嬉しと思ったその大鳥は、哀れ、人の射た矢に地に落ちねばならない。
「人生、これに似て、束の間の喜びの背後に悲惨な運命が待っている」というわけでした。
 そしてまた、町の外へと城門をくぐれば、そこには老いさらばえた人、病に苦しむ人、そして死者を運ぶ人に出会わざるをえない。
「人生これ何の意味があったのか、ただ苦しみのうちに生き、死ぬだけのことなのか」といった具合でした。
 これでは誰だって心配になってしまうわけで、当然ながら両親はひどく心配して、結婚すれば普通になるだろうと結婚させましたがやっぱり駄目で、
遂に29歳にして家を出て修行の道に入ってしまいます。
 修行の途上にさまざまがありましたが、結局、苦行によっては悟りはえられないと覚り、断食をやめて
「乳粥」を口にしてこれまでの修行を否定、新たな道を求めていき、ついに35歳で悟りを開いたといいます。

釈迦の問題
 上に見られたように、彼の問題は、人間はこの地上に
「生まれ、老い、病を得て、死ぬ」という厳然たる事実にありました。この事実の前に人間の生きる意味は見出だせない。人間は何のために生まれ、生き、死ぬのか。しかも、この人生の中で人は「愛するものを失い」「嫌なもの、憎むべきものに出会わなくてはならず」「欲望は決して完全に満たされることはなく」「心身の苦痛にさいなまれなければならない」(この苦しみを、前半の基本の四苦プラス後半の四苦を加えて「四苦八苦」と呼んでいます)。しかも、人間はこの死をもって終りとなるのではなく、人は再び別の生の中に投げ込まれ再び苦しみ、そしてまた、と永遠に苦しまなければならない、といういわゆる「輪廻(りんね)」の世界観が釈迦の前にあったようです。

輪廻の世界
 今指摘したように、釈迦の時代にはバラモン教の教えとしての「輪廻の論」がありました。これは人間世界での生のあり方、つまり人間の「身分世界での輪廻」に限られていましたけれど、後代になって仏教的に
「六道輪廻の説」として体系化されました。釈迦自体はバラモン教のレベルのものであったでしょうが、後世の輪廻論は有名ですので簡単に紹介しておきます。
 それによると、この世界は六つの世界からなり、上から
「天、人、阿修羅、畜生、餓鬼、地獄」となっています。

 
「天」は人の世界にあって正しい生活をしたものが行く世界で、平安・安楽な世界でしかも人間世界の何十、何百倍も長いとされます。しかし問題は、やっぱりここも終りがあるということでした。一説によると、その死の苦しみは人間界での死なんかとはくらべものにならない苦しみであるという。つまりここにも「本当の平安」はなかったのです。

 
「人」の世界は知っての通り苦難の連続で「四苦八苦」の世界です。

 
「阿修羅」の世界は、この地上で自分の正義だけを主張し他者を顧みることをしなかったものが落ちる世界で、結局血で血を争う「血の世界」です。

 
「畜生(動物)」の世界も知っての通り、弱肉強食の世界です。

 
「餓鬼界」は一種の地獄で欲望深かったものが落ちる所です。ここにあっては絶え間ない飢えと渇きに、腐ったものや糞などの汚物を食らいまた飲むが、決して飢えや渇きが止まることがないという世界です。

 
「地獄」は言わずもがなで、長い長い時をただ苦しみもがくことのみの世界です。

 こんなんではたまったものではないわけで、仏教の基本の問題はこうした悲惨な輪廻の世界にあってどこに
「真実の平安」を見出だすか、にあったのです。仏教の始祖「お釈迦様」の問題はそういう性格を持っていたのです。

仏陀
 仏陀というのは、こうした問題において、苦しみ・悲惨の原因を悟り、真実を悟り、結果として輪廻の世界の実相を悟ってこれを
「苦しみの世界としない境地」に至った人のことを言います。つまりは「悟りを開いた人間」ということでした。したがって本来「神」のような超越的存在ではないのです。それが後に「仏の世界」にあって人間を救いとってくれる「超越的存在」にされていった、というのが経緯であり、この段階で「輪廻の世界」対「仏の世界」と対置され、あたかもこの世界の「外側」に超越的世界(仏国)が在ると考えられ、「極楽浄土」とか「浄瑠璃世界」とかが想定されていったのです。
 こうしてまた、本来「悟りを開いた人」のレベルにあった「仏陀」が「超越的存在」という位置付けになってしまい、
「仏による世界構成」「仏による仏国への救済」という思想や「人間と仏との関係」「仏への道のありかた」とかの様々な思想が構築されていくことになったのです。
 
