7. 日本の神々と仏たちの正体 - 3. 日本の伝統的な民衆の神々 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

7. 日本の神々と仏たちの正体
HOME
INDEX
1. 日本の宗教文化のありよう
2. 日本の伝統の宗教―神道―
3. 日本の伝統的な民衆の神々
4. 『古事記』の神々
5. 「神仏習合」とは何か
6. 仏教の発祥と仏陀の思想
7. 仏教の展開
8. 日本での仏教宗派と信仰形態
9. 仏像とは何なのか

3.

日本の伝統的な民衆の神々


日本の神々
 日本の伝統的な民衆レベルの神々は殆ど意識されない、ということを前章で触れておきましたが、しかし、それでもちゃんと存在しているのです。ただ、この神々は「自分の名前と姿をきちんと覚えておけ」とは言わない神々なのです。
自然の中に隠れて私達を見ている神々です。何かあると「何かに宿り」現われてくる神であり、「神社」などに鎮座している神々とは違います。神社にいるのは『古事記』に登場する「朝廷の神々」となります(ただし、両者が融合している場合もあります)。そこでこの章では、そうした日本の民衆の神様たちを整理することにします。この神様たちの多くは「固有名」を持っておらず、もっている場合は「地域の呼び名」となります。
 一般的な名前を持っており、そして
「神社」に祭られている神々は『古事記(及び日本書紀)』に登場してくる神々として、次ぎの章で扱います。

1、地域、土地に関わる神
 ここには
「氏神」「産土神」「鎮守神」「境の神」「土地神」「道祖神」を入れておきたいとおもいます。それぞれを簡単に紹介しておきましょう。なお、この表記は「一般名称」であって、実際には各地方で様々な呼ばれ方がしています。そのとき「固有名」をもっている場合もありますが、ここでは特殊命名としてとりあげません。
 また、この民衆の神も「朝廷の神」と融合したり、仏教と習合したり、また自身でも歴史的流れに変化していったりで決して一律な姿を示してきません。さらには地方的な違いというのも非常に大きく、またさらにどの「神格」もギリシャの神々のように「こんな形姿」として示すことは非常に難しいと言えます。実際、こんな
「曖昧で不明確な神」など世界的にも珍しいといえます。

氏神
 もともとはその名前が示しているように
「氏族」の祖先神、ないし守護神ということでしょう。しかし、武士階級が「荘園」を所持拡大していく過程で、その土地の「土地神」を「氏神」としていったようで、したがってもとは「血縁関係」の神であったものが「地縁関係」に拡大されたようです。こうしてさらに、「土地の神」である「産土神」と氏神が融合してしまいました。一方、もともとはある特定の領域を守護するものであったらしい「鎮守神」がこの荘園の守護神とされていくことで、氏神は「鎮守神」とも融合してしまいました。こんなわけでこの三者は区別がなされなくなっていきました。しかし時には、この氏神は「家、屋敷に限定」される場合もあり、また文字通り「同族氏族の神」と限定されたり、あるいは氏族を離れ、「村全体」の神とされ、村人全員が「氏子」とされて「祭り」の担い手とされたりしています。現在、一般には文字通り「氏族の神」というタイプか、「氏子」と合わせて「村・地域の神」として理解されていることが多いようです。

産土神
 「うぶすなかみ」といいますが、「うぶ」に「産」という字があてられているように本来「生む」あるいは「生産」の神として
「土地の生産神」という性格をもっていたようですが、同時に「出産」の神でもあったようです。しかし、上に示したいきさつから「氏神」や「鎮守神」と融合していきました。

鎮守神
 由来的には比較的新しく、
中国の「寺院の守護神」が由来か、とも考えられているものですが、働きとしてはそのように「一定の寺院、あるいはここから一定の領域、さらには王城、荘園」などの守護神としての働きをもっていました。奈良の「興福寺」の「春日明神」などがこれにあたります。しかし、「氏神」のところで示した理由によって三者が合体し、ようするに「その地域に住む村人および村の守護」ということになっていきます。村々にある「鎮守様」というのがこれです。

境の神
 これは
朝鮮由来かと考えられていますが、稲作と同時と考えられ古い由来を持っています。今でも朝鮮の村に観察されるといいますが、日本のものも形態はこれと同類とされています。働きとしては「村」に仇為すものが進入しないように立てるバリアーのような働きをします。一方、『日本書紀』に「いざなぎ」が黄泉の国から逃げ帰った時、「ここから先にはくるな」と言って投げつけた「杖」から「ふなと(くなと)」の神が生じたとされ、この神が「ふなと神」として村の境や岐路、坂、峠などに祀られたとされ、この二者が融合しているようです。またさらに、仏教の一般人への浸透に伴い、「地蔵信仰」が盛んとなって、この地蔵が境の神と重なってきましてこれも少々複雑です。他方でこれは本来「道」に関わるものであったと考えられる次の「道祖神」との区別も曖昧になってしまいました。