 なお、当初は当たり前の話ですが、仏陀は釈迦しかいません。それが後になって、永遠の真理を悟ったものが一人だけというわけはない、という変な理屈からたくさんの仏が想定されていき、ついには
「釈迦を中心としない仏教」までが生ずるに至るわけです。
 それは後の問題として、先のような問題がお釈迦様の問題であったのですから、この探求はひどく
「哲学的」でした
 所が、宗教というのは本来そんなにも「哲学的」である必要はなく、「信仰」の問題として「祈り」に主体があるものです。そして「神」は「始めから」存在していたものであり、この世界の存在の「原因・根拠」という性格をもっています。「哲学」が宗教の中にでてくるのはその教理を確立する必要が生じた時からのことであり、「後のこと」むしろ「付帯的なこと」なのです。
 しかし、仏教はどうも逆だったようで、始め
「哲学」としてあったものが(もちろんかなり宗教的色彩は強いですが)、それが確立して後、その哲学者が「特別視」され「超越的」にされ、その彼が「信仰の対象」となって、そして「宗教」となっていった、といったような具合になっています。

釈迦の思想
 その釈迦の思想は大きく二つに分けて考えることができます。一つは
「縁起の説」でありもう一つは「四諦(したい)の説」です。かなり哲学的ですが、それは上に指摘した事情からです。

縁起説
 この思想の基本的な考え方は、物事はそれ自身によってそうあるのではなく、
「他者との関係」において「そうなっている」という考え方でした。
 イメージ的には、稲の穂を三角錐の形に束ねておいてある図を思ってください。その中の一本たりとも「自分の力」で立っているわけではなく、他のものを取り除けたら必ず倒れます。どの一本も他のものに支えられて始めて立っているのです。このように、すべてのものは
「他者によって支えられて」そういうものとして「立って」いる、というのがこの縁起の思想であって「茶柱が立って縁起がいい」というのとは違います(もっとも、この茶柱云々も縁起の思想から由来はしています)。
 例えば、我々自身にしたって
「自らで存在している」わけではなく、まずは両親によって生み出され、衣服、食べ物、住居に支えられ、さらにそれらを供給してくれた太陽、雨などの自然、海や川、山によって支えられて存在しているわけです。
 あるいは、「大きいもの」という判断も「小さい」ものがあるからそう判断されているのであり、「重い」というのも「軽い」があるからです。「美しいもの」も「醜いもの」があることによってそう判断されるのです。
 結局、あらゆるものは「他者との関係」によって「そうある」のです。こうして、この宇宙には「実体(何ものによっても支えられず、自らの存在の根拠を自らのうちに持っているもの)」などない、
「無実体」というのが宇宙の在り方だ、とされました。この思想を「空」と言います。カラッポということではないので注意してください。
 
 こうした縁起の考え方を一つの思想的な形にまとめたのが
「十二因縁」の説です。それは次のようになります。
1、 老死 老死:人間、老いて死ぬ。苦しみの極みである。こんな苦しみの原因はどこにあるか、それは「生」にある。
2、 ではなぜ生まれるのか。それは「有」の世界たる輪廻の世界にあるからである。
3、 ではなぜ輪廻の世界の中を流転するのか。それはこの世界に執着する心「取」があるからである。
4、 ではなぜ執着するのか。それは「欲望」の心、つまり「愛」があるからである。
5、 ではなぜ欲望するのか。それはある対象を「感受」するからである。
6、 ではなぜ感受するのか。それはある対象と「接触」するからである。
7、 ではなぜ接触するのか。それは眼・耳・鼻・舌・身体・意識という感覚器官としての「六入」のためである。
8、 六入 ではなぜ六入を持つのか。それは人間が精神たる「名」と肉体たる「色」をもつからである。
9、 名色 その人間存在は何に由来しているのか。それは「意識」である。
10、 ではその意識とは何に由来するのか。それは過去、現在の行為によってである。
11、 ではその行為は何に基づいているのか。それは無知・幻想たる「無明」によっている。
12、 無明 明らかなるものの無い、無知、幻想。これがすべての原因である。
 
 かくして、無明を滅すれば順次上のものは消えていき、苦しみたる老死もなくなる、という段取りとなります。
この無明を滅するということが
「悟る」ということに他なりません。悟りの内容は上に示した「無実体」という宇宙の在り方ということになります。

 これに対して、人間はどのように立ち向かって行かなければならないのか、というところで提唱されてくるのが
「四諦(したい)」の説となります。「諦」というのは「真理」ということで、四つの真理という意味になります。