道祖神
 働きとしては「境の神」と殆ど同じで区別するのが困難ですが、一般には「道祖神」の名前の方が有名で働きとしても
「道」に関わること全体が司られると考えられているようです。そのため『古事記』での「天孫降臨」の際「道」を照らしていた「猿田彦」が祀られたり、後には仏教での輪廻転生の論における「六道」の守りとしての地蔵が祀られたりしました。また、この道祖神の祭りでは小正月に村境や四つ辻で門松や正月飾りを燃やして、その日で餅や団子を焼いて食うと病気にならないなどといった祭りがみられ、これは「左義長」と合体などしていきます。こんな具合にこの神も明確さを持っていません。

土地神
 その土地を守護する神のことで
「地主神」「地の神」ということです。その土地に何かを創設したり開墾するさい「許可」をもらったりするわけで、今日でも家を建てたりする際に儀式をとりおこなっているのを目にします。

2、「家に関わる神」
ここには
「家の神」「かまど神」「子安神」「屋敷神」「火の神」などを含めたいと思います。

家の神
 一般に
「家を守り、福をもたらす神」ということですが、家の神としての実体性を持ったものとは言えず、「神棚に祀られる神」からはじめて「かまど神」や「屋敷神」「納戸神」から「便所神」まで含めて、要するに「家に関わる神」の総称のような性格を持っていると言った方がいいでしょう。ただし、東北地方の「おしらさま」というのは比較的はっきりしていて、神体を一般に桑や竹の木で作り、旧家の床の間や神棚に祀られることが多いです。これは一軒だけで祀られるとは限らず、同族的一族や地縁的集団で祀られることが多いようです。この「おしらさま」を粗末にすると「家に祟って」どこかへいってしまうとされています。こんなのが家の神の典型でしょう。

かまど神
 この「かまど神」の由来は相当古いようです。それは当然「かまど」は「食事」を意味しており、食事の供給を司るとされたからでしよう。「かまど」の神であるのでしばしば「火の神」ともされますが、この場合は「かまどの火」であって、後で見る「火事」に関わる
「火の神」とは異なりますので、やはり「かまどの神」としておいた方がいいでしょう。しかし東北地方では「かまおとこ」と呼ばれる一方で「ひおとこ」とも呼ばれ、これが「ひょっとこ」の語源だろうと言われており、あの、横に口をすぼめてつきだしている顔つきは「火をおこしている」顔つきであると言われています。この「かまど神」も「家の神」とされるのは「かまど」が家の中心であるからでしょう。

子安神
 これは
「子供の授かり」「安産」「養育」に関わる神で、後、仏教と習合して「子安地蔵」とか「子安観音」とかになって民間の信仰を集めていました。神社としても「子安神社」というのがあり、『古事記』での「このはなさくやひめ」の故事から、彼女が「祭神」とされたり「神功皇后」が祭神とされたりしています。

屋敷神
 これは「家の神」とも似ていますが「家の神」が家の内部に視点があるのに対し、こちらは
「屋敷全体」といった雰囲気です。従って祀られるのも屋敷の片隅の祠ということになります。屋敷というのは、単なる「家」ではなく、一族の由来ということですので、本来は一族全体のものであったのでしょうが、そのうち「本家」のものとなり、やがては分家を含め「各家」のものとなっていったようでした。

火の神
 火を統御する
「火伏せを司る神」です。これは後に『古事記』の「火之迦具土神」を祭る神社としての「秋葉神社」「愛宕神社」に融合されて、町中に小さな祠となって祭られているのをしばしば観察できます。文字通り「火事」をさけるためのものです。

3、「産業、経済、生活に関わる神」
ここには
「山の神」「田の神」「水の神」「海の神」「市の神」などを含めます。

山の神
 これは
「農業の民」「山の民」とではその見方がちがいますが、農民にとっては山から「水」をもたらし、「田」に降りて「田の神」となるという「一つの自然力」の具体的場面での別の呼び名になります。
 一方「山の民」にとっては「山の神」は「山の」神であって、それが「田の神」になるなどということはありません。「山の民」にとっての「山の神」というのは
「山の獲物」をもたらしてくれる神であり、また「山の中での仕事・生活を守って」くれることが期待されている神です。山は厳しい世界ですから、この神にまつわるタブーというものも厳しいものがありました。また山の神は醜く、自分より醜いものを見せられると喜ぶということで「オコゼ」が捧げられるというのは有名です。

田の神
 農民にとって大事な神であることはいうまでもなく、上に示したように、「山の神」が降りてきて「田の神」になるとされていました。したがって
「春」と「秋」とがその祭りとなり、一年のサイクルが形成されていました。