「四諦の説」
1、 苦諦 この世界の「実情」に関する真理。悲惨、苦しみがこの世界の実情。「四苦八苦」、「生、老、病、死」、「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五盛陰苦」。
2、 集諦 この悲惨、苦痛の「原因」についての真理。「煩悩、欲望」が悲惨、苦しみを引き起こす。
3、 滅諦 その原因が「滅した状態」についての真理。煩悩がふき消された状態、「涅槃」の境地。
4、 道諦 涅槃に至るための方法。「八正(聖)道」

「八正(聖)道」
 この「八正道」は、ようするに
「悟りへの道」ということで、ここの解釈や強調点の違いがさまざまの宗派を生み出す原因となっています。

1、 正見 物事をありのままにみること。すなわち、物事は「それ自体」として存在しているのではなく、ただの現象としてのみあり、それは普遍的・永遠のものではない。つまり、絶対的に存在しているのではなく、相対的にあるのみ、ということを見て取る。
2、 正思 物事を正しく考えること。正見にしたがって見られた事物のありように則して考え、先入観を廃し、事物は「かくかくとしてある」という幻想を廃する。
3、 正語 言葉を正しく使う。正思によって得られた正しい概念を用い、いい加減な主張をしない。
4、 正業 正しい行い。戒律を守る。
5、 正命 正しい人生を送る。贅沢を慎み質素な生活を守る。
6、 正精進 空しい努力をしない、正しい修行の在り方。いたずらに激しい苦行をしない。
7、 正念 心を強固に保つ。自己のありよう、本性を正しく保つ。
8、 正定 心への集中。瞑想。すなわち禅。

中道
 上の6番目の
「正精進」に関係しているものですが、「ただしい修行のありかた」として仏教においてしばしば「中道」という言葉が使われます。
 これは、ようするに極端を避けるということであり、釈迦自身が死と直面するような荒行の修行をした中で掴み取っていった在り方でした。荒行は無駄だというのです。なぜかというと、修行自体が目的化し、
「修行のための修行」になってしまい、荒行をすることに「自己陶酔」をしてしまうからです。
 ただし、もちろん「修行なし」など論外で、釈迦の提示した修行法は我々の眼からすればほとんど難行苦行の荒行とすら言えます。しかしともあれ「修行のための修行になってはならない」ということを教えているものとして重要です。

四法印
 また、仏教の教えを核心的に示すものとして四法印という形で教えることもあり、これは以下のごとくです。

1、 諸行無常 平家物語の冒頭の言葉として有名ですが、言っていることは、「あらゆるものは流転し、一時もとどまることがなく、今すばらしいとして眼に映っている物もすぐに流れ去ってしまう」という「世の無常」をいったものです。また、「いろは歌」もこうした無常を歌っているものとしてよく知られています。つまり、色(物体、肉体)は匂えど(盛りとなっているけど)、散りぬるを(散って無くなってしまうものなのだ)、我が世誰れそ常ならむ(この私が生きているこの世は誰にとったって常なるものとしてあるわけではない)、有為の奥山(絶えず消滅する無情のこの世界は越えがたい深い山だ)、今日(けふ)越えて浅き夢見じ、酔(ゑ)いもせず……というわけです。

2、 諸法無我 あらゆるものは「流転する」、すなわち「永遠不滅」なものなどない、ということから、「絶対的・実体的な本体、本質(すなわち、何ものにも支えられることのない、自己自身のうちに存在の根拠をもっているもの)」はないということです。ただし、そうした「実体」など「無い」という主張にしてしまっては、「無い、ということが絶対的な真理」として「絶対」がたてられてしまうからこれは具合が悪いのでして、つまり断定はできないということです。「流転的、相対的に現象しているというのが宇宙の実相だ」というような主張として理解しておかなくてはなりません。人間についても、「自分はかくかくである」とか「自分として存在している」などと考えるなということになります。

3、 一切皆苦 ではなぜ輪廻の世界の中を流転するのか。それはこの世界に執着する心「取」があるからである。

4、 涅槃寂静 要するに、悟りの境地ですが、「涅槃というのは苦しみの原因となる煩悩、欲望がふき消された状態」であり、こうしてこそ「静かな」境地が得られる、としたものです。イメージ的にハスの葉の上で瞑想しているお釈迦様の姿を思い出してください。あれがそうです。

 ところがこうして紹介してみたものの、この仏教というのはその成立段階から今日まで凄まじくその在り方を変えていっているのです。そうした事情もみておかなければ日本での仏教の在り方も理解できないでしょう。以下の章はそれをあつかっていきます。

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