水の神
 水に関わることを司る神ということで、農民にとっては
「たんぼの水」に関わり、用水や水田の傍らで祀られることが多いようですが、殆ど「田の神」と合体してしまうことも多いようです。一方、この水は山から来るために「山の神」とも結びつき、さらには「水を配る神」としての「水分神(みくまり)」と合体していることもあります。
 この「水分神」は
水源地や分水嶺に祀られます。日常的には、井戸や水くみ場、泉,池、湖などに祀られています。一般に「水神」は「蛇」の姿にイメージされていて、これがさらに中国の「竜」と結びついて「龍神」となり、「池や泉にまつわる龍神の話し」として民話・伝承に多く現れてきます。

海の神
 
「海の安全」「航海」「漁業」の神ということですが、ここも「龍神」と殆ど合体しているようです。「海の神」ということでは四国の「金比羅(こんぴら)様」が有名ですが、ここも蛇の姿にイメージされているようです。後には「恵比寿(えびす)」も海の幸のシンボルとして祀られるようになりました。また「船霊(ふなだま)」信仰というものもあり、この神は女の神様であって、したがって漁船などに女性は乗せない風習があったようです。つまりこの神様が「やきもち」をやくからということでしょう。ご神体としては「女性の毛髪」「賽二つ」「男女一対の人形」「銭十二文」「五穀」などがまつられます。

市の神
 一般には交易が盛んになってからの神であるらしく、「幸」をもたらすものとしての
「恵比寿」「大黒」がそれとされることが多いようです。しかし、ご神体として古くから「丸い自然石」が持ち歩かれていたようで、それが「市」のたつ村境や四つ辻などにおかれる習慣もあったようでした。

4、「招福、災いの神」
ここには
「七福神」「鬼」「年神」「来訪神」などを含めます。

七福神
 今日でも有名な七福神は、
中国やインドの神が主体であるように、比較的近世になってからのものですが、「招福の神々」ということで民間に広く信仰されました。その七人とは「恵比寿(えびす)」「大黒天」「毘沙門天(びしゃもんてん)」「福禄寿(ふくろくじゅ)」「寿老人(じゅろうじん)」「弁財天(べんざいてん)」「布袋(ほてい)」が本来であったようですが、後に「福禄寿」と「寿老人」が同一視され、代わりに「吉祥天(きちしょうてん)」が加えられたり、あるいは「猩々(しょうじょう)」が入れられる場合もあります。有名なので全員紹介しておきます。

「恵比寿」
 福々しい格好で
釣り竿を持って大きな鯛を抱えている姿でおなじみのものですが、この神の由来ははっきりせず、その語源も「異国人」を意味するエミシなのか、とも言われていますがよく分かっていません。「幸い」をもたらす神の代表的なものとして、漁民にとっては「大漁をもたらす神」とされているのはその「鯛を抱えた姿」からしても当然ですが、要するに「招福の神」として「商売の神」ともされ、「農業の神」ともされています。

「大黒」
 この神様も、
右手に打ち出の小槌を持ち、袋を背負い、俵の上に乗っている姿で有名です。この姿はやはり「招福」の代表的な姿をしているわけですが、もともとはインドの「マハーカーラ」の日本訳で、日本訳通り「大黒」という意味のものでした。これはシバ神の化身で破壊、戦闘の神であったのですが、一方でインドの寺院の台所に祀る風習もあったらしく、これが日本に伝えられたと考えられています。中国、日本と伝えられる途上で段々「恐ろしい」形相がなくなり、柔和な「福の神」に変身させられていったとされます。時に「大国主」と同一視されることもあるようですが、それは「大国」が「ダイコク」と読めることなどが原因だったのでしょう。

「毘沙門天」
これは仏教の「四天王」の一人である
「多聞天」が独立的に扱われたものです。働きとしても「護教・護国」ということになります。

「福禄寿」「寿老人」
 これは同一視されるのも当然で共に「寿」という名を持ち、要するに
「長寿」を意味しているわけです。由来としては中国の「道教」にある思想で「長寿」を司る「南極星」の化身とされています。頭が非常に長く、あごひげも長い老人として描かれます。

「弁財天」
 もともとは
「水の神」ですが、音楽と弁舌、知恵の神として信仰を集めていました。

「布袋(ほてい)」
 彼は
中国の実在の僧侶であり、その円満な顔立ちからここに加えられたものです。

「吉祥天」
 元来はインドの
「美や幸福、富」を司る女神で、仏教に取り入れられて後は毘沙門天の奥さんにされてしまい、「福」をもたらす神とされています。

「猩々(しょうじょう)」
 これは
中国の伝説上の動物で、毛深い猿のような動物ですが、人間の言葉を理解し、大酒飲みであるとされます。なぜこんなものが七福神に加えられるのかよくわかりませんが、その「酒飲み」という性格が祝い事につきものの「酒」を連想させたからかもしれません。


 これは通常
「角」をもった異形の顔立ちでイメージされ、「節分」の行事などで「悪役」のように思われていますが、そうした「災厄」をもたらすものと同時に、東北地方の「なまはげ」のように悪を退治するものもあり、本来的には「災厄、祝福をもたらす超人的な力」ということでしょう。また、文献的には「権威に対する反抗者」という意味が強く、「侵略・征服された民の主神」であったことも多いようです。
 つまり「鬼」といってもたくさんのタイプがあり、中国的には「死者の魂」であり、古代朝廷にとっては「異国、ないし不服従の民」であり、一般的には「漂白の民、素性のしれない民で理解できない能力を持つ者」であったり、また超自然的に「祟りや災厄をもたらすもの」であり、また逆に「悪を征するもの」であったりしているのです。要するに
「強大な力」なのであって、ですから「鬼小島弥太郎」などという武将の名前にも使われているわけです。

年神
 つまり
正月に迎える神様で、新しい年をもたらす神です。

来訪神
 
外から訪れて「幸いをもたらす」神ということで「恵比寿」などもそれに含まれるでしょうし、「鬼」のところで触れた「なまはげ」などもそのうちに数えられるでしょう。古来日本人には「海の彼方」より「力ある者」がやってきて「珍しいもの、特別なもの、幸い」をもたらして帰っていくという信仰があったようでした。これが日本人の奇妙な「外人崇拝」「異国趣味」の源であるとも言われています。

5、「自然現象の神」
 これは不思議なほど少なく、せいぜい
「雷の神」「風の神」を数えるくらいです。雷は「稲妻」ともいうように「稲作」との関連があると指摘されることもありますが、これは雷が「雨」をもたらすからでしょう。一方で雷は天災の最たるものの一つですから「おそれ」の対象ともなり、これが「御霊信仰」とも結びつき「天神」などとして祀られました。「風の神」も天候の兆候を与えるものとして農業との関わりで信仰されたものと思われます。もちろん「台風」など災害を与える面も、おそれの対象としてこれを鎮める対象として祀られたのでしよう。一方、これが幸いをもたらすとも信じられていたのは「神風」という概念があったことでも知られます。

 以上が一般民衆の世界での「神」の姿でしたが、まとめてみると、ともかく、「家」を中心にその
家の繁栄・守護が「神」の仕事とされ、その「家」は「地域」に拡大され、そこまでが「神」の関わる領分とされていたことがよくわかります。
 そして、その家や集団を守る力として
「自然的力」が見られていたことも大事です。つまり、一言で言うと、「日本の神とは、自然の力の表象であって、その働きは家・村・集団を守り繁栄させる」というところにあるというわけでした。
 つまり、「個人」の能力とか「働き」「人生」などに関わる神というものはいないということです。ここでは、こうしたことから「神」の姿というものも
「人格化」されることがほとんどなく、その働きも漠然とした領域はあるものの、「何」とはっきり限定されることもなく「曖昧」で、ただ人々の繁栄・守護の願いがあるところに居るのみ、といった感じになっているということが大事なことして指摘できるでしょう。
 また、こうした事情からか
「固有名詞としての名前」を持つことも少なく、持っていても地方的な名前にとどまってしまい、「民族すべてに共通する」名前は遂に持つことがなかったのでした。

「習合神」
 ついで、以上のような伝統的な神格、つまり「自然の表象としての神」が
「仏教」と融合した、いわゆる「習合神」がおります。この多くは仏教用語で「権現」とか呼ばれます。つまり、仏教側から言わせれば、「仏」が本体で、それが日本の地に現れた時「神」となるというわけでした。しかしそんなことは一般庶民にとってはどうでもいいことで、これも理屈を離れたところで庶民のものともなっていきました。それも簡単に紹介しましょう。

「飯綱権現」
 飯縄山の修験者の信仰する権現様ですが、自然の力の表象としての
「天狗」の姿をしていると言われ、白狐にのっているとされます。ここから「狐使い」としての「飯縄使い」というものが有名になりました。一種の妖術です。

「蔵王権現」
 
「山の力」を我がものにする「修験道」という一種の仙術修行独自のもので、修験道の始祖と言われ仙術使いとして有名な「役の小角」が感得したとされて有名になっているものです。

「宇賀神」
 『古事記』などにでてくる穀物神である「
うかのみたま」と「弁財天」が習合したもので、独特の天女像で描かれますが、福をもたらす神として多くの信仰をあつめました。

「荒神(こうじん)」
 本来は
「荒ぶる神」ということなのですが、その力を「守護」の方面に用いようとしたもので、神格としては「仏・法・僧」の三宝を守る神とされます。しかしこれが庶民の「家」の守護にまで適用されて「かまどの神」などともされていきました。

▲ページのトップへ